第27話 華雄と紀霊
馬丁から馬を受け取り、許緒の案内で一刀達は調理場の跡がある小屋に着いた。
「多分ここで獲物の解体とか皮の鞣しをやってたんだと思います。一応おおまかに掃除はしてありますが埃っぽかったらすみません」
「雑魚寝でも屋根の下で寝られるのはありがたいです。北郷達が感謝していたと曹操様にお伝えください」
「分かりました。それでは失礼します」
帰ろうとする許緒に雛里が問いかける。
「ねえ季衣ちゃん。季衣ちゃんは自分の兵舎か天幕で寝るの?」
「? そうだよ。一人用の天幕に戻るけど、それがどうかした?」
「季衣ちゃんと一刀様さえよければなんだけど、一緒にここに泊まれたらなって。もう少しお話したいし、曹操様の事を教えて欲しいの」
引っ込み思案な雛里が誘う。いつの間にか真名を交換する仲になっており、言葉通りに離れ難かったのか情報を集めようという打算があったのか。或いはその両方か。
「ボクは良いけど……兄ちゃんは?」
「歓迎します。確かに私も曹操様や中原の事を聞けたらありがたいです」
一刀も同意して許緒を招く。折角だからと董衣に乗せていた荷物から魏延から貰った乾酪を出した。それなら、と許緒も輜重隊から果水の入った水瓶を持ってきた。
「ん~、この乾酪すっごくおいしい! 山羊の乳かな? 良い草をいっぱい食べて育ったんだろうなあ」
「益州の人が襄陽で出したお店の物だそうですよ。許緒殿は山羊の乳の良し悪しが分かるのですか?」
「ボク、小さい農村の出身だからね。近所でお母さんのおっぱいが出ない時に、赤ちゃんに山羊の乳を飲ませてあげてたんだ。ウチの山羊、結構乳が濃いからお湯で割るのもコツがいるんだ」
(山羊の乳ってお湯で割って飲むんだ……)
「じゃあ季衣が力持ちなのは気の流れの他に、家畜の世話をしてたからなの?」
「そうかもね。ボクが小さいからって牛とか馬が言う事を聞かないときは綱引きになってもん」
「……許緒殿、普通綱引きになる前に引きずられると思いますよ」
「ん~……兄ちゃん、そんな畏まらなくても良いよ。同じ丁寧な言葉でも、区連姉ちゃんみたいな自然さが無いんだもん」
「だ、そうだぞ一刀。隙を見せないようにしているんだろうが、お前は少し分かりやすすぎる」
「そうかな? ……そうかも。それじゃあ改めて許緒、これからよろしく。もしよかったら許昌でまた会った時にでも美味しい食事処とか教えてくれよな」
「もっちろん! それと、季衣でいいよ。区連姉ちゃん達もね」
会って間もないというのに予てからの親友であったかのように真名を預けられた。人見知りの雛里と真名を交換しているだけあり、全員が季衣の人懐っこさにあてられそのまま真名を交換した。
夜も更けたので屏風のような風よけで間仕切りを作り、布団代わりの替えの衣を被って眠ろうとした時に季衣の何気ない一言が一刀達を襲った。
「兄ちゃんは華琳様達みたいに「仲良く」するの? だったらボク、端っこの方で寝よっか?」
「え? ……あっ! いや、俺達そういう仲って訳じゃなくて!」
一刀は慌て、桜桃と雛里は頬を赤らめ目を逸らし、李梅と香風は良く分かっていないような顔をしていた。
「そうなの? 桜桃姉ちゃん達、兄ちゃんの護衛なんじゃないの?」
「確かに護衛ってことで一緒に居てくれてるんだけど立場を笠に着て無理強いなんて……って、季衣は曹操様達が夜に何をしてるか、理解して言ってるの?」
「護衛のために隣で寝るんじゃないの? 大人になると一緒の牀(寝台、ベッドなど)で寝るのは夫婦かすっごい仲の良い友達だけでしょ。一応ボク、他所の軍だし警備的にどうなのかなって」
「あー、うん。そうなんだけど……そっかー曹操様と夏侯惇将軍は仲良しなんだな……まあ俺としては季衣なら悪いことはしないって信じられるから別にいいと思うけど」
と、一刀が李梅や桜桃に目を向けると頷き同意を得られた。
「やった! それじゃあボク、雛里の隣ね……兄ちゃん達、ありがと……」
別の勢力の人間である自分を受け入れてくれたということに感謝をしながら横になると、季衣はさっさと寝付いてしまったようだ。
「自分も何をされるか分からない立場なのは変わらないだろうに……どうする一刀? 雛里……は動けないから誰と仲良くする?」
「あんまり他所で使わないでくれよ、その表現。下手すりゃ俺、捕まるか変態の烙印を捺されて外を歩けなくなるからな……」
「? 分かった。で、どうする? 桜桃は最近横臥して寝てないから区星が不寝番をして、一刀の左右に桜桃、香風というのが収まりが良さそうだと思うが」
「でも日中動ける戦力の李梅にはしっかり休んで欲しいの。だからやっぱり私が不寝番をするわ」
「そう言って襄陽でもあまり休んでいなかっただろう……分かった。洛陽では桜桃が一番大変になるだろうから、許昌から洛陽までの間は区星と香風で不寝番をするぞ」
「シャンも2~3日寝なくても平気だしそれでいい……桜桃さんは休むべき」
「二人とも……じゃあその時にはお願いね。でも、本当に疲れてはいないのよ。董衣の歩き方は穏やかだし日差しも柔らかくて……」
「それでもたまには横になるべきだ。ほら一刀、香風、さっさと寝るぞ。まったく一緒に寝るくらい、行軍で同じ天幕で寝るんだから当たり前だろうに」
(そういう意味じゃないんだろうけど……まあその言葉通りだったとしても、李梅達が他の男性と同じ天幕で寝るのは、何か嫌だな……)
恋人関係にある訳ではないと理解していながら李梅達に対して独占欲のようなものを抱いていることに気付いた一刀だった。
翌日、曹軍を出発する際に曹操から士燮宛の親書を預かった。
士燮の陣までは夏侯惇配下の騎兵が護衛として付いてくれ、何事もなく帰陣することが出来た。
「曹操殿はどうだった? 溢れんばかりの才気に惚れこんで仕官したくなったかね?」
一刀から受け取った曹操の親書を読みながら士燮が一刀に問いかけた。
「確かにあの方ならば異民族であろうと公平に功績を評価してくれると感じました。ですが私は自分の時代に帰る……帰れるとしてですが、途中で居なくなるような不義理はしたくありません」
「そういう筋を通そうとする義理堅さに私は好感を覚えるよ。曹操殿もこれだけの才能ある食客に恵まれるのだから光る物があるのだろう、と仕官して欲しいというような事を書いているぞ」
「現状では私は李梅達の添え物でしかありません。まあ、賄賂に転ぶことは無いと断言できますが」
「そういう誠実さが貴重な時代なのだ。今という時代は。さて、宛に行った流民から話を聞いた代官の紀霊殿と、涼州から来ていた援軍の華雄殿が現状の確認に来ている。後始末は曹操殿がやると話をつけているのだが、部隊を率いた武官に是非とも挨拶をしたいと言われていてな」
「分かりました。挨拶してきます……あの、涼州と宛って道が繋がってましたか? 山道で洛陽から漢中を経由すれば……?」
「概ねそのような道程を騎馬で来たようだ。何でも道中に五斗米道なる術を身に着けた医者か何かがいたらしく、針治療をしてもらったら自分達でも信じられない速度で宛まで辿り着いたそうだ」
「へ~……あ、っと、あまりお待たせしてはいけませんよね。行ってきます」
「我が軍の馬を見ているからそこに区星殿達を連れて行きなさい」
「はい。行ってきます」
士燮の大天幕を出て李梅達に事情を説明する。既に流民の義勇兵と共に捕虜を連れて合流していた朱里と張三姉妹も居たが、三姉妹はボロを出したら問題になるからと連れて行かない事になった。
紀霊と華雄が居る場所を兵に聞いて進んで行くと歓声が聞こえて来た。
「何をやっているか分かるか一刀? お前は背が高いから見えるんじゃないか?」
「なんか薄紫っぽいものが跳ねてる……髪の色か?」
「……音を聞くに馬を跳躍させているようです。障害馬術の披露でしょうか」
「多分そうかも。行ってみよう」
交州兵に混じって違う服を着た兵の一団が二つ。董卓配下と思われる華雄と袁術配下の紀霊の部隊だろうか。
義勇兵を率いた軍師と武将が来たと告げると「おぉ」、と感嘆の声とともに素直に道を開ける。小柄な少女達だからと侮らず、服装の乱れも無い。華雄、紀霊どちらの兵も統率が行き届いていると一刀は好感を覚えた。
人垣の前列まで行くと他の兵よりやや身なりの良い副官らしき壮年の男性が話しかけて来た。
「華雄将軍は御覧の通り交州の馬をお借りして紀霊将軍と障害馬術を披露しています。我々も涼州、西涼の馬が一番だと信じておりますが、交州……益州産でしたか? あの馬も中々どうして名馬と呼べましょう」
すると生産者の側として言いたいのだろうか、李梅が説明する。
「血統もそうだが、起伏の強い坂路を何度も行くから尻が強くなるのだ。後でじっくり見ると良い。区星達にも西涼の馬を見せてくれるとありがたい」
「もちろんです。我らの馬にも是非、乗ってやってください」
話していると一刀達に気付いた二人の武将が寄って来た。華雄配下の兵が背の高い方が華雄将軍です、と教えてくれた。
近づいてくる二人を見比べると、確かに華雄は肩の辺りで切った菫色の髪と合わせた露出の多い服を着た偉丈夫と呼べる風格を纏った女性で、紀霊は李梅達と同じくらい小柄な少女だ。長い金髪とやや大きめのブレザーのような服がより紀霊の小柄さを強調していた。
下馬した華雄と紀霊と型通りの挨拶をする。
「数倍の戦力を打ち倒した軍略と義勇兵達の勇気に、我ら二人尊敬の念を覚えましたぞ。そしてこの馬の力強さと調教、涼州の馬にも引けはとりませぬ。今日のこの出会いだけで山々を越えてきた甲斐があるというものです」
「華雄殿の言う通りです。3千の敵を少しの準備だけで撃破するなど並大抵の事ではありません。ですが、できれば宛の守備兵も頼って頂きたかったという気持ちもあります。ご存知なかったとは言え我が主、袁術は遠く洛陽に居れど南陽太守として治安を維持するために金銭を度外視して即応軍を編成していますので」
(紀霊さんの言いたいことも分かる。犯行予告があったのに警察に頼らないで勝手に編成した自警団で強盗団を撃退したようなものだし。ドラマとか探偵ものでよくみる構図だけど、警察官の側からしたら……切ないものがあるよな)
「そのことについては時間的猶予の無さと拠点を焼き払う策の後のことで頼らせて頂きましたので……袁術様が評判通り、民に優しい方だと信じていなければとれない策でした」
朱里が紀霊に答える。紀霊とて怒っているわけではなく、目と鼻の先で流民が危険な目に合っていたことに悔しさを抱いているのだろう。
歴史上での評価は最悪と言える董卓、袁術配下の将と会う事に警戒していた一刀だったが、少なくとも華雄と紀霊は誠実で真面目な将なのだと評価を改めた。
その後は紀霊も責めるようなことは言わず、純粋に武人としての賞賛を朱里や李梅達に送った。
一刀達も二人の障害馬術の腕前を賞賛し、お互いの愛馬を見せあおうとする頃にはすっかり慣れて本来の口調になった華雄。飾らない無骨さはどこか李梅に通じるものがあった。
華雄、紀霊が臨時の放牧地に近づくだけで馬が駆け寄ってくる所を見るに馬丁に世話を任せきりにせず、彼女達が如何に馬を愛し愛されているかを証明するものだろう。
「そちらの花相と紫鈴、良い牡馬だな。時期が良ければ何頭か種を付けてやって欲しいところだが、まだ若いし走らせるのだろう?」
「後3~4年は種馬にするつもりはない」
「だろうな。私でもそうする。いつか産駒が出たら譲って欲しい」
「私にもお願いします。小柄な私でも乗せてくれる馬ですので、袁術様に献上したいです」
(袁術は権力者として見栄えのする馬に乗らないといけないのに、持ってる馬は気が荒いのか信頼関係を築く時間の無い袁術を乗せたがらない、ってところか)
その点、花相や交州軍の馬は見栄えも走りも良いことを紀霊は先ほどの障害物の飛び越しで実感したのだろう。
「そちらの馬と交換であれば。一族が江南に薄く広く広がっているから特定の地域を贔屓しない約束になっているのだ」
「成る程。ウチの近くの羌族は協力的だが、ほとんど涼州としか接していないからだな。異民族の立場というのは大国に挟まれた小国のようなものか」
「故に馬の交換なら新しい血を入れるため、という理由付けになるのですね。納得しました」
李梅の出した条件に華雄、紀霊は理解を示す。彼女らの気質もあるが、恭順を示している異民族に無理を強いることがどういう結果を産むかを理解しているのだろう。
その後は上洛を済ませ一段落したらまた会おうと約束し、華雄と紀霊からそれぞれの主人へ宛てた書簡を受け取った。黄巾党を撃破した流民の義勇軍の事などを書いており、宮中での味方を作るための紹介状として使って欲しいとのことだ。
「実際に協力してくれるかはお前たち次第だが、董卓様はお優しい方だ。きっと悪いようにはせんだろう」
「我が主、袁術も気前の良い方ですので……それに、区星さん達が居ればきっと協力して下さるでしょう」
「どういう意味ですか? 紀霊さん」
「その……我が主は自分より背の高い方には対抗心を燃やしやすいので。同じくらいか低い方には親しみを持ちやすいのですが……」
「……何となく分かりました」
「根は良い人なので。ただ、張勲という側近が少し厄介かもしれませんが士燮様が後ろに付いているので問題ないでしょう」
董卓と袁術、自身の知る歴史では暴君だがこの二人からの尊敬を受ける主ならきっと悪い人ではないのだろう、と思う一刀だった。
山羊の乳の話は軽く検索すると割らずに飲んでいるようですが、非常に濃いのでここでは筆者が聴いたことのあるお湯割りを採用しました。
華雄は敵対してからの遭遇じゃなければ気前の良い親分みたいなものかなと。また、オリキャラの紀霊を出しましたがその馴れ初めはいずれ本文中で書いていきます。とりあえず紀霊は少しダボっとした着こなしで背の低さを強調しています。
羌族は炎帝神農と縁があるだろ、とか魏延の時に虎子を献上――と書いただろと思われるでしょうが、それは現地の村と現地政府とのお歳暮のような付き合いの範囲という事で。ただ羌族については神農氏の領地とした長沙から離れた土地なので独自外交を始めていてもおかしくはないという事で流してください。




