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第28話 許昌

 曹軍に黄巾党の捕虜を引き渡して許昌へと進む。

 曹操からは流民の義勇軍へ褒賞を与えるので、連れて行けるだけの義勇軍を連れて行くよう頼まれた。流民全体に渡す量を与えたいから最低でも輜重隊と護衛隊を編成出来る程度は欲しいとのことで、義勇軍から2百名程の有志と流民からの推薦で張三姉妹が加わった。

 道中黄巾党の残党に出くわすこともなく順調な道のりだったが、許昌の城壁が見えてくると一刀はその大きさに圧倒された。

「襄陽でも驚いたけど、許昌ってもっと大きいんだな……あの城壁、小さなビルぐらいの高さじゃないか? っていうか、近づいてるはずなのに全然近づいてる気がしない。遠近感が狂うぞ」

「中原は平地が多いので発石車の運用がしやすいからです。それだけでなく、雲梯や梯子もこれだけの城壁に取りつくために多大な労力を強いるので、結果として城攻めをしようという気を起こさせない抑止力になります。とはいえここまで高い城壁を建てているとは、正直に言って驚きです」

 一刀の感嘆に、隣を雛里と同乗している朱里が答えた。

「そういう考え方は俺の国にもあったけど、実物を見るとなあ……これが出城や騎兵と連携したら攻め落とせる軍は居ないんじゃないか?」

「やりようが無いわけではありません。ですが、戦をするよりもっと良い解決策があるはずです」

とす自信があるのが頼もしいね……流石は諸葛孔明……」

「いえいえ……後学のためにどう攻めるか、どう切り崩すかを考えるのは良いことと思います。ところで一刀様の国の城壁はどういうものなのですか?」

「あんまり詳しくないんだけど街を含めて丸ごと城壁で囲うっていうのは少なかったかな。異民族の襲来がほとんどないからこっちの考え方とは違った思想から作られてるんだと思う。ただ防衛設備の基本は縄文時代……大昔から水堀と柵や塀で村を囲むっていうのが続いていたみたいだな」

「水濠となると水利に恵まれているのですね。それなら作物も豊かでしょう」

「主食は米だな。水稲で……江南から伝来したって説があったな。そうだ、桜桃の故郷で味噌とか醤油って作られてたりしない? 味噌は大豆を発酵させて塩を混ぜた調味料で、醤油は黒くてしょっぱい汁なんだけど……」

 前に座っている桜桃に尋ねると、

「醤油は魚から作った魚醤のことでしたら交州にあったかと。味噌は私達も大好きな調味料です。塩には税金がかかるけど味噌は大豆だから税金がかからない、と漢人が買い求める人気商品でもあります……庶民と役人で言い争うまとになっているようですが、塩に戻せないなら塩じゃないという論が……一刀様?」

「ごめん桜桃。味噌の味を思い出したらちょっと故郷の事を思い出しちゃって。機会があったら味噌、ちょっと分けてもらってもいいかな?」

「もちろんです。他の名産品に梅の実を干して塩に漬けた物もありますからそれも持ってきますよ」

「梅干しもあるんだ……いいな。すごい楽しみにしてるよ。……途中でごめん朱里。俺の国は山が多いから水にはほとんど困らないんだ。だから田畑を作るには良いんだけど、毎年台風が来るのと平地が限られてたり地震も多くて大変な土地なんだ」

「豊かなのに大変な土地……でも、一刀様のような人が育つのだから良い国なのでしょうね」

 ――一刀様、自身の役割に徹して本心を見せない人物だと思いましたが……意外に情に溢れているのですね。

 良くも悪くも野心や欲を見せない一刀への評価を改めた朱里だった。




 許昌の門ではあらかじめ曹操からの伝令が来ていたのだろう、衛兵が出迎えてくれた。しかし、入城は少し待たされることになる。それと言うのも、

「要は戦勝パレード……凱旋式をやるから整列しろってことか。城壁内の大通りの人の準備もあるし、今のうちに甲冑を着込んでおいてね、と」

「そういうことだな。とは言え、交州軍はともかく区星達は武装するくらいだ。近くの川で馬を洗って来るか?」

「そうだな。結構時間かかるらしいし、ちょっと士燮様に許可を貰ってくるよ」

 士燮からは遅れなければ良い、と許可をもらえたので乗馬で移動していた一刀と桜桃、李梅、香風、朱里と雛里で川へと移動した。

 川沿いには数は多くないが交州軍と義勇軍のために入城を待たされている行商人達が居た。

 一刀は行商人たちから待たされたことを責められると思っていたが意外にも歓迎された。

「ええ、ええ。待たされたことで良い場所で商売させてくれると約束してくれましたので。それに、こういった目出度めでたいことがあればお客様の財布の紐も緩むというものでして」

 たくましいものだと感心しながら川べりで馬たちを洗いはじめたところ、

「なんや兄さん達、馬を洗うのに珍しいもん使つこうとるやないか。豚か何かの毛を束ねとるんか? 稲藁の束は使わんの?」

 関西弁の少女――やはり露出の激しい、というよりほとんど水着――が興味深そうに話しかけて来た。

 李梅や桜桃が近づいてくるのを止めなかったということは敵意が無いということか、と一刀は判断した。

「そうだよ。この刷毛みたいので汗を流してやって、その後でこの汗こきっていう鉄の輪っかで水を飛ばす。ひづめの間の土はこのちょっと尖ってる部分で掻き出してやるんだ」

「へー……ようできとるんやな。あっ、ウチは李典言うんやけど、近くのむらからかごとか日用品の行商に来ててん。兄さん達、これから凱旋式なんやろ? そんなら頑張ったお馬さん達を新しい布で拭いてやりたくならへん? 安くするで」

「布って結構値の張る物なんじゃないのか? そうポンポン買える程の余裕は無いぞ」

 服装と性別から名のある武将と予想していたが、三國志での李典の活躍を覚えていた一刀は動揺した。

「いやいや、普通はそうなんやけどウチんとこの布と籠、すごい絡繰りで作っとるから手間賃分安いんや。まずはこの布を見てや」

 そう言って李典から差し出された布は現代ではありふれたタオルそのものだった。

「え? タオル?」

「たおる……タオル。なんやしっくり来るやんそん呼び方。布和弗輪フワフワって呼んどったけど、今度からタオルって呼ばせてもらうわ。やなくて、これうてくれたら助かるんやけど」

「買う買う。俺の手持ちで足りればだけど」

「ほんまに? せやったら1枚100銭、5枚買うてくれたら1枚勉強させてもらうで!」

「それじゃあ500銭で6枚買わせてもらおうかな。ちょっとお金取ってくるかるから待ってて」

 一刀が董衣から降ろしていた荷物の所へ行くと李梅が待っていた。

「一刀、董衣の汗こきは済ませておいたぞ。董衣は待っていてくれるが士燮様や凱旋式は待ってはくれないからな」

「ごめん李梅……」

「怒ってなんかはいないぞ。あの娘の対応を任せたのは区星達だからな。それより、面白い布か何かを買うんだろう? 早く買って拭いてやろうじゃないか」

「ありがとう、李梅」

 錢を李典に渡してタオルを受け取る。

「いろんな女の子侍らせてからに~兄さんモテモテやんか。それにしてもえぇ錢やんか……南はまだ錢不足になってへんってのはホンマやったんやな」

「南は、って事は中原だと錢が減ってるのか?」

「税やら戦費で取られる、ってのとは別に悪銭が流行りよってん。なおして混ぜ物したりとかを平気でお上やらがやりよる。去年の収穫はマシで飢饉とまではいかんかったけど、ここ何年かは食料事情も厳しいで」

「大変なんだな……」

「そんでも生きてりゃ腹が減るし冬は寒い。生きてくためには働かなあかんやん。せや、兄さん達、今日は忙しいやろうけど、暇があったらウチらの露店に来てや。丈夫な籠があれば何かと便利やで。絡繰り見るだけでもええし」

「そうさせてもらうよ李典。俺は一刀。北郷一刀」

「おおきに!」

 李典と約束を交わしタオルを李梅達に渡す。朱里と雛里ですら手拭いの比ではないタオルの吸水力に驚きながら馬体の水を拭きとった。




 許昌への入城は一刀を悶えさせながらもつつがなく終わった。

 戦果を誇張とまでは言わないまでも、皇甫嵩と曹操ですら取り逃がすほどの黄巾党の精鋭部隊3千人を流民交じりの千人の部隊で撃破したと紹介されたのだ。

「交州の軍は強いんじゃのう」

「見ろよあの褐色の兵士たち。孫堅将軍の軍みたいだぜ」

「それに流民に被害は無かったっていうんだから偉いわよ。酷い将軍なら流民を盾にして使い潰してるわ」

「流民の指揮をしたのは何と言ったかのう……そうそう、諸葛孔明様と北郷一刀様じゃ。珍しい二字姓二字名じゃからこの二人は覚えとる」

「爺様、孔明はあざなだよ。しかし交州軍の中にやたら彫の深い顔の偉丈夫がいるな」

 と、道の左右で見物している市民達の好奇の視線に晒されるのだ。

 名を売って目立つことで趙忠の刺客からの暗殺を避けるという効果があるし、何より明るい話題の少ない人々の癒しになると言われては断れない一刀だった。

 許昌の政庁に着くとどこか曹操を思わせる金髪の少女と猫耳のようなものが付いた頭巾を被った少女の二人に出迎えられた。

「「士燮様、ルキウス様、北郷一刀様のご来訪、まことに光栄に思います」」

 言葉の上では歓迎されているようだが、一刀は自分の名を呼ぶ際の二人の言葉にやや棘があるように感じられた。そしてその感覚はすぐに間違いではないと証明されることになった。

 一刀と同じように不審に思った桜桃が、いつもなら一人で下馬するのにこの時は一刀に手助けを求めたのだ。

 桜桃の意を察した一刀は素直に従い桜桃の下馬に手を貸すと、金髪の少女が唇をかみしめたような顔で一刀に言った。

「北郷様は大変良い趣味をお持ちですのね。ですが、滞在中は男女の不純な交友はお控え下さるようお願い申し上げます」

「はい。もちろんそのつもりですが、目の見えない人の下馬を手伝うことが不純な交友にあたるとは思えませんが」

「っ!……確かに、その通りですね……失礼致しました」

 ここで桜桃が追撃をかけた。

「何分不自由なものでして。さぁ一刀様、手を引いてくださいませ」

 と、甘えるように身体を寄せる。

 金髪の少女は眉を逆立て、奥歯を噛み締めているようだ。そのやりとりを見ていた士燮が少女に助け舟を出す。

「北郷殿、あまり曹洪殿をいじめないでやってくれ。曹洪殿は少々男性と接することになれていなくてついあのような態度をとってしまったのだ。それと、北郷殿の食客のように小柄な女性を愛でる趣味があると曹操殿から聴いている」

「士燮様! いえ、はい……その通りでございます。私のつまらない嫉妬のせいでご不快な思いをさせてしまったこと、お詫び申し上げます」

「俺……いや、私は別に。敵対心の類でなければ問題はありません。むしろ……」

「私の方こそ試すような真似をしてしまい、失礼致しました。ですが、誰でも大切な存在を蔑ろにされては腹が立つというものです」

 桜桃の珍しく強い物言いは、曹洪ともう一人の頭巾の少女にも向けられているようだった。

 1月前半に2話投稿できたらいいなぁ。

 まだ毒の薄い曹洪、荀彧の二人ですが機嫌を損ねてはいけない人がいるので抑えているだけです。

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