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第14話

 人馬の疲れも癒え、武陵から江陵へ向けて出発した。荊州の治安は中原に比べると安定しているが、それは中原の主食である小麦よりも収穫量の多い稲作による恩恵だろうと一刀は士燮に教わった。

「衣食足りて礼節を知る、って言いますものね」

「管子の倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る、かね?北郷殿は幅広く様々な教育を受けているようだが、折角だから斜め読みではなく出典をしっかり学んでみてはどうか?とりあえず手元にあるのは私の写本だが、孫子がある。竹簡の原典に近い写本を正確に写したつもりだ。暇があったら読んだり写本してみると良い」

 現代に於いて孫子は散逸しているという事を知っている一刀はその貴重さを理解していた。

「とても貴重なものをありがとうございます。汚さないように気を付けて写させていただきます」

 そうして一刀の行軍中の日課に孫子の写本が加わった。呂強もそうだが、この世界の高度な教育を受けた人の文字はとても読みやすく、字を見ているだけでも美術品を鑑賞している気分になった。

 写本の裏には原典の竹簡を書いた人の名前が3名連なっており、最後に士燮のあざなでの署名があった。

「一刀は何の本を読んでいる……孫子?兵法書か。後ろの写した人の名前も少ないしほとんど原典通りだな」

「……あぁ、写しの回数が多くないから正確ってことか」

「士燮様が贋物を掴まされていなければだが、士燮様なら本物と贋物くらい簡単に見分けるだろう。しかし綺麗な字だ……」

「細梔さんの字もそうだけど一流の文字ってきれいだよな。李梅は俺とそんなに変わらないよな」

「書や裁縫より馬と弓が大事なんだ。まず一人でも生きて行けるようになるのが家訓だ」

「そうなのか?……虎とか出るんだったか」

「戦える者は武を磨いて他の者を守るのが仕事だ」

「李梅は強いもんな」

 行軍を続け軍はいよいよ長江を渡る。そのために一刀、区星、区連と士燮の名代の使者は騎馬の護衛数名を連れて先行し船を用意した。

 交渉はとてもスムーズだった。官軍のために便宜を図ってくれる人が多いのは、乱世の中にあっても荊州は統治が行き届いているからだと一刀は感じた。

 交渉の後に一刀は気になっていたことを船頭の代表者に尋ねた。

「宛の方に黄巾党が来ているかもしれないと噂を聞いたのですが、本当ですか?」

「その噂は私共も聞いています。ですが、どうやら黄巾党の略奪を逃れてきた難民ではないかとのことです。何でも3000人程で年寄りや子供の姿まで見えているとか。付いてきている旅芸人が歌を歌って慰撫しているそうです。また、道中の村々でその旅芸人が歌ったお礼に食料を得ているとか」

「成る程。ありがとうございました。それなら我々も安心して進めそうです」

「ですが、どうかお気をつけて下さいませ。どこに何が潜んでいるか分からない世の中ですから……」

 そうして一刀一行は帰陣した。

 士燮は黄巾党の情報を喜んだが、どうにもその難民の集団に違和感を抱いたようだった。

 その日の夜。

「李梅は例の3000人の難民についてどう思う?」

「旅芸人の歌だけで3000人分の食料を賄うなんてことは不可能……だと思う。今はまだ難民の私財が残っていてそれを食料に変えているんだろうが、それがなくなった時にどうなるか……」

「野盗になるか、どこかで村を興すとか?」

「そんなに簡単に村は興せんだろうし、賊になっても足の遅い年寄り交じりではすぐに討伐されて終わりだ。むしろ、近隣の街でいきなり3000人を受け入れられる所があるかどうかを士燮様は心配しているのではないか?」

「いきなり3000人を養うなんて大きな街でもないと難しいもんな」

「そうなると難民はバラバラに各村々に流されるだろう。ただ、こういった場合、中原では官奴婢として村に売ることがあるとも聞くからな……」

「奴婢って奴隷のことか。あまり気分の良い話じゃないな」

「官奴婢として官の仕事に就ければまだ良いが、私奴婢なら過酷な労働を課せられることもあると聞く。それを警戒して大きな街の太守に保護を求めていないのだろう」

「……やっぱり李梅は物知りだなあ」

「いや、これは一刀がこの世界を知らなすぎるだけだぞ」




 長江を渡る際の心配は荷駄を引く牛や騎兵の馬が嫌がらないかという事だったが、御者や騎手との信頼関係が築けているためか混乱はほぼなかった。

「この船、ジャンク船っていうんだっけ?川でこんな大きな帆船を使うなんて、ほんとスケールがでかいねこの国……」

「すける?区星も船に乗るのは初めてだが、ジャンク船とは呼ばずに帆船としか呼ばんぞ」

「そうなんだ……あ、スケールっていうのは尺度って意味ね」

 馬が暴走しないように下馬して手綱を握っている一刀と区星が話していると、船内を見学し終えたルキウスがやって来た。

「祖国の言葉が聞こえたんだけど、北郷君はラテン語を知っているのかい?」

「ラテン語っていうか……その方言の方言が伝わって来たってところですね。すべての道はローマに通ずって言いますし」

「面白い表現だね。ローマは街道整備に力を入れているからそんなことを言われるようになっているのかな?」

「大陸の東西の果ての国同士がシルクロード……絹を運ぶ道で繋がっていますからね。私の国にもローマの影響を受けた宝物が保管されていますよ」

「祖国の繁栄を知れて嬉しく思うよ。それにしてもこんな船があるなんて驚きだ!とても興味深い!船大工が見たら興奮して大変だろうな」

「船大工さんか……この国はキールの技術を得たし、ローマはこの帆船の技術を得られるし、双方に利があって良かったですね」

「後はここでの見聞を持ち帰るだけなんだけどね。士燮さんはここまで来れば黄巾党の大群に襲われない限りは平気だろうと言っているから、私がヘマをしないように気を付けるだけだよ」

「大きな帆船で大海原へ!ってロマン……夢がありますよね」

「冒険心をくすぐられるよね!区星さんはそういう気持ち、分かる方かな?」

「分かります。私は世界どころか中原ですら行ったことがありませんが、家の形から食べ物まで違うと聞きます。ルキウス殿のお召し物から察するに、羅馬はまるで御伽話のような違った世界なのでしょう」

(李梅の一人称が私になってる……よそ行きモードって感じか)

 やや硬い区星の態度を気にせずルキウスは答える。

「そうだね。この国とは違って日干し煉瓦の家や石造りの神殿が立ち並んでいるよ。でも、それはこことは気候が違うからできることだから、もしこの国とローマの気候が逆だったら建物の特徴も入れ替わっているだろうね」

 ルキウスの答えに区星は想像を巡らせているようだ。建物という視覚的な想像だけでなく、五感全部で感じる異国の景色に――

 感心しきりの区星に代わって一刀がルキウスに質問する。

「水道橋でローマ市内に水を通してるから、テルマエって言う公共浴場が沢山あるんですよね?それってこの国でも出来そうですか?」

「テルマエまで知っているんだね。私は元々テルマエ技士だから作ろうと思えば作れると思うよ。ただ、水源地とかその周りで暮らしている人達との話し合いや人手と工期の問題もあるし、この地域……荊州の気候で建物が傷まないかも考えないといけないね」

「ローマの人が来たっていう証に何か作れれば、貿易港の地元の人とかの受けが良さそうなんですけどね……」

「そういうのならローマは同盟市に噴水を作ったりするよ。交州にも作るように士燮殿が許可をくれてたから、もう作り始めているかもね」

「もう既にやってたんですね……流石は士燮様……」

「士燮殿は天竺や諸島の人とのやり取りで鍛えられているから比べても仕方ないよ。むしろ、北郷君が私達の事を考えてくれているってことが分かって嬉しいよ」

(ルキウスさんの外国語を覚える速さもだけど、この人当りの良さが大使に選ばれた理由なんだろうな……)

 そう実感しながら雑談を続けていると船は対岸へ接舷した。

「おっと、もう着いたんだ。荷物や馬を降ろさないといけないね。また忙しくないときに話そうか」




 長江を渡り広陵の街で補給をし、荊州の顔役と言える劉表の治める襄陽へ向かう。零陵、武陵、江陵までは街ごとの距離がかなり開いていたので先触れの使者も余裕をもって出せていたが、この先の襄陽、新野、宛、許昌は都市間の距離がこれまでより詰まっている。

 そのため先触れを出すのに忙しくなるがその反面、補給は楽になる。というより全力で馬を出せば各都市の間を1日で進めるのではないかと一刀は思った。

 それを行軍中に区星と区連に言ったところ、

「それは一刀が董衣……いや、区星の一族の馬に乗ってるからそう思うんだろう」

「慢心ではありませんが李梅の言う通り、と思います。零陵や長沙に来る漢の使者や豪商の馬を見る限り、涼州や匈奴から馬を仕入れなければ私達の馬の方が速いし丈夫です。涼州や匈奴は遠くの国の馬の血を入れやすく、広い草原で馬を鍛えることが出来ますから」

 と言われた。

(そういえば区景さんに亡命してきた良血の馬の血を積極的に入れているって聞いたなー)

「今は牛に荷物を引かせているからどうしても人の歩く速さと変わらんからな。街同士の距離が近いということに区星は驚いたぞ」

「この時代は街がひしめいている方がおかしいんだな……確か次の街が襄陽で劉表様の治める街だっけ?この辺は優秀な人を多く輩出している土地だって伝わってるけど、桜桃達は何か聞いたことある?」

「水鏡女学園という私塾の噂を聞いたことがあります。そこで学んでいる臥龍、鳳雛と渾名される知恵者がいるとか。それと、蓬莱の島へ旅立った徐福と同じ名前の者も在籍していると聞いております」

「俺の知ってる臥龍と鳳雛は諸葛亮と龐統って言うんだけど、女学園に在籍しているってことは女性なんだな。今さら驚きはしないけどさ」

「徐福はこの時代には居ないのか?」

「徐姓で有名なのは徐庶と徐晃かな。徐庶は軍師で徐晃は名将。出身地までは覚えてない」

「同姓同名も珍しくはないですが、徐福というのは避けそうなものですが……」

「縁起の良さそうな名前だし、そもそも昔の徐福を知らない人からしたら関係ないもんな。でも昔の徐福その人だったら俺と同じ境遇の人と会ったことがあるかもしれないから一応覚えておこうか。帰りに寄るかもしれないし水鏡女学園の場所とか面会のお伺いとか」

「私の方で手配しておきましょう」

「ありがとう桜桃」

「細梔様の事務仕事をお手伝いする機会に恵まれましたので、こういうのは得意なんです」

 三國志でもトップクラスの軍師の知恵も、一刀の境遇については土俵が違い過ぎる。

 この世界では徐福が不老長寿の桃を持ってきたというが、その後については正確には分かっていない。日本に伝わる伝承では徐福は日本に戻り死んだとなっているが、この不思議な世界だ。戦乱を避けて荊州に避難してそのままということもあるだろう、と一刀は考えた。




 それからすぐに軍は襄陽に到着した。先触れの使者を出していたこともあり門には出迎えの武官が居たが、一刀は一瞬、呆気にとられた。

(え?この武官の人……)

 出迎えにきた武官は女性だったが、それ自体は珍しくは無い。一刀を絶句させたのはその恰好だった。

 背の高い妙齢の女性が現代の基準でも過剰な露出で立っている。朱の入った銀髪と白い肌、相対しているのに尻が見える程に短いズボン。酷薄そうな雰囲気を纏った女性は黄祖と名乗った。


 旅芸人……徐福……一体何者なんだ(棒)

 船賃とか積載量の詳しい資料って無いものですね。どこぞの大学図書館に潜り込んで……コロナ対策で一般の入館はダメですかそうですか……J-stage見ると目移りして沼にはまるし……

 突っ込みや読みにくいなどあればご指摘の程よろしくお願いいたします。


ちょっとした解説

・管子の倉廩満ちて礼節を知り、衣食足りて栄辱を知る

 故事成語の出典を見ると一般に伝わっているものとは言い回しが違うものがあります。以前にランランルーが罵倒の言葉になっていると聞いて驚いた……というかこれがジェネレーションギャップかと思ったものです。

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