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第51話 腹芸

「項羽と虞美人の子孫……あり得なくはないだろう。もしそうなら、すいの血統も残っていないだろうか」

「騅?」

「項羽の馬だ。騅とは芦毛の馬の意味で、走るのは勿論だが戦傷を負ってもすぐに復帰した頑丈な馬だ。しかし、垓下の戦いの前に受けた矢が胃を貫き人を乗せるどころではなくなり、烏江で療養させられていた」

「烏江は項羽の最後の地だっけ? あと少しで長江を渡れるって場所だよな」

「うむ。囲まれる前に先行させていたそうだ。その後は傷が塞がった頃に柵を越えて逃げたと言われている」

「胃をやられてもそこまで回復するのか……そうだ、曹操へのに御礼の品に何を持って行く?」

 そうした見返りは求めていないのだろうが土産程度は持っていこうと話していると、桜桃と細梔が茶と菓子を持って来た。

「そこで誘われましたので……御一緒させて頂きますね」

 既に細梔には汝南へ行く許可は得ていたので、曹操の事について相談した。

「曹操様は清廉を旨とされる方ですので、あまり高価な物は受け取られないと思います。程々の価値の物となると、やはりこの土地の茶葉や菓子類でしょうか」

「茶葉ならそんなに重くならなくてよさそうですね。保存の効くお菓子っていうとどんなのがあるんですか?」

「胡(スー)ですね。中原の小麦食を忘れられない人たちのために、小麦粉を牛の乳や卵や酥で嵩増しして溶いて焼いた胡餅のようなものです」

「ケーキかクッキーみたいなものか。あ、むしろ台湾のパイナップルの……鳳梨酥か。この時代に甘い物は大人気でしょうね」

「蜂蜜や甘い砂が薬として流通していますが贅沢品です。世の中には嗜好品として食べている方が居るようですが……」

 蜂蜜水を好んで飲むと言えば袁術だが、名家の跡取りとして宮中にも人となりが知られているのだろう。

(あれは物価とか相場を知らないだけなんだろうけど……甘い砂って砂糖か? いや、この世界だと砂糖ってもう流通してるのか?)

 疑問に思ったので尋ねてみると、輸入品として流通しており生産の試験も始まっているらしい。

「竹や葦のような何かを使うらしいのですが……天竺から買い付けた物にはほど遠い品質のようです」

(サトウキビの汁をそのまま煮詰めるだけじゃなくて、この時代なら牡蠣灰を入れないと不純物の沈殿とか酸性の中和ができない……どうしよう、言うべきか……)

「一刀様は何かご存知のようですね。製法が天竺から伝えられていないということは、この国が絹の製法を秘密にしているのと同様の理由があるからだと思います。何としてもそれを聞き出すのが国益だとは思いますが、無理に聞き出そうとは思いません。それは天竺に報復されないためでもありますが、秘密を知っているということが何時か一刀様の身を助ける事にもなるからです。有体に言えば、その知識は一番高値が付く時に売るべきだと言うことです」

「……ありがとうございます。砂糖……って俺の国では呼んでいるんですが、砂糖について俺の家は業を背負っているというか……もし必要な時が来たら、その時に言おうと思います」

「そうして下さい。ところで業というのは? 何となく言いたいことは分かるのですが」

「ああ、仏教用語だから一般的な表現じゃないのか。えっと、業は前世で行った色々なこと……って意味です。昔、砂糖で税を納めさせた島で食糧になる作物を育てる余裕の無い状態にさせたことがあったんです。取り立ても過酷だったそうで、砂糖にまつわることで不幸になる人がいたら何とかしたいと思ってまして」

「その篤い志が報われますように。ですが相手は士燮様ですから、その辺りは抜かりないと思います」

「ですよね! 安心しました。それに士燮様なら外交戦で製法を仕入れるのも難しく無さそうですし」




 曹操への土産に零陵の菓子や天竺産の黒糖を買い、旅の準備を整えた。

「軍での移動ではないからかなり早く移動出来る。帰ろうと思えばまたすぐ戻ってこれる」

「馬だけでの移動だもんな。それじゃあ行ってきます」

 零陵を出発した一行は、まず長沙を目指した。

「孫堅様の所に零陵からの親書を渡して、ついでに村でお味噌を分けてもらう、と」

「挨拶は大事だ。それに、薬? 張津が吸っていた薬の件で境界の無い取り締まりをしたいとの申し出があった」

「麻薬捜査の組織が出来るのか……俺の時代でもこの国は麻薬に対して厳しかったな。売人が観光客の荷物に忍ばせて密輸したりする手口があるとか聞いたことがあるぞ」

 麻薬にしろ何にしろ、所轄を越えた捜査が行われたらどの程度の規模でどこまで追跡するかなど諸々を詰める必要がある。超常現象のようなキョンシーのみならず、麻薬を資金源とした山賊から張津のような有力者までが敵になる可能性がある。

「貂蝉さんたちがジョカを何とかしていればいいんだけどな。悪党と麻薬が出会ったら相当厄介な事になるだろうし」

 牛車や徒歩の兵を伴わないため長沙には行軍時の数倍の速度で到着した。

 長沙の郡都の正門の前で下馬して零陵からの使いだと名乗り符を見せる。

「零陵の方であれば荷をあらためる必要もありません」

 そのまま政庁まで行くよう促された。

「李梅の斧槍も香風の大斧も持ったまま入れてもらえたけど良いのかな? 長物を持って歩くのって治安的に良くなさそうだけど」

「一刀様、周りに暗器を忍ばせた方々がそれとなくこちらを伺っております。おそらく孫堅様の手の者かと」

「えっ……全然気付かなかった」

「敵意は感じられないから、気付かなくても無理はないよ……むしろ、普通の人の好奇の視線の中でそんなのに気付くお姉ちゃんがすごい……」

「ならず者が事件を起こせば町人に紛れた兵が鎮圧するのだろう。その噂が流れれば、警備の姿が見えなくとも悪事を働く者は躊躇すると考えたのではないか?」

「なるほど。俺なんかだとむしろ目立つくらいのお巡りさんが巡回してる方が安心するけど、そういう考え方もあるよな」

 長沙の政庁ではいかにも荒くれ者といった風体の男たちが衛兵を務めていたが、見た目の印象に反して丁寧な対応が得られた。

 あまり待たされることもなく政務の間に行き、親書を渡すと一読した孫堅は溜息を吐いた。

「悪いな。他の郡からは鬼道のまじないい如きを恐れすぎだとか、初の郡太守で舞い上がっているだとか返って来やがった。まともな返事が来たのは零陵だけだ」

 めんどくせーっ、と再び溜息を吐く孫堅。自身にもっと影響力があれば事は簡単なのにと考えているようだ。

「南蛮国が設置されりゃ、交州と益州と統一した軍事行動をとるんだろ。そこで何とかねじ込むしかねえ。普段なら根回しなんて面倒な事はバアに任せるんだが、今は郡を治めんので手一杯ときたもんだ……っと、愚痴ってもしょうがねえな。あまり贅沢はできねえが宴席を設けたから晩の予定は空けとけ」

 孫堅が合図をすると侍女らが一刀たちを客室に案内した。

 各々が荷物を置いて一刀の部屋に集まり今後の方針の話し合いが始まった。

「孫堅様のあの態度、十中八九演技だよな。わざと弱ってるところを見せてこっちの本音を聞き出したり油断させる兵法の。あとはギャップ……第一印象で粗野な人が真面目な態度になったら評価が大きく上がったりするやつ」

「当然とは言え、区星たちはまだ信用されてはいないということか」

「誰が敵か味方かって言うより、既に麻薬取締にむけての工作が始まってるんだと思う。それに、孫家と言ったら呉の出身だろ? この辺の詳細な地理を知る機会になるからかなり力を入れてるんじゃないか?」

「……曹操様も蝗の被害にあった村を調べるついでに豫洲の道を記録してた。多分、村の規模とか大きさで収入まで把握したと思う……徴税逃れはできない」

 周辺の地理から分かることは多岐にわたる。地図が秘匿されるのも当然だな、と改めて認識した一刀。

「動機がなんであれ、麻薬捜査はやって欲しいよな……ところで桜桃は何で天井の隅を見てるんだ? 鼠でも居た?」

「いえ、むしろ鼠を追い払う猫が居るようです」

「ああ、猫ね……そうそう、猫が部屋の隅を見つめる現象を――」




「ウチの若いのを恐がらせてくれたようじゃねえか? ええ?」

 宴席で酒が回り始めた頃、孫堅が言った。

(桜桃が見ていたとこ、間者が潜んでたって認めた? まずいことになるか?)

 一刀の緊張を他所に、当の桜桃は澄ました顔をしている。

「そう緊張しなくてもいいぜ。俺はな、むしろ感心してんだよ。ウチの明命は若いが中々の手練れだ。その忍び寄りを見抜くとは、流石区景殿の孫娘だってな」

「ありがとうございます」

「しかも俺の考えてることまで言い当てやがった。それを遮るでもなく聞かせたってことは、協力してくれるってことだよな?」

「ええ、零陵は魔薬の捜査への協力は惜しみません」

「零陵は、ねぇ……まあ最初から多くは望まんさ。ところで、この酒の味はどうだ? 結構強いが楽しめてるか?」

(区景さんが蒸溜の技術込みで作り方を教わったって言ってたな……あの日に董衣と出会ったんだっけ。なんか懐かしいな……)

 振る舞われた酒はもはや懐かしい焼酎だった。

「私は体質的に酔いにくいので……一刀様はどうですか?」

 酒を苦手とする李梅や香風は酒を断っていたので一刀に話が向けられた。

「懐かしいなーって。あと、こういう強い酒を呑みながら弓を射る四半的しはんまとっていう地元の祭りを思い出してた」

 しみじみ言った一刀の言葉に孫堅が尋ねた。

「これと同じような酒を呑みながら?」

「はい。農民が自家製の弓を持って義勇軍として参加して勝利に貢献したから、って領主が農民に弓を持つことを許可したのが始まりだそうです」

「ってことは農民が……祭りってことは訓練や義務ではなく、余興程度で弓をやるのか?」

「そうです。平和……太平の世になってからは確かにそうですね。もちろん、昔は国境防衛のためってのもあったでしょうけど」

「そうかそうか……北郷は確か日本国、倭人の島の出身だったか」

 どことなく不穏な空気を感じる一刀。

「そうですが何か?」

「倭人の国は女王国を中心に纏まっていたが、不和があり分裂して争っていると倭人の交易商から聞いたことがあるが?」

「……日本は広いですから、別の地域の話ではありませんか?」

 内心焦りながらも応えると、

「言葉はもっともだが、もっとそれらしい顔をしたらどうだ? 顔に嘘と書いてあるようだぞ」

 李梅たちも既に食事の手を止め聞き入っている。この場に帯剣している者は居ないが、武者溜まりに兵が潜んでいてはどうなるか。

 緊張に耐えかねた一刀は血を見ることになるよりは、と矛盾を認めた。

 すると、孫堅はそれまでの緊張感を吹き飛ばすように笑いながら、

「ハハっ! カマかけただけなんだが、北郷はもう少し腹芸を覚えた方が良いぞ……っと、やっと来やがったか」

「ちょっと母様! 娘に一服盛って縛り上げるとか何を考えてるのよ! 一刀に区連さんたちも、何かされなかった?」

 息を切らせて走って来た孫策が一刀たちを庇うように孫堅との間に立った。

「何もしちゃいないさ。それにお前は無警戒すぎる。今回は俺が薬を盛ったが、もし厨房に間者が入って毒を盛っていたら死んでるぞ」

「それと客人に対する無礼は別でしょ! こんなんじゃ折角のお酒も台無しよ。ごめんなさい、あんな無茶苦茶な太守の近くでは安心できないでしょうから、向こうの官舎の方に移ってくれる? 私の直臣で固めてるから、安心してくれていいわ」

 孫策が差した方向から慌ただしく従者がやってきて、一刀たちに荷物を取って部屋を移るよう促す。

「クク……そう睨むなよ。北郷たちに言う気が残ってるなら、向こうで雪蓮に本当のことを言ってくれ」

「なによ本当のことって……いいからさっさと行きましょ」

 孫策に急きたてられた一刀たちが退室すると、その場には孫堅と一人の小柄な女性が残った。

「娘には睨まれ、婆には呆れられる……中々賑やかな夜じゃねえか」

「大殿にしては随分と回りくどいことをされましたのう」

 婆と呼ばれたが見た目の年齢は孫堅より遥かに若く見える女性、張昭が答えた。

「あのじゃじゃ馬娘を色気づかせた男がどんな奴か見たくなるのは当然だろう? それに、あいつらみたいな童貞と生娘はこういう障害が無いと中々進展しねえんだよ」

「お人が良うございますな」

「倭国云々もどうせ嘘を吐くなら、中原で噂になってる管輅の「天の御使い」でも名乗ればいい。そうすりゃ俺も快く娘をくれてやれるってのによう」

「天の御使いを保護したという風評も得られましょうが、それだけなら適当な男をでっちあげればよいのでは?」

「真実味のある荒唐無稽な話ができる奴がどれだけ居る? それに、焼酎をあれだけひょいひょい呑めるのもなみの産まれじゃねえだろ」

「あれだけ酒精が強い酒をその辺の安酒のように煽っておりましたからなあ……しかし、直接北郷殿のことを聴かなくてよろしかったので?」

「婆でも見当は付いてんだろうが?」

「……余程遠くの国の王族か」

「天の国、だな」

 張昭は長い溜息を吐いて酒を一口飲んだ。

「天の国はともかく、我が国よりも相当文明の進んだ国であることは間違い無いでしょうなあ。何であれ、随分と気に入られたようで」

「顔はまあまあだが面構えが結構良い。俺に嘘をついていたのは気に入らねえが、事情があんだろ。なんなら婆を妾にしてもらうよう頼んでやろうか?」

「この忙しさの中で私が孕んだら、誰がまつりごとをこなせるかのう? おっと、ここに若人にむかって偉そうに腹芸を磨けと説く太守がおった」

「年嵩の生娘がよく言うぜ……それは置いといて、だ。魔薬、いや、華佗に習って言えば麻薬か。あれについての情報は?」

 それまでのおどけた雰囲気から一変、真剣な空気に変わった。

「華佗殿から聴いた麻薬の原料は麻と罌粟ケシですが、麻布を規制することは不可能です。ですが神農本草経の昔から麻の煙を吸うと鬼が見えると書かれておりますし、名士を通じて煙の服用を制限することはできるかと。一方で罌粟ケシ貴霜クシャーンから最近伝わって来たものです。栽培には人の手が必要とのことですし、まだ一般には流通していませんので国内での抑え込みは可能と思われます」

「その辺は五斗米道の道士に感謝だな。痛み止めとして効力の弱い物を使う許可は出してやってもいいが、製法は秘中の秘とするよう厳命しておけ」

「はい。現在分かっている罌粟ケシの産地ですが、張津への尋問をまとめると益州から見て南西の山岳地帯ではないかと」

貴霜クシャーンの手が伸びてるって噂のある地域だな……船乗りの噂と繋がって来やがった」


 落馬はともかく踏まれたのは初めてでした。

 参考にしている呼称表で雷火、炎蓮が空欄なので想像でのやり取りです。さっさと原作(真以後の)やってしまえばと思う反面、ネタ被りを知ると委縮しそうで踏み切れず。


 北郷氏が例の家柄なら黒糖地獄とかで思う所があるでしょうから……

 知っているからと言って精糖方法や絹の秘密をバラして周ったら要注意人物としてマークされるか口封じに各処から暗殺者が派遣されそうな時代ですね。

 それを考えると大分先ですが、種子島でネジの事を教えたポルトガル人は国賊なのでは? と思いますが流石にそんな無警戒ではない……と思います。

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