第1話
ゲームしたり歴史小説を色々読んでいたら何となく浮かんだ妄想を文章にしています。長文を書くのは初めてのことなので、拙い部分が多いと思いますがよろしくお願いします。一応話の大筋は考えていますが1話だけでも2週間ほど書いては消しての繰り返しで投稿ペースの方は……文章を書く練習として精進していきます。
また、小説家になろう内の作品をあまり読んではいないため内容の重複するような作品がございましたら申し訳ございません。
――宦官の専横がはびこる漢王朝。その支配領域の南部、零陵の城邑の門。門兵の詰所の中で北郷一刀は目覚めた。
「んん?俺……寝てた?」
「おお、目が覚めましたか。貴方は今朝、畑で眠っていた所を近隣の農民に保護されたのですが覚えておいでですか?」
一刀の父くらいの年齢の男性が話しかける。よく日に焼けており、鍛え上げられた肉体は重心が安定しており隙がない。鎧を身に着け腰に剣を佩いているが、体の一部であるかのように所作に違和感がない。
「俺、じゃなくて私、畑で眠ってしまっていたんですか?すみません、なぜ畑で眠っていたのかは分かりません。確か講義中に妙に眠くなったのは覚えているんですが……」
「講義?この近くに私塾は無かったと思いますが……我々は最近討伐した賊の残党が、連れ歩くには嵩張る人質を捨てて逃げたものだと思っておりました」
(賊?討伐?何を言って……いや、この人達の恰好……律令制の頃の鎧と剣?壁には戟もかかってるし……とりあえず話を合わせてみよう)
「私は北郷、一刀と言う者です。えっと、講義中にひどく眠くなったのまでは覚えていますが……ところで此処はどこなのでしょうか?」
「二字名とは珍しい……失礼しました、北郷様。ここは荊州南部の零陵です。その珍しい着物を御召しになっていらっしゃるのはやはり、洛陽にお住まいなのでしょうか?」
(二文字の名前が珍しい?それに零陵?は知らないけど荊州と洛陽は三國志とかに出てくる地名だ。日本語で会話しているのに……それに学生服を知らない?白い制服は確かに珍しいけど)
「すみません。零陵という地名には覚えがありません。私が思い出せる地名だと日本、東京といったものなのですが……聞き覚えはありますか?」
「……私も零陵の外に出たことは、匈奴への備えで并州に兵役で行ったきりでして存じません。ただ、隊商の者達から遷都したという話は聞いておりません」
(日本も東京も知らない、匈奴への備えの兵役、まさか過去の中国にタイムリップした……?流石にありえないと思いたいけど、この人が嘘を言っているとも思えない)
「そうですか……」
「長安を西京と呼ぶこともあると年寄りに聞いたことがありますし、北郷様の言う東京というのは洛陽のことかもしれません。そこの私塾に文を出そうにも、隊商が出るのは来月に来る交州からの隊商を待ってからになるでしょう。それまでの宿代などはありますか?」
「あー……それが……」
一刀は制服の胸元に触れ、内ポケットに財布が入っていることに安心した。しかし、中に入っている日本円だ。この零陵の地で使えるとはとても思えなかったがとりあえず見てもらおうと財布から小銭を出した。
「私の持っているお金はこういう物なのですが、これで宿を借りられるでしょうか?」
「……これは本当に錢なのですか?すべてに精緻な彫刻がなされている……見慣れぬ文字も彫られていますが、私鋳錢というよりはむしろ美術品のようだ」
「これは私の国で流通している貨幣……だと思います。私は外の国の人間なのでしょうか?」
「う~む……外国の方というには言葉があまりに流暢ですし、私では判断がつきません。これから政庁へ向かわれて太守代官の宦官、呂強様に相談されては如何でしょう?洛陽から派遣されてきた方ですが、聡明な御仁です」
「そうですね。私もこのままではどこに行ったらよいかも分かりませんので呂強様に相談させてもらいます」
「政庁までは区星という者に案内させましょう。異民族出身で言葉はまだ不自由ですがこちらの言うことは理解しています。若くはありますが、とても孝行な若者です。しばしお待ちください」
そういって男は詰所から出ると、5分程して褐色の肌の少女を伴って来た。背丈は一刀の胸くらいで、大きな瞳はかわいらしい顔立ちに幼さを添えていた。少女は上衣の上には薄い胸当て程度しか着けておらず、下衣は短パンのようなものだけだ。左右の太ももに短剣を1振りずつ佩いている。区星は一刀をまっすぐに見つめて言った。
「ワタシは区星、よろシク」
区星と一刀が門兵の詰所から出ていくのを眺めながら門兵が兵長に話しかける。
「北郷様の事、どう思いますか?」
「流民にしては育ちが良い。間諜や賊の偵察にしては頼りない。金持ちや豪族にしては護衛が居ないし、何より腰が低すぎる。取り分け奇妙なのはあのうっすらと光っているような着物だ。まるで御伽話の天女の羽衣か何かだ。ああいったものはいくら金を積んでも買えない類のものだ」
「となると士燮様や呂強様のように、中央から落ち延びてきた天子様の関係者ですかね?」
「……かもしれん。十常侍の専横や黄巾党なんて連中が暴れているし、天下が乱れているということか」
「嫌ですねえ。どこかの英雄がさっさと乱世を治めてくれれば良いんですが……そうだ。さっき北郷様、私塾で講義中に居眠りしたって言ってたじゃないですか」
「ああ、そんなことを言ってたな」
「もしかしたら北郷様は修行中の仙人様で、居眠りした罰で『天下の乱れを治めてこいっ!』て師匠の仙人様に放り出されてきたんじゃないですか?」
「ハッハッハ!それならあの着物やチグハグな様子にも説明がつくな……ま、悪人かどうかは区星と呂強様が判断されるだろう」
「区星が居れば何とでもなるでしょうからね。こんな中原のハテくらい、平穏であって欲しいもんです」
そんな雑談をしながら門兵達は自らの持ち場へと散っていった。
政庁に着いた一刀達だが区星が来訪の目的を呂強に伝えるために政庁の奥へ入って行き、一刀は大きな客間のようなところで待つことになった。卓についた一刀に給仕の女性が水を持ってきて傍に控える。
思い返してみると、道すがら観察した街並みには車はもちろん、自転車や電気の気配も感じられなかった。往来を行く人の服装も中国の時代劇やゲームで見るようなものだった。中には土地の者ではないのか、一刀のように物珍しそうに街並みを眺める子供を連れた一団も居た。
(やっぱり此処……過去の中国なのか?気合の入った映画村にしたってカメラを構えた観光客を一人も見かけないってのはまずありえないだろ……)
「どうかされましたか?北郷様」
「あ、いえ、街の様子を思い出していたんです。とても沢山の人で賑わっていたなって」
「ああ、そのことでしたら来月の士燮様の隊商を待っている商人や豪族達ですね。武陵や襄陽、さらには洛陽から来ているそうですよ」
「へー……その士燮様の隊商っていうのはどんなものなんですか?」
「そうですねえ……主には越南との交易で得た珍しい物を売りにきます。それと越南の踊り子を連れてきて踊りや劇や音楽を披露しますね。半月ほど零陵で商いをしてからほとんどは交州へ帰りますが、洛陽へ税を納めに行く一団も居ます。零陵からも税を納めに行くのですが、護衛の兵は零陵が分担して出しています」
「すごいですね……」
一刀は『この世界』を過去の世界と決めてどこか下にみていたところがあったが認識を改めさせられた。ただの苦行とも言える納税団の派遣を商売の機会に転じさせる。零陵で隊商を引き帰させることで中央から商人を集め金を使わせることで零陵に恩を売る。さらには異民族との文化的な融和まで図っているのだろう。一石でいくつもの対価を得ようとする姿勢に一刀は感心した。
「北郷様、準備が出来マシタ。呂強様がお待ちデス」
待つこと体感で30分程、区星が戻ってきた。
区星の案内で廊下を進むと、中は当然のように電気の明かりは無い。可能な限り採光を考えた作りにはなっているのだろうが、奥に進むほど防衛の事を考えてか薄暗くなっていく。
長い廊下を進んだ先には広間があり、広間中央の一段高くなった場所に立派な椅子が置かれているがそこに座る者はいない。段の手前には大きな卓があり、その傍らに立つ女性が一刀に声をかけた。
「こんにちわ、北郷一刀様。私が零陵太守代理の呂強です。故郷へ帰る当てがなく困っていると伺いました。臣民、異民族の区別なく、この地に住まう人の為にこそ我らは在るのです。存分に頼って下さいまし」
「こ、こんにちわ、呂強様。記憶も定かではなく、自分で思い返しても怪しさしかない私の、その、相談に乗っていただけると聴き、嬉しく思います」
「そう緊張なさらないでください」
そう言って呂強はほほ笑むが、一刀はさらにどぎまぎしてしまう。
(宦官ってことはその、元男性……なのか?それなのに胸があって線が細くて、どうみても女性にしか見えない!緊張するなって言うけど、無理だよ……)
「さあ。まずは卓についてお茶をどうぞ」
そう言って呂強は一刀と区星に着席を促す。一刀の対面に呂強が、その隣に区星が座った。席に着くのと同時に給仕の女性から茶を配る。
呂強は太守の代官という知事の代理のような立場なのだから、一刀は自分よりも年上だと想像していた。しかし、目の前に座る呂強は見た目の年齢が10代半ばに見えた。華やかではない服を着ているが一本に纏められた長い銀色の髪は見る者の目を奪い、柔和な顔つきながら意思の強さを感じさせる瞳は見るものを安心させる。呂強の髪の揺れや茶を口元に運ぶ仕草の一つ一つを、一刀はつい目で追ってしまう。なんとか心を落ち着けようと一刀は茶を啜るが、顔が熱くなっているのは茶の温かさの所為なのか元男性と思う人に見とれてしまった所為なのか分からなかった。
「……北郷様は自分の故郷がどこにあるか分からない、とのことでしたね。まずは手掛かりになりそうそのお召し物と不思議な貨幣を見せていただけますか?」
「はい。今お金を出しますね」
一刀が財布から硬貨と紙幣を取り出すと、先ほど茶を持ってきた給仕の女性が布を敷いた盆を一刀に差し出してきた。一刀が盆の上に手持ちのお金を置くと給仕の女性は一礼して受け取り、呂強に盆ごと渡した。
「同じ人の肖像が寸分違わず描かれていますね。紙の質も見たことがありません。錢もこれだけの大きさのものに読める文字を彫り込んであります。偽造する方が手間になるなるようなものが均一に、大量に作ることが出来るものなのですね……」
「紙の方のお金は真ん中の丸いところを透かして見ると、人の絵が出てきます」
「……言葉も出ませんね。これを我が国の職人に作らせようとしたら一体どれほどの時間と手間がかかることか。そのお召し物も見せていただいてもよろしいですか?」
「はい。今上着を脱ぎますね」
「いえそのまま御掛けになっていてくださいまし」
呂強は立ち上がり一刀の方に寄ってくる。区星もそれに付き従った。女性に挟まれじっくり観察されるという経験したことのない事態に一刀は固まった。
「ただ白いだけでなく、うっすらと光っていますね。絹でも狐の脇の毛皮でも無い。宮中でも見たことがありません」
「何やら甘い匂いもシマス」
区星は残っていたであろう洗剤の香りを不思議そうにスンスンと嗅ぎ、呂強は制服を観察しようと動く度に揺れる髪から花のような香りが一刀の鼻をくすぐる。
一通り観察し終えて呂強達が離れると、一刀は自分の耳元でうるさいくらいに高鳴っている心臓の音に気付いた。
「北郷様の持ち物はいずれもこの国のものではないと思われます。そして、一つ謝らなければならないことがございます」
「?何を謝るというのですか?」
「北郷様が、私を暗殺するために十常侍が遣わして来た間者だったのではないかと疑っていたことです」
「暗殺!?そんな物騒なことが、あるのですか?」
「あります。特に陛下に侍る趙忠は執念深く、清流派の諸侯と付き合いのある私の事を疎ましく思っています。昨年、陛下に世の乱れを如何すべきかと諮問された時に『貪濁なる者を誅すべき』、と答えました。その事を根に持ち、私が黄巾党を支援している、と陛下に讒言したのです。それを寸でのところで助けてくださったのが袁紹様や曹操様なのです」
(袁紹、曹操の名前に十常侍……三国志の時代なのか……ここは)
「袁紹様達が黄巾党に通じていると偽証した者を捕らえ潔白を証明してくれました。ですが十常侍は私と清流派諸侯の結びつきが強くなることを警戒して私を零陵まで追放しました。中央への影響力を削ぎ、失政や異民族の反乱でもあればそれを理由に誅殺できると考えたのでしょう。そして私と一族はこの地へ来ることになりました」
そうして呂強は零陵太守の代官として零陵へとやってきた。太守自身は十常侍とは関係のない中立の立場であり、現在は黄巾党討伐の為に中央へ出仕していた。
「それでも趙忠の事です。士燮様の隊商を目当てに集まる者達に間者を紛れ込ませるのではないか、と零陵の官吏や武官達が警戒してくれているのです。ですが北郷様は何の警戒もなくここで出された茶を飲み、私が近づいても殺そうとはしませんでした。趙忠からの間者では無いと判断します。その上で問います。北郷様、貴方は何者ですか?」
簡単な人物紹介
区星は一万人程を率いて長沙で反乱を起こした人物。長沙を攻撃中に長沙太守に任じられた孫堅が派遣され1か月から50日程度戦って敗れたそうです。経験を積んで勢いのあったであろうあろう孫堅軍相手に1か月以上戦うって結構すごい人だと思います。
呂強は宦官で、黄巾の乱の対処を霊帝に諮問された時に汚職官僚の一掃や左右の貪濁なる者(趙忠、夏惲ら中常侍)を誅すべき、と答えたそうです。その後趙忠らの讒言で捕まりそうになって自決、さらに一族が趙忠に誣告されて財産を没収されました。宦官についてはオリ設定があります(筆者は真恋姫までしか知らないのです……)。
士燮は政争に敗れた後、色々あって現在の北部ベトナム周辺の太守に任じられました。仁政でもって良く治め、半ば独立政権を樹立していたとか90歳まで生きてたとか主人公属性の強い人です。