第55話 曹操の養子
「賊と流民の違いってなんだろうな? もし天和たちがあの流民たちと合流しなかったら、もし食糧が尽きかけてどうしようもなくなってたら、あの人たちはその辺の村を襲ってたのかな?」
河蟹が戻るまでの間、座禅を組んで瞑想している貂蝉を他所に居間で雑談しながら一刀がふっと疑問に思った事を尋ねた。
「そうだな。女子供が多かったから、大人の男たちも人から奪う姿を子供に見せようとはしなかっただろうと思う。だが、徐々に分散して野盗化する者も居ただろう。それに、黄巾軍を見つけた猟師たちの事を覚えているか?」
「ああ……もしあの人たちが居なかったら、俺たちや交州軍がそのまま黄巾軍と鉢合わせしてたかもしれなかったんだよな」
「うむ。だがあの猟師たちは地元の猟師が休猟地にしているところで狩りをしていたかもしれない。時期も夏の前で十分に肥ていない獲物を狩っていたかもしれん。そのために本来は地元の猟師が秋に獲るはずだった獲物を横取りした形だ。一刀が地元の人間だったらどう思う?」
「あー……そういうことか。密猟してる厄介者だし、排除してくれって警察……ここだと官軍? に頼むか自警団を組織するよな。ってことは今関羽たちが頼まれている賊の討伐って……」
「流民かもしれんし、実際に人を襲ったから討伐の対象になったのかもしれん。もし我々の山によそ者が来たら警告はするが、それでも立ち退かねば排除する。これは隠田を作らせたくない太守との取り決めでもあるから遠慮はしない」
「李梅のとこは強いね……でも、もしここの賊がただの流民だったら……」
「関羽の性格から見て、太刀筋から人を殺したか判別するだろう。適当に相手をして逃がすのではないか?」
「それなら安心……って言っても、また逃げた先で賊呼ばわりされるんだろうな……」
考え込む一刀に、茶を飲みながら興味深そうに見ていた夏侯淵が尋ねた。
「北郷はいつもそうやって相手の事情やその後を考えているのか?」
「え? まあ気になるっていうか……関羽と張飛って言ったら人徳の劉備ってとこの人だろ? ざっくり言えば、今回は自分の軍の兵糧欲しさに賊を討伐するけど、その相手が流民とかだったらどうするのかなって思ってさ」
「確かに慈悲深いと噂になっている人物だが、よく知っていたな」
「あー、洛陽とか都の人って噂好きだから……3千人の流民の食糧を稼ぎながら移動してた天和たちっていう旅芸人3姉妹だったら、悪人じゃなきゃ合流を許してたと思う。だから、なんて言うか比べちゃうんだよ。事情も立場も違うのは分かるんだけど、食糧を用意して人を生かすのと、黄巾軍討伐のために殺すのと……ごめん、ちょっと考えがまとまってない」
夏侯淵はほう、と頷きながら、
「飢えている人に施しを与えることを否定出来る者は居るまい。北郷、劉備の義勇軍は兵糧を欲しているために賊の討伐を引き受けた。それは兵糧を売ってくれる村が無かったからだ。だが、私たちが出発した村はどうだった?」
「……食糧を売りに来た行商人!」
「うむ。もし劉備軍が彼らを知っていれば既に買っていただろう。劉備軍の選択肢、増やしてやる気はないか?」
「まだそんなに経ってないし、董衣を走らせればすぐか。李梅」
「区星が付いて行こう。董衣と花相で行って、帰りは河蟹を花相に乗せれば早く戻れる」
慌ただしく出て行った一刀たちを見送りながら夏侯淵は桜桃に言った。
「正直で面白い男ですね」
「ええ。貸すのは構いませんが、上げませんよ」
「それは残念。しかし、ああも正直だと誰かに利用されそうですね」
「出会った方々からいつも同じように言われています。ですが、誰も損をしないなら止めません。今のように」
「もし賊の正体が流民でなくとも、予備の兵糧が欲しい劉備軍にとってはあの村に食糧が集まっているという情報は有用です。これで北郷は劉備に恩を売れる。劉備軍も兵糧の問題がなければ道すがら募兵でき、まとまった数になれば徐州戦線の官軍からも一目置かれる」
「一刀様が発案者として夏侯淵様の名を挙げていれば曹操様の声望も高まりますね」
貴女も受益者ですよね、と言いたげな桜桃の視線に夏侯淵は肩を竦めて見せた。
「この奥に剣があります」
関羽らに兵糧の情報を伝えて戻ると、河蟹はすぐに皆を連れて外の蔵に案内した。
河蟹は蔵の奥にある箱を開けると装飾の少ない剣を取り出す。
「これが項羽の剣と伝わる剣です」
貂蝉が剣を受け取り刀身を抜く。現れた肉厚の刃には錆どころか傷一つ無かった。
「隕鉄……この星の金属では無さそうだわ」
貂蝉が剣を構え集中すると刀身が淡く緑色に輝いた。
「な、なあ貂蝉……この光ってウランとか放射性物質とかじゃないよな?」
「安心してご主人様。被曝するようなものでは無いわ。でもホント、何なのかしらね……?」
剣を鞘に納め河蟹に返した。
「剣を輝かせるのもそうですが氣を漏らさないの、お上手ですね……氣を上手く扱えない者が剣を抜くと鈍く光って生命ごと吸いつくされてしまいます。私も対仙術の修行でしっかり氣を練れているかの試験で抜きました。貂蝉さん、母と同じくらい輝かせていましたよ」
母を思い出しているのか、剣を抱きながら河蟹が言った。
「氣については専門なのよん。見せてくれてありがとうね、河蟹さん」
「もうよろしいのですか? それでは私もこの家を引き払う準備をします。剣のことが噂になってしまっている以上、悪意を持った人が来ないうちに……」
「そうなるわよね……もしよければ貴女も私と旅に出ない? 今、私と師匠と華佗君でジョカという邪仙を追っているの。ジョカの狙いがこの剣の素材に関係しているかもしれないから、私たちと一緒に居た方が安全よ」
「ジョカと言えば始まりの男女の名ですか……分かりました。一度は世間を見るのも良いでしょう。貂蝉さんについて行きます」
家を引き払う手伝いをするために貂蝉は残り、一刀たちは許昌に帰ることにした。
「――ふうん。さっき別れる前に、次に会ったら真名を交わそうと張飛が言ったそうだけど、交換したの?」
許昌に戻った一刀たちは曹操にこの件の顛末を報告した。
「ああ、流石に別れの挨拶をしてすぐなのに3度目の再会とは言えないだろ。だからまだ真名を交換してないぞ」
「そう。やっぱり貴方の行く先には面白い縁が転がっているわね。私も行ければ良かった……と言いたい所だけど、今回はそうとも限らないのよ」
「っていうと?」
「民にはまだ伏せてね……大規模な政変がありそうなの」
「政変?」
いきなりの言葉に戸惑う一刀たち。
「劉協様が董卓を通じて麗羽……袁紹や袁術に使者を出しているのよ」
「それだけだと何とも言えないような……」
「勿論それだけじゃないわ。袁紹本人から私に密書が届いたのよ。「近々宮廷を牛耳る宦官を一掃するつもりだ」、と自慢していたわ。いわゆる悪徳宦官を一掃したところで急にまともな文官が現れる訳でなし、短慮としか言いようがないわ」
史実を知る一刀は何となく察しがついたが、曹操は今一つ呑み込めていない李梅たちに人間関係を説明した。
何進は軍部の代表である大将軍であり、袁紹や袁術は朝廷を欲しいままに動かす宦官を苦々しく思っているため何進の派閥に属している。
一方、劉協が頼れるのは陰気な田舎者と侮られたが故に侍ることを許された董卓だった。董卓は何進の派閥に属しておらず、何進からは劉協を擁立するつもりではないかと警戒されていた。
妹が皇后である何進としては劉協の頼みを聴く気は無いが、目障りな宦官勢力の一掃には惹かれるものがあったのだろう。もしくは早急に宦官をどうにかしなければならなくなるような何かがあったのかもしれないと曹操は言った。
「ここからは悪い想像なのだけれど、宦官を排したことで出来た政治的空白の責任を何進勢力に負わせて失脚させるのでしょう。何進ら軍部の影響力を削ぎ、董卓が涼州から連れて来た兵と文官で一気に朝廷を掌握、後ろ盾を無くした主上に黄巾の乱や蝗の発生は主上の不徳であると罪己詔を出させて政治の実権を握る」
罪己詔が分からない一刀に、曹操は君主が自らの過ちを反省し、天下に示して政策を改めるために出すものだと説明した。
「以前から思っていたのだけれど、今の主上は傀儡として都合が良すぎる部分があるのよ。こんな風に宦官勢力が武力で制圧されると簡単に次の擁立者に奪われる。あの注意深い趙忠が主上を自分に依存させるだけでそれを抑えられるなんて、本気で考えている訳じゃないでしょうし……いや、十常侍の讒言で処刑されそうになった清廉な官僚は呂強の取り成しで地方に追放れて残っている……まさか、趙忠はこれを誘っていた? だとしたら主上が即位した時点で立て直しは無理と考え、全ての悪政の罪を宦官の粛清という形で被ることにしていた? だとすると辻褄が合うか……?」
「……曹操、俺たちが居ると邪魔かな?」
「ああ、ごめんなさいね。邪魔だなんて事は無いのだけれど……後で考えることにするわ。そうだ、養子にする子が来ているのよ。秋蘭、連れてきて頂戴。それと真桜に例の物を持って来るように伝えて」
「御意」
夏侯淵が退室してしばらくすると李典が白い杖を持ってやって来た。
「華琳様、こちらになります」
杖を受け取った曹操は桜桃に差し出した。
「長沙の乱では貴重な経験を積ませて頂いた御礼にこの杖を贈らせてください」
「この杖……いえ、仕込み杖ですか?」
「はい。李典の作ですので頑丈であることは保障します」
一見しただけでは仕込み杖とは気付けない白鞘の刀を曹操から受け取った。
「白で拵えたんやけど希望があれば黒にも出来るで。花鳥の絵付けでもすればもっとバレにくくなると思うんやけど、その辺は好みやから言うてや」
「ありがとうございます。大事に使わせていただきますね」
桜桃が刀身の長さを確認しているのを見ていると、今度は夏侯淵が曹操に似た子供を連れて来た。
「どことなく曹操に似てるな……親戚の子?」
「そうよ。夏侯家から迎えたの。曹昂、挨拶なさい」
「はい曹母様。私は姓は曹、名は昂、字を子脩と申します。皆様のご活躍は曹母様から聴かされており、会える日を楽しみにしておりました」
曹昂は一刀たちの事を知っていたため自己紹介は簡単に済んだ。一刀たちの武辺話もそうだが、特に李梅の馬術の巧みさに憧れているらしい。
「私も年頃の男だと言うのに一向に背が伸びず、小柄ながらも先頭で騎兵突撃を指揮された区星殿には憧れを覚えます」
「李梅の馬術は凄いもんな……って、男!?」
「うー……やっぱり男とは思われていませんでしたか……」
「ご、ごめん……顔立ちとか曹操に似てるからてっきり女性かと……」
「良いんです。曹母様に似ているということは影武者になる事も出来るという事ですから……」
そのやり取りを笑うのをこらえながら見ていた曹操が、
「一刀から一本取れたわ。ですが、流石は区連殿ですね。声だけで曹昂が男性だと気付いておられたようで」
「はい。音だけで判断すれば違和感に気付けると思います」
「曹昂、私の影武者になる必要は無いわ。私の方がずっと強いし、寝首を掻かれるようなヘマもしない。それに、戦場で剣を振るだけが活躍ではないのだから、自分の適性を磨きなさい。大体、そこの一刀だって学の範囲は広いのに極めたものがない。それでも話していると新しいものの見方に気付いたり、自分の思考の整理になるわ。他にも春蘭なら武の面で――」
曹操の人材自慢と活用自慢が始まった。
(俺、さっき少し褒められた?)
「何を考えているの一刀? 貴方は結構向こう見ずというか行き当たりばったりみたいな所があるのだからもう少し慎重になさい。徐州戦線に居る零陵太守と連絡をとりたいと言っていたけど、それこそ私に尋ねればすぐに解決していたわ」
一刀が李梅らに助けを求めるように視線を送るが、二人とも曹操の説教に頷いて同意していた。
後々まで関わる部分のつもりなのに書き終わるとさらっとしてる現象




