第44話 長沙戦2 占い師の正体
零陵軍は李梅の予想した通り郭石が率いていた。周朝も同伴しており、一刀は久々の再開を喜んだがすぐに軍議が始まった。
「零陵から3千の軍を率いて来ましたが精鋭は劉度様の下におります。個人の武勇はやや引けを取りますが、それでも正規軍ですので陣形の変換や集団としての機動力は劣りません。士気も高いのですが、相手が傭兵を雇って数のぶつけ合いとなれば消耗していくでしょう」
郭石は朱里が水鏡女学園の生徒だと知るとすぐに軍師として敬意を払った。長い軍歴の中で卒業生と関わる事があったようだ。
「そして長沙の内情と防備の様子なのですが、周朝から報告させて頂きます」
「それでは……諸葛先生は、以前から中原の豪商が零陵まで交州との交易品を買い付けに来ているのはご存知ですか?」
「はい。人の往来が増え、荊州が豊かになる要因の一つです」
「自分はその豪商たちが中原へ帰還するのに紛れて長沙に入りましたが、太守の命令があったのか豪商たちは格別の待遇でもてなされました。最初の晩、商家の代表たちが集められました。酩酊感のある香が焚かれた部屋で、占い師の女……ひどく青白い顔をしていましたが、鬼道の奇跡とやらを見せられました。何も無い所に火を出してみたり、その日首を刎ねられたという罪人を蘇らせたりといったものです。幻覚の類だとは思うのですが……」
朱里は否定も肯定もせず、黙して周朝の言葉を待つ。
「蘇った罪人は命令された動きしか出来ませんでしたが、長沙太守の張津はこの占い師を信じて徳を高めれば意志を持ったまま蘇る事が出来ると言いました。商家の代表たちは言われるがまま財産の譲渡や「徳を高める行い」の実行を約束をしました。自分は怪しまれたのか信用されたのか、外に傭兵を募りには行かされずに坑道戦対策の穴掘りを監督するようにいわれました」
「どのように穴を掘っていましたか?」
「城壁の芯柱を守るように掘り、最初は煙、次に弩と抜刀隊を使い、最後に水攻めをするように設計されているようです。自分が居た時は形を作ることを優先していて芯柱の防水には手が着いていませんでしたが、半月以上経っておりますので現在は不明です」
「坑夫や住民の支持はどうでした?」
「自分が見た限りではほとんど支持されていませんでした。鬼道の奇跡を見せられたのは有力者ばかりのようで、普通の住民や現場の武官も張津への忠誠は無いようです。しかし、不死や長寿のような甘い言葉に飛びつくような者たちからは熱烈な支持を得ています」
(私欲の強い悪徳〇〇の集団が幅を利かせてるってことか……一般兵からの支持が無いのを分かっていて傭兵で何とかしようとしているのか?)
「連弩も数基ほど用意されているのも見ています。油や兵糧も大量に買い付けていましたので、攻城戦となるとかなりの被害を覚悟しなければならないかと」
「討伐軍を殲滅して逆撃、荊州を奪うつもりでしょう。占い師が北匈奴や黄巾党と繋がりがあるのならそれらと呼応して、江南、中原、華北をそれぞれで劫掠するとも考えられますが……とりあえずは長沙です。いくら城壁が高くとも、兵士の数が多くとも民心を得ていなければ必ず敗れるという事を教えてやりましょう」
朱里には勝つ算段ができたようだ。
「実際にどう動くかは長沙の人員配置を聴いてからにしましょう。城門に配置された兵はどこが――」
傭兵の配置や張津の性格などを聴きながら作戦会議が始まった。
「民心か……たしかにどんな要塞も詰めてる人間次第で陥とされるけど、この国っていうか大陸だと街ごと囲ってるから顕著だよな」
作戦の方針が決まり、李梅の親戚の家に行くという名目で長沙郡に入ることになった。準備を終えた一刀は周朝と話していた。
「簡単に言うけどあんな針の穴に糸を通すような作戦、お前は恐くないのかよ?」
「そりゃ失敗すれば死ぬかもっていうのはあるけど、そうなりそうなら無理はさせないって信じてるからな。それに、似たような作戦で勝った話を歴史の本で読んだことあるし」
「軍師ねえ……従軍してる文官とどう違うんだか」
「二倍の数の黄巾軍を倒す作戦を立てて成功させたからな。一人の人間の心は読めなくても、集団になれば方向性が見えるから読みやすいんだとか。ところでさ、連弩ってどんな物なんだ? 俺の想像だと凄い速さで連射する弩なんだけど」
一刀の想像した連弩はいわゆる諸葛弩のような個人で携行する弩だったが、周朝が説明した連弩は設置する大きな弩である床弩で、数本の矢を連ねて発射する物だった。
「連続の方の連射じゃなくて連ねて射る、の連射か」
「お前の想像した個人用の速射できる連弩もあるが、あれは弓力が弱いから鎧を着た兵士にはあまり役に立たないぞ。勿論、数を集めて毒を塗っておけば防御の隙間から兵を殺せるだろうがな。それより、もう二人女の子を食客にしてるんだって? モテるねぇ」
「ああ、軍師と武人。そのうち世に名前が出る……っていうかもう仕官を誘われてたな」
「そりゃすごい……そうそう、お前がやってた体操な、漢中から来たって言う医者が妙に感心してたぞ。五禽戯がもう少しで完成する! ってさ」
「ごきんぎ? 運動前の準備体操がそんなに珍しいのか?」
「拳法やってる奴なら珍しくはないだろうが……ま、明日からの情報収集がんばれよ」
「おう」
久し振りに同年代の同性と気楽に話せた一刀。学園の友人と話したのはもう何時以来か。
周朝と別れ自分の天幕の前に繋がれた董衣に、明日も頼むぞと飼い葉を食わせていると李梅がやってきた。
「ここに居たか。姉が都合の良い村を見つけたと連絡があったぞ」
「早いな。やっぱり一族の代表の孫だから信頼されやすいのか?」
『それもあるけど、張津が「龍の巣」を探しているというのが大きい』
李梅がモンの言葉で話す。零陵軍にも聞かれたくないことなのか、と一刀は認識した。
『久し振りに訛ったな……龍の巣? 天空にありそうだな……雷雲の道……』
『そうじゃなくて、冥界に通じている洞窟のこと。どこにあるかは一刀でもまだ言えない。龍の巣に近付くことは禁じられていて、探そうとしている部外者が居れば、一族の全てが殺しにかかるくらいの神域』
『そういう神聖な場所ってあるよな。そこを知ろうとしているから張津を殺す機会を伺っているのか……占い師が死人を蘇らせるなんて話に食いつくんだから、冥界がどうこうなんて言われたら欲しくて仕方ないだろうな』
『そもそもどこから話が漏れたかが問題。一族から裏切者が出るとも考え難いのだけれど、「冥界に通じる洞窟」ではなく「龍の巣」を名指しで探していたのだから。深く暗い洞窟を冥界と表現するのは分かるわ。さっき一刀も言ったけど、龍と洞窟を合わせて考える?』
『あぁ……龍って言ったら普通は天に居ると考えるもんな。そうすると占い師ってのが怪しいな。周朝は青白い顔をしていたって言ってたけど、それなら李梅の一族は関係無さそうだし。なにか昔の伝承で敵対部族が居たとか聞いたことはない?』
「強いて言えば中原の民だが、それも楚漢の戦の時代よりも昔の話だ。その時代でも張津の探し物を知られたとは思えない」
李梅が標準語に戻る。もう龍の巣の事は口に出すなということか。
「あら~あなた達、結構良い勘してるじゃないの~」
「ん? ……何者だ? 零陵軍の者には見えんが」
鍛え抜かれた筋肉の塊を下着一枚分だけ隠した男性が居た。
「私は貂蝉。洛陽に残した私とは会わなかったかしら? ま、それは置いておくとして、ちょっとだけ私の話を聞いて貰えるかしら?」
(貂蝉……依り代の馬のぬいぐるみが邪険にしないでくれって言ってたけど、こういうタイプの……確かに悪い人ではなさそうだけど)
「洛陽で見たのは服を着ていたと思うが……まあ、そのことを知っているのは区星たちだけのはずだ。何を話そうというのだ?」
「張津を操っている占い師の正体についてよ。あれは私と同じ外史の管理をする神仙の一人、女女咼。私と漢女道の師匠、卑弥呼と突き止めたの」
「ジョカ……って伏羲の妻の女神の? 確か泥をこねて人間を作った神様だったような」
一刀がゲームか何かで何となく覚えていたジョカの事を尋ねる。
「今も似たような事をしているわ。作り上げるのは人間ではなく、僵尸の兵だけれど」
「キョンシー……ってことは周朝が見た蘇った死人って、キョンシーだったのか」
「そうよん。死体を使って作ったの。本当は無から作り出せるのだけれど、以前やりあった時に力をいくらか封印したのよ。だからあの娘、張津を焚き付けて区星ちゃんたちの聖地を奪ろうとしてるのよ。多分だけど、この外史の外から来た存在の無尽蔵の力を背景に何かをするつもりね」
「モンの聖地を狙ってるのはそういうことか……」
「私もその存在には退去願いたいのだけれど、そもそも一体何物なのかも見当が付かないから様子見よ。とにかく、ジョカは師匠の陽動で荊州を離れたから、張津を討つなら今よ。ジョカが戻って来たら、兵の死体がある限りキョンシーを作り続けるでしょうね」
「そうなのか……ジョカってすごく強いのか?」
「人間でも武の頂きに居る者なら退けられるでしょうね。今のジョカは私や師匠より弱っているとは言え、神仙に連なる者だから滅ぼすことなんてまず不可能よ」
「分かった。教えてくれてありがとう貂蝉。卑弥呼さんにも御礼を伝えて……って、急に胸を抑えてどうした?」
貂蝉は胸を抑えながらうずくまると、すぐに悶えながら立ち上がった。
「ん~、流石私のご主人様~! 男っぷりに磨きが掛かってるわ! 特にいつもより発達した内転筋群と下腿三頭筋が! 腕ひしぎされたらどうなっちゃうの!?」
紳士然としていた貂蝉の豹変に驚く一刀と李梅。
「な、何? 内転? 腕ひしぎって関節技?」
「だ、だめよ私! 漢女道継承者がこんな、はしたない……っ! 落ち着く為にもちょっと師匠とジョカを挟み討ちにしてくるわ!」
そう言うなり、貂蝉は土煙を上げながら零陵軍の野営地を飛び出して行った。
「良く分からんが、ジョカが居ないうちに張津を討てということだな。しかし、あんな者が陣に入っているなど、警備の不足を感じる」
「そうだな……」
貂蝉から新たな情報を得たので大天幕で軍備の確認をしている朱里に報告をする。
ジョカが本当に超常の力を操るのかは半信半疑ながらも、朱里の中では長沙の危険度は高まったようだ。
「もしキョンシーという屍の兵士が居るとしても、これからの季節は勝手に腐ってしまいませんか? それとも、生きていないから日陰に置いておけば冷たいのでしょうか?」
「腐り始めたら疫病とか流行るかもしれないよな。どうする? 襄陽軍が来なくても開戦するか?」
「……そうですね。なんにせよ第一段階は始めて頂きます。李梅さんが進行や中止を判断してください。とりあえず、噂が流れるだけでも越境の名分は立ちますのでそれだけはお願いします」
「分かった。もし向こうが先に仕掛けてきたら、誘いこんで倒して良いか?」
「はい。ですが、私の考えでは自由に動き回れる……というより、勝手に動き回って略奪しようとしている自称傭兵団が巡回していると思います。練度は低いと思いますが、鏖殺(おうさつ。皆殺しの意)するには人数が足りないと感じたら零陵軍に連絡してください」
「李梅はキョンシーみたいな化け物とか幽霊って恐くないのか?」
夜明けに零陵軍をの陣を出発した一刀は、李梅と二人で苗族自治区へと進んでいた。
「首を落としても生きている化け物に出会ったら、四肢も切って十里四方に引き離せ、と伝わっている」
「十里四方か。結構遠いけど、化け物相手なら妥当なのかな」
「もっと大きな……虎の十倍くらい大きな生き物との戦い方もあるぞ。基本は罠と人数を集めることだが」
「何でもありだな……象とかマンモス相手の戦い方か?」
「象ではなく大きなトカゲらしい。ほれ、もうすぐ一つ目の村だ」
狭隘な山の中、わずかに広がる緩やかな斜面に2階建ての住居が並ぶ。
斜面を下って見れば棚田や畑が作られており、遠目にも人が作業していた。
「村長の家は向こうだ。行くぞ」
何が忙しいってなにもかも。
節電も良いですが、無理だと感じ始めたらすぐに冷房を入れて下さい。最近は少し気温が下がったと感じますが比較対象が38℃とかですので……
ジョカですが神農氏と伏羲と合わせて三皇に挙げられたり、伏羲とは兄妹で世界の洪水をヒョウタンでやり過ごして人類の祖となった伝説があります。
モンの洪水伝説にもヒョウタンに乗って兄と妹が生き延びる、というものがあります。そういう縁でぶち込もうとしてたら3月頃にサービス終了した恋姫のブラウザゲームにもジョカが出ていたそうで……
キョンシーを作るらしいので、折角なのでその設定を持ってきました。神仙組の一人なのかは分かりませんがまあそういうような存在という事でここは一つ……
そのジョカが白い事と神農(の先祖返り)が白いのは偶然ですガチのマジで。
伏羲よりジョカの方が書きやすそうな字をしているのに文字化けするのでジョカ表記です。




