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第20話 礼舞

 朱里達の天幕で3時頃に早い夕食を食べて礼舞に備える。

 食事は各家庭で調理をすると燃料の薪が足りなくなるため、火事の対策と食料の分配を兼ねて配給制だった。

 香風も案内のため一緒に食事を取るが、折角だからと一刀は魏延から貰ったチーズを皆で分けて食べる。

 麦粥に小さく切った干し肉と削ったチーズをかけて食べる。乳製品を一つ足すだけでも旅の食事に彩りが加わった。

「酸味と香りが増えただけで随分美味しく感じるな。魏延も言ってたけど、これは行軍中でも酒を呑みたくなる人が出そうだ」

「お兄ちゃん、この乾酪どこで買ったの?凄く美味しい」

「襄陽で魏延っていう武官に貰ったんだ。帰りに襄陽に寄ったら魏延に店を紹介してもらおうか。何かいいお土産を用意しないとな……」

 魏延は何を欲しがるだろうか?洛陽で兵法書でも買おうかと考える一刀。

 礼舞は食料を貰うためにここから西側、宛寄りの県の近くで行われるとのことだ。董衣達の食事を賄うため、先に流民の休憩地を出て適当な野原を探す。この周囲にはチガヤというススキに似たイネ科の植物が花穂を並べており、牛車を牽く牛も放牧されていた。牛がはぐれないようにか、はたまた狼を侵入させないようにか牧童が巡回していた。

 董衣と花相は放されると周りのチガヤや草をみ始める。

「一刀は知っているか?チガヤの穂は噛むと甘いぞ。でも、葉っぱが鋭いから手を切らないように気をつけろ」

「噛むと甘いと言えばサトウキビだなー……子供の頃は好きでさ。しょっちゅう噛んでは口の周りを切ってたな」

「サトウキビ……南方諸島から来たアレか。今は甘いものは嫌いなのか?」

「嫌いじゃないし黒糖……サトウキビの汁を煮詰めたやつだったかな?それのお菓子も好きなんだけど、昔、先祖というか親戚というかがその黒糖の栽培で農民に酷いことしてさ。食べるのがちょっと後ろめたくなっちゃって」

「その反省を活かすのが子孫のするべきことだろう。と言っても、領地をどうこうする立場でもなくなったんだったか?」

「身分っていうのはもう国民全部同じになったからな。まあ大金持ちとか政事に関わる人達は世襲してるからほとんど建前みたいなものだけど」

「……ふーん。建前が大事っていうのは今も未来も変わらんのだな」

 李梅と話していると朱里がやってきた。桜桃、雛里、香風は少し離れた場所で牛を眺めているようだ。

「一刀様、少しよろしいですか?礼舞をするという張三姉妹のことなのですが」

「構わないよ。なあ、李梅」

「うむ」

「ありがとうございます。一刀様達は張三姉妹の事をどう思われますか?」

「どうって……流民の食料を工面するよう頑張ってたりしてすごいなーって。3千人分の食料を用意することもだけど、それを分配したりケンカしないよう治めてるところとか」

「そうなんです。私や雛里ちゃんも最初はシャンフーちゃんのような軍務経験者が休憩地の縄張りをしたんだと考えていましたが、周りの人達に聞くとそういう人達の手を借りずに最初からああしていたそうなんです」

「礼舞で観客を並ばせたりするってところで経験を積んだとも考えられるけど……後は太平要術に書かれていたからとか?何にせよ一介の旅芸人って感じじゃなさそうだ」

「実際に会って話したときにはもう不審な発言が多くて……」

「あー……言っていいのか分からないけど、黄巾党の関係者っぽい感じはあるもんな」

 一刀が言うと朱里は安心したようだ。もし篭絡されていたら張三姉妹への疑心を咎められると思っていたのだろう。

「張姓で三人で、黄巾党の始まりと飛び火した地域を照らし合わせると礼舞の後を追いかけるように黄巾党が発生しているんです」

「実に怪しいが、あの三人がわざわざ乱を起こそうとするとは区星には思えんぞ」

「そこなんです。黄巾の乱の大きな原因は十常侍と役人の専横……よりももっと前から積み重なっていたものです。ですが、積もりに積もった民衆の不満に火を着けた……いえ、勇気を与えてしまったのが、あの張三姉妹なのではないかと思います」

「それで我らに何をせよと言うのだ?あの三人を暗殺しろとでも言うのか?」

 李梅が一刀の前に出て朱里に尋ねる。

「一刀様達の手を煩わせたりはしません。私達は迷っているんです。怪しいという事を宛の袁術様の代官に知らせてしまえばは簡単に済むのですが、あの三人が悪人には見えなくて……」

「それで俺達に判断を任せる、いや、どうするか投票して欲しいってことか」

「……そうです。先生はこういう甘さを矯正しろと私を旅に出したのかもしれませんが……」

「今の迷いぶりを見ると朱里の心情としては殺したくはないわけだ。俺達としても……いや、とりあえずは今日の礼舞を見てから考えようか」

「それもそうだ。答えは決まっているようなものだがな」

 やや警戒の色が見える李梅だが、それで朱里への態度を変えたりすることはないだろう。一刀はそんな李梅の肩に手を添え、

「そうだ李梅、チガヤの食べ方を教えてよ。白い毛が出て無いのを噛むのか?」

「ん?ああそうだ。白い穂が出てるのは適していないが、茎を噛んでも甘いからそこを噛めばいい」

「この草、火起こしにしないで食べるんですか?李梅さん」

「そうだ。葉っぱで手を切らないよう気をつけろ。あと、姉が詳しいが止血や薬の作用を持っているらしい」

 言われた通りに噛んでみると確かに甘みを感じる。

(葛の根を絞ったシロップが平安貴族の貴重な甘味の一つだったんだっけ。むしろこういうの、曾祖父ひいじいちゃんの子供の頃のおやつなのかも。代用食みたいな)

「甘い……!雛里ちゃんにも教えて来ますね。雛里ちゃーん!」

 牛を見飽きたのか桜桃の膝枕で寝ている香風と、寄って来た董衣と花相に匂いをかがれて緊張している雛里の方へ駆けて行く朱里。

「雑草みたいなのに薬になったり、甘みがあって美味しかったり、火を起こしたりいろいろ使い方があるんだな」

「役に立つ、立たないなんて結局は人の尺度だ。人は食べれるのに家畜が食べると死ぬような食べ物もある。適量なら薬でも、度を越せば毒になる」

「過ぎたるは及ばざるがごとしってやつか」

「流民だってそうだ。このご時世、働き手は喉から出が出るほど欲しいが食い扶持がいきなり増えるのは歓迎され難い。余裕のある街なら受け入れてくれるだろうが、余程上手くやらねば官奴婢として過酷な労働を課されるだろうな」

「移民問題ってのはいつの時代もあるんだな……」

 話しているとチガヤを齧りながら香風が近づいてくる。

「そろそろ行こう」

「宛の近くの広場だっけ。そんなに離れて無くても暗くなったら帰りが怖いな」

「松明を持った警備が巡回するけど、不安?」

「ちょっとな。安全については不安はないんだけど、暗闇って慣れなくて」

「シャンも、完全な暗闇は苦手……でも、満月が近いからそれなりに明るいはず」




 礼舞会場に近付くと、壁と天板を持ったステージが見えた。音響を意識した作りになっているのは太平要術に書かれていたこととしても、それを建てる技術力のある職人集団が居ることに一刀は驚いた。

 そして何より、

「凄い人の数だな。今の時点で300~400人くらいか?マイクとか無しで音がどこまで届くのかわかんないけど、ある程度の間隔開けて立見席でもこの規模か。一人当たり10食分の入場料としたら流民3000人の一食分……儲けとしてはすごいけど、これだけだと足りないんじゃないか?」

「普段は昼と夜にやったりする。数曲で別の村の人達と入れ替えて、多めにお金や食料を持ってきてくれた人には握手とかする……それに、流民も待ってるだけじゃなくて家畜の乳を搾ったりとか、狩りとかもしてる。でも、最初の頃は皆やる気がなくって張三姉妹に頼りきりだったんだって」

「黄巾党に焼け出された後……か。被災するとしばらく立ち直れないって聞くものな。許昌とか大きな街の辺りなら人も多いから礼舞一回当たりの収入も多かったのかも」

「見物料はお気持ちって言ってたから毎回決まった収入になる訳じゃない。でも、他の村と対抗する意識があるみたいで、競って食べ物を持ってくるんだって」

「そういう心理、俺の地元でも聞いたことあるかも……」

 一刀達は礼舞会場に入場しようとするが、桜桃は残ると言った。

「これだけ人が多いと人に酔ってしまいますし、董衣と花相が心配です。この辺りでも十分に聞こえると思いますので、どうぞお入りください」

「ならシャンも残る。お姉ちゃんと、一緒」

(シャンフー、もう桜桃に懐いたのか……)

「いいの?シャンフーちゃん?」

「うん。お兄ちゃん達を席に案内したら戻ってくるね」

「じゃあシャンフーには桜桃達をお願いしよう。俺達も最初の組の入れ替えと一緒に戻ってくるから、そんなに時間はかからないだろ」

 礼舞会場の警備は流民から出ているので香風が「お客様席に案内する」と言えば簡単に通してくれた。

 会場内では宛の商人によるものか酒の販売、飲酒席やツマミになりそうなものが売っている出店があった。

「人が集まる場所には必ずあるよなこういう店。酔っ払いのケンカとかスリが出るから俺の地元だと基本的にはダメらしいけど、禁止するより管理しやすい場所を作ってしまえばいいのか」

「出店から上納金が貰えるなら助かるだろうしな。区星には酒臭くて敵わんが」

 見れば朱里と雛里も酒の、と言うよりは酔っ払いの臭いが苦手なのかわずかに顔をしかめているようだ。

 足早に飲酒席を越えて関係者席に着くと香風から簡単な説明を受ける。

「天和達が観客に呼びかけてきたら名前を呼び返す。周りの客がこの色の着いた布を振ったら合わせて振る。そうやって皆で応援すると楽しいんだって。シャンは黙って聴いてるけど、好きなように聴いてていいんだって」

 それから帰りの段取りを話して香風は出口へ向かった。

 徐々に観客が集まり会場が熱気を帯びて来る。概ね会場が埋まると通路を照らす松明が消され、自然と視線がまだ明るい正面のステージに誘導させられた。

 大きな銅鑼が3回鳴ると張三姉妹が現れ礼舞が始まった。姉妹の歌声や演奏はステージの構造の助けもあってか遠くの席までよく響いた。

 ただ演奏を披露するのではなく、呼びかけに答えさせたり手拍子を打たせたりと観客を演奏に参加させることで一体感を与える。銅鑼や太鼓の大きな音が心臓まで轟き心と身体を揺さぶるような歌が響く。かと思えば笛や琴を中心にした揺蕩うような歌が始まる。壇上でのパフォーマンスが目を引き付け、観客に息つく暇を与えない。

 緩急を意識した音楽は見ている者の心を掴み放さない。現代の音楽やダンスパフォーマンスを知っている一刀もまた、礼舞の終わりが近づくのを名残惜しく感じる程だった。

「はー……。これは夢中になるのが分かるな。娯楽の少ない時代にこんな物を見せられたら一発でファンになるってもんだ。最後に花火とか上がるかと思ったけど、流石にそこまでは無い……よな」

「芸の道を究めればこんなことが出来るようになるのか……区星には到底出来ぬが。しかし、歌声に気を乗せられるとは」

「だからあんなによく響くのですね。外じゃなくて、大きな部屋の中ならもっとよく響かせることが出来そうだね、雛里ちゃん」

「半円形に囲む形で作れば……でもそうすると火事とかが恐いね。朱里ちゃん」

 礼舞が終わりそれぞれ感想を口にする。皆それぞれ集中するところは違ったが、礼舞そのものには最大限の賞賛を与えた。

 観客席を見れば初めての刺激に腰を抜かして放心している者も居るようだ。

「皆、立てる?なんだかんだ結構体力消費してるっぽいけど、平気?」

「ああ……良し。あっちから出れば姉とシャンが迎えに来るんだったな」

「そうそう。あんまり待たせても悪いし、行こうか」

 ステージの側にある関係者用の出口へ向かうと張三姉妹の楽屋らしき小屋の前に董衣と花相が繋がれていた。

「お前たちどうしたのこんなところで?」

 一刀が董衣を一撫ですると中から香風と桜桃が出て来た。

「……お兄ちゃん。ちょっと、緊急事態」

「一刀様。この方の報告は明日、士燮様に伝えなければならないことですから来てください」

 不穏な空気を感じながらも一刀達は入室した。

今回からサブタイトルに少し付け足しをしました。

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