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第32話 羊肉と姉妹の料理

 一刀と曹操が厨房近くの庭に行くと、既に数頭の羊を連れた李梅と桜桃が居た。香草類の入った袋とタライなども用意されていた他、料理番の女性数人が見学に来ていた。

「呼びに行く手間が省けた。それじゃあ始めるぞ」

 李梅が近くにいた牡の羊を地面に仰向けに寝かせる。その隣に座り込み自身の右脚で羊の後脚を、左手で前脚を抑えた。拘束された羊の腹部を右手のナイフで切りつけると、10㎝ほど裂かれた羊の腹部に手を入れて何事かすると羊は痙攣し始めた。李梅が羊の腹部から手を引き抜くと腹膜の一部が飛び出した。

「指で動脈を千切った。もうじきこの羊は死ぬ。区星達の文化では大地に血を流すのは良くないこととされているから、こうして胸腔に血が溜まるようにほふる」

 李梅が説明している間も飛び出た腹膜が羊の呼吸に合わせて収縮を繰り返し、その両脚が宙を駆ける。やがて羊の動きが止まると、李梅は毛皮にナイフを走らせて剥ぎ取りを始めた。

「切り込みを入れたら素手で皮と肉を分けていく。ここまでしたら中原での肉の解体と差は無くなるか?」

 桜桃が羊の脚を李梅の逆側に倒して毛皮を剥ぐのを助ける。皮を剥かれた羊の肉はスーパーの食料品売り場で見る鳥肉のような色をしていたが、今まで見たどんな肉よりも奇麗な薄桃色をしていると一刀は感じた。

「私達でも羊を育てている地域に行くことが無ければ中々食べられない御馳走です。李梅のように仕事に馬を選んだ人が、益州やその先の諸部族との交易の時に食べています」

 桜桃の説明に曹操が質問した。

「貴女達は遊牧民に近い生活をしているようだけど、結局はどこに住んでいてどう生活しているの?」

「一族が江南を中心に広がっているからお互いに必要な物を融通し合っている。西方の遊牧民と一緒になる者もいるがほとんどは定住民だ。だから遊牧民と言うよりは交易民のようなものだと区星は思う」

 手を止めずに答える李梅。内臓を取り出してはタライに移していく。

「中原から見て東西南北の異民族である四夷は、我々からすれば皆遠い親戚だ。お互いに利害がぶつかることもあるが、概ね緩い親戚付き合いで上手くやっている。そして江南の部族間の取り纏めを祖父がしているな」

 李梅は胸腔、腹腔に溜まっていた血を柄杓を用いて水差しのような容器に移し、桜桃は羊の小腸の内容物を絞り出す。

「……解体と内臓の処理の担当は別れている。一刀、折角だから桜桃を手伝って胃から草を絞りだして洗え」

「え!? ……分かった。やってみる」

「滑って落とさないよう気を付けてください」

 桜桃から受け取った胃はまだ温かく、少し絞るだけでつい一時間前まで食んでいたであろう草の塊が出て来た。

「中身を出すから外でやる必要があるのか……血を集めてるのは大地に血を流さないため?」

「あの血は後でこの腸に入れて煮込みます。ニンニクと玉ねぎのみじん切りに小麦粉を入れたり糯米もちごめを入れたりします。そのままの塩味も良いのですが、果肉を潰したものを掛けて食べるのも美味しいですよ」

「ソーセージか。寮の朝ごはんを思い出すなー……パリパリに焼いたソーセージと目玉焼きに醤油を掛けて炊き立てのご飯と一緒に……脂と醤油の香りが混ざって『あー、朝だー。明日はパンに乗せるのもいいなー』ってさ……」

 目玉焼きと聞いた桜桃が驚いた様子で、

「羊の目玉を毎朝食べるのですか?」

「動物の目玉じゃなくて、鶏の卵を焼いたものの事だよ。卵白の白目の真ん中に、黄身の瞳があるから目玉みたいってんでそう呼ばれてる料理」

「卵を食べるのも贅沢に思えますが……交趾の鶏が普及したらやってみたいですね」

 一刀が羊の胃の中身を全て絞りだす頃には李梅も精肉を終えていた。動物の解体をグロテスクな物と思って覚悟していた一刀だったが、時間にして20分程度の鮮やかな手並みに感心が先に立って気分が悪くなることは無かった。

「胃は良く洗ったら一刀様用の水筒を作りましょう」

「今まで使ってたのもこうやって作ってたのか……旅の道具を一から揃えるって、当たり前だけど大変なんだな」

 残りの羊の解体の際に曹操がやってみたいと希望したので李梅が指導していると、そこに鍛錬を終えて帰って来たのであろう夏侯惇が「北郷! 貴様、華琳様に肉屋の真似をさせるとは何事か!」

 と、一刀に怒りの矛先を向けた。




「この腸血? ボトゥルス、とても美味しいね。一刀君のところではソーセージと呼ぶんだね。塩漬け肉の事かな?」

「ソーセージだとゲルマンの物がビールのお供として有名でした。ローマの肉料理だとパルマのハムが有名ですね」

「パルマの肉はプロシュットかな? あれも残っているとは嬉しいね」

「昔、区景に貰ったのを思い出した。まさしくあの家の味だ……」

 羊の腸詰をおやつ替わりに味見することにし、折角だからと士燮とルキウスも交えての試食会を開いた。ブラッドソーセージ自体は河北より北方の食文化として知られていたが、一刀の食客の中では香風だけが食べたことがあるとのことだった。「小さい頃に食べたのより……美味しい……新鮮だから? ……それとも香り?」

「保存を効かせるために塩が強かったのでしょうね。それで子供には美味しく感じられなかったのかもしれないわ」

「腸に血を詰めたと言うからブヨブヨしてるかと思っていました」

「それがこんなに美味しくて保存も効くなんて……」

 朱里、雛里にも好評だった。

「羊の肉は臭みがあるって聞いたことがあったけど、全然臭くなくて意外だったな。それに中身が詰まってるから腸の厚みがあるのに、噛んだ時に「パリッ」としてあぶらの旨味が溢れて来るのも良いね。醤油が無くても塩気と香草の風味みたいなのがあってすごく美味しい。毎日でもいけるな……」

「毎日は流石に贅沢だな。だが一頭当たりで一家族が2~3日は食べられるぞ」

 夕食は曹操が手料理を振舞うと言っており、あまり食べ過ぎないように注意されていた。その事を皆に伝えて試食会は終了し一刀と李梅、桜桃が残った食器を厨房に返却した。

「曹操様も夏侯惇も褒めてたし、定番の食べ物になるだけあるよなあ」

 夏侯惇との一悶着の後、曹操から今後は協同して事に当たるのだから仲良くするようにと注意された。そのため、お互いにまずは言葉遣いから……と、関係の改善を図っていた。

「曹操様の一言で沈静化するのだから、単に激情の人という訳では無いのだろうな」

「忠誠心が溢れてるだけで、ある意味分かりやすいよな。ところで、どうして李梅は急に羊を食べるって言い出したんだ?」

「……敵地に赴くのだから、良い物を食べるのは不思議ではないだろう。趙忠を始め、十常侍とかいうのが何をしてくるか分かったものではないからな」

「毒や襲撃みたいな露骨なのはともかく、難癖付けてきて誅殺されるかもしれないんだよな。それで細梔様がいざとなったら賄賂を送れって言ってたけど……」

「相手は一人とは限らんし、反故にされることだってあるのだ。一刀、覚悟は決めておけ」

「思い残すことの無いように、か。やっぱり俺の居た時代って平和だったんだな……それが野垂れ死にしないでこうして生きていられるんだから二人にも細梔様にも、関わったみんなにありがとうだよ」

 改めて区姉妹に感謝していることを伝える。

「……そうか。区星達は明日の朝に厨房を使う許可を貰いに行ってくる」

「俺は荷物の確認は終わらせてるから、董衣達に挨拶しとこうかな」

 一刀がしばらく馬房で董衣を構っていると夕食の呼び出しを受けた。

 夕食は士燮と曹操の高級幹部だけが席に着いた。曹操の手料理は華美ではないが盛り付けが美しく繊細な味付けで、塩の効いた保存食に慣れた胃に優しかった。




 許昌出発の日の朝、一刀は李梅と桜桃から袋を渡された。

「これ、中身は……ちまき? 笹に包んだもち米のおにぎりか? 結構な数を釣り針と糸で結わえてお箸付き……」

「我らの風習を知っているのか?」

「ちまきといったら5月5日の端午の節句だろ? 俺の国だとこどもの日って言って、こいのぼりを上げて子供の健康とか出世とかを願う日……だったかな」

「端午節ならヨモギや菖蒲を戸口に飾る部族もあるが、これはそれとは関係がない。灰汁で煮込んであるから保存が効くのと……旅に出る人に贈って、また戻って来いと願うものだ」

「出陣の縁起物って事か。二人ともありがとう」

「今回は保存が効くようにしていますので本来とは違った形ですが、込めた思いや意味には違いはありません」

 士燮、曹操両軍の準備が整い、一刀達も馬上の人となり洛陽へ向け出発した。

 曹操が洛陽に帯同する主な将は夏侯惇、季衣の2名で荀彧と曹洪は悔しがりながらも留守を預かる事となった。官位を持つ夏侯惇であれば参内も可能なこと、もし蝗害が発生しても二人が留守居なら対応を任せられるからという人事だった。

「皇甫嵩様と討伐した黄巾党十数万の戦勝報告と許昌の政務が順調だ、って報告のために曹操様が参内する……しかも、士燮様と曹操様は以前から付き合いがあって協力してもらえるって言うんだから、出来過ぎなくらい運が良いな」

「天の時が味方しているということでしょう。もちろんただの偶然の産物ではなく、今までの旅路での選択の帰結ですが」

「流民と一緒に戦ったから曹操様の軍と出会った訳だし、もっと言えば李梅や細梔様に差し伸べられた手を取らなければ今の状況はあり得ないもんな。その巡り合わせに感謝しないとだな」

「選択の余地を与えられたのも一刀様の人徳……行いによるものですよ。すみません、少し寝かせて頂きますね」

 桜桃が一刀に背中を預けると、すぐに一刀の腕を胸に抱いて眠ってしまった。

(落ちないように抱いてろって事なんだろうけど、久しぶりにやられるとドキッとするな……)

 先日までの長雨が嘘のように晴れた日差しの中、人馬の列は粛々と歩を進める。

 昼の大休止のため軍が止まり昼食の時間となった。一刀は折角だからと区姉妹から貰ったちまきを食べようとすると、

「お前だけもち米の飯を食うのは不公平だろう。兵も見ているのだから、兵と同じものを食べろ」

 と、李梅に注意された。一刀はもっともだと思いながらも、兵も持ち込みの調味料や食料を食べていることには言及しなかった。

 休憩中に周囲の様子を見てみると江南よりも道の幅が広く、焼かれた後ではあるが大きな駅が設けられていた事が伺えた。

「中原って昔から栄えてるだけあって道が良いんだな」

「人の往来を支えるために戦国時代よりも昔からあったそうですが、道路の拡張や駅伝の整備が本格的に行われるのは秦による統一の後です。今でも匈奴の侵攻に備えて軍の移動や連絡を助けるために整備は続いていたのですが、黄巾党のような内部からの反乱では真っ先に狙われてしまいます」

「もし朱里と雛里だったら相手の国の駅を狙う?」

「積極的には狙いません。民の生活をおびやかせば民心が離れて反乱の火種になります」

「朱里ちゃんの言う通りです。むしろ駅が残っていることで相手がどこを通るかが分かりやすくなります。間者を派遣しておけば敵兵を買収して有益な情報が得られるかもしれませんし」

「……なるほどなー。じゃあ黄巾党がこの辺の駅を焼いたのは下策だったのか? それとも元が「民」だから官軍の反撃を遅らせるって意味では正解だった?」

「あまり統一された意志を感じないのでなんとも言えませんが、地元の民に不満を募らせることで味方につけようとしたのかもしれません。自分達を守ってくれないのに税を取るなら、いっそ奪う側に回ってしまえと。同じ黄巾党を名乗らなくとも、その土地の民が漢から離反すればいずれ官軍の手は足りなくなる……」

「民の忠誠って大事なんだな……いや、国への忠誠なんて無くても、ちゃんと生活の保障をしていれば良いんだよな。民も国家もお互いに必要なもの同士になれば、わざわざ反乱なんて……いや、スパイとかテロ組織の工作で地方政権が乗っ取られたりするのか……?」

 現代の国際情勢や過去の戦争の経緯を思い出す一刀。思考の渦に意識が巻き込まれてしまったようだ。

「段々一刀様の地元の言葉が出てきましたね……雛里ちゃんは民の忠誠じゃなくて、お互いがお互いを必要とする関係になれば良いって考え方、どう思う?」

「私は良いと思ったかな。例えば井戸は自分で水を汲まないといけないけど不満を言う人がいないように、必要な時にちゃんと水があるならならその井戸を使うし大事にするでしょ? でも、水が枯れたり汚れたら別の場所に新しい井戸を掘る。道理だと思うの。朱里ちゃんは?」

「私も。でも、そんな風に忘れられていくとしたら、ちょっと寂しいかなって……」

 考え込んでしまった3人と桜桃の膝枕で昼寝をする香風。李梅はそんな彼らを見ながらため息を吐いた。

「はぁ……ほら一刀、そろそろ馬に荷物を乗せるぞ」

 そう言って一刀を立たせると、そのまま手を引いて董衣達の所へ歩いて行く。

「俺の場合は馬鹿の考え休むに似たり、ってか。董衣達にはもうひと踏ん張り頑張ってもらわないといけないのに、のんびり休んでる訳にはいかないよな」

 手を引かれ相手の歩調に合わせて歩く。普段より緩やかな時間を感じる一刀だった。

 最初にネタを思いついて書こう書こうと何となく書き始めて1年ちょっとが経ちましたが、文章の書き方はまだまだ練習が必要だと感じます。よくもまあ続いたものだと思います。

 書こうとしたことを調べるうちに雑学ネタが増えました。ウインナーが羊の腸詰めでフランクフルトが豚の腸詰め、ボロニアが牛の腸詰めで人工の薄皮の場合は太さによって名前が変わるなどなど。


 羊の解体はモンゴルのオルルフを参考に書きました。また、腸詰めですが現代で見るようなウインナーソーセージを想像していただければと思います。それと調理にかかった時間などは気にしないで下さいませ……

 「ちまき」の風習は端午節と近いのでそう表現しましたが……まあ、追々と……

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