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第61話 年の瀬

 陳留出発を明日に控えての自由時間、一刀は商店街で星を見かけた。

「あれ? 星じゃん。鍛錬はいいのか?」

「鍛錬と行きたいところなのだがな……一刀の騎乗にてられて以来ずっと馬を探しているのだ。私もあんな名馬に乗って縦横無尽に戦場を駆けまわりたいのだが、どうにも良い馬が見つからんのだ」

「馬って……今出て来たの肉屋じゃないか……」

「ああ、肉屋は鮮度が命だからな。家畜の取引や、どこそこの猟師がどの山に入ったとか、そういった情報が入るのだ。彼らの情報網は侮れんぞ」

「そうなのか……って、馬ならここの牧場も結構良い馬が居ただろ? 曹洪の牧場の馬でも物足りないのか?」

「あそこの白鵠は良い馬だったが売らないと言われてな。金額の大小では無い、と」

 曹洪としては自分や曹操が乗るための一番良い馬を売る気は無いのだろう。

 それでも曹洪の牧場は全体的にハイレベルな馬が多かったと一刀は認識していた。

「白鵠は売らないだろうな……他に良い馬は居なかったのか?」

「比べるとどうしてもな。名馬を求めるならいっそ幽州の公孫賛殿の所に行くべきか。徐州黄巾軍を討伐したらそのまま北上すれば良いのだし、常山にも一度顔を出すとするか」

「北方の方が馬産地としては有名だろうからなあ……常山は地元なんだっけ?」

「うむ。姉が家を守っているので心配は無い。ところで一刀はここで何を買うつもりなのだ?」

「旅の保存食とかだな。あとは消耗品と――」




 翌日、陳留の城門まで酔琳を始め、手すきの凪たちや風に見送られて一刀たちは出発した。

 まずは許昌を目指しそこから新野を経由して零陵へ向かう予定だったが、許昌へ入る際の警備が今まで以上に物々しかった。

「何かの祭り、って訳じゃないんだろうけどえらく厳重な警備だったな。曹操の符があったからすぐに入れたけど」

「街の喧騒を聴くと霊帝がどうとか言っていますね。霊帝と言うのは先日譲位した皇帝のことでしょうか?」

「だろうね……もう荊州に行かされるのか」

 諡号は皇帝の死後に贈られるが存命の劉宏に対し諡号が、それもあまり良い意味では無い霊帝を贈られていることに一刀は驚いた。

 また、退位した皇帝は太上皇帝と呼ばれるが、悪諡とされる霊を贈られたことで呼称が安定していないようだ。

「荊州益州交州を束ねて貴霜クシャーン国に備える……貴霜は月氏の一派が天竺の軍閥化した物と聞いたことがあるが、とにかく今では天竺の北部を丸々支配しているらしい。今でも交易は続いているが、天竺の頃よりも交換比率が厳しくなっているな。戦費を賄うためだろう」

「何気に外国事情に詳しいよな、李梅……一族の生活がかかってるからそりゃそうだよな」

 木綿の一大産地を抱えることで貴霜は発展したのではないかという李梅の分析を聴きながら許昌の政庁へ向かった。

「北郷殿たちではありませんか。零陵軍のことは済んだのですか」

「お陰様で問題なく。それより、この物々しい警備はどうしたのですか? 街中では霊帝様がどうとか聞こえましたが……」

「ええ……先の天子様である霊帝様が長沙に向かう途中にここで休まれるという名誉に浴したのですが、霊帝様は初の長旅でお疲れになっているとのこと。霊帝様は大変な美食家だそうなので、どうにか良い食事で疲れを癒して頂きたいのですが……」

「何か問題があるのですか?」

「はい。霊帝様は胡餅こへいを御所望なのですが、料理長が言うには胡餅だけでは体に力が戻らないとのこと。副菜で補えれば良いのですが疲れて食欲の落ちている中、平凡な献立ではお召し上がりになられるかどうか……そこで許昌中の料理人に胡餅に合う副菜や食思を起こさせるような珍味を尋ね周っている所なのです。おっと、ここで話していると荀彧様が怒ります。早く政務の間へどうぞ」

 衛兵に促され政庁に挨拶に向かう一刀たち。零陵太守への伝令の帰りということで公務中ではあるが、霊帝が許昌に居るとなれば警備上の問題で官舎を借りることができないかもしれない。

 廊下を歩きながら一刀は先ほどの話の中で気になった事を李梅に尋ねた。

「なあ、「こへい」ってなんだ? 何か高級な食べ物なのか?」

「胡餅か。あれは小麦の粉を練って焼いた餅のような食べ物だ。西方では厚みがあってモチモチとしているが、中原では少し薄く作るようだ」

「あー……パンみたいなものか。確かにパンだけだと栄養偏るもんな。でもパンなら肉とかと相性良いだろうに」

「肉の質に問題があるのではないか? 洛陽近辺は牛をあまり放牧させずに肥育した柔らかい肉で、この辺りでは放牧中心で大きいが赤身の強い硬い肉になる。貴人というのは顎が強くないから硬い肉は食べられないのではないか?」

「そういうことか。大将軍の何進も肉屋だったから最高の肉を朝廷に卸してただろうしなあ」

 政務の間に着くと荀彧が忙しそうに書面と向き合いながら部下に指示を飛ばしていた。

 荀彧は指示を受けて出て行く文官たちを見送ると、入り口に居る一刀たちに気付いて手を止めた。

「ああ、北郷じゃないの。零陵太守の事が済んだのね」

「お陰様で。それはそうと今大変らしいな」

「そうよ。元とは言え主上、華琳様からも手厚くもてなすよう指示を頂いたけれど流石に宮廷に勝るような料理は……流琉が居ればなんとかなったかもしれないのだけどね」

「胡餅を御所望なんだっけ? 疲れてるんだから栄養のあるものの方が良さそうだけどな」

「……そうだわ。貴方の故郷にはどんな胡餅があるの? 東方異民族の料理なら興味を持って頂けるかもしれないわ」

「いくつかあるけど……いいのか?」

「まずはお食事を召し上がって頂かないと。そのためなら使える物は何でも使うわ。厨房の担当者には言っておくから、まずは官舎に行って身を清めてから行きなさい」

「分かった」

 荀彧が近くの女官に指示して一刀たちを案内させた。

 重要人物の食品を扱うためか、身を清めろと言われたとおり沐浴を促された。

「さっぱりした……良し、厨房に行こう」

 厨房に入る前にエプロンやマスクなどを渡された。元とは言え皇帝、万が一にも異物混入などが無いよう気を使っているのだろう。

「北郷様、区連様、区星様をお連れしました」

 女官の声で気付いた料理人たちの視線が一刀たちに集まった。

「どうも、北郷一刀です。前に羊の腸詰を作ったりで面識がある方もいますね。今日は荀彧殿から頼まれまして、胡餅料理のレパートリー……? ではなく、役立てそうな献立作りに協力をできればと思います。よろしくお願い致します」

「ああ、腸詰の人たちか……それなら妙案があるかもしれん。皆、話を聴かせてもらおうじゃないか」

 料理長らしき壮年の男性の言葉に頷く料理人たち。異民族に対する反発心は感じられなかった。

「では最初にですが、胡餅を肉まんの皮のようにふっくらした感じに作ることはできますか?」

「ああ、それなら今作っている途中です。牛乾(バターのこと)を生地に混ぜて膨らむのを待ちながら付け合わせをどうするか相談していたところです」

「良かった。それなら献立の一つ目ですが、以前腸詰を作るときに肉を細かく刻みましたがあれに卵と胡餅をすりおろした粉と混ぜて――」

 沐浴中に必死に思い出したハンバーグの作り方を説明する一刀。

 母と妹に料理を手伝わされた時は面倒に感じていたが、いざその経験を活用する今となってはもっと手伝っておけばよかったと後悔した。

「できたものをハンバーグ……と、私の故郷では呼んでいますが、それをこんな形の胡餅で挟んで完成です。生野菜や薄い乾酪も一緒に挟んだりしますが、生野菜は危ないのでやめておきましょう」

「刻んでさらに潰した肉ならお疲れの霊帝様でも食べやすそうですね。成る程、挟んで食べる……ですか」

「次は肉まんの要領で同じような肉や餡子を入れ作るのですが餡子は小豆と砂糖……甘い砂のようなものが無いので――」

 あんぱんの概念を説明すると料理人たちから声が上がった。

「月餅と同じようなものですね。なんとかなると思います」

「それなら甘く煮た栗を入れるのはどうだろうか? 栗を月に見立てて見た目と味を楽しんで頂けるのでは?」

「それは良い……おっと失礼しました、北郷殿。他にも胡餅料理はあるのですか?」

 ハンバーガーとあんぱんの概念だけでも料理人たちには刺激になったのだろう。今にも作業に取り掛かりたそうにしている者や、浮かんだ閃きを形にしようと思考を巡らせる者がいた。

「あとは……ローマの料理だと思いますが、ピザと言って――」

 パンにチーズを乗せて焼くという発想も料理人たちには衝撃だったようで、一刀が言う前にスライスした腸詰を乗せようと提案する者までいた。

「思いつくのはこのくらいです。私も手伝えることが手伝いますので言ってください」

 料理人たちは早速調理に取り掛かった。

 一刀たちも手伝いを申し出てはいたが呼ばれることはなかったが試作品の試食を任された。試作品の焼き上がりを待つ間、厨房の隅で彼らの調理過程を見学していた。

「ギリギリ歴史に登場してそうなものだから良いかなって思ったけど……食べ方の工夫っていう発想の転換しか説明してないのに作り方を自分たちで考え出してやってるの、流石職人たちだなって思うよ……」

 しばらくして出来上がった物を試食すると、現代の物と比べれば未熟で工夫の余地がある味だった。しかし、故郷を思い出すには充分な御馳走だった。




 夜、居室で休んでいた一刀は霊帝に呼び出された。

「礼法はいらないわ。私的に呼び出しただけだから」

「は……はい」

 私的に、とは言うが警備の兵や侍女が控えているのが見えるだけに一刀は緊張していた。

「今日の夕食の胡餅料理は貴方の発案だと聴いたけれど、本当?」

「いいえ。俺、ではなくて私は故郷で食べた事のある料理の概要を伝えただけです」

「同じ事だと思うのだけれど、謙虚なのね。ふぁんが居なくなってから初めてお腹いっぱい食べたわ。そのことに感謝をさせて頂戴」

「は……あ、ありがたきお言葉に存じまする……」

 咄嗟に時代劇で見たセリフで答えるのは緊張のためか。

「貴方に会うのは2度目だけれど、どちらも私を驚かせてくれたわね……ねえ、どうして私は急に食欲が失せるようになってしまったのかしら? 何か見当は付く?」

「えーっと……恐らくですが、環境の変化ではないでしょうか? 今まで住んでいた所から離れる、慣れ親しんだ人が居ない、そういったストレス……悩みや心労が貯まるとそうなると思います」

「そう……私は心労を負っているのね。これが心労……これはどうすれば無くなるの?」

「……遊ぶとか運動するとか、楽しい事や好きな事をしていれば自然と消えると思います」

「楽しい、遊ぶ……って、どんな事? 何をするの? 黄が居れば安心できたのだけれど」

 霊帝の発言には一刀を試そうとするような感じは無く、思ったことをただ問うたのだろう。

「それは……人によって様々です。今までの朝廷での公務が忙しくてそれが分からないのであれば、これから見つければ良いと思います。もし見つからないのであれば周りの人に頼ったり、休日にどう過ごすのかを聴いてみるのが良いと思います」

 当たり障りのない返答だったが霊帝なりに納得したようだ。

「そう言えば細梔様が結芸と言いましたか、飾り結びを作るのが趣味だったと思います……そうだ、紐か何かがあればお借りしてもよいですか?」

「構わないわ。誰か」

 霊帝が侍女を呼ぶと侍女が紐を持ってやって来た。やはり室内の様子を伺っていたのだろうが、すぐに紐を持って来る用意の良さに一刀は驚愕した。

「ではこの紐を結んで輪にして……こうしてこうすると……はい、ほうきになりました! 続いてこうしていくと……星です!」

 ハンバーグと一緒に思い出した簡単な遊びのあやとりを披露した。幼い頃の妹にせがまれてやった事を、意外にも指が覚えていた。

「紐の輪だけでそんな事が出来るの? すごいわ。私にも出来るかしら?」

「簡単なものから始めると良いと思います。いきなり難しいものに挑戦すると指がりますから……では真似して下さい」

 覚えているあやとりの形を教えた後、霊帝の居室を退室して一刀は思った。

(皇帝、いや傀儡として育てられたから余暇の過ごし方を知らない……どころか感情の表現が下手なのか? コミュニケーションの基本だろうに……どういう理由で趙忠に依存するようになったんだろう……)




 それから零陵に帰還するまで何事もなかった。

 零陵に着いたのは李梅の予想どおり12月の始めだったが、出発時よりも街の様子が賑わっていた。

「冬だっていうのに人の往来がすごいですね。郭石隊長、何があったんですか?」

「羅馬のルキウス様が浴場建設に来ていたのですが、人足に故郷の祭りを話したら是非ここでも祝おうとなったのです」

「12月のローマのお祭りって言うと……クリスマスですか?」

「いえ、確か「さどるなりや」、だったかと。農業と法律を授けた神様を祀るそうです。17日から23日の祝祭の間は御馳走を食べ、贈り物を贈りあい、奴婢も労働から開放するのだとか。ですので、その用意のために市が賑わっております」

 郭石の説明でなんとなく状況を理解し、一刀たちは帰還報告のため政庁へ向かった。

「サトゥルナリアか……ゲームとかで見たな。確か「イオ、サートゥルナーリア」って挨拶をするんだったかな」

「不思議な響きの名を持つ神だ。農耕に縁があるのなら我々も祀ってみるか」

「異民族の習慣に寛容っていうか、祭りだけじゃなくて李梅たちが今着てる匈奴風の防寒着を見ても驚かれないんだな」

「ここはあらゆる人間がやってくる。都落ちの名士や天竺の行商に流民に学者。見慣れない物に一々驚いてはいられんのだろう」

 政庁に着くとルキウスと細梔が図面と地図を前にして話していた。

 細梔に無事劉度への使いを果たしたこと、朝廷での禅譲に関わる曹操からの情報などを報告した。

「霊帝とおくられましたか……分かりました。皆さんお疲れさまでした。しばらくゆっくりとお休みください……そうそう、ルキウス様の故郷のお祭りのことは聴きましたか? 市が開かれていて交州からの出店も来ています。色々巡ってみるのも楽しいかもしれません」

 細梔からのねぎらいの後ルキウスにも挨拶をした。

「IO,SATURNALIA! 久し振りだね。私の方は船の設計図を渡した後は船匠たちが模型を作ったり材木の搬入待ちで時間が空いたんだ。だから恩返しと実益を兼ねてバルネア……公衆浴場を建設させてもらいに来たんだ。ここは山と水と川の位置が素晴らしいし、大工たちも器用だからきっと良いバルネアが出来るよ」

 祖父ならバルネアどころかすごいテルマエが作れただろうけどね、とルキウス。

 政務の間を出た一刀たちは特に用事もないので市場へ行くことにした。

 市場では交州の出店が真珠や鼈甲べっこう細工などの品を並べており、連れの男性に購入をせがむ女性が多く見られた。

「李梅たちはこういう美術品って興味無いの?」

「持っていて損をするものではないし価値も理解しているが……こういう物よりは銀製品が好みだ」

「良かった。後で渡したい物があるから……取り敢えず出店を周ろっか」

 リンゴやミカンが売られていたので馬へのご褒美用と自分たちで食べるために多めに買い込んだ。

 官舎へ帰ってから一刀は居室で荷物から陳留で買っておいた物を取り出した。

「一刀、入るぞ」

「失礼します」

 扉を開けて李梅たちが入室した。

「二人ともイオ、サトゥルナリア! ってことでこの髪留めをどうぞ。小さいけど銀細工で桜と梅が付いてる……って言ってもほとんど差がない形なんだけどね」

 陳留出発の前日、星に相談して買った物を渡した。

「髪留めか。これを贈る意味は……分かって無さそうだな」

「あ、身だしなみを整えろって意味になっちゃうとか? ごめん」

「いや。問題はないがあまり配って周らないようにしろ……我々からも何か贈らねばな」

 江南で1年の終わりが穏やかに迎えられようとしている時、洛陽から様々な政治改革が発布された。

 民衆の為を思って行われたそのうちの幾つかは、新たな混乱の火種となった。

 ピザの原型らしきものがポンペイのパン屋跡のフレスコ画に描かれてるのが発見されたそうです。

 それとは別に、ローマ兵は新たな入植地の異民族とローマのチーズとご当地チーズを分け合ったとか。そんな中、食器代わりに使われることがあったパンにチーズを組み合わせるのは割とありそうに思えます。ゲルマン系と出会った時にはビールとワインをチャンポンしながらキノコと乾燥フルーツのピザとか食べてそうです。

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