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第36話 洛陽3 外史

「まずは本題についてだ。この世界はいわゆるタイムスリップでもパラレルワールドでも無い、異世界と言うべきものだ。この世界は「外史」、「三国志の外史」で、俺はその三国志の外史の管理人の一人だ。卿の世界を正史とするなら、あり得なかった可能性の世界だ。外史とは、閉じた世界で幾度も「あり得なかったはずの可能性」を無限に再生する機構のことだ。パラレルワールド、つまり並行世界はあり得た可能性の世界だが、外史はあり得なかった可能性の世界である。そこまでは良いかな?」

「まあ、何となくは……」

「卿にとっては、自分の住む世界とは違う世界だという事さえ理解してもらえれば間違いは無い。外史は繰り帰すのだ。しかし、今回の外史は無理に入り込んだ乱入者の影響で繰り返しの起点と終点がずれてしまった。その所為せいか、他の外史や並行世界の因子が流れ込み、歴史の進みや天体の有無にまで影響が出てしまった」

 独特の節を付けてぬいぐるみが語る。一刀にとっては理解の範疇はんちゅうを越えていたが、取り敢えずは聞くしかないと耳を傾ける。

「この三国志の外史は卿が死ぬか、或いは外史の終点まで辿り着けば卿の魂は本来の世界に帰還し、本来の世界で活動を再開した。稀に途中で帰還する事もあったが、な……」

 何かを思い出している様子の貂蝉。幸福な、或いは不幸な結果を幾度も見て来たのであろう。

「それじゃあこの世界で死んだとしても元の世界に戻れるんですね?」

「そうであって欲しいものだ。外史の管理人として卿の帰還を確実なものにしたいのだが、乱入者の影響でどうなるか分からん。並行世界や他の外史の因子に導かれ、ここではない別の外史で目覚めることになるやもしれん」

「……他の外史で死んだらどうなるんですか?」

「俺が連れ帰ることが出来れば、もう一度三国志の外史で目覚める。それまでの間は、魂が行き場を失い幽霊として存在することになるかもしれん」

「それは遠慮したいですね……」

「もし余裕があるのならば、乱入者の痕跡を探してもらいたい。卿には、オーパーツと言えば伝わるだろうか。そういった物を集めてこの祭壇の前に置いてくれたなら、こちらで解析する」

「元々のこちらの方針とほとんど変わりませんね。なるべくそういった物を探して持ってきます。ところで、この外史? への乱入者とは何者なのですか?」

「人か物かも分からん。意志を持っているようではあるが、自らの意志でこの外史に来たわけではない。俺のような神仙の中の誰かが招き入れたのだろう」

「人間の手には余る問題のようですね……ところで、プロテインは一体何故?」

「俺の本体の趣味だ。ホエイだけでも構わん。その水筒を祭壇の前に置いてくれ」

 促されて一刀が胃袋水筒を置くと、

「……うむ。質の良い乳を使ってくれたようだな。必要な物は頂いた。礼として残ったチーズは旨くなるよう調整しておいた」

「ありがとうございます。皆と一緒に頂きます」

「卿の使いたいように使ってくれ。それと、卿は荊州南部の水を飲んだかね? もし飲んだのなら、炎帝とその子孫に感謝しておくと良い。彼らの治水の努力がなければ、住血吸虫症に感染することもあっただろう」

「住血吸虫症……地方病!? この時代じゃ治しようがないじゃないですか!」

「もしどうしようもない状態になったなら、ゴットヴェイドォーを頼るのだ。卿の人品が確かであれば、治療してくれるだろう」

「五斗米道?」

「ゴットヴェイドォー」

 何かこだわりがあるのだろう。貂蝉が訂正する。

「最後に、この外史は歴史の進みが速い。昔、卿のように正史から来た者が早めた部分もある。だが、卿が出会った李白は、この外史が続いた場合に産まれるはずだった、この外史の李白だ。正史よりも誕生が早まった者、遅くなった者が存在する」

「正史通りに歴史が進まない可能性があるということですか?」

「大きな流れは変えられないがな。さあ、卿の連れが起きるぞ。俺の本体にあったら……邪険にしないでやってくれ」

 それきり馬のぬいぐるみは黙ってしまう。それと入れ替わるように李梅達が目を覚ました。

「む……貂蝉を名乗る紳士は……?」

(紳士? 確かに渋い声だったけど)

 眠っていた面々は夢の中で貂蝉に会い、一刀の死か歴史の一区切りで帰還が叶うと説明されたようだ。貂蝉が敢えて伝えなかった部分を伏せて一刀も同調した。

「俺自身が超常現象に遭ってるから、今更驚きはしないな。むしろ出し惜しみなく教えてくれたし、俺の世界に帰るのは約束されてる訳だしな。ただ、不思議な宝物みたいなものを失くして困っているから助けて欲しいって言ってたな」

「それは区星も聴いた。心当たりが一つ、ある事にはあるが……」

「何か厄介な事があるのか?」

「蚩尤の大斧だ。闇夜でもうっすらと緑色に光っていたそうだが、蚩尤の死後は歴代の力ある王の宝物庫に保管されていた。今ならば漢の皇帝の宝物庫だろうな」

「宝物庫から盗むわけにもいかないよな……」

 そう言いつつも、歴史通りなら洛陽が放棄される日がある事を思い出す一刀。しかし、闇夜でも緑に光ったということに違和感を覚えていた。

「蚩尤って骨が脆かったとか普段から血を吐いていたとか、そういう伝承が残ってたりしないか?」

「そういった伝承はありませんね。それに、炎帝神農の血筋が毒にも病気にも強いのは私が証明していますよ、一刀様」

「そっか……まあ、蚩尤が無事だったんならやばい物質じゃないのかな……」

「取り敢えず貂蝉様の家を出ましょう。家主不在でいつまでもお邪魔する訳にもいきませんからね」

 貂蝉の家を出ると、それまでの静寂が嘘のように繁華街から喧騒が聞こえた。この日は他に予定が無いのでどうしようかと話していると、

「それなら私達は本屋へ行こうと思います。洛陽は外国の書物も流れて来ることがあるそうなので、行ってみたかったんです」

「良いね。それじゃあ朱里と雛里と香風が本屋に行くのか。俺は……大通りの商店に行こうかな。眼鏡屋があったらちょっと覗いてみたいし。良いかな?」

「区星は構わん」

「私もです」

 香風まで本屋に行くのを意外に思いながらも、一刀達は別れた。

 大通りは様々な商店が並んでいたが眼鏡屋は見当たらなかった。休憩がてら入った茶屋の娘に尋ねると、街の反対側に行く必要があるとの事だった。

「今から行くとちょっと遅くなるかもしれないな。普通に散歩するか」

「そうだな……! 一刀、桜桃、見ろ! 駱駝らくだだ!」

「ラクダ? まさかこんな所に居る訳が……ラクダだ!」

「眩しいけど見えるわ。李梅に聞いた通り、大きなコブがあるわね」

 大通りをフタコブラクダが闊歩していた。その後ろには馬やロバ、鶏など様々な動物たちが続いていた。一刀はサーカスの宣伝かと思ったが、洛陽の人々は珍しいものとは思っていないようで特に注目されてはいなかった。茶屋の娘が言うには、

「あの動物の一団は呂布将軍が保護した動物たちなんです。討伐した野盗が飼っていたり野生化していたところを捕まえたそうですよ。お屋敷には虎や狼までいるとか。流石にそういった動物は出てきませんが、草を食べる動物はこうして自分達で散歩をするんですよ。先頭の赤兎ちゃんが引率しているんです」

(赤兎ちゃんって先頭に居るラクダのことか? 赤兎馬がラクダ?)

 一刀の知識では最強の武人だが裏切りを繰り返す非情な呂布が、行き場の無い動物の保護をしているというのは意外だった。

「この動物たち、高級住宅街の方に向かってるな。帰り道が同じだし、途中まで一緒に歩くことになるぞ」

「市民が動物に道を開けているから歩きやすかろう。後ろからついて行こう」

 呂布の動物を追いかける形で帰ることにした。途中で士燮の邸宅に到着したが、動物たちはさらに奥、外壁に近い方を目指して消えて行った。

「人間が引率しなくても勝手に散歩するっていうのは凄いな」

「ああいった動物は群れからはぐれることを嫌うからな。我々の馬も引綱無しでついてくるだろう」

「確かに。群れからはぐれると危険な世界だもんな」

「あまりケモノ臭くはありませんでしたね。かなりこまめに世話をされているようでした。呂布将軍と言う方は動物用の使用人を多く雇っているのでしょうか?」

「遠征になったら一人じゃどうしようもないものな。それならそれで、散歩くらい引率に出してやれば良いのに」

 呂布の事はさておき一刀は士燮へ大まかな報告へ、李梅と桜桃は部屋に戻った。

 士燮にオーパーツのような物や伝承は知らないかと尋ねると、

「ふむ……仮に神器と称するが、蚩尤の大斧は龍が持っていた斧の欠片で作ったと聞いたことがある。モン族が隠している龍の洞窟の伝説があるそうだが、その真偽までは知らないな。他には何でも切れるという項羽の剣や、渦を巻き続ける水と空に浮かぶ城か。ただの自然現象や比喩でしかないと思うが」

「項羽の剣なんて、本人の力で切ってたと言われたら納得してしまいます。そういった伝承を暇があれば検証したり集めてみようと思います」

「天竺なら交州で、波斯ペルシャなら洛陽で情報が集められるだろう。それと、明後日に参内しようと思う。国を背負った使節としてのルキウスはともかく、北郷殿は中原と交流の無かった異民族として厳密な礼儀作法などは求められないだろう。あらかじめ参内の理由や状況は説明しているので台本・・が用意される。もし主上が何か問いかけてこられたら、答えられる範囲で答えれば良い。今の宮中は宦官を中心とした濁流派と、大将軍の何進を中心とした反宦官の清流派に別れている。何かを咎めるような事を言われたら、その反対派が庇ってくれるだろう」

「分かりました」

 参内の流れを聞いた後、士燮の部屋を出ると一刀は朱里と雛里の部屋へ向かった。

 部屋の戸を叩き、入って良いかと尋ねると慌てた声で少し待つように言われる。

(ラフな格好でくつろいでたのかな? 悪いことしたな……)

 少し待つと朱里が内側から戸を開けて一刀を招く。部屋の中には雛里の他に香風まで居り、卓について茶を飲んでいた。

「くつろいでたっぽい所にごめんな。朱里達が今日買った本について聞きたいんだけど――」

 本の事を聞かれ露骨に顔色が変わる朱里達。朱里と雛里はともかく、香風まで頬を赤らめていた。

「……誰から聞いたの? お兄ちゃん……やっぱりそういうことに興味があるの?」

「何の事だ? ただ、外国の本に例の不思議な宝物……士燮様は神器って呼んだけど、そういったものの情報は無いかなって聞きに来たんだ」

「ほ……そう言う事でしたか。でしたら西域の風土を記した地誌があります。取ってきますね」

 朱里が部屋の隅に置かれている自分の鞄へ向かう。

「皆はさっきまでどんな本を読んでたんだ? 地誌? の他にも兵法書とか色々あるだろうからさ」

「わ、私は天竺の健康法が書かれた医書を読んでいました……」

 噛んでしまったためか真っ赤な顔で雛里が言った。

「シャンは大毛槍 槍磨きの――」

「香風ちゃん! ちょっと待って!」

 雛里が慌てて香風の言葉を遮る。一刀は不審に思いながらも掘り下げないことにした。

「大毛槍? 武器の本か何かか? 槍と言えば方天画戟と李梅の斧槍ってちょっと似てるよな」

「呂布将軍の得物……お兄ちゃん、よく知ってるね。呂布将軍の戦い方を一度見たことがあるけど、アレは生きた嵐だった……」

「やっぱりここでも人中の呂布と呼ばれる程の武人なんだな。っと、ありがとう朱里」

 朱里から山海経と安息伝の2冊の本を受け取る。どちらも紙の本で絵が付いていた。

「どちらも文章の破綻もありませんし、参考程度にはなるかと思います」

「山海経は妖怪とか描いてるな……まあ、既に似たような存在に会ってるんだけど」

 貂蝉の事を思い出す一刀。彼は本体を邪険にしないでくれと言っていたが、一体どういうことであろうか。むしろ貂蝉の依り代の語り方から頼もしさや好感を覚えていたが……

「とにかくこれ、少し借りるよ。それと朝廷に参内するの、明後日になるらしい。この中で実際に拝謁するのは俺と士燮様とルキウスさん。皆は俺からの貢物の荷物持ちとして入り口までは着いてこれるのかな? そこは事前に調整するみたいだからまだ分からないけど」

 これまでの間、士燮も一刀と同様に関係各所に根回しの書簡のやり取りをしていたらしい。金塊や財宝をただ国庫に納入するのではなく、実際に見せることで何かを訴えるらしいがその内容までは一刀は聞かされていなかった。

 外史について自分で書いてみてなんとなく理解が深まったような沼ったような。

 香風が言いかけた本のタイトルは「大毛槍~槍磨きの少年と褐色の主人」です。三人は繁華街で買った艶本(戦利品)の回し読みをしていました。雛里が読んでいたのはカーマスートラの前身のようなものです。

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