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第12話

「いよいよ明日、出発なんだな……」

「出発と言っても北郷は何もする必要もない。交州や零陵のいつも通りの納税団に付いて行くだけだ」

 出発を明日に控え、この日は特にすることもないので区星、区景と一緒に馬の調整――要は遠乗りをしている。

 董衣を始め馬たちはバナナを食べて上機嫌のようだ。いつもとは違う側対歩(右前、右後ろ脚を同時に出すようないわゆる難波歩き。揺れにくい歩き方)での速歩も嫌がらずに従っている。

「お金だけじゃなくて絹とか食べ物とかもだよな。俺の国でも昔は租庸調とか言ってそういうの納めてたけどさ、零陵って都からかなり遠いんだろ?それなのに自腹で行かなきゃいけないのって何か不公平な気がするんだよな。参勤交代かよ!って思ってさ」

「参勤?遠い場所にあるからそこの太守が好き勝手出来ないようにするためじゃないか?兵を養えなければ反乱も起こせないし、民に反乱を起こされないよう現地の豪族の機嫌を伺うようになるだろ」

『我々の住む土地はまだ無法な事をする太守は居なかったが、士燮殿が来る前の交州は随分酷い目にあったようだよ』

『そうなんですか……って区景さん、中原語分かるんですか?』

『ある程度聞くことはできるが口が回らんのだ。それで交州の方なんだが、あっちの民は二重に税をかけられたりしたんだが、朝廷に訴えようにも遠すぎるしそもそもどこに都があるのかも分からない。不正な蓄財で雇われた兵を頼みにまた税を取られる。耐えかねて反乱を起こすと別の太守が赴任するが、反乱を起こされる土地だと思われているから余計に締め付けられた』

『悪循環の見本みたいなものですね』

『そこに士燮殿が帰って来た。士燮殿は交州出身の漢人で、若い頃は洛陽で遊学したり宮仕えしたが宮廷の政争の煽りを受けて交趾太守として戻って来たんだ。その頃に士燮殿が俺の所に来て越南人や俺達の暮らしぶりやらを聞いていったんだ。士燮殿は異民族と呼ばれる俺達の生活をなんとか良くしようと考えてくれているぞ』

『へー……立派な人なんですね』

『まぁ、どういう手段でそれを為す心算つもりなのかは本人に聞いてくれ』

 遠方では民に重税をかけても取り締まる者がいない。本家の搾取が黒糖地獄とまで言われていたな、と一刀は思い出した。

「それはそうと北郷、明日は姉と乗るんだから気を付けるんだぞ」

 日中は眼を閉じていなければならない区連にとって、馬車に乗るより馬に乗る方が乗り物酔いになり難いとのことで一刀と相乗りすることになっていた。サスペンションも無い馬車で不規則な揺れに曝されるよりは、馬の歩きの方が規則的な揺れで大分良いとのことだ。

「落馬するときは抱きかかえて怪我させないようにするから。でも董衣くらいどっしり構えてる馬ならそうそう振り落とそうなんてしないだろ」

 名前を呼ばれ軽く嘶く董衣。牝馬にしては大きな体躯は、小柄な区連を乗せても余裕はあるか。

(それでも俺と合わせて斤量70㎏を超える重量負担は厳しいかな?走らずに運ぶだけなら150㎏近くまで載せられると聞いたことはあったけど……)

「むしろ姉は一人で落ちた方が何事もなく着地する……そうではなくて、酔いそうになった時は枕替わりに胸を貸してなるべく動かないようにするとかだ」

「乗り物酔い対策だよな。落ちないように抱きしめ過ぎると酔う、なるべく揺らさないように向きを変えずにまっすぐ歩く、とか」

「そうだ。姉も対策はするが北郷もなるべく気を付けてくれ」

「了解」




 政庁に戻ると一刀と区星は呂強の私室に呼び出された。

「用件と言うのは、この書簡を袁紹様、袁術様、曹操様に届けて頂きたいのです。私を助けて下さったことのお礼と、異国からの客人を趙忠から守っていただきたい旨の事を書いてあります」

「ルキウスさんと私の事ですね」

「はい。黄巾党討伐のために出陣していなければ、宮中での事も上手くとりなして下さることでしょう」

「宮中であることないこと言って無礼討ち!にならないように反趙忠の人に近くに居てもらうということですね」

「その通りです」

 洛陽までの道中で異国からの使者が来たとアピールしても、讒言により無礼討ちにされてしまっては天子の名を貶めることなく始末されてしまう。ペルシャ交易利権を趙忠一派に握られたまま、ローマは割高な値段でしか絹を買えずルキウスは任務を果たせず無念のまま死んでしまう。そのついでに口封じとして一刀も殺されてしまう可能性も高い。

「……それと、気休め程度ではありますがこれをお渡しします」

 そう言って呂強は二人に赤い紐で結われた飾り結びを渡した。

「これは……お守り?ですか?」

「古来より伝わる結芸の吉祥の飾り結びです。どうか無事に帰って来て下さい」

「ありがとうございます。この飾り結びはどうやって付けたらいいんでしょうか?」

「帯鉤に吊るすとよいでしょう。失礼しますね」

 呂強は一刀に近寄り帯の留め具に飾り結びを結わえ付けた。その間、一刀はしゃがみこんでいる呂強の髪に以前送った簪が挿してあるのに気づいた。

「その簪、着けててくれたんですね」

「もちろんです。北郷様と区星から頂いた大切な物ですからね。さぁ、次は区星の番ですね」

 呂強が立ち上がり区星の方に向かう。

(呂強様の髪、良い匂いだったな……俺と同じように髪を酢で洗ってるんだろうけど、何でこんなにいい匂いがするんだろう……シャンプーとか香料の入った石鹸とかあったら売れそうだな)

「ところで、袁紹様や曹操様ってどんな人なんですか?私の世界に伝わっている人となりだと袁紹様は優柔不断なところはあるけど基本的には優秀で、曹操様は政治も戦もできる人材収集家、と伝わっているんですが

呂強様から見てどういう人達でしたか?」

「そうですね……袁紹様は優柔不断ではなく、巧緻より拙速を貴ぶを体現するように判断が速いのですが、情報量や足場が固まっていないのに事を起こす向こう見ずなところがあります。ですが、それを支える優秀な人材も多く、幕僚陣に一任する度量の広さや領地を富ませた実力は本物です。その従妹で袁家の嫡流の袁術様も経験の少なさが見受けられますが才知の高さを感じさせられました。良い師に恵まれればきっと袁家を継ぐに相応しい人物に成長するでしょう。曹操様は文武に秀でた古今無双の英雄と呼ぶに相応しい人物です。広く人材を集め、身分に関わらず幕僚に取り立てることから数多の在野の士が集まっています。いずれも妙齢の女性ですので北郷様の世界とはそこが大きな違いでしょうか。出陣していなければ自身の軍と洛陽か汜水関に駐屯していると思います」

「伝わっているのとは大分違う印象ですね。分かりました、汜水関か洛陽で袁紹様達を探します」

「袁紹様達に出会えても区連や区星達から離れないようにして下さいませ。どこで食事に毒を盛られたり、暗殺者がやってくるか分からないのですから」

「はい。肝に銘じておきます。区星、俺の命を預ける……って言っても最初からだけどさ。改めてよろしく。俺に真名は無いから北郷でも一刀でも好きなように呼んでくれ」

「分かった。これからは一刀と呼ぶことにしよう。区星の事も李梅と呼んでいいぞ」

「良いのか?李……梅。結構、緊張するな真名で呼ぶの……」

「区星の真名はそんなに伸びないぞ。もっとはっきり言え一刀」

「分かったよ……李梅」

 緊張している一刀とは対照的に真名を呼ばれた区星はうむ、と満足気だ。

 そのやり取りを見ている呂強は少し羨ましそうだ。

「呂強様も私のことは北郷でも一刀でも好きなようにお呼び下さい。というか様付けじゃなくてもっと気安く呼んで欲しいくらいなんですから」

「様付けは癖のようなものですので。ですがどうしても緊張してしまうというのであればこれからはさん付けで呼ばせていただきますね。ただ、私は何時殺されてしまうかも分からぬ身です。そんな者に真名……に当たる名を預けるなど嫌ではありませんか?」

「そんなことは――」

 一刀が言いかけるが区星が先に言う。

「そんなことはありません!区星は呂強様を心より信頼しております。呂強様の敵は討ち果たしますし、悩みがあるなら少しでもその心を軽くしたいです。その証として区星の真名を呂強様の心の隅に置いて欲しいです。もちろん姉もそう思っています」

「李梅の言う通りです。それこそ私だって明日にでも元の世界に戻ってしまうかもしれないんですから。及ばずながら、私も呂強様のお力になりたいです」

「皆様……そんなに言われたら、私、頼って……いえ、甘えてしまいますよ?」

「区星達も呂強様に頼って甘えてきました。以前は預かって頂けなかった区星の真名、受けては頂けませんか?」

「はい……私からも、お二人に真名を預けます。私の真名は細梔サイシです」

「李梅です」

「一刀です」

「ふふ……何だか心の重荷が下りたようです」

 真名の交換を終えると呂強の雰囲気がいくらか砕けたように一刀は感じた。

 「李梅、後で区連を呼んできてください。以前は受け取る勇気がありませんでしたが、区連さえよければ私と真名を交換してもらおうと思います」

「後でと言わずすぐに呼んで来ます!姉もこうなることをずっと待っていましたから!」

 区星はすぐに部屋を飛び出して行ってしまった。

「……一刀さんが来てから色々なことが動き始めました。本当にありがとうございます」

「え!?いやいや、私は何もしていませんよ……むしろ李梅や細梔様の御厚意に甘えていただけですし」

「それが良かったのですよ。以前にも言いましたが宦官の私に普通に接していただいたことが、宮廷で荒んだ私の心をほぐしたのですから。それよりも」

「何ですか?」

「私には李梅のように砕けた話し方はしないのですか?私達は主従ではないのですから、様はいらないのですよ」

「え、その……それなら私にも様はいらなかったでしょう」

「一刀さんは漢の客人ですからね。でしたら、私に少しでも友情を感じていらしたら少しずつでも変わっていきませんか?友人として話しましょう」

「それなら……細梔さ――んって意外とグイグイ来ますね」

「ええ、甘えると宣言しましたからね。それを了承されたのだから当然です。ああ、友達なんて何歳以来でしょう」

 その後、区星に手を引かれて来た区連とも真名を交換した。いつもとは違い様々な感情の動きを見せる呂強の変化に区星、区連は驚きながらも嬉しそうだった。




 早朝、零陵の城門前――

 徒歩の兵を先頭に交趾軍と零陵の牛車の輸送隊が中段に位置する。後段には騎兵と殿軍が配置されている。

 一刀と区連は董衣に、区星は花相に騎乗した。

「それでは行ってらっしゃいませ。一刀さん、桜桃、李梅」

「「「行ってきます、細梔様」」」

 名を呼ばれた3人は声を揃えて答える。

『煙水晶は私が用意しておが、都にサングラスとやらがあればそれを買っても構わんよ。その時はこの翡翠を売って代金の足しにしてくれ』

『区景さん、ありがとうございます。でも翡翠なんて貴重な物、本当にいいんですか?』

『孫のためだもの。それに、こんな石っころいくらでも山で拾えるからな』

 そう言って区景は一刀に翡翠のペンダントを渡す。

「挨拶は済ませたかね?そろそろ出発だ」

 士燮から声が掛かる。

「はい。それでは細梔さん、区景さん、郭石隊長と門兵の皆さんも。零陵からの納税に行ってきます!」

 見送りに来ている者達は手を振り、輸送隊の御者達もそれに応える。

「武陵へ向け出発!前へー!進め!」

 士燮の号令で各処の馬車に乗せられた太鼓が打たれる。先頭から順に滞りなく行軍が始まった。

 一刀達は隊列中段の左側面に付き、同乗している区連に負担をかけないよう側対歩で董衣を歩かせる。すぐ隣には花相に乗った区星が、隊列中段の中央に士燮とルキウスの馬車が歩を進める。

(武陵、江陵、襄陽、宛の順番で北上か。襄陽は劉表が治めているんだっけ?そこまで行くと少しは聞き馴染みのある地名だな)

 空は青く澄み渡り、風も穏やかに吹いている。雄大な山河いくつ越えて行くのだろうか?一刀には見当もつかないが、胸の奥で冒険心のようなものが燃えているのを感じていた。

 やっと序章が終わった……のかな?

 書き始めるとこれを飛ばしたらダメじゃないかな?多すぎるかな?むしろ少ないか?となってしまいます。


ちょっとした解説

・側対歩は騎射に向くとして蒙古騎兵や武士が訓練させていたようです。また、山道を歩く農耕馬が自然と習得するとかなんとか。他の動物だとラクダもコブを揺らさないように側対歩で歩いたりします。

・結芸は中國結びのことです。吉祥結びとかはもう少し後の時代らしいですがまあ。

・細梔というのはプルメリアの漢字表記から。花言葉は気品、日だまり、内気な乙女です。「気品」と「日だまり」で高度な教育を受けた母性の人、「内気な乙女」から暗殺に親しい人を巻き込んだり悲しませたくはないと思って一線を引いているということで役柄に合うなーと思い採用しました(嘘です本当は偶然です。筆者は無計画の極みです)

・袁紹への評価は麗羽を傍から見るとあのように表現されるかな、と。受け継いだ財力だって無限にある訳ではないでしょうし。

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