第46話 長沙戦4 火葬
「撤退を装って誘導してから攻める、って黄巾軍の時もやったけど、こんなに簡単に出来るなんてなぁ」
戦後処理が一段落ついた雛里に一刀が声をかけた。
「状況が整っていなければ上手くは行かないです。苗族の人たちがこの辺りの地形を熟知していたことと、同じように偽装退却からの逆撃に慣れていたからこそ、です。そうじゃなかったら、矢傷を負った程度の被害で済むなんてあり得ないです」
「偽装退却と待ち伏せ……釣り野伏だな。本当にやってたかどうか諸説あるらしいけど」
「釣り? 有利な地点へおびき寄せるのはどこの国でも考えそうですが……今回や黄巾軍の時は流民や異民族という「弱い者」の立場を利用できました。相手の慢心を誘えてこちらの用意した地形で戦えるのですから、これは軍師の腕の見せどころ……なのですが、苗族の方々が強すぎます。この隠田を狩猟小屋に使っていたから眼を閉じても歩けるくらい熟知しているとか、この湿気の中で落ちない長弓の威力に夜目の効きとか、この地で苗族を相手に戦をしようなんて考えるべきではありません……」
「その戦ってくれた人たちがどうして剣や弓を全部奪わなかったのかって不思議がってたぞ」
「あれは抵抗の術があると奪い合うかそこに集まるのが人間の心理だからです。混乱や危機に対して群れを成すのは人も獣も変わりません。散り散りに逃げられては情報を持ち帰られてしまうかもしれませんから」
「なるほどね……戦い方じゃなくて、相手の心理を攻めるのが兵法ってことか」
「孫子曰く、能く敵人をして自ら至らしむる者は、これを利すればなり、です。一刀様も士燮様から孫子を借りて書写しているとか」
「原本に近いらしくて緊張するんだよな、あれ。大体写したけど、敵人をして~ってのは確か虚実篇だろ?」
「はい。よく覚えておいでです。受け売りなのですが、軍師の資質とは他人の力を借りて自分の力に出来る事、なんだそうですよ。孫子や六韜や、一刀様が知る過去の戦法も、上手に活かすことが出来れば立派な軍師になれますよ」
「軍師……軍師か。雛里たちもいずれはどこかに仕官するんだもんな。まぁ俺は戦に頭を突っ込む気は無いけどさ。珍しい過去の遺物を探して洛陽の貂蝉さんの所に持って行かなきゃ……なんか、墓荒らしとか古戦場荒らしと思われそうだな」
「ふふっ……さて、捕虜にした傭兵の団長さんですが、中々口を割ろうとしませんでした。もう一度向こうの情報を言う気が無いか確認した後で生き埋めの拷問にかけられるそうです」
「拷問……」
「なんでも、小さな箱の中に座った姿勢で詰め込まれてそのまま埋められるのだとか。1日で掘り返すそうですが、恐ろしいですね」
「映画で見たな……確かCIAがやったとか。俺もそんな拷問にかけられたくは無いな」
雇い主への忠誠か、ジョカの秘儀による不死を信じているのか、強情な団長は長沙の最新の情報を得るために生き埋めにされた。
その後一刀は戦場となった隠田で遺体を集め火葬にする手伝いを申し出た。穴を掘っていたので土葬にするのかと考えていたら火葬にするとのことで、地域によるがこのあたりでは火葬や崖葬が多いとのことだった。
「山の中の狭い土地だからな。それに、土葬にしたら獣に荒らされてしまう」
武器を持って領土を侵した敵とはいえ弔うことは良い事だと一刀は思ったが、運び込まれる遺体を眺めていると段々と気分が悪くなっていった。
「ごめん李梅……黄巾軍の死体で慣れたつもりだったけど、自分が火をつけて人の形が変わっていくのを見てたら……ちょっと吐きそうになってきた。手伝うって言ったのは俺なのに……」
「弔ってやらねば敵とは言え可愛そうだ、と責める者も居るだろうが、区星はそうは思わん。一刀のように憐れんでやることもまた弔いだと考える。どのみち交代で休みをとる時間だ。村で少し休んだら皆のために茶を用意しておけ……そうだな、手間だが茶の入った鍋を井戸水に晒して冷やしておくといいだろう」
「分かった。ちょっと休んでおくよ」
隠田を出ると空気が変わるのを感じた。死臭の臭気と、脂と肉が焼ける匂いの混じった空気があの場に満ちていたのだった。
加えて夏の暑さが体力を奪う。
「皆がタフなのか俺がエアコンに慣れ切ってるだけなのか……」
馬たちは牧草地にいるため徒歩でモンの村まで戻る一刀。死の臭気を吐き出すように深呼吸をした。
村に戻り村長に事情を説明して鍋で茶を沸かしてもらうと、一刀は井戸水を汲み上げてタライに張った。
「おー……かなり冷たいな。冷蔵庫はともかく氷室とかがあれば便利なんだろうけど、この辺の土地って雪降るのか? 降る所から持って来るとしたら一度に沢山輸送すると融け難いんだったかな」
井戸水を入れ替えながら茶を冷まそうとしていると聞いたことのある声がした。
「一刀おるやん! ここん人ら、ホンマに言葉通じんて困るわ~」
「李典!? 楽進に于禁も! どうしてここに?」
「士燮様の軍に軍監っちゅうか修行の一貫で付いて来たんよ。あ、それとうちら華琳様のとこに仕官したからよろしゅうな」
「え、何? 色々ぶっこんで来たな……とりあえず皆は曹操軍に仕官したんだな?」
「真桜、もう少し分かりやすいようにしないと……失礼しました、一刀さん。私達は華琳様の命令で来ました。一軍を率いる将となるため、手本となる戦が始まるから士燮様の軍と行動を共にせよとのことです。一応軍監という扱いですが、戦果を確認して華琳様に報告するだけなので付いてくるための名分のようなものかと。今は先触れの使者殿と一緒にここまで来ました。使者殿は私たちに休んでいるように言われて帰隊したのですが、どうすれば良いのか困っていたところなのです」
「ああ、中原の言葉……漢語? ができる人たちも下に行ってるからか。義勇軍の人たちもそうだし、確かに心細いよな。一応司令本部になってる村長の家がここ。休憩できるようお願いしとこうか」
「そうして貰えると助かるの~。ところで一刀さんは何をしてるの?」
「お茶を冷やそうと頑張ってるとこ」
鍋の中の茶は生温い程度にはなっていた。タライの水を張り替えてから村長の家に入ると、二つ目の鍋に煮だしていた茶の用意が終わっていた。
一刀が村長に3人のもてなしを頼むと快諾され、すぐに淹れたばかりの茶が振舞われた。一刀も休むよう村長に促されたので休憩することにした。
「ホンマにここの言葉しゃべれるんやなー。ほんで、山の下の方でなんか作業してるらしいけど、何やってん? 火を使うとるみたいやけど」
「えーっと……長沙が雇った傭兵団の遺体処理。大体千人分を火葬してるところ」
「火葬と言うと死者を燃やすのですか?」
楽進のような土葬文化の漢人からすると、遺体とはいえ傷つけるようなことは奇異に感じられるのだろう。
「この辺だと火葬と崖葬が多いんだってさ。崖葬は場所も時間も足りないからまとめて火葬。土葬だと獣が掘り返したりするそうだ」
「虎などでしょうか? とても賢いと聞きますし、人の味を覚えられるのは良くありませんね。崖葬というのは?」
「崖に打った杭に棺を乗せたり、崖の真ん中あたりに掘った横穴に棺を納めるそうだ。さすがに千人分の場所も人手も足りないからまとめて火葬。おれは火を熾す係りだったんだけど、自分の手で人の形を変えるっていうのが……まあ、慣れ無くて」
「まあウチらも賊相手とはいえ初めて人を殺めた時は良い気分せんかったなあ……殺らな殺られる、って状況やから割り切っとったけど、一刀みたいな文官肌にはきついやろな」
「そういう時はカワイイものでも見て心を落ち着けたらいいと思うの。ほら、この陶磁器? 小さいのに絵が付いててカワイイの」
そう言われて意識してみると湯呑の質の高さに気付いた。
「確かにこの湯呑……っていうか昨日までに巡った村でお茶を頂いた時もこれと同じような感じだったな。この国だとありふれたものなんじゃないの?」
歴史の授業の印象からか、この国には陶磁器の本場というイメージのある一刀。
「こんなん一般庶民には流通してへん。お茶やって滅多にお目にかかれるもんでも無いで」
「へー、そういうものなのか……さて、俺はまたお茶を冷やしてくるよ。村長さんは見ての通り優しいおばあちゃんだし、漢語も聞くことはできるから足りない物とかあればゆっくり話せば伝わるから」
一刀が席を立とうとすると楽進が制した。
「いえ、我々も何かお手伝いをします。私は薪割りか秣切りなどの力仕事をしようかと思います」
「じゃあ沙和は織物をしようかな。機織りでも筵織りでもなんでもするの」
「ほんならウチは鶴瓶の点検をしよか」
「そう? じゃあ村長さんに聞いてみようか――」
村長に3人がしたいことを伝えると、孫が増えたようで嬉しいと歓迎された。その代わり夕食は奮発するとのことだった。
楽進、于禁と別れた李典は一刀が使っている鶴瓶の動きや井戸の深さを観察して感心した様子で言った。
「水源も浅すぎず深すぎず、鶴瓶も上手く出来とるやん。ウチが何かするまでもないで」
「山だし森が豊かだから水に恵まれてるんだろうな」
「羨ましい限りやで。ウチらの邑も深すぎない井戸やって自慢に思っとったけど、ここには負けるわ」
「深いと大変だろうな。何人かで引っ張るのか?」
「いや、そんなん家畜を使うに決まっとるやん。ロバに引かせたりするで。場所によっては50歩(69m)と60歩の縄を使う深ーい井戸もあるんやって」
「そんなに深いのか……規模が違うな」
中原の井戸事情を聞いていると下で火葬をしていた人たちが休憩にやって来たので茶を渡す。途中、李典の発案で井戸水に浸しておいた手拭い程の大きさの巾も渡すととても喜ばれた。
『助かるぜ。煙やら土埃やらが酷かったからな、冷たいしさっぱりするわ』
一刀は自分の発案では無いと訂正しようとしたが次から次に人がやってくるため諦めた。隣では手桶をいくつか持ってきた李典が差し出された巾に水を掛けてやっていた。
「葬儀、お疲れさんやったな――」
男たちは言葉は違えど労いの意味だと分かったし、相手が若い女性だということもあって悪い気はしないようだった。
(関西弁? の人らしいノリと勢いで順応してる……こういう気遣いが出来るとか気安い所とかが兵を惹き付けていくんだろうな)
遺体の焼却を終えると、一刀と李梅は集合しつつある他の村からの戦力に作戦の決行を伝えるため各地へ飛んだ。長沙勢に対して機先を制するため明朝、長沙の郡都を包囲するのが朱里の策の第一段階だった。
「囲めば本拠地救援のために散らばってる傭兵団が集まるから適当にあしらって中に入れさせる……朱里は簡単そうに言ってたけど、野戦でぶつかればこっち側の人からも死人がでるんだよな」
「それは覚悟の上だ。アレを渡す訳にはいかん。城攻めにせよ暗殺にせよ、張津を何とかできるのなら朱里の策が効率が良いと区星は思う。むしろ漢の反感を買うことも無く戦えるなら得をしたようなものだ」
「異民族が漢の太守を殺した、なんて受け取られたら討伐軍が来るもんな」
「そうだ。それに、こちらが騎乗した者ばかりで城門に向けて攻城兵器を並べていれば敵の来る方向も進路も分かる。その後は宴会でもしながら零陵軍と交州軍を待てば良い」
「最初は恐れさせ、次は油断させ……規律が緩いと見れば攻める気にもなるわな。増してや、向こうが格下に見ている異民族相手なら、か」
集合場所を巡って兵力を計算すると戦闘員は約5千、輜重隊その他補助として参加している若年者や高齢者が約3千の計8千の軍となっていた。
一刀は兵糧を心配したが、張津が武陵や零陵の軍の進行速度調整のために略奪を許さなかった邑や県が供出すると言っていた。
それでなくとも馬を初めとして畜産の盛んなモンの村々である。地元の村から延々と牛馬が物資を運ぶ算段は出来ていた。
「侵攻軍でありながら根拠地がすぐ近く。侵攻先の村までもが協力的なのだ。飯の心配が要らないとは贅沢な戦だな」
「集まった人たちも正月に親戚が勢揃いした、って感じで和気藹々(わきあいあい)だったし連携取りやすそうだもんな。正攻法でも負けそうにないぞ」
「心配することがあるとすれば舌戦とかいうやつだ。適度な挑発を含んだ中原風の言い回しなど思いつかん……」
「俺も協力したいけど、どっかの海兵隊鬼軍曹の罵倒くらいしか思いつかないんだよなあ……」
「ともかく、竜胆様にもこの策やジョカの事は伝えなければなるまい」
「生き埋めにした傭兵の団長も全部自白してくれたらいいんだけどな」
現代でも人口百万を超える少数民族は昔ながらの葬送習俗を続けてよいとされているそうです。火葬や崖葬に石葬もあるそうです。
狭く暗い箱の中に詰める拷問は強化尋問の一つだそうです。いわゆる体育座りに首を屈曲した姿勢で数時間も詰められたら……空気穴も狭いでしょうから息苦しさもあって相当不快かと。
大陸の井戸を調べていたら戦前の資料がでてきて読み応えがありました。水車子なんて初めて知りましたし、灌漑設備を機械化したいけど時局柄難しいという叫びが満洲國から聞こえるようでした……
次回は少し早く投稿できるかも……できるといいなあ




