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第54話 関羽の模擬戦

 夏侯淵と合流し許昌を出発した一刀、李梅、桜桃らは汝南での蝗害や黄巾軍の残党などの情報収集を終えた。

「うむ。これで汝南の主だった邑の確認は終わりだ。協力に感謝する」

「いやいや、ついでに例の項羽の子孫がいるらしい山の事も聴いてくれてたろ? むしろ俺たちの方こそ助かったよ」

 最初は夏侯惇のような直情型の武将かと警戒していた一刀だったが、この頃には温厚な夏侯淵とすっかり打ち解けていた。

「しかし北郷は……華琳様が言っていたが、不思議な馴染み深さのようなものを感じる。そう言えば親戚に似ている者が居るな……」

「親戚に? 兄弟が沢山居るんだから親戚もいろんなタイプの人が居るだろうし、そんなもんか」

「……発音は完璧に我々と同じなのに、まるで知らない言葉が出て来る。やはり異民族なのだと実感させられる」

「ごめん、気を付けてはいるんだけどたまに出るんだ……俺もちょっと気が緩んでるのかな」

 曹操は夏侯淵に一刀が未来から来たと言うことを説明していなかった。

 しかし、もしも夏侯淵が一刀の事情を知ったとしても軽率なことはしないから安心するように、と言って曹操は一刀と夏侯淵を引き合わせていた。

「気を許してくれていると受け取っておく。さて、明日は例の山まで行くとして食糧などを補充しておこう」

「分かった。じゃあまた晩飯で」

 許昌から見て南東にある汝南は袁紹、袁術といった袁氏のお膝元だからか盗賊の類が少ないようで、末端のむらでも行商人のための宿が軒を連ねている。

 その中の一番良い宿を宿舎として邑の長から宛がわれていた。

「この宿以外、ほとんど客で埋まってるって凄いな。それだけ栄えてるって事なのか?」

「いや、あれは食糧を売り込みに来た行商人たちだろう。区星が思うに、蝗が発生したと聞いて金の有りそうな汝南を目指して来たが、曹操が既に支援の手を回していたから当てが外れたようだ」

「食糧をそのまま持って返るよりは、どこかで売って別の商品にしないと損するもんな……」

「それに、豊かであるが故に野盗が集まって来ているだろう。腹を空かせた野盗は大きな隊商どころか軍が相手でも襲い掛かる」

「景気が良いって評判があるとそういうのも集まる訳か……」

「食い詰めた野盗は馬も食ってしまっただろうし、車を引かない我々ならば容易に振り切れる。案ずることは無い」




 噂の項羽の子孫が居ると思われる山は、地元の木こりや薪拾いに来た村人が作ったであろう道がわずかにあった。

 麓の村で話を聞くと木こり小屋よりもさらに奥に住む人が居て、偶に山を下りて山菜や動物の毛皮を売りに来るらしい。

 取り敢えず道なりに進んでみると意外な人物と再会した。

「あらご主人様じゃないの~。ここに来たってことは、項羽の剣の噂を確かめに来たのかしらん?」

「北郷、この筋肉の塊は何者だ?」

「あの人は貂蝉って言って、なんだろう……悪い人じゃないと思うよ」

 夏侯淵にどこまで説明して良いのか分からず言葉を濁した一刀。それに貂蝉が助け舟を出した。

「私は貂蝉。貴女たち流に言えば五胡の妖術使いに対抗する勢力、と言った所かしら」

「五胡の……ジョカ、なる者を追う人が居ると我が主から聴いております。貴方がそうでしたか。私は姓は夏侯、名は淵と申します」

「順応速いな夏侯淵!?」

「貂蝉殿が纏っている氣が尋常では無い。名前の組み合わせも仙人らしいものだ。ただの痴れ者ではあり得ない」

「ま、私のことは置いといて……項羽の子孫の家を見つけたわ。今はお留守だったし、ご主人様の気配を感じたから迎えに来たの。一緒に行きましょ」

 貂蝉が先導して歩を進めると、麓の村からは山を隔て隠れる形で一軒の家があった。

 生垣を迂回して正面に周り古びた門の前で止まる。

「昼間だし、まだ狩りとか山菜取りにでも行ってるのかもな。勝手にお邪魔する訳にもいかないしどうする?」

「お待ちを……誰か来ます。2人分の足音で馬は無し。足運びが武人のものです」

「項羽の子孫が居るなんて噂があるから武芸者が来てるのか? 荒っぽい人じゃなければいいな」

 少し待つと髪の長い女性と小柄な少女の二人が現れた。

「む……貴女がたはその家の住人か? この山に怪しい男たちが出入りしていると聴いて来たのだが、何か知らないか?」

 長髪の女性の質問に一刀が答える。

「特にはありません。強いて言えばそこの貂蝉が怪しさ満点ですが、悪い人では無いから……ところで、もしかしたら二人は関羽殿と張飛殿ではありませんか?」

 墨を流したような長髪と二人の持つ武器には見覚えがあった。

「如何にもその通りなのだ。鈴々たち、もうそんな有名になってたのだ?」

「こら鈴々……そう言う貴殿は?」

「北郷、一刀です。海外の異民族ですので真名もあざなも有りません。お二人の事は洛陽の外ですれ違ったのを覚えていましたので。それに、その青龍偃月刀と蛇矛は軍列の中でも目立ちますから」

「洛陽……軍列……あぁ、曹操様と士燮様の軍の……大変失礼致しました。私は姓は関、名は羽、字を雲長と申します」

「えっと、鈴々は姓は張、名は飛、字は翼徳なのだ、です……」

 それぞれ簡単に自己紹介を済ませ、互いの目的を話し合った。

 関羽が言うには、賄賂を贈らなかったために讒言を受け収監された盧植の無罪を訴え認められたは良いものの、それにより声望が高まった劉備の義勇軍に参加を希望する者が次々に合流し手持ちの兵糧では養いきれなくなったようだ。

 そのため、豊かな汝南で補給を受けてから徐州、青州の戦地へ向かうつもりだったが、折悪しく蝗害があったため冬の貯えまでは売れないと断られてしまったらしい。

「かと言って兵糧を用意出来なければ古参はともかく、新参の兵が勝手に徴発を始めたり野盗化したりする恐れもあります。ですから汝南の郡太守に兵糧を分けて頂こうとしましたが、代わりに賊の討伐をするように言われまして……軍で動くと賊に察知されてしまうので私たちが囮と索敵を兼ねて先行しているのです」

 関羽たちが二人だけでここに来た理由は理解できたが、夏侯淵には一つ疑問があった。

「何故徐州までまっすぐ向かう許昌や陳留ではなく、わざわざ南の汝南を経由しようとしたのだ? 兵糧ばかりでなく、時間まで無駄に浪費してしまうではないか」

「それは……」

「愛紗じゃちょっと答え難いから鈴々が答えるのだ。洛陽で曹操様の軍とすれ違う時に愛紗が曹操様に口説かれたからなのだ」

(口説くってどっちの意味だ? どっちの意味でもありそうなのが曹操らしいというか……)

 夏侯淵はなんとなく察したようだが、

「そうだとしても兵を率いる者の振る舞いでは無いと思うが?」

 この一言の後に続く言葉が罵倒になると思い夏侯淵は口を閉じ、関羽が反論しようとしたところで家の主が帰って来た。

「あのぉ~、ケンカは良くないですよ~」

 声の主は一刀よりもやや背の高い女性だった。

 顔立ちは柔和で美人の部類だが自信の無さそうな表情がそれを覆い隠している。長身な上にやせ型のため、見た目は非情に頼りない。さらに衣服もサイズが合っておらず古びていることもあり、みすぼらしい印象を受けた。

(この人が項羽の子孫? もっと破天荒な性格だと思ってたけど……)

「道に迷ったのなら麓の村まで案内しますよ」

 呆気にとられた夏侯淵らに代わって一刀が答える。

「私たちは道に迷った訳では無くて、この辺りで項羽の剣を持っている方が住んでいると聴き、是非とも見せて頂けないかと思って来たのです」

 貂蝉本人がここに居る以上、洛陽まで借りる必要が無いのでまさに見るだけ、としか言いようが無い。

「えっと……項羽の剣が有ったとしたらどうしますか?」

「見るだけで良いんです……だよな、貂蝉?」

 貂蝉は無言で頷いた。

「それに区星は蚩尤に縁がある。蚩尤の斧は氣を込めると輝いたと伝え聞くので、もし同じような物なら見てみたい」

「あー……貴女たちは確かにモンの人たちですものね。ケンカしそうだった貴女たちはどんな御用ですか?」

 女性の質問は毒気を抜かれた夏侯淵と関羽にも向けられた。

「私は北郷たちの付き添いです」

「私たちは盗賊の討伐依頼で……あの、怪しい集団を見かけませんでしたか? 脅されたり何か要求されたりなどはされていませんか?」

「見ていませんね……でも、結構な数の他所から来た人が山を荒らしているようです。場所はもう少し東の方ですね」

「感謝します。ところで貴女、かなり強い武人なのではありませんか?」

「えっと、少しばかり先祖伝来の拳法を……」

「もしよければ私と手合わせしては頂けませんか? 先ほどから武者震いがしてしょうがないのです」

「え~……家の事をしたいから明日でもいいですか? 今日は泊って、明日手合わせをしたら山を荒らしてる人たちの所まで案内するというのはどうでしょう?」

「それは助かります。申し遅れました、私は関羽と申します。貴女のお名前を伺っても?」

「は、はい……今は河蟹かかいと名乗っております」

「河蟹……大きな金色のハサミを持つ蟹ですか。明日はよろしくお願いします、河蟹殿。何かお手伝いすることがあればなんなりとお申し付け下さい」

「じゃ、じゃあ家の周りの掃き掃除だけお願いします。落ち葉を集めてお芋さんを焼きましょう。箒はあそこです」

「心得ました。行くぞ鈴々!」

 関羽は張飛を連れて掃き掃除を始めた。

 一刀も何かしようか尋ねようとしたところ、董衣たちを入れる馬房の掃除を頼まれた。

「ウチの馬も中に居るから、外に出してあげてください……それと、お察しのこととは思いますが私が項羽の子孫と伝え聞いています。剣のことは明日、関羽さんたちのことが済んだらお見せしますね」

「ありがとうございます……この事を言いふらしたりはしないと約束しますが、私たちに教えてしまってもよろしかったのですか?」

「もちろんです。モンの人は最後まで先祖を裏切らず付いてきてくれましたし、長江を渡った親戚がお世話になっていますから。劉姓になった親戚が良くしてくれていますが、項姓は中原だと肩身が狭くて……」

「意外なご縁が……おっと、そろそろ馬房の掃除をしてきますね。李梅は馬の方を頼む。俺は馬房の上の方から掃除するよ」




 夜が明け軽めの朝食を摂った後、関羽は河蟹との手合わせを始めた。

 関羽は棒立ちの河蟹を訝しがりながらも、先ずは様子見、と布を巻いた青龍偃月刀で軽く突いた。

 河蟹は心臓に向かって正確に繰り出された刀身を半歩左に避けながら叩いて軌道を逸らした。

「突きが速すぎてブレて見えた……あんなの食らったら防具の上からでも失神する気がするぞ、俺……」

「剣先だけではなく、相手の重心や呼吸を見ればどう突いて来るか何となく分かる。それをおいても関羽殿の練度は異常だ。そしてそれ以上に河蟹殿も……」

 一刀は夏侯淵の言葉で関羽と河蟹の構えに注目した。関羽が重心を落としたのを見て河蟹は半身に構える。

 青龍偃月刀が横一閃に振るわれると同時に河蟹は地を這うような低い姿勢になり、一気に間合いを詰め関羽の足首を掴んで5mほどの高さまで放り投げた。

 常人であれば方向感覚が狂ってそのまま地面に叩きつけられたであろうが、関羽はすぐに身をよじって姿勢を替えた。

 そのまま青龍偃月刀を下に向け、自身はそれに脚を絡める。刀身を地面に突き刺しながら着地の衝撃を和らげようとしているのだろう。

 落下を始めた関羽に河蟹が猛禽のように突っこみ、関羽を抱きかかえて着地した。

「すみません関羽さん、お怪我はありませんでしたか?」

「お見事でした。河蟹殿が武器を持っていたら全く歯が立たなかったでしょう」

「そんなことはありませんよ……きっとあと数回やれば引き分けが多くなると思います」

「……それでも負けると思わせられないのであれば、私の完敗です」

「あ、その、今のは負けると思って戦うから負けるのだ、って先祖の教えでして……失礼しました」

「いいえ、良い経験をさせて頂きました。ありがとうございました」

 関羽は満足したようで張飛と旅装を整えた。

「北郷殿たちも、夏侯淵殿も、また会いましょう」

「愛紗は真面目な顔してるけど、昨日一人でお味噌汁を全部飲もうとしてたの皆気付いてるのだ。兄ちゃん、お味噌を分けてくれてありがとうなのだ! 次に会ったら3回も会った縁で、今度こそ真名を交換するのだ。それなら頭の硬い愛紗も真名を交わすのだ」

 ニャハハと笑う張飛を関羽が嗜めながら、二人は河蟹の案内で山道を進んで行った。

 俗っぽいですが、昨年と比べてじわじわポイントが増えているのが嬉しいものです。



・河蟹

 項羽の子孫ということで強さは高め、でも今後の戦で各武将たちが経験を積むと実力が拮抗しそうなバランス。格ゲー版があるのでそこの住人みたいな。空中コンボは基本。

 河蟹の偽名の由来は長江流域を中心に幅広く棲息するチュウゴクモクズガニこといわゆる上海蟹……ではなく、中国のネットスラングの和諧=河蟹。和諧は調和の意味で、要は検閲による削除を同音の河蟹(ホウシェ)で皮肉ったものです。

 ついでに調べてみると、チュウゴクモクズガニは伝説の夾人虫なるものだそうです。数千年前に漢族の祖先が江南地方に定住した頃、2本のはさみと8本の足を持つ虫が沢山現れて作物を切ったり人を傷つけた。そこで夏王朝の禹が派遣した巴解という男が一計を案じて退治したとかなんとか。

 伝説時代からネット時代まで反体制側の象徴になっているのが面白いので採用しました。

 しかし8㎝程度の蟹に傷つけられる人たちって……

 他の名前候補はもし男性だったら草泥馬にしようとしていました。これもネットスラングですが意味は……昔のハリウッド映画でよく聴くセリフです。

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