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第49話 長沙戦のあと

「捕虜をバラバラにして燃やすなんて感心しないわね。伍子胥じゃないんだから」

 キョンシー兵の遺体焼却の指示をしている一刀に孫策が声を掛けた。事情を知らない人間からすればそう見えても仕方がないだろう。

「孫策殿? あー、モンの人に挨拶したいって言ってたからその使者か……。これは捕虜ではなくて、どこから説明したらいいか」

「冗談よ。大方、手向かってきた張津の残党でしょう? それにしては切りあった跡があるのに血が少ないみたいだけど」

 孫策が不審に思っていると控えていた周瑜が口を挟んだ。

「雪蓮、まずは使者の口上を……」

「杯を交わした仲だからいいじゃない。一刀君、区星さんは近くに居る? 私たち、税の取り決めとか今回の逆臣のことで焼かれた村は無いかとか色々話したいから日取りを決めたくて来たのよ」

「そうでしたか。区星は今、この遺体……キョンシーの残りが居ないか警戒中ですのでしばらくお待ちください」

「忙しい時に来ちゃって悪いわね。それじゃあこのキョンシーって言うのが何か教えてくれる? それと、杯を交わしたんだからもっと気楽に話してよ」

「えーっと……それじゃあジョカと張津の事からざっくり説明するぞ。張津は不死を求めて――」

 一刀が大まかに説明するが孫策は納得しかねるという表情だった。説明のためキョンシー兵の腕を見せるが、既に火で炙ったため動いてはいない。

「信じたいけどそういうのは自分の眼で見るまではちょっと……ね」

 一本くらい生のまま残しておけば良かったと一刀が後悔するが周瑜が、

「雪蓮、結論を急ぐな。この腕からでも分かることはあるぞ。まず炙っただけにしては炭化が不自然だし、断面以外の傷口を見てみろ。血の粘性が強く、まるで菌類か何かのようだ」

「あらホント。ヌメヌメしてて妙な感じね」

「試しにこの血を集めて火で炙ってみたらどうだ? 確かに趣味は悪いが、例のジョカというのが外法を使うというのなら真贋をはっきりさせねばなるまい。それに、そんな事をする人物が持ち込んだ薬を張津が常用しているというのならなおさらだ」

「既にキョンシーになっていてもおかしくはない、と。その通りね。やってみましょう。いいわね、一刀君?」

 キョンシーを見分ける方法として使えるとは気付かなかった一刀。感心しながら了承した。

(あ、張津がキョンシーになっているかもしれないって桜桃に伝えておいた方がいいかな……気付いてるかもしれないけど、一応伝令さんに塩と火種を一緒に持って行ってもらうか)

 一刀が伝令を出すと孫策たちも準備を終えたようだ。

「絞っても中々出てこないわ。確かに妙な感じね、この死体」

「これだけあれば十分だろう。さて、どうなるか……」

 周瑜が布切れを巻いた細い枝に火を付けて血液に近付けると、着火された油のように燃えながら大きく跳ね上がった。

「……人間の血液はこうはならない。確かに超常の何かのようだ。五胡の妖術とでも言うべきか……」

 燃え尽きて煤の残った器を見ながら周瑜は呟いた。

(ただのゾンビっぽいものだったら狂犬病とか麻薬で説明できるけど、これは……)

「まあこんなものを見てしまっては信じない訳にはいかないわね。母様に報告してジョカへの対策を練らないと。一刀君、もう一度詳しく話してくれる?」

 孫策もジョカの危険度を認識したようだ。

「もちろん。ただ、ジョカの恐ろしさはこのキョンシーではなくて――」

「何らかの薬によって人を惑わす、ということだろう。有力者に簡単に取り入って操ったり、民にばらまいて社会崩壊を促したりと厄介だ」

「そうそう。それに、俺の想像の通りの代物しろものだったら中毒性があって身体や精神を壊す危険なものなんだ」

 アヘン戦争のことを思い出しながら一刀が言うと、同意する男性の声があった。

「その通りだ! あの薬の恐ろしさ知っているようでなによりだ。流石は貂蝉が見込んだ男だ」

「……誰?」

 一刀は孫策を見たが首を振って知らないと示していた。




「この先が張津の瞑想室です」

「そのようですね。この先の空気が澱んでいるのが分かります。私が行って捕まえて来ますので、ここで兵たちと待っていて下さい」

「しかし……」

「あの空気の中を常人が行けば戦うどころではないでしょう。幸い私は毒が効きにくい体質ですので」

「……わかりました。何かあればすぐに声を出して下さい」

 桜桃が瞑想室の戸を開けると充満していた臭気が溢れ出た。薬物のものだけではなく、糞尿や食事の腐った臭いが鼻を刺す。 部屋の中央で黒い粉末を前に男が倒れていた。

「張津。あなたを逆賊として捕まえに来ました」

 ほとんど飲食をしていないのか、異常にやせ細った手足の男が顔を上げた。

「はっはー白子が来たぞ。始皇帝からの贈り物だ……早うあつものになって来い」

 濁った眼をした張津が言った。

「いいから来なさい。こんな所に居てはまともに話すこともできないでしょう」

「何をする! この宇宙大将軍天眼様が、世界と氣を合一させ冷夏を抑えているのが分からんか!?」

「天候を操るのはあなたの振る舞いではなくこの世のことわりです。しかし天眼? 何故か不愉快な名ですね……」

 桜桃は問答無用、と張津の襟を掴んで瞑想室から引きずりだした。薬物と栄養失調で弱った張津の抵抗は無いも同然だった。

 張津を連れて周朝たちのもとへ戻ると、一刀が出した伝令の他に一人の少女が保護されていた。

「――張津がキョンシーになっているかもしれない、ですか。呼吸や心音はあるので人間だとは思いますが、一応傷に塩を塗りこんでみますか。それで、この娘は?」

「伝令が途中で保護したそうです。ただ、恐ろしい目に会わされたのか口が効けないようでして」

 年の頃は10歳程か、衣服の様子から粗末に扱われた訳ではないようだが眼に生気が無い。

「そうですか……とりあえず張津とは離して連れて行きましょう」




「それじゃあ華佗は長沙までは貂蝉と一緒に居たのか」

 華佗と名乗った赤毛の男が言うには、五斗米道の教えに従い治療の旅の途中に出会った貂蝉、卑弥呼と出会い行動を共にしていた。しかし、零陵で長沙叛乱の噂を聞き、戦で傷つく兵や民を治療するためここに来たとのことだった。

「そうだ。人々の命を守ることこそ五斗米道の使命だ。それに卑弥呼が言っていたが、ここの太守に叛乱を焚き付けたジョカという鬼道占師の風上にもおけぬ者が居たらしい。薬を悪用する者が居るのは捨て置けない」

(きどうせんし……機動……?)

「む、よく分かっていないようだな。鬼道で扱う香には幻覚作用をもたらすものがあるが、あれを上手く調合することで痛みを感じさせずに腫瘍を切除したりできるんだ。それを正しい使い方をせずに用いると北郷の言った通り心身を著しく蝕む薬になってしまう」

「それは分かる。俺の国では麻薬って呼ばれてて、御禁制の品になってる。でも痛みを感じさせない麻酔の原料になってたり末期の病気の痛みを緩和させたりするからホント、使い方次第ってやつだよな」

「ほう、零陵で流行っていた体操をしていたりと北郷の国は随分医学が発展しているようだ。いつか俺も行ってみたい……が、とにかく今は治療の許可を願いたい。零陵兵とモン族だけでなく、長沙兵のもだ」

 敵味方関係なく治療させて欲しいという申し出は、ともすれば利敵行為ととられるだろう。現に孫策はわずかに渋い顔をしていたが、即決で否定はしなかった。兵や傭兵に恩を着せて兵力として囲い込めるかもしれないという期待と、民に乱暴を働いた傭兵や張津派を治療することで民心が離れるのではないかという危惧。

 判断を下すべきなのは太守の代理として来ている孫策だが、一刀は零陵兵に遺体の焼却指示を出していたので自分がこの場の責任者だから返答しなければならないと考えた。そして一刀の返答を孫策は止めなかった。

「分かった。華佗に任せる。手伝いや必要な物資があれば本陣の朱里……諸葛亮に言ってくれ」

 一刀の判断に孫策、周瑜だけでなく華佗まで意外そうな顔をした。

「……助かる。北郷は大物だな。それではすぐに治療を開始してくる!」

 華佗は応援を連れて来た李典と入れ違いに政庁を出て行った。

円匙えんぴの追加と掘り棒も借りて来たで……さっきの赤毛の兄ちゃんやらこちらの姐さん方はどちらさんや?」

 一刀が説明しようとすると、

「一刀様、ただいま戻りました。張津を捕縛し、軟禁されていたらしい少女を一人保護しました」

「何故孫策殿と周瑜殿が居るのだ?」

 李梅を先頭に捕縛隊も戻って来た。

「あー、どっから説明しようかな……」




 キョンシーとの戦闘や遺体の処理に華佗、孫家の事、色々と密度の濃い一日も夕陽が昇る時刻となった。

 孫策たちは自陣に戻り、明日には孫堅本陣も長沙政庁に来ることとなった。その際に張津と発見された印綬を引き渡すのだがついでに玉璽も渡したいと一刀が申し出ると孫策、周瑜は驚きながら、

「隠したりせずに申し出てくれたのはありがたいのだけど、流石に母様の判断を仰がないと……私たちの事情も隠さずに言うとね、黄巾党討伐で功績を上げ過ぎたから十常侍たちに左遷されたようなものなのよ。王莽の玉璽とは言え、そんなものを発見したと朝廷に持って行けばさらに警戒されてしまうわ。そうなると趙忠あたりの讒言で何をされるか分かったものじゃないのよ」

 孫家も厄介な事情を抱えていると理解したので一刀はそれ以上は言わなかった。

 ともかく、政庁内をくまなく探してキョンシーの残党が居ない事が確認された後、零陵軍は最低限の警備を残して城外の陣に引き上げた。この行動に長沙の民衆は略奪の心配をせずに済むことを喜んだ。また、近隣の村や有力者たちが寄越した礼の物――服従の証として贈られた貢物を固辞したことで零陵軍の名声が高まった。

 付随して朱里や別動隊の代表として士燮、雛里はともかく、玉璽の在りかを予言した一刀の声望まで高まったのは本人にも予想外のことだったが。

 温泉の湯に浸かりながら一刀は言った。

「やっぱり温泉はいいですね~……ルキウスさんのローマもテルマエが好きなんでしたよね?」

「そうだよ。偉くなると朝夕2回のテルマエの時間が、夕の1回だけになってしまうと嘆いた大将軍が居たくらいだね」

 一刀にとって久し振りの温泉は桜桃の希望によるものだった。張津の香や糞尿の臭いが移ったから温泉に行きたいと言い、交州軍が待ち伏せをした山の奥にある温泉郷に来ていたのだ。

「その大将軍なんですけど、皇帝ではないんですか? 確かインペラトル……」

「確かに強い権力を持ってはいるけどインペラトルはあくまで命令権者の意味で広大な属州国境の軍指揮官だし、インペラトル就任も市民と元老院の承認が必要なんだ。だから、インペラトルはどこまでいってもローマ市民の第一人者、だと私は思うよ。そもそもこの国の皇帝のような権力も無いしね」

 ルキウスは気負いも無く言った。インペラトルが居るローマの政体の解釈を、本当に共和制の延長にあると考えているのだろう。

「政治については洛陽で色々聞かれたからそのうち記録が出て来るんじゃないかな? そうしたら士燮殿から読ませてもらうといいよ。それにしてもこの国には公共浴場が無いというのに驚いたよ」

 士燮もこの温泉男子会に参加しようとはしたが仕事――自軍の死傷者への補償の計画――があるため来てはいなかった。そのためこの場には一刀とルキウスの他にモン族と新野の義勇軍から来た物好きの数人が居る程度だった。

「人前で肌を晒すのは重大な恥辱……らしいです。俺の国だと多分4百年くらい前かな? 銭湯って公共浴場ができたんですけど、今のここみたいに男湯と女湯に別れていたみたいです」

「男女の混浴はローマでも何度も禁令が出ているからね……一刀君の国だと水が豊富なのに浴場が出来るのは遅かったんだね?」

「内戦続きで殺伐としてましたから」

「そうだね……浴場は平和の象徴かもしれないね。長沙で保護した子も元気を出してくれるといいね」

「向こうの侍女さんたちから聴いて名前だけは分かったんですけどね、宝ちゃん」

 長沙で保護した少女の名前は分かったが、何故連れてこられていたのか正確なところは分からなかった。張津が麻薬による幻覚で前後不覚になっていたため聞き出せなかったのだ。

 事情を知っていそうな張津派の捕虜に話を聞こうにも、今収容所で尋ねれば知っていると嘘を吐いてでも脱出しようとする者が居るかもしれない。

「虐待されていた訳ではなかったから何よりだけど。さあ、明日からは戦後処理だよ。一刀君は新野の人の監督と手伝いだったね。折角だからスコルピウスを見てみるといいよ。ローマの物と遜色ないぐらい良く作ってくれたよ」

 中原で昔から運用されていた雲梯や大型投石機の概念と交換した小型バリスタのスコルピウス。両国ともに古い兵器であり、似たような物が存在したからこそ技術交換が為されていた。

「それも楽しみにしてるんですけど、もしかしたら明日長沙に行くかもしれないんです。孫堅様に玉璽を引き渡したり華佗の治療を許可した越権行為の釈明とか……」

「大変だね……でも、破城槌を付ける前に降伏した敵に慈悲をかけるのは間違いではないよ」

 伍子胥は春秋時代の人で、楚から呉に逃げて、孫武を呉王に推挙した人です。そして楚王の遺骸を墓から出して「死者に鞭打つ」の語源になることをした人です。

 ここのキョンシーはゾンビというよりは菌類な感じです。強さは戦国の鬼、鎧鬼くらいを想定していますが絡みは少ない予定です。それと、血に火を近づけて検査するのは物体Xの映画のあれです。ベンベン……ベンベン……凄い映画です。


 作中張津が自称した天眼というのは、現実ではプイ族ミャオ族の住民を強制的に立ち退かせて作られた電波望遠鏡です。約14~5万円程度の補償金で約1万人を強制移住させたとか。2000年代になってからそんなことをするなんて……


 ローマのインペラトルは現在では皇帝と訳されますが、アントニヌス勅令までのローマ市民権に誇りを持っていた時代の人は王のような独裁者とは見ていなかったんじゃないのかなと思います。支配地域がこれほど広がった国を統治するための経験を蓄積している段階での一つの役職と見ているような。その辺のガチ勢ではないので、違和感があれば、作中では教育環境が整っていたから昔の古き良きローマへの憧れをこじらせた人の意見とでも見てください……

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