第15話
黄祖と名乗った女性に先導され襄陽の政庁へ軍を進める。
襄陽は零陵や武陵よりも街の規模が大きく城壁も高い。壁の中の街という物に馴染みのない一刀は圧迫感を覚えたが、遊牧民や野盗、危険な野生生物の脅威が身近にあるこの時代では高い壁こそが目に見える安全保障なのだろう。
荊州州牧にして襄陽太守の劉表の出迎えを受けて政庁内へ入る。劉表の傍らには黄祖ほど派手ではないが一般の武官とは違った服装の黒髪の少女が侍っており、魏延と名乗った。
魏延は黄祖と並んで歩くが黄祖の事が苦手なのか、ややぎこちなさを一刀は感じた。同時に、区星や区連も黄祖に対して警戒の色があるのを感じられたが、当の黄祖は知ってか知らずか気にした様子も無く歩いて行く。
(魏延って三國志でも後半に出て来た気がするけど……黄巾党の頃から活躍してたんだっけ?黄祖は孫堅を殺すから黄巾党時代に居るのは分かるけど、魏延は何歳で劉備に合流したんだ?)
政務の間に着き、一刀が三國志後半の人物が速めに登場していたらどう歴史が動くのかを考えていると士燮がもてなしの礼を述べた。
「荊州州牧たる劉表様自らのお出迎えにこの士燮、感激しております」
通常は州牧の立場にある人間は出迎えなどせずに政務の間で待つものだが、ローマという大国からの使者と交州の怪物、士燮が来たからだろうか。
もし一刀一人で蓬莱の島から来たと言っても相手にされず、身に着けているものや貨幣などは誰かから盗んだものだと疑われるのが関の山だろう。
「いえいえ、この劉表、音に聞こえた羅馬の使者と士燮殿、そして蓬莱の島の貴人をお迎え出来る事、末代までの誇りとなりましょう」
(史実では後継者問題で散々な評価を受けたんだよな……その劉表の末代、この世界ではどうなるんだろう)
一刀も感謝の言葉と型通りの自己紹介――呂強と士燮が考えてくれた蓬莱の島からの漂流譚――を劉表に伝え、官舎に案内されることになった。
官舎への案内は魏延がしてくれたが、黄祖が居ないことで緊張が解れているようだった。ルキウスと士燮は官舎で休み、一刀は区星達と馬の様子が見たいから馬房に行きたいと言うと魏延は意外に思ったようだ。
「宴席までしばらく時間がありますが、本当に御休憩されなくてもよろしいのですか?」
含みを持たせたような言い方をされるのは今回が初ではない。区連という線の細い少女を侍らせ、区星も行軍計画の相談に一刀の部屋に長時間こもることがある。内情を知らない者からすれば童女趣味の変態が中で何をしているか、と邪推したくもなるだろう。
一刀は自身が悪く思われるだけならどうでも良いが、二人の名誉が傷つくのは見過ごせない、と毎回訂正していた。
「二人はそういうのじゃないですから。二人ともとても高潔で私のために護衛や仕事の手伝いをしてくれているのです。そもそも変なことを強要しようものなら私など一瞬で死んでしまうでしょう」
魏延のような武官タイプなら区星の実力にはすぐに気が付く。区連の事も注意して見ると実力ある女性だと分かるのだが、どうしてもその容姿――消え入りそうな程に真っ白な肌、常に閉じられた眼と区星や一刀に手を引かれて歩く様子――から戦える人だとは想像し難い。
実際には集団ではなく一騎打ちのような対人戦闘では区連は区星より強く、日中で眼が見えなくともそれは変わらない。
「……大変失礼いたしました。北郷様を下卑た性格だと思ってしまったばかりかお二人の尊厳まで邪な想像で汚してしまいました」
「私の事はどうでも良いのです。二人に対する誤解が解けたなら何も言うことはありません」
「何と寛大な……北郷様の懐の深さにこの魏延、感服いたしました」
魏延は生真面目な性格なのか大げさに感じるほど詫びてくれた。
「ところで北郷様は貴人ながら馬車ではなく区連殿と二人で乗っておられましたが、何か理由があったのですか?」
「桜桃……区連は昼間は眼が見えないので馬車の揺れだと酔ってしまうんです。ですので私が預かっているあの名馬で一緒に乗っていたんです」
「なるほど。確かにあの馬はあまり揺れないように歩いていましたものね。賢い馬です」
「走りも速くてこれが大陸の名馬か、と驚きました。それもあってあの馬を労ってやりたいのです。長距離を移動してるので蹄の状態も気になりますし」
「馬丁の仕事を率先して行うとは……」
「私の国では馬は武士の草鞋、自分の脚なのだから乗馬の前後は必ず自分で確かめろと言われております」
江戸時代までは、と心中で付け足す。
魏延はその考え方に感服した様子で、
「蓬莱の島の武士、というのは自分に厳しいのですね。いつか行って手合わせしてみたいものです」
「私は『気』を使う素質が少ないので武よりは学問の方を修めるよう教育されたので強くはありませんが、祖先の代から仕えている剣術指南役の武芸は縦横無尽に戦場を引き裂くものと感じました」
「なんと……あ、戦場と言えば馬でしたね。馬房はこちらです。手入れの道具などは交州軍の兵舎でしょうか?」
「馬の鞍に一式詰めたものを括ってあったのでそうだと思います」
「でしたらこちらです」
区連は割り当てられた部屋で休み、一刀と区星は魏延の案内で兵舎から荷物を受け取り馬房へ向かう。桶に水を用意し、一刀は董衣を、区星は花相を連れて外の洗い場へ出してやる。
蹄の状態を確認しながら裏堀り(蹄に詰まった土などを掻き出すこと)をしてからブラッシングをする。董衣は毛の生え替わっているところや痒いところを掻いてやると首を伸ばして悶えるが、花相は顔には出さずじっと受け入れる。
魏延は二人の手際を見て、ただのパフォーマンスではなく日常的にやっていることなのだと確信した。
「そうだ、魏延さん。明日は市場に行ってみたいのですが……」
一応賓客である以上、その街の領主は一刀の身の安全を保障しなければならない。護衛と監視を兼ねた武官を付けた上で外出を許可してくれるが、大抵は無用なトラブルを起こされないように、と官舎で接待漬けにされた。
「許可されると思います。我が主、劉表は襄陽の街を愛しておりますし治安にも自信を持っております。むしろ、自分で襄陽の街を案内したいとさえ思うかもしれませんが、最近は歳のせいか体の自由が効かないと嘆いておりまして……」
「それでは今日のお出迎えも無理を押して……」
「いえ、適度な運動はするべきだと医者に言われています。今日くらいの運動はいつも通りですので御心配には及びません」
「だったら良いのですが……」
出迎えてくれた劉表の顔色は悪くなさそうだったが、無理をしなければならない時には厚く化粧をしてでも出てきたのだろう。
「一刀。岩塩をくれ」
「はいよー李梅……あ、すみません魏延さん」
区星が董衣たちに運動後の塩分補給として岩塩を舐めさせる。
「なんだかんだ汗をかいてたんですね。飲み水も用意してやらないといけませんのでちょっと汲んできます」
自分から水を汲みに行く一刀を魏延は不思議な物を見るように見つめていた。
明けて翌日。
魏延が劉表に取り次いでいてくれたため一刀達は外出の許可を得て市場へ行く。護衛と道案内を兼ねて魏延が同行した。
(三國志の魏延を連れて市場で買い物……何が起きるか分からなもんだ。でもこれが張飛だったら酒家巡りになってたんだろうな)
「この先が市場です。あちら側が食料品売り場で向こう側が雑貨など、さらに行くと職人町で高価ですが金属製品を扱っております」
「それじゃあ職人町の方から順に見て行きます。李梅、帰りに人参とか買おう」
職人町の規模は大きいが鍋や農具といった民生品を扱う工房は少なく、町の多くは武具や鎧を始めとした官給品を作っているようだった。
「黄巾の乱が起きるまでは武具を作る工房の方が稀だったんですが、今では行商人や地方の県から武具を求められてこうなっています」
「なるほど。江南と中原を結ぶ交通の要衝だから他所からの需要もあるということか……」
一刀が見ても上等な部類に入るであろう武具が並んでいる。武具は農民の反乱の抑止も兼ねているせいか高価であり、一刀が零陵で貰った給金では半分程度にしかならなかった。
「武具って高価ですけど、なんとか買えそうな値段なんですね」
「既製品はこのくらいですが、武官は高くなるとしても自分用に武具を発注する者が多いです。私も鉄の棍を作ってもらいました」
「金棒は壊れにくいから刃こぼれを気にせず戦えるし、簡単な破城槌にもなると聞きます。きっと活躍してくれるでしょうね」
「鎧の上からでも敵を倒せますから!……自分の力の使い方からこれが一番合うかなって考えました」
「武将それぞれの好みで特注するんですね。李梅は大斧を使うみたいだけど、他には欲しい武器ってある?」
「予備の短剣だな。投げても良いし関節が増えるから体術の幅が広がる」
(ナイフを切りつけるものではなく相手を制圧するための道具として捉えているのか。昔の武芸の十手術に通じてるのかな?剣術意外の武芸もやっておけば……勉強もあるし時間が足りなかったか)
「体術ならいくらか知ってるから教えられるかもしれないけど、短刀はまだ買えそうにないな。お金が溜まったら贈らせてよ。あとで桜桃にも欲しい物を聞かないとだな」
「武器が必要なのは一刀の方だろう。騎兵用の環首刀と長弓なんて長物、街中に持ち込めんだろう」
「街中で戦いに巻き込まれないように李梅からは離れないし、外でも董衣が居れば簡単に逃げられると思うんだけど……」
「暗殺を狙う者なら戦力を分断する。区星が一刀から少し離れる状況、を作ってやってくるぞ。むしろ区星の予備の短剣を渡してやる」
「白昼堂々街中で襲われることなんてそうそう無いと思うけど……魏延さんはどう思いますか?襄陽やこの先の街で極端に治安が悪い街とかありそうですか?」
「えーっと……この先は袁術様が治める宛と、最近曹操様が黄巾党を討伐した際にそのまま軍政を敷くよう言われて駐屯している許昌が交州軍が補給に訪れる大きな街でしょうか。いずれも栄えた街ですので治安が悪いとは想いませんが、宛の近くで流民三千人が屯していると聞きます。その流民に紛れて暗殺や誘拐が計画されるとは思いますが……そんな事を警戒しなければならないのですか?」
「宮廷の陰謀劇でもしかしたらってところです。強欲と噂される趙忠という宦官が何か企むのではないか、と警戒しているのです」
「……北郷様達は大変なことに巻き込まれているのですね。もし許されるなら私も武者修行がてら上洛に付いて行きたいものです」
「魏延さんは宮仕えだから簡単に出歩く訳には行かないでしょうからね」
「……劉表様に武将として実力を評価してくださるのは嬉しいのですが、最近は蔡瑁という豪族の取り纏め役の男が劉表様の次男で蔡氏の血を引く劉琮様に家督を継がせようとする派閥を作っているのです。それに従わない者を文官、武官問わず讒言で貶め、追い出すこともしていまして……」
一刀は主君の後継者争いという醜聞を昨日出会ったばかりの俺達に話して良いのか?と思ったが、それだけ信頼されているのか試されているのか判別がつかなかった。
「魏延さんとしてはそんなものに巻き込まれたくは無い訳ですね?」
「はい……幸いというか地方を治めている黄忠殿や黄祖殿が何かあれば雇ってくれると言ってくれているのですが……」
「昨日の様子から感じたのですが、黄祖殿が苦手なのですか?」
「武勇と知略を併せ持った武将だと思いますしそこだけなら尊敬できるのですが……視線がどこかいやらしいと言うか、何か、性的に狙われている気がしてしまいまして……」
「区星もその視線を感じたぞ。特に姉に対して強かった」
「黄祖殿が好むのは見た目以上に実力と実績を持った女性ですから、何か感じるものがあったのかもしれません。今日と明日は自領の江夏や他の領主と劉表様との会議があるでしょうから何かされることは無いと思います」
「ならいいのだが……」
区星は区連が寝込みを襲われていないか心配な様子だ。
「ところで魏延さんや黄祖殿のような服ってどこで買うんですか?あの露出って中原だと普通なんですか?」
「あれが普通な訳ないでしょ!……すみません、黄祖殿は特注の服に少々手を加えているようです。なんでも視線を誘導したり、敢えて鎧の無い弱点を見せることで攻撃を誘導させるのだとか」
「一刀はあんなのが良いのか?」
「李梅、そういう事じゃなくて……俺の地元でもあんな派手な服は見たことなかったなーって」
「あんなのに惹かれてたら細梔様が泣くからな。想像してみろ。自分の子供が過剰な露出の女を連れてきて結婚するとか言ってるところを」
「心配になるけどそこまで言わなくてもいいんじゃないか?戦闘の事を考えてああなったらしいし……」
黄祖の履いていた短パンが現代的なデザインだったということが気になっていたので、あとで服屋を見に行こうと思った一刀だった。
いざ書き始めると進むんですが、その切っ掛けが降りてこないとこれがなかなか……ただ、始まると筆者がなんとなーく書こうと思っていたものより2転3転してたりして向こうの方から勝手にブラッシュアップしてくれるというか。まあそれでも力量不足で読み難い部分を作っちゃったりしてしまいますが。
バトルパートの練習に何か書くかもしれません。そこそこの分量だったら投稿するかも……
ちょっとした解説
・魏延の口調ですが、このくらいの社会常識は身に着けている……多分。荊州は戦乱を逃れて来た人が多かったことで発展が加速したそうなので、ローマの文物を見せびらかされた時にシルクロードの旅をある事ないこと脚色して教えられたためローマから来た人が居る⇒スゲェ!となってツンツン成分が抜けてたのかもしれません。
・黄祖の服は胸を強調した服で意図的にそこに視線を誘導して手元を隠して暗器を取り出す暗殺者の技の一つです。いやそんなもの実際にあったかは分かりませんが、そういうので油断を誘って危機を乗り越えたことがあることにしましたここの黄祖さんについてわ。まあ本人の居ないところであんなの呼ばわりされていますが、そう思われる格好を意図的にやっているから痴女じゃないということで……




