表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/71

第21話 それぞれの覚悟

 楽屋には張三姉妹の他、男性が一人居た。

 男性の服には草と土がこびりついており、特に足元は急いで駆けて来たのであろうことが見て取れた。

「一刀君と諸葛亮ちゃん達が来てくれててよかった。じゃあ、もう一回話してもらえる?」

「へ、へい……昨日の事でございやす。俺達の見張りの担当地域なんですが、北東の許昌方面に歩いて2日ほどの所にございやす。獣を獲るために仕掛けてた罠を見に森に入ったんでやすが、どうも森の様子がおかしかったんでさあ。まるで素人の集団が森に入って手あたり次第に獣を獲ろうとしたみたいでざわついてて……」

「うん。それでおかしいって感じたから、偵察してくれたんだよね」

「へい、天和様。あっしが森を進んで行くと黄巾を着けた連中が狩りをしていやした。そいつら自体は10人くらいだったんでやすが、丁度連中が帰るところだったんでこっそり跡をけていったんでごぜえやす。連中が森を出たんでそっと様子を見たら、俺達流民の集落と同じくらいの数の黄巾党がいたんでさあ」

 男は思い出しただけでも恐ろしいのか、声には震えが混じっていた。

「恐ろしくなったんで一目散に逃げて、見張りの仲間にそのことを伝えやした。森の反対側にすげえ数の黄巾党が居るぞって。そしたらそいつら、自分たちは別の所で見つからないように見張りを続けるって言いやした。そんで、俺にはこのことを速く天和様達に伝えろって。必死に走ってさっきここに着いた次第でやす」

「うん。ありがとう。貴方のおかげで私達は対策を考えることができるわ。ゆっくり休んで、指示を待ってて」

 そう言って男の手を握る天和。警備を呼び、横になって休める場所まで連れて行くよう指示した。

「そういうことなの。こっちに来るかどうかはまだ分からないけど、明日には他の見張りの人達が黄巾党の装備とか行き先とかの情報を持ってきてくれると思うの。それで、一刀君達に意見を聞きたいんだけど……」

「さっきの人の言う通りなら約3千人の黄巾党か……流民を今すぐ宛とか新野に逃がすって出来ないの?」

 朱里と雛里は考えを整理しているようなので一刀が尋ねる。

「脚の悪い老人も居ますが、なんとかできるとは思います。ですが受け入れてくれるかどうか……」

 人和が答える。

「何も城壁の中に入れなくても、壁の近くとかまで行けば軍が守ってくれたりとかは?」

「城外の貧民と同じように切り捨てられるかと」

「? 城外に貧民の集落があるの? 今まで見て来た街では見かけなかったけど……」

「荊州は食料や土地に余裕があるのと、住居の文化の違いがあるのです。一刀様」

 朱里が口を開いた。

「中原と異民族……北なら匈奴、南なら苗族のように小集団が点在しているのと一つの城邑に集まる中原の違いです。戦乱の続いた中原は厚く高い城壁の中に民を集めることで発展してきました。ですが、発展すれば集めた民も増えます。本来ならそうして増えた民が新たな土地で村を興し発展を続けていくのですが、新しく力の弱い村は大きな盗賊団に襲われてしまいます。ここ数十年、それが続き……」

「弱い村からの避難民が強い城を目指す。だけど、もう城壁の中はいっぱいになっている、と」

「城壁内でも人は増えていますから、既に溢れています。これを放置して民が盗賊となり他の村を襲うようになるのが連鎖しても助けてくれるはずの官は見て見ぬふり。さらに飢饉も重なれば民の不満が爆ぜるのも当然です。今では黄巾党という大きな力が不幸な民を飲み込み、奪われた民が隣の民から奪う不幸の再生産と拡大に至っています」

 朱里は一刀に説明しているというよりは張三姉妹に聞かせるように言っているようだった。

「天和さんはかつての不幸な民が奪う側になっていくのをどう思いますか?」

「……うん。良くないことだと思う。止められるなら止めたい」

 天和の答えに朱里は頷く。

「でしたら戦って止めましょう」

「戦うって、そんなこと出来るの諸葛亮ちゃん!?」

「むしろそうするしかありません。許昌方面から来ているということは、最近皇甫嵩様と曹操様の軍が撃破した残党が再集結した軍勢と思われます。装備は貧弱でしょうが、この近隣の軍の何割かは洛陽へ招集され各地を転戦していますので防備は弱く、打って出ることも援軍も期待できません。城外の貧民と共に保護されたとしても、兵糧を喰い潰すだけでしょう」

 戦うしかないという朱里の予想は正しいのか一刀には分からなかったが、言っていることは説得力を持っているように感じられた。

「でも朱里、戦うにしたって兵も居ない…… 士燮様の軍に期待してる?」

「目的と勝ち方の問題です、一刀様。戦えば士燮様の軍が居なくとも勝つのは容易でしょう」

「容易って、そんな策があるの?」

「ありますがまずは目的を決めなければなりません。この戦で何を望みますか? 天和様」

「不幸の連鎖を止めたい。いえ、止めないと」

「そのために、自分を慕う人を死ぬかもしれない場所に送ったり、流民の皆さんに迷惑をかける覚悟はありますか?」

「…… うん。守るためには必要なことだから」

「では作戦を説明しますが、天和様たちは次の礼舞の準備をしてください。観衆を待たせると暴動が起きてしまいます」

「分かった。来てくれた人達には黄巾党のこと、説明しない方がいいよね?」

「はい。気取られないようにお願いします」

 それを聴き張三姉妹は礼部の準備を始めた。

 朱里は一刀たちに向き直ると、

あらかじめ警備隊の香風ちゃんには作戦を説明しておきますが、一刀様たちはどうしますか?」

「聴くよ。そして明日の朝、すぐに士燮様に伝えて協力してもらえるよう掛け合ってみる。それでいいよな? 李梅、桜桃」

 区姉妹二人も同意する。

 朱里が頷くと、準備ができたのか張三姉妹が礼舞に向かった。

「今の天和様のような覚悟を最初から『張角』が持っていたら、黄巾党は革命者になれていたでしょうに……作戦は簡単です。まずは――」




 朱里と雛里の天幕。夜も明けきらぬ内に一刀と李梅は桜桃に起こされた。

「あー…… 朝か。お早う」

「お早うございます。一刀様。顔を洗ったら出発の準備をしましょう」

 朱里と雛里の姿は既に無く、張三姉妹の天幕で流民の有力者を集め作戦の説明と協力を求めているのだろう。

「朝食は……漢水の船着き場で士燮様を待ちながらだな……おー、水が冷たい」

「んん~…… 船着き場の宿の飯は旨いのか…… 朱里の計略は桜桃が書いたから士燮様に見せるだけだな。一刀は朱里の計略をどう思う?」

「士燮様から借りた孫子の基本通りだし、朱里の読み通りの相手なら士気が下がって簡単に勝てるんじゃないかな。ただ、仕掛けるのが速すぎて向こうの大将を逃がさないようにするって調整が難しいとは思う」

「その辺りの機微は経験していかないと分からんだろうな」

「俺の故郷ならそんなの一生分からないままなんだけどな。そもそもこういう『いくさ』自体は百年以上も昔に終わったようなもんだし」

「区星も馬を仕事にしなければ……いや、賊は向こうからやってくるか」

「殺伐としてるなー。ほら、李梅も顔を洗って準備して」

「うむ」

 準備を終えて流民の集落を出る。空模様は相変わらずの晴れであり、天の機嫌は朱里の計略を妨げる事はなさそうだ。

 道中、特に問題なく漢水まで辿り着いた。士燮を待ちながら宿で朝食兼昼食を済ませるつもりだったが、食事が運ばれて来る頃には船着き場の方が騒がしくなっている。士燮の軍が到着して荷下ろしをしているようだ。

「士燮様が到着したのかな? それなら先に士燮様に計画書を渡してこようか」

「一刀は守られてなきゃならん立場だろう。区星が行って来るから大人しく待ってろ。渡すだけならすぐだ」

 そう言うと李梅は宿を出ていった。

「明日か明後日には戦うかもしれないっていうのに、全然実感がないんだよな。桜桃は何か、こういう経験はある?」

「戦の経験はありません。間諜の始末ならありますが…… 李梅なら賊の討伐に従軍しておりましたが、千人以上との戦の経験はないでしょう」

「だよなー…… 昨日朱里が言ってけど、人数の多い少ないじゃなくて他人を死地に向かわせるって責任って重いよな」

「兵の損失を恐れる将は負けると孫子が述べていました。非情になることで、結果としての死傷者はずっと少なくなります。それにこの戦は流民が自分自身を守る、新たな不幸な民を作らないための大義ある戦です。参加するのはほとんど志願者でしょう」

「望んで戦に行く、か。確かに俺も故郷や大切な人の為なら命をかける…… 役に立つかは別として、出来るだけのことをしたいと思うな」

「そういうことです。それに、もし士燮様が流民に助力するなら一刀様が一番最初に危険な場所へ行くではありませんか。難しく考えすぎですよ」

「その場合桜桃も道連れじゃないか」

「ええ。私は望んで御供致しますので」

「お使いに行くような気軽さだな…… 敵わないなぁ」

 にっこりと笑う桜桃は最初から命のやり取りへの覚悟が決まっていたのだろう。

(考えてみれば当然か。効かないとはいえ桜桃は毒見役も兼ねているんだから、俺は最初から桜桃に自分の安全のために危険な橋を渡れと命令しているんだから……)

 沢山の人に大きな支援を貰っている一刀。その中でも打算など関係無く、純粋に無償で命まで預けられていることに戦慄した。

「桜桃は何かしてほしいこととか無い? 俺に出来る事なら何でもするよ」

「何でも…… ふふ、考えておきます」

「お前は姉に何をする気だ」

 何か報いることはできないかと聴いた一刀の後ろから呆れたような李梅の声がした。

「お帰り、李梅。何をって、命を懸けさせてるんだから何か出来る事はないかって。李梅は何か無い?」

「軍人なのだから命を懸けるのは当たり前だろう。まあ、何かしてくれるというのなら考えておく」

「考えておいて。それで、士燮様は居た?」

「来ていた。作戦計画にも納得されて、朱里に助力することを文書にしたためられた」

 ほれ。と懐から手紙を出す李梅。

「手筈通りに布陣するから、区星達は流民の所で準備をしておいてくれだそうだ」

「わかった。後は作戦が上手くいくように準備を怠らないようにするだけだな」

「そうだ。狩りは獲物が死ぬまで油断しないし、村に持って帰るまで安心はしないものだ。戦も同じだ」

「李梅は頼もしいな。ほら、冷めないうちにご飯を食べて出発の準備だ」

「うむ。士燮様が替え馬にでも馬車を曳くのにでも好きに使えと馬を数頭貸して下さるそうだ。後で迎えに行こう」

 準備は着々と進んでいる。一刀の役割は直接黄巾党と切り結ぶことではないが、それでも自分の中の野性的な感情が沸き立ち、理性の恐怖心を染めようとしているのを感じた。

 書いては消してを繰り返しました……

 途中の朱里が説教臭い感じなのは天和の真意を測ろうとしているからですが、これが何とも難しい。そして地和人和その他の空気っぷり…… 書いてる側はじっくり読んでるから長く感じるけど、実際には2~3分の出来事、みたいなことはあると思うのでこういうところで掛け合いが上手くなりたいものです。

 次か次の次くらいにはバトルパートです。流石にこの計略までノープランという訳ではありませんが、これでいいのか穴は無いかと不安はあります。

 それはそれとして気が付けば10万文字という文章を投稿していました。消したりした量が多いので実際にはもっとキーボード叩いているのかと思うと我が事ながら『なんかすげえ』と思いました。


ちょっとした解説

・現実の距離で考えると話が進まなくなるのでデフォルメしています。今さらですがふわっと読んで下さい。

・皇甫嵩の火計と曹操の援軍に波才が敗れたのが5月頃で、作中の現在である6月頃にこの軍の敗残兵が宛の近くで再集結していたところを発見。もしここで撃破していなければ第2の南陽黄巾軍として巨大化し、張曼成を撃破して事実上の刺史として居座っている袁術の代官がピンチになっていたかもしれません。そして朱儁のストレスが……このとき袁術本隊は官軍として別の戦線に引っ張られているというか本拠地の汝南がきな臭くなっていたのでこの近くにはいません。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ