48話 不死の兵
周朝が先頭になって零陵軍を率い長沙政庁を制圧していく。目的は張津の逮捕・拘禁と印綬の確保だった。
「政務の間に印綬も無ければ張津も居ないとなれば、やはりあの部屋か……張津の焚く香は力が抜けたり気分が悪くなることがある! 気分が悪くなったら無理せず後方と交代して空気の流れのある所まで退け!」
「はッ!」
兵たちが周朝の指示に応えながら張津派の官吏を捕縛していく。
「そちらの人は袖に暗器を忍ばせています。武装を解いてください」
指摘された官吏は濡れ衣だと叫ぶが、兵に確認されると袖の中に剃刀状の刃が隠されていた。
「……区連殿が味方で良かったです。何故分かったのですか?」
「不自然なほど袖を動かさなかった事と、何度か暗器を撫でて確認しているような音が聞こえましたので」
「そうですか……ところで区連殿は私がここを脱出するのに使った坑道から潜入されたそうですが、鉱夫たちは処罰されてはいませんでしたか?」
「ええ、殉死させるよう命令されたそうですが、反張津派の武官がそれとなく逃がしたそうです。周朝さんが報告した反張津派の人の特徴が分かりやすくて、接触する時は助かりました」
桜桃に褒められると周朝は照れた。
「いえ、これでも周姓ですので……人相見は親から叩き込まれてますから」
その時部屋の外から静止を命じる兵の声が聞こえた。
「武装を解いて止まれ! 大人しく縛に着いて主上の慈悲に縋るのが――うぬッ、剣を抜いたな!」
間もなく響いた剣戟の音を聞きながら桜桃と周朝は飛び出した。
零陵兵に襲い掛かっている男に横合いから飛び蹴りを浴びせ、距離を取りながら桜桃が短刀を抜いた。
「この者、命を持っていません。例のキョンシーですか?」
「おそらく! 張津の警護に付いていた死人の兵です!」
桜桃は深く呼吸をして告げる。
『さて……死の眠りを妨げられた哀れな亡者。ジョカが伝説のその人ならば、次の帝位にあった炎帝神農の末裔が貴方に死の安寧を与えましょう』
「政庁を制圧中の部隊からですが、張津派の官吏の捕縛は順調とのこと。ですが未だ印綬を確保できずにいます。外の兵の武装解除は済みましたし、印綬と噂の玉璽を探すよう捜索隊を出しますか?」
零陵軍を率いている郭石が朱里に報告した。
「そうですね。規律を乱さない人で隊を組んでください。ここで反張津派の人と諍いを起こして張津派と結託されては最悪ですので」
「はッ!」
「野放図な戦勝軍の振る舞い」をして人心を失えば、包囲されるのはこちら側になる。勝ちに驕った軍の末路を朱里はよく知っていた。郭石はすぐに副官を呼び印綬の捜索隊の編成を伝えた。
「印綬や玉璽か……そういうのは寝台の下とか井戸の中ってのが相場だよな」
「何故それを!? ……いえ、一刀様には思う所があるのですね。井戸も探すようにしてもらいましょう。何もないとは思いますが、念のため寝台の下も探してもらいましょう。念のため……」
「そんな確信があるとかじゃなくて一般論だから……思春期に誰もが通る道だから」
一刀としてはただの冗談のつもりだったが、捜索隊が出てからほどなくして玉璽が見つかったとの報告が届いた。
「諸葛亮様の指示の通り井戸の中で玉璽が見つかりました! 流石は軍師ですな!」
「はわわ……これは一刀様の発案ですから、すごいのは一刀様です」
「まじかよ……井戸に隠すのはここじゃないだろ……」
「ですがこれは予言が当たった、ということになりますね。少なくとも兵やこの長沙の民はそう噂します」
有新保之と書かれた玉璽が零陵軍本陣に届けられ一刀に差し出された。
「どうしようこれ? とりあえず洛陽に届けようか」
「それが妥当かと。この功績は立ち回り次第ですが新設される南蛮国の王にもなれそうですがどうしますか?」
「流石にまずいでしょ……」
玉璽は見つかったが長沙太守の印綬は見つかっていないので捜索隊を再度出そうとしていると、傭兵を待ち伏せした部隊と政庁内から伝令がやってきた。
「俺と李梅で待ち伏せしてた方の報告を受けるよ。朱里は政庁の方を聞いて」
「はい」
待ち伏せをしていた部隊の伝令は李典だった。
「一応報告なんやけどな、長江を渡って官軍が来たんや。孫堅っちゅう人が率いとってな、官軍を待ち伏せするはずやった傭兵隊に次々襲い掛かっとるんや」
「区星たちが追撃する手間が無くなって結構なことだ」
「そんでな、長沙太守に任命されとるらしいねん。勅令を持っとるからホンマなんやろうけど、苗族の人らの代表に太守として挨拶したいから区星殿に会いたいって言っとるんやって」
「そうか……ならその際に玉璽を渡すか? 洛陽に届けるためにまた戻るのも手間だろう」
「それが楽で良いか。孫堅殿と玉璽って不吉な感じがするけど伝国璽じゃないし……」
「……一刀、今度は玉璽ってまたよう分からん事に巻き込まれとんなぁ」
李典に呆れられていると朱里がやや慌てた様子でやって来た。
「伝令は李典さんでしたか……緊急事態です。政庁内にキョンシーが出現、現在桜桃さんと死闘を繰り広げていると報告が!」
桜桃の事と聞くと李梅はすぐに武器を取って駆けだして行った。
「俺も追うぞ! 捜索隊も連れて行っていいか?」
「準備は終わっています」
「ほなウチもついてくわ。頭数が多くて困ることはないやろ」
「助かる。それと朱里、火種と塩の用意と政庁周辺の避難を頼む。ゲーム的に考えればアンデッドには銀の武器も特効だったか? とにかく急ごう!」
桜桃は複数のキョンシーを相手に常に優勢に戦えていた。しかし、切りつけても怯まず、心臓に短刀を突き立てても剣を振り続けるキョンシーに徐々に消耗を余儀なくされた。
「屋内から中庭に誘導できはしたけれど、決定打が無いのは厄介ね」
キョンシーは氣を込めて切り付ければ用意に四肢や頸を刎ねることができたが、不思議なことに断面が合わせると接合してしまう。
「長剣もナマクラでは鎧を断てない。李梅から剣鉈の一つでも借りておけば良かったかしら」
「区連殿、我々が死兵となって奴らを留めている間に一度お退きあれ! 武装と援軍を整えて戻って来て下さい!」
周朝と零陵兵はキョンシー兵1体に数人で戦っていた。そんな彼らも疲労は隠せず、切っても死なない怪物に恐怖を募らせた。
「それには及びません。そろそろ妹が来ますから」
「そんなまさか――」
何かに気付いた桜桃が後ろに飛ぶと、それまで相対していたキョンシー兵が左肩から右の腰にかけて袈裟掛けに両断された。
「早かったじゃないの、李梅。悪いけど剣鉈か何か貸してくれない?」
李梅が腰に佩いていたククリ刀――以前魏延から貰った物――を渡しながらも警戒は怠らない。
「両断したのに動いている。傷口を合わせるとくっつくのか? 断面の筋が蠢いているし出血も少ない。これがキョンシー……」
「四肢を切り落として十里四方に引き離す、という伝承が真実味を帯びたわ。でも試すには場所も手も足りないのよ」
「ならばこちらの手数を増やすまでだ。周朝! 兵を連れて少し離れていろ!」
「は、はい! 退がるぞ!」
李梅が大きく斧槍を振って存在を誇示するとその場のキョンシー兵たちが一斉に襲い掛かるが、李梅は怯まず斧槍の先端で左端の敵の喉を突いた。
突いた勢いのままに立ち位置をずらして斬撃を避けると、刺した斧槍を抜きながら振りぬきキョンシー兵たちの脚を切った。敵の半数の脚を切断し、その脚を斧槍で払って遠くに飛ばしながら残りの敵に向かってゆく。
脚を飛ばされたキョンシー兵たちは脚の接合を後回しにして李梅に組みつこうと這いずるが、
「この剣、変わった形ですが使いやすいですね」
桜桃が切り付けて阻止する。
李梅が斧槍を振るう度、キョンシー兵の身体の一部が宙を舞った。
「周朝! 兵に手足を抑えさせろ! 胴と手足を近づけさせるな!」
キョンシー兵の無力化を済ませた頃、一刀が援軍を率いてやって来た。
「うお! 皆無事か!? 怪我した人は!?」
飛び散った手足が蠢き、それを兵が剣で刺して留める異常な光景に面食らいながらも一刀が叫ぶ。
「区連さん姉妹のお陰で死ぬような怪我をした奴はいないぞ」
「周朝……なんかやつれてるぞ。無理もないけど……」
「一刀。どうやらキョンシーの手足は近付けるとくっつくそうだ。引き離すか箱詰めにでもしようかと思うが、その用意をしてくれ」
「それなんだけど李梅、塩と火種を用意してもらってるから、それを試してみないか? こういう不死系の敵はそういうのとか銀とか十字架に弱いって伝説があるからさ」
「……一刀の国の伝承は当てになるかもしれんな。そのままこいつらの手足を押さえつけよ!」
命令された兵たちは血走った眼で応えた。
増援が持ってきた塩と松明を切断された手足に押し当ててみると、表皮には影響は無かったが断面には効果が見られた。
手足と体幹の筋が互いに伸びあって求めあって蠢いていたのが、塩を掛けられると動かなくなり断面同士を近付けても接合しなくなった。
さらに、火を当てると断面の筋はビクっと硬直し、すぐに炭化してしまった。
「次にこいつらに会ったら火矢を射ち込んでやろう。しかし死なない兵士とは厄介なやつらだ」
李梅の感想に、鎧ごと人間を両断するのも十分化け物じみてるぞ、と周朝は思った。
「キョンシー兵も片付きましたし、私は張津の捕縛と香が何なのかを調べに戻ろうと思います。一刀様はどうされますか?」
「じゃあ俺もって思ったけど、ちょっと手伝ってから行くよ。この間の火葬の要領であの辺から横に穴を掘って……って道具が無いな。工兵の装備って便利だったんだな」
李典がほなウチが用意したるわ、と後方に戻った。
「区星は周りを警戒しておく。まだ不埒ものが居るやもしれん。桜桃も何かあればすぐに戻れ」
「ええ。塩の粉末をいくらか貰って行くからキョンシー兵にも対応できると思うけれど、後ろにあなたがいると思うと頼もしいわ」
未だ士気の高い周朝ら張津捕縛隊を連れて桜桃は奥へと向かって行った。
「一刀はこの前の火葬で気分が悪くなっていたが、もう平気なのか?」
「ここまで現実離れした光景だと逆に映画とか……絵巻物? で慣れてるから」
「……やはり一刀の国は修羅の国なのだな」
連休? そんなものウチには無いよ……




