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第53話 許昌での休息

 秋の実りを運んだ中原の風は、江南に慣れた身体に肌寒さを覚えさせた。

 許昌政庁内の東屋では曹操が一刀たちを茶会に招いていた。

「長沙での戦いぶりを聴いたわ。正直に言うともっと時間がかかるかと思っていたのだけど、短期間で陥落させるとは見事ね」

「軍師も良ければ兵も良かったし、長沙自体も統制が取れてなかったのも勝因だな」

羅馬ローマの床弩の作り方や簡易な築城の仕方まで凪たちに見せてくれて助かったわ。とても良い経験になったはずよ」

「待ち伏せ場所の設営をしてたもんな、李典たち。皆働き者で助かったって義勇兵や士燮様も言ってたぞ」

 曹操は部下たちの成長を喜び、楽進、李典、于禁にそれぞれ一隊を預けて調練をさせていると語った。

「それぞれ多少の難はあれど、徐々に指揮の執り方を身に着けてゆくでしょう。それに、徐晃殿に仕官してもらえたことで余裕が出来たわ」

「ん……頑張ります……お兄ちゃんたち、近くに来たらシャンの所にも寄ってね。約束」

「ああ、約束だ。ところで曹操、項羽の剣のことで女っ気がなかったらって条件で聴きたいことがあるんだけど」

「あれのこと? もし貴方が奔放だったら、南匈奴の偵察がてら李広の弓の情報を教えていたところよ」

「俺が女たらしだと? それと偵察がどう関係するんだ?」

「貴方のことだから、きっと揉め事の一つにでも会った後に南匈奴の王の閨に入り込みそうだからよ……まあそれは後で話しましょうか。項羽の剣の噂は汝南から寿春にかけての山よ。こちらからは夏侯淵を派遣して土地の名士と縁を結んでおきたいのだけど、貴方たちの探索行についていけば地形とかも細かく確認できるでしょう? それに、もし野盗や黄巾党の支持者の村に入ってしまったとしても、貴方たち程の剛の者が居れば安心だわ」

「夏侯淵……夏侯惇みたいな性格じゃないだろうな……」

 一刀の呟きに、曹操の隣に座る夏侯惇が反応した。

「なんだ? 私の性格に難が有ると言うのかお前は? 良い度胸だ訓練場に来いお前の性根を叩きなおして――」

「春蘭、そこまでにしておきなさい。一刀も少しは口を慎みなさい。春蘭もこれで結構乙女なんだから……夏侯淵は落ち着いた性格だから安心なさい」

「そうだぞ北郷。私の漢女おとめぶりは凄いのだ」

(乙女と言うより益荒男みたいな言い方だけど、それで良いのか夏侯惇……)

 夏侯淵が来てから出発となったがそれは曹操の旗下に陳留の留守を任せるに足る人材が育ち、曹軍がさらに自由に動けるようになったということだった。

 これを期に曹操は徐州、青州方面へ移動した黄巾党の殲滅を考えており、徐州の陶謙へ使者を送っては出陣を促し自身も派兵の準備を整えていた。

 茶会が終わって休んでいると曹操が一刀を呼んでいると連絡があり、曹操の下へ行くと人払いがされ二人きりとなった。

「さっき何か言いたそうにしていたけれど、なにかあったのかしら?」

「ああ、その……実はこの前李梅の……」

「手を出したの?」

「胸を触った……これ、女っ気がなかったらって条件から外れたりしないかなって……」

 それを聴いた曹操は笑い飛ばした。

「ふふッ……胸くらいで何よ。そこまで奥手だとは思わなかったわ。そんなことじゃあ匈奴に色仕掛けなんて仕掛けられないわ……いや、むしろ新鮮味があって逆に興味が惹かれるか……ねえ、今からでも匈奴の方に行く気は無い?」

「まさか。俺、一応だけど本来の零陵太守の様子を見て来るって仕事もあるんだから。後は楽器の練習と中原の書籍を買ったりとか色々だ」

「楽器まで始めるなんて、周旋の仕事に就くのかしら? まあ貴方の知己を見れば引く手は数多でしょうけど」

「俺に出来そうな仕事って言うと、親戚の牧場でバイトした経験を活かせるかどうかだな」

「バイト……労働ということかしら? そうそう、貴方が絶影に着けてくれた馬の覆面だけれど、兵たちの間でとても流行ってるわよ。色や模様で自分の馬がどこに居るかすぐに分かるとか、部隊で統一すると団結が深まるとか。後で見に行ってあげなさい」

 以前曹操に贈られた若駒で影を恐がる馬が居たが、それを兵たちに相談されて一刀がメンコとシャドーロールを用意したことで改善したことがあった。その時は本格的な名付けに立ち会わなかったが、影を断った馬ということで絶影と呼ばれ調教の時点でかなりの期待が寄せられていた。

(そんなことに……って、絶影!? 曹操が未亡人を側室にしてるところを夜襲で典韋ともども失った、あの……)

「馬を着飾らせることに入れ込み過ぎないよう注意しているけれど、士気が高まるのも事実なのよね……まあそれはいいわ。凪たちからの報告で麻薬とかいう薬が長沙太守を狂わせたと有ったのだけれど、事実かしら?」

「ああ、事実だ。麻やケシの花から作ってるってことだから、大麻とアヘンってやつだと思う。依存性があって精神に異常をもたらす危険なやつだ」

「そう、植物由来なのね……ねえ、五石散って知ってる? 徐州に残っている黄巾軍が使っているらしいのだけど、身体が軽くなったり仙人になったような万能感を得て薬が切れるまで戦えるようになるらしいわ」

「五石散……なんか読んだことがあるような気がするけど覚えてない。ただ、そういう効能があって依存性があるとしたら、危険な薬物だと思う」

「……前に貴方から未来の知識を借りないと言ったのだけれど、これについては曲げて頼みたくなるわ。取り敢えずは徹底的に禁止することと、長沙太守が乱心して叛乱を起こした元凶の一つとして恐ろしさを教育するしかないわね。徐州では戦う事よりも、捕虜から伝わった薬が軍中に浸透する方が厄介よ」

「俺としては麻薬の恐ろしさを認識してるのは嬉しいけど、ジョカとかキョンシーは脅威に感じないのか?」

「殺せる敵なら終わりはあるけれど、人の心の不安につけ込まれるのは終わりが無いのよ。戦、病、飢饉に格差……これらを克服した国があるとすれば、天の国というやつかしら」

「天国ねえ……真面目に働いて家族が健康で満足に食べていける以上の幸福なんてあるのか?」

「誰もがそこで満足できる訳じゃないのよ。楽をしたい、もう少しだけ贅沢を、子供に良い教育を……限りが無いからこそ、人は前に進んで行くのよ」

「成長の原動力になるから欲ってのも悪いもんじゃないんだな……ところで、この話だけなら俺だけを呼ぶ必要はないんじゃないのか? 何か他に言い難い事でもあるのか?」

「そうね……もし私の妻が気に入ればだけれど、貴方の子種たねを妻に付けてもらおうと考えていたのよ」

「は?! いやいや、何でそんな……それより妻って……」

「あら? 私と丁氏の間を取り持ったのが士燮様だって言わなかったかしら?」

 曹操が一刀に有力者同士の婚姻について説明した。大まかには曹操を始めとした時代を動かすような女性は妊娠や育児に時間をかけることはできないから自分の代わりに産んでもらう女性を妻として迎える風習があるとのことだった。

 しかし、曹操の妻となった丁夫人の気に入るような男性が現れなかったことで今の所子供は無い。

「だから私の一族から優秀そうな子を養子に貰おうとしていたのよ。丁氏は聡明だから子供の教育も任せられるし。それに、あまり女性をけしかけて区星殿をやきもきさせても仕方ないしね」

「ん? なんでそこで李梅が出て来るんだ?」

「……ニブイわね。区星殿に誘われたのは、大抵一刀が他の女に近付いたか親しくした時じゃないの? 区星殿だって抱えている悩みはあるでしょう? 例えば自分は異民族だから、とか胸……女性的な魅力に乏しいのでは? とか」

「いやいや、異民族具合で言えば俺の方がもっと異民族だし見た目とかそんなの……って、そういうことじゃないんだよな。どう思うかは自分自身なんだから、俺だけがどう思ってたって意味ないよな」

「私が一刀の立場ならとっくに手を出してるわ。むしろ私が男なら周りの女性たちを全員お手付きにして、さっさと家臣団の後継者問題を解決してしまうわ」

「その場合、皆曹操の子供ってことで曹家になるんじゃないのか?」

「子供の所有権は女性側にあるものよ。これは男性側の家が後継者を持つためには妻を大事にしなければならない、ということで家庭内の不和の抑止に繋がっているわ。まあそれで通い婚なんて形の夫婦も出ているのだけれど――」




 夏侯淵の到着を待つ間、各々自由に過ごすことになった。

 そこで一刀は空への憧れを持つ香風のために簡単な遊具を作ることにした。

「ブランコなんて古代からありそうなのにまだ無かったんだな。零陵の縄昇りの訓練場で似たようなことやって遊んでる子供を見たからてっきり有るかと思ってた」

「すごいよお兄ちゃん! もっと、もっと押して!」

 女性用官舎の近くに植えられていた木に作った簡単な物だったが、初めての体験に香風は興奮しているようだ。その背を押してやりながら一刀は思った。

(このくらいなら歴史への影響なんて無いよな? 縄梯子とかで遊んでる子供がいるんだから、遅かれ早かれ作られるだろ)

 今は木の枝かから吊るしているけれど、いずれ金属でしっかりした物を作れれば……と考えていると、訓練を終えて帰る途中の季衣と夏侯惇がやって来た。

「何これ!? 兄ちゃんたち何やってるの?」

「また北郷が怪しげな物を作ったのか」

「見ての通り怪しくない普通の遊具だって。ちゃんと曹操に許可を取ってるから」

「ねえねえ香風、次ボクにもやらせて!」

「ん……分かった。今降りる」

「え、ちょっと待って今止め――」

 香風は加速中のブランコから手を放し、放物線を描いて猫のように着地した。

「満足……」

「満足じゃなくて、ちゃんと止まってから降りてくれ……油断してると大ケガの元なんだからな。約束しないと他の乗り方を教えないぞ」

「うん……分かった、お兄ちゃん。心配してくれてありがとう」

「分かってくれればいいよ。子供とかが真似するから、こういうのはちゃんとしないと……」

 ブランコの方を見ると季衣と夏侯惇が、

「ボクもやる! もっと高く遠くまで飛んだ人が優勝!」

「北郷! さっさとこっちに来て背中を押さんか! 私が一番飛んでみせるぞ!」

 どちらが先に乗るかで譲ろうとしない二人が居た。

「子供……」

「……ああいう大人も居るから、安全に使おうな」

 季衣たちにも途中で手を放すと事故の元になると説明して止めたが、ブランコから飛び降りるのを真似する者は絶えなかった。

 幸いな事に運動能力に富んだ者だけがしていたため事故らしい事故は起きなかったが、この飛ぶ際の放物線を見た李典が弾道計算に興味を示すことになるのだった。

 季衣たちも満足するまでブランコを押してやった後、昼食を終えて午後は李梅と馬を見に行くことにした。

「聴いていたように、馬の覆面が色とりどりだ」

「俺の国だとメンコって呼んでたな。放牧中も着けたりはしないと思うけど。にしても、変な文を書いてるのが居るな」

 牧柵の外で見ている一刀たちにおやつをねだっているのか、愛想よく寄って来た馬のメンコには「仙求米米」と書かれていた。

「せんきゅうべいべー……か? 微妙に漢詩とかに有りそうなのがまた……」

「五斗米道が米と引き換えに治療してくれるのだったか。それとかけているのだろう」

 近くで作業していた牧童が言うには、人懐っこいから撫でられに来たのだろうとの事だった。

 首を振ってアピールするので、許可を得てから撫でてやると満足したのか離れて行った。

「米米ちゃんの主は、ああやって書いておけば見学に来た人からおやつを貰いやすいって考えたのかな? だとしたら結構な策士だな」

 しばらく牧柵の周りを歩いていると董衣が芦毛の馬を連れてやって来た。

「お前、こんな短い時間で友達できたのか」

「一刀、この芦毛かなり良い馬だ」

「連銭芦毛だ。これから真っ白になるのかな。名札には……白鵠? 縁起の良さそうな名前だ」

 しばらく馬たちを構っていると曹洪に声を掛けられた。

「あら、区星さんに一刀さん。わたくしの白鵠に何か御用でして?」

「俺……私たちは自分の馬を見に来てまして、白鵠が仲良くしてくれていたようです。曹洪さんも自分の愛馬を見に来たのですか?」

「わたくしはこの牧場長ですから……それと、区星さんたちは客人ですのでどうぞ常の言葉でお話しください。そちらの栗毛も見事な馬体ですのね」

「ああ……こいつは董衣。長距離も山道もスイスイ走ってくれる良い馬だ」

 「ウチの仔自慢」をしているのを理解したのか、一刀の肩に顎を乗せていた董衣は曹洪に顔を向けてキリっと姿勢を正した。

「……賢そうな馬ですのね。貴方たちが乗って来た馬ですが、馬体を見ると汗血馬よりもさらに改良されたような印象を受けます。どこで生産されたのですか?」

 曹洪の質問には李梅が答えた。

「都から移住してきた金持ちが荊州や交州で売って来たのを掛け合わせて生産している。主に益州で繁殖させている」

 西方との交易中にも馬の売買をしているが、そこまで言うつもりは無いらしい。

「なるほど。区星さんも畜産に関わっていらしたのですね。配合で注意したり重視している要素を伺ってもよろしいですか?」

「……種牡馬よりも牝系を重視している。速い種牡馬の仔は速いが、そればかりだと数世代で近親ばかりになってしまう。無論、強化したい要素があれば近親での繁殖もするが――」

「――そうですよね! 母父として活躍する種牡馬の――」

 李梅と曹洪の繁殖談義に熱が入った。

「俺たちはどうしようか……袖を噛んでどうした董衣? 乗れって言ってるのか? 鞍も無いのに乗れるかな……っていうか、放牧地では乗れないだろ」


 曹洪は正史で名馬を多く所有していたらしいということと、利殖に励んでいたということで「馬産も自分の所でやれば出費が抑えられる」と考えて牧場を経営しているとしました。白鵠は拾遺記、太平御覧に曹洪が所有していたと記されている名馬だそうです。牝馬かどうかはわかりませんが、キャラ的に牡馬には乗りたがらないだろうということで……

 馬の繁殖で牝系を重視するのはドイツ式らしいです。

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