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第11話

 越南からの交易品である珊瑚や宝石、サイの角や仏教の影響を受けた工芸品等を求める者は少なくない。家格を高める調度品としての需要や賄賂としての需要が非常に高い。

 海路が発達するより昔は益州南部の少数部族の土地からチベットを経由して天竺と交易していたが、峻険な山道をロバと人の力では運べる量は限られていた。しかし、数十年前に越南の漁民と東南アジア諸島の部族との間にあった漁場利用の諍いに終止符が打たれた。それは仏教の伝道師が南からの航路を拓いてやって来たことによる。

 伝道師達は布教活動を始めたいが、越南漁民と諸島漁民がいがみ合っている最中に布教しようとすればどちらかに肩入れした、ともう片方から反発を受けてしまう。そこで天竺本国から多くの交易品――綿製品やアーユルヴェーダに基づく薬草などを格安で与える代わりに漁業権の及ぶ境界の策定と和解を求めた。越南では医薬品は漢からも得られるが南蛮と蔑まれることもあり渡ってくる量は少なかったし、諸島に住む部族にはもっと需要が高かった。こうして東南アジアの海での争いが激減した。

 天竺本国としては陸路輸送での茶や銀製品の交易量は不満があり船による大量輸送と安全な航路を持てめていたこと、伝道師達としては布教するに当たり(沿岸部の漁民達だけとは言え)仲裁した恩を与えたことで布教がスムーズになるということで誰も損をしていないという認識だった。




「以上が、私が交趾の太守に任じられる前にあった天竺航路の歴史だ。何となくでも分かったかね?」

 初めてのコーヒーで些か気分の悪くなっていた区星は自室で休んでいるが、一刀は士燮に声を掛けられ越南と交趾のことを聞いていた。

「天竺は布教もできるし交易量も増えた。越南の人は漁の安全と交易品が、諸島の人は交易品と医薬品が得られて全員が得をしました」

「彼らだけを見ればそうだろう。しかし、これまで越南に医薬品を届けていた行商人は?陸路輸送に携わっていた少数民族は?そうした人たちは得をしたかね?」

「あ……そうですね……その人達は損をした……あれ?」

 一刀の考えがまとまるのを士燮は待つ。

「何か気づいたかね?」

「えーっと、医薬品の行商人の人は新しい交易品を買ったり売ったりできるようになりました。益州南部の人達は天竺じゃなくて吐蕃チベットを交易の主眼に据えれば損はしない……と思います」

「確かにそうだ。ただ、少しずるいことを言えば彼らは以前のまま商売をしても問題はない、という場合もあるのだよ」

「え?どうしてですか?」

「北郷殿は「医薬品」と一言でまとめたが、漢の医薬品と天竺の医薬品は同じものかね?」

「!」

「そう。陸路輸送の方は地理を知っていれば思い出して欲しいのだが、吐蕃方面は山だ。港町から山に輸送するのは金がかかるから、結局天竺北部の山に住む人々からすれば同じ値段か少し安くなる程度。それなら物を高く買っていってくれる人が来てくれた方が良くはないかね?」

「成る程……」

「まあこうは言ったが、実際に需要に対する供給源が増えたことで商売敵が増えた事には違いない。陸運は船が沈む事を願っているし、海運は虎と盗賊に天祐があることを願っているだろう」

「商売とか商機っていうんですか?何だか分からなくなってきました」

「大いに悩み給え。これからの自分の行いで歴史が変わるかもしれない、と思うだろう。だが我々はそうか弱い訳ではなく、北郷殿が思っているより遥かにしたたかなのだ」





 陽が沈み、何時もならもう寝ついているであろう時間になっても一刀は眠れずにいた。

「昼間のコーヒーのせいか?久しぶり飲んだから眠くならない……」

 夜空を眺めようと庭の亭(中国の東屋)に行くと先客が居た。

「区星も眠れないのか?」

「北郷か……まったく眠れそうにない……」

 亭の椅子に腰かけ月を眺めながら区星は答えた。

「見ろ北郷。大きな満月だ」

 一刀は区星の隣に腰かけ点を仰ぐ。

「ホントに大きいな」

「月は天に住む狗がかじるから欠けるという伝説を知っているか?」

「知らないなぁ。俺の国にはそういう伝説は残ってないな。どんなのか聞かせてよ」

「徐福の桃も伝わっていなかったんだものナ……昔、月と太陽が10個に増えて毎日旱魃と長い夜になって大変だったそうだ。そこで枯れずに残っていた木を使って弓を作り9個射落としたんだ。ただ、間違えて残りの1対の太陽と月を傷つけてしまったので天狗(天に住む犬のこと)に日月を治療してもらったんだ。でも人間が約束していたお礼の米を天狗に渡さなかったから、天狗は腹が減ると太陽と月を食べてしまうんだ」

「へー……そんな伝説があったんだ」

「だから我々の祭祀に兎とヒキガエルの生贄を藁の牛と一緒に天に奉ずる、というものがある」

「なんでその組み合わせなんだ?兎は月で餅をいてるって俺の国でも言われてたけどさ」

「月には兎とヒキガエルが住んでいるんだ。月の代わりに兎とヒキガエルを天狗に食べてもらうんだが、それを牛に送ってもらうんだ」

「あー……お盆で牛車の精霊馬を作る感じか」

「精霊馬?……伝説の続きには天狗の子供の蒼い狼が天から降りてきて、草原で白い牝鹿と交わって匈奴の単于を産んだんだ」

「それは似たようなのをモンゴルの伝説で聞いたことがあるな」

「北郷の世界とこの世界もまるっきり違う訳じゃないんだナ……今度は北郷の世界の月の話を聞かせろ」

「そうだな……月と言ったらかぐや姫だな。昔竹取の翁というおじいさんが――」

 竹取物語を語り聞かせる。区星はふぁ、と欠伸あくびをしながら、

「竹から生まれた女の話は……長江の源の方の昔話にあったかも……不死の薬と水が出続ける柄杓は知ら……なぃ……」

 やっと襲ってきた睡魔に抗えず、区星は一刀の肩に頭を寄せて眠ってしまった。

(お……っと、寝ちゃったか。どうしよう、女性用官舎の見張りの女性兵のとこまで運ぶか)

 一刀はどうやって区星を起こさないように抱きかかえようかと思案していると、まるで最初からそこに居たかのように区連が区星の隣に座っていた。

「!びっくりした……区連さん、何時からそこに?」

「私の仕事は夜の警備ですので。すみません、お話自体は最初の方から聞こえていました」

 最初からすぐ近くに居たという区連の意図を察するに逢引きに首を突っ込む出歯亀根性ではなく、近くにいる姉の気配に気づけないような状態の妹を心配してのことだろう。

「よかった。区連さん、区星を部屋まで連れて行ってもらえませんか?あそこは男子禁制でしょう」

「もちろんですわ。でもその前に少しだけ。妹は本当に北郷様のことを信頼しているのですね」

「……まあ、近くで眠られるくらいには?」

「いえいえ、それだけではなくて。妹が気安く話すのは家族の他には北郷様だけですし、慣れない食べ物やお酒もなるべく共有しようともしています。中原の言葉もですね。それだけ心を許しているんですよこの子は」

 眠る妹の髪を撫でる姉の瞳は、月光に青白く照らされた世界でただ一対、紅く輝く。

「さて。私は妹を連れて官舎へ戻ります。北郷様もなるべく早めに床に就いた方がよろしいですよ」

 区連が背丈の変わらない妹を軽々と抱き上げると一刀にお休みなさい、と挨拶をして官舎の方へ歩いて行く。

「月の伝説か……何処の国も世界も同じようなことを考えるものなんだな」




 昨晩は久しぶりの夜更かしだったが、体に染みついた習慣というものは優秀でいつもの起床時刻には目が覚めた。

 朝食の際に呂強に声を掛けられ、今日から午後は宮中での礼儀作法を学ぶ時間となった。

「宮中で隙を見せると何をされるか分かりませんからね。特に十常侍に目を付けられたら賄賂を握らせるのも手段の一つです」

「賄賂を?」

「北郷様が殺されてしまうよりは良いです。そのあたりの機微は私よりも士燮様の方が詳しいので、士燮様や区連達から離れないようにしてください」

「わかりました。ところで区星は宮中での作法は完璧なんですか?」

「区星や区連は初めて出会った頃から漢の作法を身に着けていました。私はそれを苗族の族長の家系だからか士燮様の影響と思っていましたが、この前の区連の昔話で納得しました。三代(夏・殷・周の古代中国の王朝のこと)の昔より伝わる血筋だから知っていてもおかしくは無かったんです」

「意外にお姫様だったんですね……区星ってなんていうか「近所でも評判のお姉さんの妹が、自分より小さい子にお姉さん風を吹かせている」ような、そんな普通の女の子って思ってたんです」

「この世界の常識を知らない北郷様のことを、目を離したら心配だと思っての事でしょう。実は私も北郷様のことをそう思っていたのですが……」

「やっぱりそう思ってました?自分でも呂強様達に出会わなければその辺で野垂れ死んでいたと思います」

「私も区星も、もちろん区連も北郷様に死んで欲しくはないと思っています。乱れ始めた天下の中で、珍しくすさんでいない……そして、私たちのような者にも普通の人と同じように接してくれる、大切な友人だと思っています」

「そう思っていてくれるなんて、とても嬉しいです。でも、その……宦官とか武将の人ってそんなに怖がられたりしているんですか?」

「私のような宦官は何年経っても年を取らずに100歳を超えて生きることもあります。武将は常人よりも「気」が強いので百人力の強さと若さを持っています。普通の人は私たちの事を気味悪がるか恐れるか、強い畏怖の念を持って私達を見ています。零陵では中原よりもその傾向は弱いのですが、北郷様のように私達の事を普通の人間として扱ってくれるのはとても珍しいことで、嬉しいことなんですよ」

「でも呂強様は良い人すぎて話しかけるのが畏れ多いって思われてるだけのような気もしますが……」

「それはそれでやはり避けられているような気もしますが……とりあえず、宮中の作法をお伝えします。異邦人ということで多少間違えても許されると思いますが、一応完全に覚えるつもりで聞いてください」

「はい。よろしくお願いします」

 一刀は呂強の指導によってこの世界での礼儀作法に通じていった。

 隊商の交易も一段落付いて出発が見えてきた頃、朝食の際に区星がバナナが熟したと1房持ってきた。

「北郷、これは黄色くなったら食べられるんだろう?」

「いい感じに熟してるから食べれるね。皮を剥いて食べるんだけど、こうやって房の方から――」

 バナナを1本もらい皮の剥き方を実演する。白い実は見た目にも綺麗で香りも甘く、味も食感も元の世界の物と遜色ない。

「でも食べるのは朝ごはんを食べてからの方が良いかも。甘いし結構量があるから慣れてないとごはんが入らなくなるな」

「そうやって食べるのか。では呂強様も後でどうぞ」

「ありがとうございます、区星」

「牛乳と混ぜる道具があればバナナジュースが出来てオススメなんだけどな……そうだ、俺の世界の馬はバナナとかの甘い物が好きだったな」

汁酢じゅうす?……まあ、祖父と馬房に行く時に残りの1房を持っていこう」

 朝食後のデザートにバナナを食べた呂強と区星はこれほど甘みの強い食べ物を初めて食べたのだろう。甘味の旋風に衝撃を受けたようで、呂強ですら区星に市でまだ売っていたら買ってきて欲しいと頼む程だった。

 一刀達より早い時間に朝食を終えていた区景と合流し、政庁庁舎区内の馬房へ向かう。区景はバナナを不思議な目で見ていたが一口食べるなり甘みの虜になったようだ。馬に与えることも食べようとするなら良いだろう、と承諾を得られた。

 馬房へ着いてみると一刀達に気付いた馬が顔を出すが、いつもとは少し様子が違う。

「バナナの匂いが分かるのかな……初めて見るんでしょ君達……」

 いつもであれば早くブラシをかけろ、放牧に出せと前かき(前足で地面をひっかき何かを要求する仕草のこと)をして訴えるが、今日は前かきをしながら首を伸ばし唇(鼻?)をパクパクさせて食欲を訴えている。

 バナナを剥いて董衣の口に近づけるとすぐに食いつく。二口で1本を食べ終えるともっと欲しいと前かきをするが他の馬に与える分を考えると余裕はない。

「区景さんの乗り馬達もいるんだから我慢して……屋台に残ってたら買ってきてあげるから」

 この世界に生きる人や動物の甘味への欲求の強さを一刀は実感した。

 前回を投稿した後で評価点を頂いていたことに気づきました。こういうのは本当に励みになるやる気スイッチですね。ありがとうございます。


ちょっとした解説

・チベット経由でインドと交易していたのは茶葉古道のことです。本来の年代と違うかもしれないですがまあそういうことで。長江の南の少数民族は炎帝が祖先であるという伝承が多いようなのでとりあえずこの話では大雑把にモン族が直系、他の少数民族はそこから派生?した蚩尤苗族や九黎族などが各地で暮らしていると考えています。……蚩尤には81人だか72人だかの兄弟が居るんだしまあそんなところから考えました。3の倍数の人数の人数ですが、各地の古代人も好きなようでソロモン72柱だとか煩悩の108だとか56億7千万年だとか三位一体だとか。

・士燮が一刀に語ったところは気にせず色々やってみろということですが、上手く伝わったかどうか……

・月の満ち欠けの話ですが、天狗食日|(月)の伝承を色々混ぜました。また、殺牛祭祀と打春牛を混ぜたような形で日食、月食をする天狗をなだめるという形にしました。苗族以外の民族は大抵鍋を叩いたり叫んだり爆竹を鳴らしたりと大きな音で日食をする天狗を追い払うそうなのですがモン族にはそういう記述が見つからなかったので祭り上げてなだめる方向へ。

 それとかぐや姫に似た話というのは斑竹姑娘という伝承?から。眉唾ものとされていますのでご注意を。水が湧き出る柄杓の元ネタは……知っている人いないだろうなあ

・荒んでいない人格が好意を持たれる、というのは後の劉備さんに何故人が集まったのかという理由の一つです。

・馬のバナナ好きは最近だと有名なネタになっているようですね。動物に親しむのは良いことだと思います。

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