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第13話

 武陵までの旅路で区連が酔いを起こすことなく済んだのは幸いだった。また、500人以上の規律ある軍に喧嘩を売ろうという盗賊団や黄巾党のような集団もおらず、順風満帆と言える状況だ。

 道中、士燮は一刀や区星にいつか必要になるからと村や県との食料の買い付け交渉を側で見せた。それに加えて区星には行軍時の食事の準備や野営地の設営を任せることもあり、一刀もそれを補佐した。

 野営では一刀と区星と区連は大きめの天幕で一緒に寝泊まりしているが、戦友や家族といった関係性なので男女の仲のような空気は無い。

 むしろ物資の消費量の計算や天候の予測と行軍計画を立てて士燮の了解を得なければならないため、周りの兵からは同情されているようだった。区連は計算や天見(天候を見ること)について区星や一刀より優れていたが夜警の指揮を執る都合上、今は居ない。

「正規軍だから良いけど、これが徴兵されただけの人だったり反乱農民の集まりだったら大変だよな。黄巾党がまとまりを持って動いてたら指揮官を尊敬しちゃうかも……」

「確かに……略奪だけで食わせていこうにも数十万人も居たらすぐに食料がなくなる。食ってくのに丁度良い数に分散したら官軍に討ち取られやすくなる。奴らは一体どうやって官軍に対抗しているんだろうな。そうそう、一刀の時代ではどうやって軍を動かすんだ?」

「何て言うのかな……牛や馬を使わないのに、馬の全力と同じくらい速い大きな車で人や物資を運ぶんだよ。部隊間の連絡は電話って通信装置があるんだけど、どれだけ遠い部隊とも会話ができるから簡単に野営地を探したり見張りを遠くに配置したりできるんだよ」

「何だそれは……戦の様相が変わるんだろうな。区星は軍師ではないから分からんが、頭数を揃えての戦は無くなったり、物資を運ぶ車を破壊することに注力するのだろうな」

「今電話があれば、次に寄る県に用意して欲しい物を交渉しながら進めるんだけどな。それと、細梔さんとか区景さんとも話せる」

「細梔様……ご無事でおられるか心配だな……」

 呂強の身辺を警護するのは厳選された女官達で、一刀では歯が立たないような腕の立つ者達ばかりだが区星の眼には頼りなく映っていたようだ。

「まあこっちが目立てば趙忠の間者の眼も引き付けられるし、向こうは長沙の太守を使って何かするつもりかもしれないんだから零陵はしばらく安全なんじゃないかな?」

「そうだと良いんだが」

 心配という感情は尽きることがないため頭を切り替え行軍計画と武陵太守への入城の口上スピーチの内容を考えることにした。とはいえ現在、この軍を率いているのは士燮なので実際にやり取りをするのは総大将である士燮だ。あくまでも練習としての宿題だった。

 一刀の考えた口上を竹簡に書き、この日の仕事は終わった。

「士燮様が俺達にこういう軍の代表者の教育をしてるのってさ、何を期待されてんのかな?俺の知る歴史だと黄巾党の後も戦乱が続くけど基本的には中原が舞台だ。でもこれは先が見える人なら簡単に予想できる事だろ?零陵とか交州から戦を仕掛けにでも行く気なのかな?」

「中原の混乱に乗じて長江から南の自治権を高める……とか?」

「独立戦争って奴か……」

「何を考えておられるかは分からん。だが人を率いての行軍は武官の本分でもある」

「あれこれ考えても仕方ないな。ところで俺が来てから雨が降った記憶が無いんだけど、零陵……荊州ってそんな気候なのか?」

 一刀は暗い想像を払うように話題を変えた。

「例年通りなら雨季に沢山降るが……確かに最近降ってないな」

「大陸って旱魃とかって結構あるんだろ?畑がダメになって戦が起きるってのが定説だから結構心配になるんだよな」

「細梔様が備蓄米を沢山用意しているから1年や2年は持つと思う。他の太守がどうかは分からんが……」

「どこにでも心配の種はあるもんだ……まあいいか。とりあえずは明日の事だ。さっさと寝て明日に備えよう」




 武陵にて士燮、ルキウス、一刀が太守の歓待を受けている間に区連と区星が補給の監督をする。

 何ら問題なく済み、兵馬の疲れを取るため武陵には二泊して出発する予定だ。一刀達も士燮から一日休みを貰ったので武陵の街を見て回ることにしたが、一刀はある事に気づいた。

「金属製の農具ってこんなに高価なの?」

「確かに高いが、零陵でもこれくらいはしたぞ。金属の農具は反乱の武器になるから塩と同じように官の専売だからな。ただ、これでも中原よりは安いそうだ」

「そうなの?」

「この辺りは楚の時代より製鉄に優れているから手間賃が安い。それに中原よりも山が深く開拓は容易ではないからな。民が鉄の農具や斧を持つことが許されやすい」

「あー……最初の頃に賞金首と引き換えにお金とか鉄の道具を貰ったりする異民族が居るって聞いた気がする」

「街の近くの裕福な農村なら鉄の農具を持っているところは多いが、街から遠くなると石包丁を使うところも多いな」

「石包丁?って貝みたいな形で紐で手に結わえるようなあれか」

「それで穂先の方を収穫するんだ。稲藁の部分は引っこ抜いて干してから牛馬の餌だな」

「それって千歯扱きが使えない……いやかなり使い難いな……」

「そうなのか?とりあえず作ってみないことには分からんだろ。それに、今は無用の長物でもいつかは使えるんじゃないか?」

「扱き箸とかよりは楽なのは確かなんだけど……千歯扱きで浮いた手間で矢を作る内職とか、仕事のない人を集めて服の工場こうばを作るとか考えてたんだよ。高価な機織はたおり機とかは工場で用意して、誰でも働けるような……」

「……女手を使うのは良いと思うが、秋の間しか使わないのは無駄じゃないか?他の季節にも工場を使うならそれこそ秋の女手が余るぞ」

「あー……確かにそうだ」

「それに加えてだ。一刀は自分の妻が自分の村から出て働きに出ることを許すのか?機織りの仕事という触れ込みでいかがわしい仕事をさせられると警戒しないか?」

「……返す言葉もない」

「工場を用意するのは良いと思うが、職人達の気持ちも考えないといかんぞ。話し合えば良い落としどころが見つかるかもしれん」

「今のうちに李梅と話せて良かったよ。もっと良い案になるように考えてみるよ」

「思ったことを言うことしかできんがな」

 いつものようなぞんざいな返答だが区星は満足気だ。

 武陵政庁の宿舎に戻りながら一刀は考える。

(いきなり新しいデパートが出来て商店街をシャッター街にした、なんてよく聞く話じゃないか。工場だって職人達からしたら未熟な品質で仕事の縄張りを荒らすし、産業革命の時の人件費のかかる男性は雇わないで女性や子供に過酷な労働をさせた……資本主義の芽が暴走したら誰が取り締まる?労働者の一揆で経営陣が皆殺しにされるか?)

 一刀の知っている「現代のやり方」というのは先人達が血を流しながら人民の権利を積み上げ明文化させてきた上に依って立つものだ。この世界はまだ人と人の距離が狭く、少し身じろぎするだけでそれぞれの欲や権利がぶつかり合う時代だ。自分の命や家族の命、生活を守るために簡単に人が人を殺すことのある時代。

 それでも百家争鳴の歴史を持ち、法治主義の精神を知っている指導者も多いこの国だ。法の支配の及ぶ地域なら国に守られる民草が多数だろう。しかし、この国の辺縁――士燮が帰る前の交州ではどうか?

 一刀は宿舎まで付いてきた区星に菓子を渡しながら言う。

「……李梅、俺、いつ帰ることになるか分からないけど、ここで生きている限りは少しでもこの国の……この国で生活している人達のためになるような事、していくよ」

「そんなことを気負ってどうする?一刀は一刀、他人は他人だ。一刀が何かしなくとも他人は勝手に生きていくし、勝手に幸せになろうと努力する」

 一刀の決意に対して区星の返答は冷ややかだ。

「その手伝いができるようになりたいって思ったんだけど、何か、違うかな?」

「一刀はどこかの太守でもなければどこかの族長という訳でもないだろう?自分の行動で結果として他人の手助けになる、というのなら良いだろうさ。だが、自分の力で他人を幸せにする、というのは違う」

「……結果として、か。確かに俺は偉くもなんともないもんな……李梅はすごいな。色々考えてて」

「いや、これは祖先のしたことを考えていたからだ。祖先の一人、蚩尤の話は姉から聞いたな?蚩尤は何故反乱を起こしたと思う?何もしなくても一族は中原から見て長沙から先が領土とされているのに、だ」

「……何でだろ?長沙の近くの異民族のためにとか?」

「何故なのかは伝わっていない。だが区星が考えるに、異民族のためにというのは正解に近いと思う。蚩尤は、自分達が旅をする一族だというのを知っていて、その自分達が居なくなった後の異民族の……きっと蚩尤が惚れた人の為に、異民族の自治をはっきりさせたかったんだろう」

「惚れた人の為に……」

「だが、反乱の結果は沢山の人を巻き込んでの殺し殺されだ。勝った負けたはどうでもいい。どれだけ高潔な志を持っていても、他人を巻き込むのは迷惑以外の何物でもない。そして、自分にしか相手を幸せにできないと考えるのは増長だ。視野が狭くなるし、残された蚩尤の家族だって大変ながらも血を残していった。蚩尤の力の及ばぬところでその子孫たちは幸せになろうとしているし、なっている」

「なるほど……」

「だから……変に気負って何か大きなことをする必要はないということだ」

「何か、簡単にまとめたな」

「区星は一刀にバナナを教えてもらわなければ食べようとしなかっただろう。一刀がきっかけにならなければ細梔様と真名を交わすことも出来なかったかもしれない。それだけでも区星は一刀に幸せにしてもらったと思うが、不満か?」

「いや、十分だよ」

 バナナと細梔さんを同列に語って良いのか?と思ったが一刀は口に出さなかった。

(気負わずに人の為になる、か……難しいようで単純で……まずは自分がしっかりしないとな)




 夕方、一刀と区星は武陵を出発する前のルート選定の協議で士燮に千歯扱きの有用性について伝えた。

「ふむ。とりあえず献上品として渡すだけ渡しておこう。稲を根元から刈り取ることが普通の国の道具だという方が、徐福の居る蓬莱の島から来たという信憑性も高まろう」

「わかりました。ところで、長江を渡るときの船って何艘用意すればいいんでしょうか?」

「規模と装備によるが今回は――」

 一刀は必要な船の量と割り当て方を士燮から教わったが、船の大きさや長江の川幅など、実際に目にしてみないことにはイメージできないことは多い。

「百聞は一見に如かず、という。広陵へ向かい、実際に目にするのがよかろう」

(江陵……長江……赤壁とか夷陵の戦いの近くだな。行くことは無いだろうけど、どんなところなんだろうな)

「祖国ローマとは違う船が見られるのだね。漁船はローマも天竺もあまり変わりがなかったがこの規模の人馬と物資を運ぶ船、是非見たい」

「ルキウスさんが乗って来たのはガレー船でしたっけ?帰りの船を交州で建造するとして、どんな船を用意するのかはもう決めてあるんですか?」

「交州の漁民は東南の諸島部族や天竺との交易が盛んだからか、帆の使い方が巧みで簡単に外洋に繰り出しているからね。交州に残った仲間が複数の帆を使った帆船の操作を学んでいるよ。許されるなら大きな帆船の船団を作らせてもらうつもりなんだ」

「ルキウス殿が乗って来たガレー船と言う船も興味深いものでな、キールと呼ばれる船の背骨やその構造を応用すれば積載量がこれまでよりも増やせるかもしれんのだ。実験も兼ねて船団を作る用意をしているが、まずは主上に報告せねばならんのでな」

「船にも税がかかるし、大きな船の保有には許可が必要なんでしたっけ?」

 士燮は頷きながら、

「そうだ。均輸法が最初の理念を忘れ、均輸官の懐を富ませるものとなり廃された今、商人が儲け過ぎないようにするための政策だな」

「均輸法?字面で何となくは想像がつきますが……」

「国が配置した均輸官が安い所から高い所へ物資を運んで売る、という政策だ。同時に平準法という法が運用され、こちらは安い時に買った物資を高騰した時に売るというものだ。いずれも物価の安定と国家収入に寄与するが、汚職というものからは逃れられなかったようでな」

 ルキウスも祖国に思うところがあるような顔をしている。

「羅馬のための船を制限したりはしないだろう。趙忠が渋っても他の宦官や何太后からとりなしてもらえば良い。洛陽に着きさえすればどうとでもしてみせよう。ただ、黄巾党の小集団が宛に向かっているという噂があるのが懸案事項なのだ……」


期間が開いてしまいました……そろそろ連休があるのでそこでペースを上げたい……


ちょっとした解説

・収穫で石包丁を使っているとしましたが、青銅器の鎌や鉄器の鎌もありましたが田舎でも気軽に使えるわけではなかったようですし、現実世界の埋葬品で骨角器や石包丁の出土例もあるようなので、この作品世界では豪農は簡単に買えるけど一般農民は「給料3ヵ月分」くらいの覚悟で買ってるんじゃないかと。

・唐突に始まった区星の説教ですが、やっておかないと「新世界の神」とか「生真面目な独裁者」ルートに進みそうなので……それに桃香との接触前に済ましておかないといけないかなと。桃香の青臭い理想論は華琳に散々に批判されますが、民心を集めて人が集まって「これ、やれそうなんじゃね?」ってくらい下地が揃っているのにあと一手足りない、という状態で「英傑の芽」達の前に現れるから英傑が集っちゃうんでしょう。劉姓で正当性もあるし手を貸したら良い官職に就けそう、とか青臭い理想を現実的な方向に手綱を引いてやれば大胆な行政改革を為しえる、とか。そういうのが桃香の魅力なんじゃないでしょうか。劉邦的な感じの。

・蚩尤の姓というか炎帝の姓が姜ということでどこかに血が残っているんじゃないでしょうか?

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