第24話 天灯
「シャンの所には指揮官っぽい人は来なかったよ。お兄ちゃん」
北の流民側に居た香風が捕縛した黄巾党の兵士と馬を引き連れてやってきた。
香風は逃げて来た黄巾兵が流民の投石隊に近づかないように伏兵として竹槍隊を率いていたのだが、統率のとれた黄巾兵の部隊や騎乗した兵がいたら捕縛するよう朱里から指示されていた。
「区星の方もだ。殿の方から観察したが、指揮官の風格のある者は見なかった」
区星も捕縛した黄巾兵と奪わせた馬車や元々黄巾党が持っていたであろう馬車を率いて戻って来た。
「そっか。じゃあ士燮様と雛里に報告しに行こうか。火が消えたら焼死体……の検分をしないとだな」
「そのことだが一刀。側近だったらしい捕虜が言っていたがやはり指揮官は太平要術らしき本を持っていたらしい。しかし、火が回って来た時に転んだ兵が指揮官の脚を掴んで一緒に焼け死んだそうだ」
「まあ……そうなる気はしてたけど。一応遺体の検分と、他の捕虜からの証言が出るまでは保留かな」
士燮と雛里の居る本陣へ行き捕虜の収容と報告をした。
本陣は既に生死の境にいるような捕虜で一杯だった。
将棋倒しになったところを踏みつけられ内臓が傷ついた者や落とし穴に脚をとられ骨折した者がほとんどで、中には頭蓋骨が陥没して手を宙に彷徨わせている者も居た。
「治療のしようが無いな……っていうかこの頭蓋骨がひしゃげてるの、何の傷だ? 鉄の棒で殴られたのか?」
「石がぶつかったのだろう。熟練した猟師が投石紐で石を投げたからだな」
「あー……簡易な投石機とか火縄銃みたいなもんか……」
「それはそうと区星と香風は潜んでいる黄巾兵がいないか巡察してくる」
「分かった。俺はここで桜桃と留守番だな」
「そうだ。朱里の指示は勝った後も考えられていて良い……行くぞ香風」
「それじゃあ行って来るね、お兄ちゃん……李梅の方天戟みたいな長斧、かっこいいね」
「祖先から伝わる形の斧だ。戟と槍と斧をくっつけた、戦の為の斧だが漢の時代になってからは廃れたそうだ」
「苗族が戦に出てきた記録は少ない……項羽に協力した義勇兵が最後だっけ……」
斧を使う者同士で通じ合うものがあるのか、互いに語り合いながら李梅達は出発した。
残った桜桃は動ける捕虜が反乱を企てないように見張るために巡回するが、負傷した仲間を見た黄巾兵は完全に戦意を喪失していた。
一刀は護衛される対象という事もあって本陣で控えているように言われていたので時間をもてあますことになった。
(何かするにしても足引っ張ることになるしな……死んだ人はどうすんだろ? 古代中国っていうと生き埋めの捕虜と一緒に、とか? まさか食べたり……)
価値観の違いによる死体の処理を想像して青くなる一刀。悪い想像を払うように歩き出すと回収された馬車の資材の中に竹や膠を見つけた。
「そうだ。アレを作ってみるか」
資材管理の兵に許可を貰い竹と膠と古い紙を持ち出し、小刀で竹を加工する。
(子供の頃に竹トンボを作ったっきり……でもないか。キャンプで焚き付けのブッシュクラフトを作ったっけ。なんだか懐かしいな……現代だと俺の事はどうなってんだろ。母さんとか心配してるだろうな)
細く切った竹を骨組みにして記憶にある天灯――小さな気球――を作る。
「こんなもんか……真ん中に油か小さい蝋燭を乗せる皿が要るよな」
どうやって火を仕込もうかと考えていると、新野で待機していた交州軍の輜重隊と共にルキウスが本陣へやってきた。
「やあ北郷君、何を作っているんだい?」
「こんにちはルキウスさん……気球って言って、空に浮かぶ道具の試作品みたいなものです。
「空を! ……下部は細く、上部を大きくすることに何か意味があるのだろうね。何か悩んでいるようだったのは?」
「どうやって火元を真ん中に固定しようかと思いまして」
「火? 紐を交差するように渡して交点を蝋で固めて、小さい蝋燭や油を染み込ませた紐を上に伸ばすのはどうだい?もちろん小さい皿があればいいのだろうけど」
「なるほど……蝋燭もですけど、火を使うんだから士燮様に使う許可を貰わないといけませんね」
「そうだった。私も士燮殿に帰参の挨拶しないと」
「じゃあ一緒にいきましょう、ルキウスさん。でも今は捕虜の尋問をしているかも……」
本陣中央の天幕に行き警備の兵に尋ねると、士燮は黄巾兵の幹部要員だったらしい男から聞いた略奪した村の数などを纏めているらしい。
忙しいなら後にしようかと言うと、天幕内から士燮が出てきて護衛の兵に指示を出す。
「早馬を呼んでくれ……ルキウス殿に北郷殿ではないか。ルキウス殿は道中何もなかったかね?」
「何事もありませんでした。士燮殿も反徒の征伐、被害も少ないようで何よりです」
「流民の協力あればこそだ。その流民の生活の保障を宛に、略奪にあった村の民を救済するよう許昌に連絡せねばならぬ」
「徴募に応じた、として良い待遇が得られれば良いですね」
「まったくだ。北郷殿はどうした?」
「空に浮かぶ道具の試作品を作りましたので蝋燭を少しと、火を使う許可を頂きたいのです。これなんですが」
そういって作りかけの天灯を見せると士燮はすぐに、
「構わん。火の始末にだけは気を付けるように」
「ありがとうございます……私が言うのもなんですが、そんな怪しげなものに簡単に許可を出して良いのですか?」
「北郷殿の知識で作るものなら裏付けとなる理屈があるのだろう。私も興味があるし、その大きさなら失敗しても大きな事故にはなるまい」
「安全には気を付けます」
「火をつける時には私も呼んでくれ……おお、来たか。早馬でこの書簡を宛に、こっちは許昌の太守なり代官に届けてくれ」
士燮は再び戦闘後の処理に戻っていった。
許可を得た一刀は交州軍の物資から蝋燭等を分けてもらい、興味をもったらしいルキウスと天灯を完成させた。
「あとは香風……徐晃という、旅に同行してくれる事になった人が来たら飛ばしましょう。少し暗くなってからの方が見やすいでしょうか?」
「風も強くはないからそれで良いと思うよ。簡単な構造だし、数を集めたら圧巻だろうね」
「私の時代だとそれをお祭りにして、観光資源にしたりする国もありますよ」
「しかしこれ、もっと大きく作って人が乗れるようにしたり、敵の城に火のついた油壷を落とすように作ったら戦争が変わりそうだね……私のような外国の人間に、そんな軍事技術のようなものを見せても良かったのかい?」
「あー……確かに。でも、ローマなら同じことを考えてる人がもういるんじゃないですか? 蒸気で風車を回す発明とかあるそうですし」
「100年以上昔のギリシャ人の発明だね。それがあったとしても、なかなか結びつくものではないと思うよ」
「……そうですね。でも、ルキウスさんなら悪いことには使わないでしょう。そもそも大きく作るための素材がまだありませんから、それまでは鈍重な空飛ぶ提灯です」
「本国に紹介するときは気を付けるよ。といっても今のローマは大きな戦争を望んではいないから平気かな」
「ここに火をつけると空に浮かぶの?」
「そのはず。さあ香風、つけてみて」
桜桃や雛里、香風たちが帰ってくる頃には辺りはもう薄暗くなっていた。焼き払った流民の集落から収容した遺体の装飾品と体格から指揮官と思しき男と、その懐で燃え尽きた本が見つかったためその検分をしていたのだ。
やはり指揮官は火に巻き込まれて死んでおり、波才から盗んだらしい太平要術を持っていたようだ。しかしその太平要術も燃え尽きてしまったため、南華老仙が一刀と同じくタイムスリップか異世界転移を果たした人物なのかを知る手がかりの一つが消えてしまった。
過ぎた事は仕方ないし、違う世界への移動の手段を匂わす描写は無かったと天和は言っていた。それなら太平要術は無くても問題ないだろうと一刀は考えた。
「じゃあ、火をつけるよ」
香風が蝋燭に着火すると天灯が内側からわずかに膨らむ。手を放すと一刀が想像していたよりも早く空に昇り始め、数十メートル程の高さまで行くと風に煽られてかゆっくりと東に流れて行く。
「……浮いた……あんなに高く……」
「これを大きくして形とか色々工夫したのが気球。多分人類が初めて自由に空を飛んだ道具かな」
「ありがとう、お兄ちゃん……シャン、これだけでも空を飛ぶ希望が持てた……いつか気球を作ろう、お兄ちゃん」
「そうだな……風で壊れたり燃えたりして降ってきたら火事になるかもしれないから追いかけよう」
騎乗して李梅を先導に天灯を追いかける。士燮とルキウスは本陣を離れる訳にもいかないので天灯の構造や用途について話合っていた。
香風は天灯を見上げながら、雛里は桜桃と安全に飛ばせそうな場所について話しながら進む。
「李梅、もしも何も知らない人がアレを見たら何だと思うかな?」
「妖術か化け物の類と思うだろうな。或いは女媧が天を修復している、なんて言われるかもしれんな」
「妖怪に思われるんだろうな……交州軍には予め伝えておいたけど、流民の方はどうだろ? 驚いてないかな?」
「遠ければ流れ星程度にしか思われんだろう」
「一刀様、李梅、前方から人の話し声と武器を用意するような音が聞こえます。馬の声も聞こえるので黄巾党の残党とは思えませんが気をつけて下さい」
桜桃の注意で警戒態勢をとった李梅と香風が一刀と雛里を守るように馬を進める。桜桃は聞こえてきた会話を雛里に伝え、情報の分析を始めた。
「指揮しているのは女性が二人で、声の張りや指示の出し方からかなり戦闘慣れしていると思われます……夏侯惇将軍、許緒
「騎乗して近づいてきています。私達に気付いたようです」
「曹操様の関係者なら構わんだろう。上のアレの事情を説明するついでに、曹操様に取り次いでもらって細梔様の親書を渡そう」
「殺気立っているようだから気を付けて李梅」
桜桃の言った通り、騎乗して青龍刀のような大きな剣で武装し、旗袍のような服に身を包んだ妙齢の女性を先頭に騎兵の一団が一刀達を取り囲むように馬を走らせる。
騎乗せず走って来たのか、巨大な鉄球を持った少女が到着すると指揮官らしき女性が馬の脚を止め名乗りを上げた。
「私は姓は夏侯、名は惇、字は元譲! 上の妖術は貴様らの仕業か!」
何故こんなに時間がかかったのか自分でも分かりませんが多分疲労のせいです。




