第23話 対黄巾党戦
「そら! 逃げろ逃げろ!」
追って来ているであろう黄巾党の斥候に聞こえるよう大きく声を出す一刀。しかし、声とは裏腹に董衣を馬なりに走らせている。
「ちゃんと追ってこれてるかな? 馬車を漁って足跡をゆっくり探そうなんて寝ぼけた事しないよな?」
「追ってきています。音からして10騎、着かず離れずの距離を保てています」
一刀の胸元で桜桃が答える。隊商に見せかけるため先ほどまで荷物を乗せていた董衣には馬具が着いていない。そのためいつもより密着してしっかり抱き締められていた。
「女が居るということも見せられましたから、なるべく無傷で捕らえようとするでしょう。こちらの馬が疲れたところを狙うつもりでしょうが、先に向こうの馬が潰れますね」
「あと少しで到着なんだから諦めてくれるなよ~」
それからほどなくして流民の集落が見えて来た。一刀達が近づいてくるのを確認すると集落からは敵襲を知らせる声や、銅鑼の代わりか鍋を叩く音なども聞こえて来た。
一刀達が集落内に入っていくのを確認すると黄巾党の斥候集団は周囲を巡り、規模や防備を大まかに把握して去って行った。
「ふ~。これで明日の朝には開戦……だよな」
「はい。強行軍なら夜襲と日の出を使える距離で、探している人達が居ると考えられる場所。そうでなくとも、防備の薄そうな流民の集団が相手なら襲うなり味方にするなりしたいでしょうから」
一刀の問いに前線の視察に来ていた朱里が答える。これまで朱里の読み通りの位置で黄巾党に発見され、予想されていた通りの編成で追いかけられた。
「軍師っていうのはすごいな。こうも朱里の予想通りになるんだからさ」
「敵軍の動きは私ですけど、斥候の編成や速度の予想は雛里ちゃんですよ。私は大きな動きを読むのが得意で、雛里ちゃんは戦場の細かい部分を読むのが得意なんです」
「戦略の朱里と戦術の雛里って訳だ。そりゃ二人を仕官させようとする人は絶えないだろうな」
「仕官する相手を見つけることも、この旅の目的の一つです。風評だけで実態の伴わない人物も多いそうですから」
「下手な小物に名軍師という力を与えたら、世の中をどう引っ掻き回されるか分かったもんじゃないからな……」
「そういうことです。後で雛里ちゃんのことも沢山褒めてください。男性慣れっていうより、人見知り過ぎるのを少しづつでも慣らしていかないといけませんから」
「分かりました、軍師殿」
おどけながら答える一刀。朱里も満更ではなさそうな様子で受け入れる。
「さて、雛里は罠の確認中かな? 中央の方は調整が難しいだろうから、今は行かない方がいいかな?」
「そうですね。夕食の前には終わるでしょう。……一刀様、明日の戦で勝った後、黄巾党の捕虜がここの流民に虐殺されるようなことがあったらどうされますか?」
「……俺はこの土地の人間じゃないし、まだ黄巾党に何かされた訳じゃないから口を出すことじゃないと思う。それに、怒った民衆を下手になだめようとしたら怒りの矛先がこっちに向くかもしれない。だから何もしない……いや、出来ない、かな」
「私が口を出す必要が無くて助かります。天和さん達はそうではなかったので、後でまた釘を刺しておきます」
「……天和達を生かすことにしたのか。隠し通さなきゃいけないことが出来て大変だな」
「今後悪いことをするようなら……まあそんな事をするような性格ではなさそうですけどね」
大天幕の前で董衣の唇を撫でて遊んでいると、雛里が罠の調整と確認を終えて戻って来た。
「お疲れ様。黄巾党の斥候が居た場所、雛里の予想だったんだって聞いたよ。すごいね」
「あわわ……そんな事はないでしゅ……ないです」
「いやいや、こうして一番警戒しなきゃいけない所を絞ってくれると助かるよ。ずっと気を張り詰めていなきゃいけないっていうのはすごくストレス……気疲れするから。今日はそれを一段と実感したよ」
「お、お役に立てたのなら、幸いです……」
そう言うと帽子で真っ赤になった顔を隠してしまう雛里。どうしたものかと考える一刀。
「ん~……明日は雛里が士燮様の軍に付いてきてくれるんだろ。俺が直接戦う訳じゃないけど、士燮様や兵士達に雛里は信用できる軍師だって保証するからさ」
「……」
「ん? 雛里? どうした……気絶してる……」
男性慣れしていない雛里は一刀の賛辞によって溢れだした色々な感情の処理が追い付かず固まってしまったようだ。
「とりあえず寝かせとこう」
雛里を寝袋に寝かせたところ、黄巾党の監視が無いか巡察してきた区星が戻って来た。
「一刀、手筈通り士燮様の軍の所に行くぞ……雛里は寝ているのか? さっさと起こして行かないと暗くなるぞ」
「そうなんだけど……おーい。雛里、起きてー」
肩を叩いてみるが起きない。身体的、精神的疲労から本格的に寝入ってしまったのだろうか。
「起きませんね。李梅、準備だけしておいてくれる?」
「分かった」
仕方ないから寝たまま連れて行こうかと相談していると朱里が来た。
「出発の前に雛里ちゃんに挨拶に来ました……寝ちゃってますね」
「このまま運んじゃってもいいかな?」
「その前に私も起こしてみますね」
そう言うと朱里は雛里の耳元で何かを囁いたが、こそばゆさのせいか身じろぎする程度で起きる気配は無かった。
「雛里ちゃんが起きてれば一人で馬に乗ってもらえるんですが……仕方ないので一刀様に抱えてもらいましょう」
「いいけど桜桃と3人乗り? いくら二人が軽くても狭いと思う」
「なら雛里は区星が抱えよう。もし賊や黄巾党と出くわしても逃げれば良い」
「李梅……道理ではあるけど……ねぇ」
桜桃は何か言いたそうだが決まってしまえば話は早い。一刀は雛里を抱え、花相に乗った区星に渡す。持ち上げる際に変なところを触らないようにと心がけていたせいか、一刀は寝入っているはずの雛里の緊張に気が付かなかった。
一刀と桜桃も董衣に乗った。大天幕の周囲には計略のための最低限の人員が残っているだけで、後は伏兵として所定の場所に配置済みである。
「じゃあ出発するけど、天和達と香風にもよろしく言っておいて」
「はい、一刀様。また明日、事が片付きましたら会いましょう」
「お互い勝利を確信しても慢心しないように……なんて、軍師にいう事じゃないか」
挨拶を済ませ一刀達は流民の集落を出発した。
道中、黄巾党の監視も無く士燮の軍が潜んでいる場所まで辿り着いた。地面の起伏や背の高い草に巧妙に隠れており、この場所に居ると知っている一刀でも気付いたのはかなり近づいてからだった。到着したころには日が沈み、兵たちは黄巾党に感づかれることのないよう火を起こさない食事を取っている。
帰還の旨を伝えるべく士燮の天幕を目指す。見知った交州軍の兵の顔が、少し離れていただけだというのに一刀には妙に懐かしく感じられた。
「士燮様。北郷一刀、区星、区連、ただいま戻りました。また、見聞を広める旅をしていた軍師の?統殿をお連れしました。龐統殿と諸葛亮殿は共に見聞を広める旅をしております。彼女たちの予想は敵軍の位置から編成まで誤りがありませんでした」
「姓は龐、名は統、字は士元でございます。この度の流民を守る戦にご助力頂き、まことにありがとうございます」
道中、馬上で目を覚ましていた雛里が士燮に挨拶する。噛みこそしないが、緊張が声に現れていた。
「官が民を助けるのは当然の事。むしろ龐統殿と諸葛亮殿のように、流民を助けるために力を尽くそうとする在野の士に巡り合えた事こそ幸運と言うものだ。民を助ける戦に策を授けて頂いたこと、感謝している」
「は、はいぃ……」
上手く話せない事による緊張や、それによる赤面を恥じてか雛里は固まってしまった。
士燮は気にせず一刀に向き、
「無事で何より。礼舞では何か帰還の手掛かりは見つかったかね?」
「残念ながら直接的には。ただ、三姉妹が参考にした書物の太平要術を著した人が、私の時代の感性を持っていたのではないかと感じました」
「太平要術……南華老仙の書か。南華老仙は胡蝶の夢という言葉を残していたな。北郷殿の境遇を予言したような人物だと言えよう」
「そこまでは知りませんでした……ですが、俄然太平要術に興味が湧いてきました」
「黄巾党の将が持っている可能性が高いのだったか。諸葛亮殿の策ではこれを討ち取ることが主たる目的にされていたが」
「はい。人を惹き付ける術が記されており、その効果がまさに明日やってきます」
「うむ。それでは明日に備えてゆっくり休まれよ」
士燮の従者が一刀達の天幕が用意されているところへ案内した。
すっかり緊張していた雛里は桜桃に手を引かれながら歩き、しきりに深呼吸していた。
「雛里、あんまり深呼吸すると過呼吸になるよ」
「あうぅ……偉い人に会うなんて初めてで、すっごい緊張しちゃいました……」
「恐い人じゃないから……黄巾党も明日っていうか夜中? に来るかもしれないんだから早く休もう」
「一刀様、一刀様、起きてください」
「あー……もう始まる?」
「はい。やはり東側から近づいています」
桜桃に起こされた一刀が周りを見ると、既に起きていた雛里と武装した李梅が騎乗して控えていた。
まだ日が出る気配もなく、流民の集落の方を見ると松明を持った集団が移動しているのが夜の闇の中でもよく見える。
「集落の方も気付いて明かりが増えていますね。黄巾党の方から降伏勧告の使者か何かが近づいてます」
「良く見えるね……ここから集落に火が着くんだよな」
「はい……黄巾党の使者が石を投げられて帰っていきます。流民側で仲違いする演技が始まりました」
「……視力? それとも聴力で分かるの?」
「集中していればどちらでも分かります。松明を持った人が倒れて火が着きました」
「何となく見えて来た」
「流民側の偽装退却が始まりました。天幕に火を着けながら逃げています……黄巾党は拠点と物資の確保を優先したようです」
「流民が近くの村や県城に入ればそれだけ物資を食いつぶすってのを分かっている訳だ」
「何にせよ予定通り推移しています……黄巾党も半分ほど集落に入って消火しようとしています」
「良し。そろそろ地和の妖術で炎の色が青に変わるな」
「……変わりました。李梅」
「うむ。松明を用意しろ」
李梅の命令で、待機していた人員が松明に着火し騎兵に手渡していく。騎兵に松明が行き渡るのを確認して李梅は掲げた松明を大きく回し合図をする。
「作戦通り南から西へ周り、天幕に放火しながら離脱する。目印の天幕には赤い印が着いている。1列縦隊、先頭の私に続け」
李梅が静かに命令する。大きな声ではないが、不思議と周囲の兵には良く届いた。李梅が花相を歩かせると騎兵が後に続く。
(李梅、一人称が私だったな。指揮を混乱させない配慮か?)
騎兵の持った松明が集落に近づくにつれて徐々に速さを増して行く。
黄巾党の大半の耳目が正面の火事に向いていたこと、交州軍の馬の脚が速いこともあって妨害を受けずに南側に取りつけたようだ。それぞれ松明を投げ込みながら西側まで放火した。
「李梅達が戻ってきます。黄巾党は中央の消火で手一杯のようですね。見張りもほとんど機能していないようですし、練度の低さが伺えます」
「皇甫嵩様と曹操様が本隊を撃破していたからこそだよな」
「本隊が数万から成っていたそうですから、その場合逃げるしかありませんものね……外周の炎も徐々に広がっています。後方の集団も草刈場より内に入っています。雛里様」
「はい。では歩兵の皆様は敵の後方集団の南側から攻め立ててください。槍兵は弓兵を守ることに専念し、騎兵が東側を取る援護をします」
雛里の指示に歩兵の指揮官が応じる。一刀と桜桃も董衣に騎乗して雛里と指揮官に追従した。
交州軍が弓の射程に黄巾党を捉える頃には集落の外周は完全に燃えていた。雛里の指示で一斉に銅鑼が鳴らされ、それと同時に弓兵が一斉に矢を放つ。
銅鑼の音に気付いた黄巾党がこちらをむいて警戒するが、集落内部から逃げようとする者に邪魔されて混乱していた。
「交州軍の斉射で黄巾党の被害が増しています。向こうの弓兵の周りが落ち着いてきたようですね。そろそろ反撃が来る頃合いでしょう」
「心配には及びません。朱里ちゃんならこの機を逃さないです」
北側から流民の伏兵が投石を開始した。投石紐を用いて放たれた石は黄巾党の弓兵を背後から襲い、北と南のどちらに対応するべきか指揮官を混乱させる。
そうしているうちにも足を止めた黄巾党軍の足元にも火は周る。集落を包む炎は青や黄に色を変えながら黄巾党を包み込もうとする。
「徹底して新しい状況を与え続け、考える暇を与えないことが戦で勝つ基本なのです」
雛里が一刀に語る。
「炎に包まれること、矢を射かけられること、炎から逃げる味方に邪魔されること、背後から石を投げられること、妖術の炎に追われる恐怖、そして」
歩兵側で太鼓が激しく打ちならされる。官軍との戦闘経験から突撃の合図だと考えた黄巾党はほとんど戦意を喪失して逃げだそうとしていた。そこへ南の士燮軍本陣から弓を受け取った李梅率いる騎兵が、
『お前らさっさと逃げないと流民に喰われちまうぞ! 二度と武器なんか持つんじゃねえ!』
江南異民族の言葉で叫びながら馬上から矢を射かける。
中原の人間にとってよくわからない言葉を使い、馬上から矢を射るのは匈奴と考えることは自然なことだった。子供の頃から刷り込まれていた異民族への恐怖にかられた黄巾党は、官軍の突撃と匈奴の居る南と東よりも投石だけの北を目指して敗走した。
北の流民達は朱里の指揮で既に退避しているので、敗走する黄巾党は簡単な作りの落とし穴などの妨害だけで脱出することが出来た。
「半分ほどは討ち取ることが出来たでしょうか。こちらの攻撃と言うよりも、向こうの押し合いで倒れたところを踏み殺されただけの自滅ですが」
雛里が分析する。
「黄巾党の指揮官はどうなったんだろう?馬に乗ってる奴は李梅達が射るか追撃で捕まえるとは思うけど」
「統制の取れた退却をしている集団は居ませんでした。もしかしたら最初の炎に巻かれて死んでしまっているかもしれません。そうだとすると、捕虜から焼死体の身に着けている物で指揮官かどうかを聞くしかありませんね」
「尋問用の捕虜を残してくれていればいいんだけど」
こうして黄巾党を潰走させた流民と交州軍は、昇る朝日の中で生き残った者を捕縛していった。
筆者の今の頭ではこれが限界……流石に出来すぎのような
物資を奪いたいから消火しようとする→気を取られているうちに外周に放火される→炎色反応で色を変える炎を怖がって中から逃げようとする者が、応戦しようとする者の邪魔をする→将棋倒しになったりして自滅→異民族と官軍の突撃だ! で敗走したという流れです。これより以前に皇甫嵩の火計で敗れたということもあり、トラウマ要素があったので簡単に士気が崩壊しました。
また、地和の妖術を炎色反応を始めとした礼舞演出として考えました。それを助けるスタッフ人員が居たことで、ただの火計が妖術として襲い掛かかりました。チガヤや干し草を点火用の火口にして、導火線のように東側へ火を誘導しました。本文中に入れるタイミングが見つからなかったので今回の話では解説されていませんが……漫画とか絵なら一コマで済むような事なのに……騎兵のところも西に居る敵に並行して北上すれば、弓を持った左手が敵に向くから騎射の難易度が下がるのも表現できるのに!
利で敵の動きを誘導して火を助攻として士気を挫くという孫子の基本詰め合わせだと思います。
バトルパートが難しかったので戦闘の推移を横から観戦しているようにしました。迫力ある文を描ける人はすごいです。文章だけで動いている戦場が思い浮かべるのですから。
この時点で朱里と雛里は一刀に対して男女の意味の好意よりは、神輿として担ぐには最適だなという感情が強いです。倫理観があって周りの意見を聞いて(悪く言えば流されて)異民族とも良い関係を築いていてなぜか有力者に肩入れされている。江南異民族を抑えるための越南王、などのふわっとした王号をでっちあげて王に封じさせるくらいできそうだと思いながらも、一刀本人は帰還を望んでいることと肩入れしている有力者=士燮が何を考えているかが分からないのが不気味なので積極的には焚き付けようとはしませんが。
とりあえず諸々の疲労がすごいのでまた1~2週間ほどお待たせするやもしれませぬ




