第45話 長沙戦3 前哨戦
一刀と李梅がモンの村長や顔役に協力を要請して2日目。
張津への反発からか村長たちはすぐに協力を約束し、伝令を買って出た若者たちが周囲の村に飛んで行った。
「明日には長沙の郡都の近くに兵が集まるだろう」
「どれくらい集まるんだろうな? 朱里は戦う必要は無いって言ってたから、兵のフリをするだけなら子供でも良いんだよな……モンの人って子供でも馬に乗れるのか?」
「農耕馬に乗せて畑に行ったり、乗馬で隣の村まで使いをすることもある。大体乗れるだろう」
「こっちの感覚だと馬とかロバが自転車みたいな扱いなんだ……まあ一部の競走馬みたいに気性が激しいのばっかりじゃないから子供でも乗れるのか」
「近親交配は気性が悪くなるから避けている。それに、あまりにも気性が激しい馬は去勢する」
「それで董衣たちは人懐っこい感じなのか」
「誰でも乗せる程ではないがな……まあ、軍馬にするには力や加速のある脚と度胸が必要だから、悍馬も調教しているぞ」
「じゃあ董衣や花相は軍馬? 乗馬?」
「どっちもこなす血統」
一刀たちは新野の義勇軍が居る長沙北部を目指していたが、モンだけが知る秘密の山道を通ることで長沙の平野部を通るよりも早く移動できた。
「上から見るから分かるけど、下の平地も完全な平地って訳じゃないんだな。微妙な地形の起伏とか畑とかで道がすごいうねってる」
「草むらに獣や野盗が潜むことがあるから、安全に通れる道はさらに絞られる。それなら我々の領域を行く方が余程速い」
(ゲーム的には神出鬼没な野盗側の道を使ってる感じか……ギリシアの300人も地元民の道から迂回されて敗けたんだっけ)
「この道も細木を植えているから下からは見えないようになっている……止まれ。下の方に小規模な軍が進んでいるぞ。例の傭兵団か?」
「どれどれ……あー、あの黒っぽいの……西に向かってるみたいだけど、武陵郡にでも行く気か?」
「千人程度では県を襲うのも難しい。長沙の小さな村から徴発するのだろう」
「野盗も傭兵も変わらない……どころか、傭兵は領主の了解の下でやってるから質が悪いな」
「戦力を削ぐためにも討伐したいが、こちらの戦力になる者が集まるには時間がかかる。とにかく急いで姉たちの居る村へ行くぞ」
董衣の腹を軽く蹴って合図するとすぐに走り出す。こういった山道に慣れているのか、坂の昇りや下りでも脚色は衰えなかった。
(武田や上杉の騎馬隊もこうやって山道を進んだのかな? 戦闘でもなければ走らせないだろうけど)
馬を操る、というよりは動きを邪魔しないように荷物としてしがみつく一刀。坂の昇りはまだしも、下る際の浮遊感に恐怖と興奮を覚えた。揺られることしばらく、徐々に減速していることに気付いた。
「な、なんだ? もう着いたのか?」
緊張していた脚に疲労と痺れを感じながら前を見ると、これまでのモンの村よりは大きな村があった。
「無理せず董衣に全てを任せたのは良い判断だ。だが、もう少し脚の力を抜けると良いな」
「李梅は全然疲れてないのな……」
村の中からは木を切る音、釘を打つ音が絶え間なく響く。新野義勇軍が攻城用の梯子や破城槌を作っている音であろう。
村長の家に行くと、雛里たちが長沙の村人らしき男を接見していた。桜桃は村長の通訳をし、雛里は同席して事情を聴いており、警備をしていた香風が一刀たちを出迎え説明した。
「あ……おにいちゃん、あの人は長沙の人で、張津の雇った傭兵に村を襲われたって……それで、なんとか逃げ延びたから水路で他の郡に助けを求めに行きたいんだって」
「この辺は長江が近いもんな。それで山を通る許可と、傭兵に注意しろって教えに来てくれたのか。さっきも西の方に進んでる一団が居たし、警戒は必要か」
「あの人の村を襲ったのとは別のかもしれないけど、そうだね。ここが見つかったら殲滅しないと……」
「ここに来る可能性ってあるのか? 李梅?」
「あるぞ。そこの長沙の村人がこの村を知っているように、中原の民とも比較的交流のある大きな村だからな。それに、攻城用の梯子や衝車(破城槌)の部品を運ぶのに使えるような大きい道も近くにある」
「山と山の間の所か……必死過ぎてよく見えなかったんだよな……」
李梅が言ったのは全周を山脈に囲まれた長沙と武陵を繋ぐ街道のことだった。この街道沿いには大きな県があり、そこから傭兵達が物資を徴発しようとしているのだと李梅は予想していた。
「雛里が言うには、街道沿いの県は残して武陵郡の軍に使わせて先に来させるんじゃないかって……武陵の軍を撃破したら次は距離的に近い零陵の軍を、襄陽や江夏の軍は港で時間を稼いで各個撃破を狙ってるって考えてる」
張津は敢えて武陵側の軍には県から補給を受けさせて進軍速度を早めようとしているようだ。
「村を略奪して民から陳情が上がる……その順番を西、南、北と調整すれば、順々に叛乱討伐軍が出てきて各個撃破できると考えている訳か。北を襄陽と江夏、西に武陵、南に零陵と包囲されているけど足並みが揃わなければ包囲じゃなくて別々の軍だもんな。よく考えてるな」
「でも雛里はそれだけじゃ「浅い」って……どこかが内応しているとか、軍備に絶対的な自信が無ければ冒険的に過ぎるって……シャンも同感」
「軍備の自信はキョンシーの事か……でも貂蝉さんがジョカはここから引き離したって言ってたし……内応だって各地に散った商人が指揮官を買収するのか? 叛乱に加担するよりは官軍に付く方が、新興宗教よりも今の漢の方がマシな気がするけど」
「キョンシー? 新興宗教で言えば黄巾党の事例があるから……でも、だから雛里も迷ってる。想定しているよりも傭兵の数が多いんじゃないかって」
「区星は江夏の黄祖が怪しいと考える。あの年増は永遠の若さとかそんなのに釣られたのだろう」
「露骨に敵視してるな、李梅……まあ俺も怪しさで言えば黄祖さんだけど、動機は戦闘狂方面じゃないか? 混乱に乗じて討伐軍も張津も殺して荊州を乗っ取るとか――」
「この台座は何をする物なんですか?」
この村を襲撃するかもしれない傭兵団の動向を探りに行った李梅とは別に、一刀は桜桃の案内で村の茶畑や義勇軍の作業場を見学していた。
「あぁ、徐晃の姐さんの……へい、これは投石機でごぜえます。ここに縄を2本渡して間に挿した棒を回して――」
作っていた男が説明したのはねじりバネを用いたいわゆるオナガ―型の投石機だった。投石機と言えば霹靂車やトレビュシェットのイメージしか無かった一刀は感心した。
「なるほど……これ、どれくらい飛ばせるんですか?」
「自分が従軍していた時にゃ、1里以上は油壷だの岩石を飛ばせると聞きやした。こいつは急造なんで全力で飛ばすと数回でぶっ壊れちまうでしょうなあ」
「この大きさでそんなに……そうそう、皆さんがこの村に来た時、家の屋根を直すのを手伝ったりしてくれた御礼にお茶の葉を差し上げたいと村の方々が言っていました」
「茶葉を!? そんな高級品を本当に頂いてもよろしいので?」
「高級品? まあ、皆さんに行き渡るように用意されていましたから、明日にも渡されると思います」
投石機を作っていた男性は予想外の報酬に呆然としているようだった。
そこから離れながら一刀は桜桃に尋ねた。
「お茶って高級品だったの? だとしたら俺、相当な贅沢をしちゃってた?」
「中原では流通していないだけではないでしょうか? 少なくとも私達の村では誰もが毎日飲むものです。旅の際も固めた茶葉をヤクの乾酪と混ぜて飲みます。李梅が一刀様と出会った頃に振舞ったと言っていましたが、塩気がきつくはありませんでしたか?」
「区景さんを迎えに行った時のか……おいしかったよ」
「それはよかった。あれを使った料理などもいくつかありますが、どうにも中原の方々には合わないようでして……」
「なんだかもったいない話だな……まあ俺の国の刺身って料理も最初は受け入れられてなかったな。海の魚をさばいて生で食べるんだけど、寄生虫がどうの火を通さない野蛮な食べ方だの色々言われてた。それが何年かしたら逆に高級料理として人気が出て、マグロが乱獲されるようになったぞ」
「それはまた極端ですね」
「人間って初めて見るとか、自分の常識で理解できない物には警戒心が働くんだろうな……この時代ともなると、異文化交流ってかなり難しそうだな」
「互いに争いにならないような最低限の付き合い方は出来ているのでしょうけれど、もう一歩が踏み出せないのです。お互いに……花相の足音がします。李梅たちが帰ってきたようです」
一刀は村の入り口を見るが人の出入りすらない。しかし、桜桃が言うのならそうなのだろうと出迎えのために移動を始めた。
「そうそう、サングラス……黒眼鏡を掛けてないけど、やっぱり眼を閉じてた方が楽だった?」
「いいえ、黒い眼鏡が珍しいのか、皆に見られているようでして。なんだか落ち着かないので今は外しております」
(サングラス以前に顔立ちが整ってるから注目されてるだけじゃ……今までは夜勤警備ばっかりだったみたいだし、人の視線に慣れてないんだろうな)
李梅は戻ってくるとすぐに村長の家に行き、明日は戦になると宣言した。
どうやら長沙の傭兵の一部がこの村を目指しているようで、明日にも山の入り口に到着しそうだとのことだった。
しかし李梅や同行していた香風、雛里に緊張の色は無く、村の代表に明日の作戦を説明する。
「張津が雇った兵がこの村を目指して進んでいます。敵の戦力は1千人程度ですが、それなりの武装をしています。この村の戦力でも敗けはしませんが、まともにぶつかれば犠牲が出ることと思います。そこで明日は――」
雛里が中原の言葉で説明する。モンの若手の世代は行商で長沙の民と付き合う事があり中原の言葉を話せたが、誤解無く理解させるために桜桃がモンの言葉に通訳した。
雛里の作戦は奇しくもモンの基本的な防衛戦術と合致しており、異を唱える者もなく受け入れられた。
「怯むな! 蛮族の矢尻はただの石だ! 弓隊、鉄の矢尻の威力を教えてやれ!」
モンの騎兵の襲撃を受けた傭兵団は一度混乱したものの、団長の指揮によりすぐに平静を取り戻した。
傭兵団の弓兵隊が応射するが巧みに馬を操るモンの騎兵には当たらなかった。一方、モンの石の矢尻も手傷を負わせる程度で致命傷を与えられはしなかった。お互いに手持ちの矢が尽き掛けた頃、傭兵団側の革の鎧を着込んだ軽歩兵が迂回し、モンの騎兵を包囲しようとしていた。
「蛮族は騎兵とは言え百にも満たねえ! 包み込んで押し潰せ!」
歩兵の包囲が完成する前にモンの騎兵は離脱した。門の村への道を塞ぐ形で歩兵が展開していたせいか、騎兵たちは森の中へと入って行った。
「頭! 包囲に動いてた連中が追いかけて森に入っちまいました!」
「森なら騎兵の機動力は失われるか……良し、落馬した奴が居るかもしれん。情報を得るために何人か生け捕りに出来たら戻ってくるよう伝えろ」
団長は他に負傷者の治療を命じ、部隊の損耗を確認していると軽歩兵からの伝令がやって来た。
「早かったな。何人捕まえた?」
「すみません、追い付けませんでした。しかし、やつらが拠点にしていた所を確保できました」
「拠点だと? 水の確保は出来そうか?」
「井戸も小川もあります。そのお陰で奴らが炊事場から付け火していったのを消せました。それに柵で囲まれている村みたいな大きさなんで、守るにも便利かもしれません」
「豪族が作ろうとしていた隠田の跡地か?……まあいい、石の矢尻とは言え泥を塗った跡があった。負傷者の治療のためにも今日はそこに行くか」
こちらが先制攻撃を加えるはずだったのに出鼻を挫かれた。しかし、拠点を確保出来たことで士気は落とさずに済むか、と団長は安堵した。
その夜。
柵の一部が破壊されていたことに気付いた歩哨が臨時の詰所に戻ると、仲間たちが床に臥していた。
寝付いた十人長を起こすと殴られるんだよな――と、厭いながら近付くと、歩哨は違和感を覚えた。
「え、十人長、息してな――」
背後から伸びた二本の黒い腕に頸を締められた。振り解こうと抵抗するが、もう一人黒い人が現れ短剣で胸を刺された。肺を刺された歩哨は絶命し、拘束を解かれると泡立った血を口から吐きながら仲間の列に並んだ。
運と勇気のある誰かが敵襲を叫ぶまで似たような光景が隠田村のそこかしこで繰り返された。
飛び起きた男たちは各々の武装の下に向かうが弓の弦は切られ、剣も何割か盗まれていた。
なにより、いつもなら冷静に指示を飛ばす団長の怒鳴り声がしなかった。武装よりも大事な精神的支柱を失った傭兵団の指揮系統は混乱し、外に出れば矢に射貫かれ、天幕や家は次々と火をかけられた。
「この村は俺たちを逃がさないようにするための檻だったんだ。見ろよこの矢。腕より長くて鉄の矢尻だ……あいつらに誘き出されたんだよ……」
数名の捕虜を残し、傭兵団は夜明けを待たず全滅した。
豪族と小競り合いしたりしてたって書いたのいつだっけ……
オナガ―型投石機は中国の某大型三国志ドラマでそれっぽいのを運用していたので。ねじりバネなども似たようなものを発明してはいるでしょうし。
江南は茶の産地として今でも有名。茶馬古道のこともあって交易品としても増産しているので現地人は気軽に飲んでいますが、中原文化出身の庶民からしたらまだまだ金持ちの飲み物という印象があります。
心臓ではなく肺を刺すのは声を出されたくないのと、心臓はかなり強固に守られているので的が大きい肺を刺しています。銃剣道でも刃を寝かせて肋骨の間に入るようにするとかあったような……ローマもグラディウスで胸を刺しますし。
寝ている兵を殺すのも同様に、枕状のクッションで顔を塞いで肺を刺して行ったのかと。並行して弓の弦を切ったりしながら……
兵として50人以上を動員できる村ってかなり大きいと思いますが、近場の村からも動員してるのかもしれません。




