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第33話 洛陽入城

 南北に走る山脈が幾重にも連なる天然の城壁を貫くように洛陽への道は延びていた。

 山脈の一つ一つは踏破できない高さではないが、輜重隊を抱えて大軍を移動させるのは困難を極めるだろう。自然の気まぐれか、或いは人間の努力によって比較的・・・平坦な道が続く。

 そして一際高くそびえる断崖絶壁の間を塞ぐ人工物があった。

「あれが虎牢関です。手前の脇道に控える……と言ってもそれなりに距離がありますが、あの城が汜水関です」

 朱里が一刀に説明した。

「汜水関って虎牢関みたいに山の間で道を塞ぐ関所じゃないのか」

「虎牢関付属の建物だから関なんだとか、有事には虎牢関まで直通の道を切って汜水関の前に敵軍を誘導して漸減ぜんげんさせるから関のようなものだとか諸説あります」

「遠回りして虎牢関に行ったら後ろを突かれるし、先に汜水関を陥とそうにも今度は虎牢関から援軍がって訳か。道を切るって言うと落とし穴とか?」

「そうですね。陥穽かんせいや色々な煙で軍の移動を制限します。ちょっとした傾斜を作るだけでも衝車を遅らせるには十分な効果が望めるでしょう」

「城二つをまとめて相手にするようなもんか……今は遠目だから小さく見えるけど、近くで見たらすごい大きいんだろうな」

 近づいてみるとやはり汜水関は巨大であり、軍旗が昇って兵が詰めていることが伺える。万が一にも黄巾党を都には入れまいとする備えだろう。

「駐屯している兵数がどれくらいか知らないけど、兵の維持費と徴兵しなかった時の労働力を考えたら……」

 一刀の心配を他所に軍は虎牢関の検問を受ける。近年、漢の役人の腐敗が叫ばれているが流石に税と言う名の皇帝の財貨に手を付けようとする者は居なかった。

 門をくぐるが関は厚く、城壁そのものが城のようなものだと一刀には感じられた。

「こんなに重厚な防御があるんだったら、陸路じゃなくて黄河を遡りたくなるな」

「上陸戦は港も狭く困難ですし、地形の関係で風が川上から吹き下ろすので船での戦に余程の自信が無いと港に辿り着けすらしないでしょう」

「策は2~3ほど思いつきますが有効かは兵の質や時期、状況によります」

(朱里と雛里で船の戦か……赤壁かな)

「関を抜ければ洛陽まであと一息だよ……お兄ちゃん」

「香風は都で役人をしてたんだっけ。昔の同僚とかに見られても平気なのか? 昔の職場の人に会うって気まずそうだけど」

「ちゃんと手続きして退官したから……でも、部下の兵達がどうなったか、ちょっと気になる」

(流民を訓練してた時も慣れてるっぽかったし、香風はやっぱり「徐晃」みたいに自分の隊を率いてたのかな)

 洛陽の城壁が見えてくると近づいてくる一団があった。前衛を引き受けていた曹操軍の騎兵隊が警戒するが、先触れの使者は孫堅軍からのものだった。

「なんで孫堅……様? が洛陽に居るんだ? 孫家が呉に行くのは孫策様の頃だっけ?」

「孫堅様は呉郡の豪族出身です。現在の任地は徐州だったと思いますが……確か、黄巾の乱の討伐で最初は朱儁様の下に編成されたそうですが、朱儁様では苛烈な性格を御しきれないとのことで皇甫嵩様の指揮下に入ったそうです。流民の話からの推測ですが……」

 一刀の問いに朱里が知っている範囲で答えた。

「徐州は中原の東側の豊かな土地だっけ? 孫堅様が迎えに遣わされたのはそれだけ士燮様が大物なのか、孫堅様の地位がまだ低い時期なのか……」

「孫堅様なら祖父が会ったと言っていただろう。「長江で船が問題を起こしたら助けて欲しい」、と。あと、あのやたら強い焼酎とかいう酒の作り方を教わったとか」

「区景さんと初めて呑んだ時のだな……確か李梅達みたいな色の肌だけど、ちょっと違うんだろ?」

「そうだな。もう少し中原の血を受けているらしい。まあ、江南出身で褐色肌なら親戚のようなものだろう」

「おおらかな判定だな……遡れば人類皆兄弟だけどさ。あの旗の下に居る人が孫堅様かな?」

 三人の髪の長い女性が近づいて来ている。背丈は先頭を進んでいる女性が一番高く、一際強く存在感を滲ませていた。

「そのようです。先頭が孫堅様、軍旗を持っているのがその長子の孫策殿、その後ろが次女の孫権殿でしょう」

 孫策は澄まし顔だったが、孫権は緊張を必死に抑えているようだった。

(孫権殿、表情こそ普通なのに何か張り詰めてるな……それにしても黄祖殿以上に過激な服装だな)

 軍の段列中央にて下馬した孫堅達が士燮に迎えの挨拶をした。

(圧っていうか覇気がすごいな。ここを舞台としたら間違いなく主役だ)

 積荷の中身と客人が居ることは先触れの使者が伝えられていたが、改めて士燮がルキウスと一刀を紹介した。

 挨拶を終え出迎えの部隊の下へ戻る際に孫堅と一刀の目が合った。実際には一刀の周りの李梅や香風のついでに目に入ったのだろう。しかし一刀にはその一瞬で時間が止まったように感じられた。

「一刀様」

 桜桃に手を引かれ一刀の時間が動き出す。

「あ……あぁ、一瞬目が合っただけで蛇に睨まれた蛙の気持ちを体験したよ……やばいな」

「氣に当てられたのは初めてだったか? 威圧しようとした訳ではないのだろうが、孫堅様のあれはちょっと異常だったな」

「李梅達は平気なのか?」

「区星は平気だ。虎の氣に近いからむしろ懐かしくさえ感じた」

「シャンも……戦に慣れれば平気になるよ」

「はぅ~……私達は気圧されちゃいました」

「あわわわわ……」

 武芸に秀でた李梅と香風の二人はともかく、朱里と雛里は一刀と同じように気圧されてしまったようだ。

「孫堅様は戦える相手を探しているような、そんな物憂げな様子でした」

「そうなのか……孫権殿の方は緊張してるだけって感じで、まだ話しやすそうだったな」

「あわわ……一刀様は剛毅なのです。私は孫策殿が「人に任せる」事ができる人物のように見えました」

(親子、姉妹でも全然性格が違うってのは当たり前だけど、ああも違うものなのか。三國志の通りに歴史が進めば、孫権殿は上の世代と比べられて苦労が絶えないだろうな……)

 孫家の人物評をしていると孫軍が出迎えにやって来た。

「あんまり噂話してると聞かれてしまうな。さあ、行軍隊形に移ろう」




 孫軍の先導で洛陽城壁内の士燮一族の邸宅に到着したが、そこに交州軍の姿は無かった。

 朝廷からの指示で表向きは黄巾党勢力への備えとして禁軍以外の兵は城外の兵舎に詰めるという事だが、その実は士燮とその私兵とも言える交州軍を引き離したい勢力が居たのだろう。これについて士燮は、

「飯と宿舎の世話をしてくれるというのなら馳走になってやるまでの事。それに指揮官は皇甫嵩殿だ。仮に戦に駆り出されようとも使い潰されるような事はあるまい」

 と、気にしていない様子だったが、一刀としては同じ釜の飯を食べて仲間意識があるだけに落ち着かなかった。

「異民族だから差別されてるとかじゃないんなら良いけど……」

「交州は銭もそうだが、異国の珍しい品を持ってるから商売人には人気があるようだぞ。特に春を売りに来る女にはな」

「は、春を売るって……あの、あれだよな?」

「戦があれば娼婦は商人と共に軍に付いてくるぞ。戦場では女や保存食以外の飯は貴重だから高く売れるのだ。官軍とは塩の引換券でやり取りするから踏み倒される事もないしな」

 普通の事と認識している李梅と、現代の潔癖・・な価値観の一刀で従軍商人、娼婦へ思う所に違いがあった。

「商魂たくましいと言うか……それ、軍の規律とか緩まないのか?」

「緩むがそれ以上に脱走を防止できるそうだ。すぐ後ろに肌を重ねた女が居れば、良い所を見せようとする心理があるとか」

「あー……同性愛の恋人同士で編成した軍が強かったとか聞いたことあるな。多分ルキウスさんが知ってるけど、ギリシアの神聖隊だったかな」

「男色……一刀は男に興味があるのか?」

「いや、そんなことは無いぞ。同性愛を否定はしないけど、見せつけられても困るっていうか」

 一刀の否定に李梅はやや安心したような様子で、

「だが今までそういう店に行こうともしなかったではないか。成人男性はそういう欲が強いのではないか?」

「……俺も性欲が無い訳じゃないけど今までが忙しかったし、それ以上に充実してたから。何より、いつかは帰る事を考えてるのに女性に手を出すなんて不誠実だと思う……って言うのだと納得出来ない?」

「いや。納得した。お前はそういう奴だものな」

 安心したような残念なような、そんな李梅だった。

 しばらくすると士燮の邸宅の侍女が孫策からの書状が届けられた。内容は一刀達のために宴席を設けたのでお招きしたい、という旨の物だった。

「これは俺じゃなくて、李梅達を招いてるんだろうな。区景さんの次の世代と今のうちに仲良くなっておこうって事だろ」

「他にもシャン達を仕官させられないかと考えているだろうな。一刀を引き入れれば色々な物が得られると評価されているのだな。だが孫堅様からではない……個人的な席だから断っても後腐れがないし気を張るな、と」

「俺は鯛を釣る海老か何かか……まあこの国での歴史の主役は皆なんだから、当然だな。士燮様に聞いてからだけどお受けするとして、返事はどうやって……」

 書状によると追って迎えの者を寄越すのでそこで返事が欲しいと書いてあった。

「なるべく早めに許可をとろうか。じゃあ俺は士燮様の所に行くから、李梅は皆に出欠を確認してきて」

「うむ」

 一刀が許可を取りに行くと、士燮は税として納める貢納品の確認と清掃をしていた。

「孫策殿の宴席か……問題は無かろう。貢納品ときんの清掃と梱包には数日かかる。その間に味方にできそうな有力者に会っておくのは損にはならないが、くれぐれも一人にはならないように気を付けられよ」

「分かりました……ところで、その金を全部磨くのですか?」

「当然だ。加えて銅も磨くのだから幾日かかることか」

 一つの部屋に集めると床が抜けるかもしれないという事で分散して保管しているが、それでも金の延棒のべぼうや宝石類が並んでいるのは壮観だった。

「今の君の仕事は味方を作る事だ。出席の準備と、学生服の点検をしなさい」

「はい。それでは行ってきます、士燮様」

 退室して部屋に戻ると、香風達も集まっていた。

「準備は出来てる? 俺は制服を陰干ししてからだな」

 荷物の中から久し振りに制服を取り出す。乗馬用に貰った零陵の騎兵用胡服に慣れていたせいか、制服のポリエステルの手触りが懐かしく感じられた。

「お兄ちゃんの服……すごいね。曹操様に見せた学生証もそうだけど、縫製も素材も見た事無い……」

「触るのをためらうような逸品ですね。水鏡先生でも驚くんじゃないかと思います」

「三人はこれを見るのは初めてだっけ? 俺の時代だとありふれたものだから大した物じゃないよ。触ってみる?」

「で、では……失礼します」

 恐る恐る手を伸ばす朱里と雛里、物怖じしない香風が制服に触れる。学生証と合わせこの時代には存在しない手触りに驚いていると、孫家の人が来たと侍女が呼びに来た。

 急いで玄関へ行くと二人の少女が待っていた。

「私は孫権、字は仲謀と申します。こちらは甘寧、字は興覇で私の侍女です。北郷様。我が姉、孫策の宴席にご出席頂けますか? お返事を頂きにまいりました」

 一刀は意外な大物が来たことに驚きながら二人を見る。

(侍女って言ってるけど、見るからに護衛か暗殺者じゃないか……堂々と姿を晒してるから悪いことをしようとはして無い、よな)

 宴席への出席を告げて士燮の邸宅を出発するが、道中は孫権も甘寧も口を開こうとはしなかった。

 甘寧は元々無口なのだろうが、孫権は隙を見せてはいけないと極端に気を張っていたのだろう。あまり緊張させるのも悪いと思い一刀は話しかけなかったが、気の弱い朱里と雛里は畏縮してしまったようだ。

「宴席って宿を貸し切ってやるのか……太守や県令でもなければ普通はこうだよな」

 地方出身の孫家は地元に顔が効いても洛陽に邸宅を持つには至っていなかった。そのため徐州から軍を進め、転戦を続けついには皇甫嵩の指揮下に編成され洛陽に駐屯することになったのでこの宿を借り上げた。そして兵は交州軍や曹軍と同様に城外の兵舎に、主な家臣はこの宿に宿泊させていた。

 中に入ると孫策ともう一人、長い黒髪の女性が一刀達を迎えた。

「来てくれてありがとね。私が――」

「こら! 雪蓮! 申し訳ありません北郷様。我が主の娘、孫策の非礼をお詫び致します」

 孫策の言葉遣いを長髪の女性が咎めた。

「構いません。孫家の家長である孫堅様の名ではなく孫策様の名で呼ばれたのはそういう公的なものではなく、個人的な付き合いを求められての事と考えておりました。礼儀だなんだと気にしなくとも良いと気を使って下さった……のですよね?」

「そうそうそんな感じ。北郷君は物分かりが良くて助かるわ~。だから遠慮なんてしたら前後も分からないくらい飲ませちゃうんだからね。改めて、私が孫策よ。それとこっちが」

「私は周瑜、字は公瑾です。……最低限、人としての礼儀は守らせますのでご容赦ください」

 周瑜が一刀に耳打ちする。

「私……いや、俺が北郷一刀だ。こっちから順番に――」

 つい余所行きの声音を出したところ孫策から圧を感じて訂正した一刀。そのまま李梅達を紹介して宴会が始まった。

 最初は孫策のノリに気後れしていた朱里と雛里も、ほのかな酒精に煽られてか徐々に慣れたようだ。李梅と香風は身体が小さいからすぐ酔ってしまうので、と最初の一杯を少しずつ飲んでいた。刺客に対応できるように考えてというよりは本心からの酒量だろう。

 場の雰囲気が解れ始めると各々で適当に集まっては談笑が始まった。

「一刀は東の島国から来たんだ。じゃあ私達が呉の地に戻ったら帰るのを手伝ってあげられるかもしれないわね」

「その時はお願いするよ」

 李梅と桜桃は周瑜に区景の事を尋ねられていた。朱里と雛里は酔いの回った孫権に上司を殴り倒す母や姉の気性について愚痴を聞かされているようだ。一刀の傍には区姉妹の替わりに香風が控え、一刀と孫策の海の幸や台風の話を興味深そうに聞いている。

 食べ物の話で徐福饅頭の事を話したら孫策に爆笑されたが、そういった名物は無いのかと尋ねると、

「餅が既に御馳走だからね~。子供の頃に呉に帰化した苗族の女の子がちまきを贈るのを見たことがあるわ。確か袋に入れてあって、一緒に入ってるもので意味が変わるんだって」

「意味が変わる? この前俺も李梅……区連と区星から貰ったんだ。箸と釣り針が入ってて、遭難した時に役立つから生還を願ってくれてるって意味だと思う」

「……へー。そのちまき、色は着いてた?」

「隙間からちらっと見えたけど5色に分けられてた。赤、黄、黒っぽい紫、緑、白だったかな」

「そうなんだ……愛されてるわね。ところで、一刀はめかけに興味はある?」


 前回のちまきの意味は苗族、姉妹飯節で検索すると詳しいですが箸が添えられていると傘が欲しい、松葉だと裁縫道具でどちらも嫁入り道具の要求です。トウガラシは一切の関係を持ちたくない、ニンニクは上手くいく可能性は少ないと思いますというお断りの意味で、カギカズラ(ここだと代用で釣り針)だと離したくないという意味になるとか。ちまきという形にしたのは保存の都合と元はおにぎりにしていたとか見たので……それに苗族と近い位置に住むトン族やタイ族がちまきでそれっぽいことをしているのでくっつけました。

 もち米の色の意味は赤は村の繁栄、黄は五穀豊穣、紫、青は吉兆、緑は村の美しさ、白は愛情の純潔さを表しているそうです。正確かは分かりませんが(むしろこっちがもっと知りたい)

 あとちまきの起源伝説で長沙の區曲という人物が出て来るのでその縁で……


 汜水関は虎牢関の別名で関は一つだそうですが、無いと寂しいので間道を塞ぐ虎牢関とその支城の汜水関という形で考えました。絵心があればもう少し伝えやすそう……と嘆く前に文章で表現できるようにならないとですね。

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