約束
まるで尿意を我慢している時、トイレの中へ駆け込んでいくように家に入る。そして、階段を駆けあがりながら携帯の電源をつけ、ある人に電話をかける。
「はぁー俺はなんてダメな人間なんだろう」
『おおっ、のっけから暗いな! どうした、まだへこんでいるのか』
あれから何事もなく無事に明莉ちゃんを亮介から預かった鍵を使い家へ送り届けた俺は家に着きすぐにベットインしていた。
L〇NE通話をスピーカー音声にし、スマホを放り出す。俺は顔を見られているわけでもないのにうつ伏せになり顔を隠す。
「自分でも驚いていますよ。こんなに振られることがこんなにきついなんて。俺初めてだったんですよ。恋なんて」
『......』
キャプテンイタリアンさんは空気を呼んでくれたのか黙って俺の話を聞いてくれているようだった。
「昔から友達の陰に隠れていて......女の子を好きになるなんて考えもしなかった。でも、天野さんにほかの彼氏ができることがこんなに辛いなんて。こんなにも、俺は天野さんのことが好きだったなんてっ」
あの時、俺は心の底から天野さんを祝福をすることができなかった。むしろ、黒い感情が俺の中に。天野さんは何も悪くないのに。
『......優、人はな、辛いことがあった後には必ずいいことがやってくる。だからな、私が何を言いたいかというとな、えーっと、んー』
俺を慰めようと一生懸命に言葉を探すキャプテンイタリアンさん。その姿が必死過ぎて、温かくて、何だか考えすぎることが少し馬鹿らしく思えることができた。
「てか、キャプテンイタリアンさんって学校で働いているんですよね。なんでこんな時間に家にいるんですか? 暇なんですか?」
『うぉい! お前! 私はな、ちゃんと仕事をこなしてから帰宅をしているんだ。部活も受け持っていないし、決して暇なわけではないからな!』
「そうですか。暇ではないんですね。こうして俺の話を聞いてくれることも」
『そうだ。迷える生徒の相談に乗るのも立派な仕事だ』
「他校の生徒まで面倒見てくれるなんて、優しいなぁーキャプテンイタリアンさんは......本当に」
目頭が熱い。気が付くと俺は仰向けになっており涙を流していた。
泣くなんていつ振りかな。昔は泣き虫でよく泣いていたな。
「じゃあ、俺はどうすればいいんですかね」
「どうすれば」、その言葉の中にはどうすれば忘れられるか、どうすれば前を向けるかなどの意味が含まれていた。しかし、すべてを言葉にしなくても伝わると思った俺はあえて言葉足らずにした。なにより恥ずかしかったし。
今思えば俺はとんでもなく恥ずかしいことをしているな。信頼があるとはいえ、顔も知らないような人に自分の恋沙汰をすべて話してしまうなんて。まあ、向き合ってないから話しやすいという点もあるのだけれど。
『練習だ』
練習? ゲームのことか? 趣味に打ち込んで忘れろという意味かな。
「ゲームですか? いいですね。こうなったらとことんやりましょうか! プロゲーマー目指しちゃいます? なんて」
『違う。彼女を作る練習だ。新しい女を作って早く忘れろ』
「え、ええええええええええええええ!?」
『私が直々に教えてやるから』
キャプテンイタリアンさんが直々に教えてくれる!? それは考えてみると少しいい気が......って、違う!
「どういうことですか!? 彼女を作る練習って! それに直々って」
『だから、私が女役をするから私を女だと意識しろ』
「女って、どういうことですか? キャプテンイタリアンさんはもともと女性じゃないですか」
『いいか? 優、男女に友情なんて存在しないんだよ。男と女の間には必ずどちらかに恋愛意識が存在している。だから、いずれはどちらかが告白をし、付き合うか、振られてしまいその関係は破綻してしまうんだ』
「は、はあ」
ど、どうしたんだ。急に男女の恋愛講座が始まったぞ。いや、友情講座か?
『それでも、もし男と女に友情関係が続くとしたらそれは互いに異性だと認識していないからだ』
「そ、そうなんですか」
『そして、それは私たちにも言えることだ。優、お前は今まで私のことを女だと思っていなかっただろう』
「い、いやそれは、」
『今言っているのはあくまでも恋愛観としてだ。生物学的なことは言っていない。考えてみろ。お互いに顔も名前も知らないんだぞ。優はプレイヤー名が本名だから下の名前は知っているが。そんな奴に恋愛感情が生まれるか? 何より、恋愛相談をしているのが何よりの証拠だろ』
「確かに」
言われてみればそうだ。少しでも好きだと思っている相手に恋愛相談なんてしないよな。それじゃあ、その子に脈なしだといっているのも同義だ。
キャプテンイタリアンさんのことも声と仕事しか知らないわけだし。しかも、名前がキャプテンイタリアンさんだからな......
「なんか、すみません」
『おい、謝るな。わ、私だって別に優のことを男だと思っていなかったからな』
男だと、思っていない......
「今それ言われるときついです......」
『あ、すまん』
天野さんにも男だと思われてなかったのかな。だから、天智先輩のことも......
『暗くなるな、暗くなるな!』
「ふぇ?」
『と、とにかく、今日から私のことをちゃんと異性だと認識して話せ』
キャプテンイタリアンさんのことを異性としてか......今考えるとこの関係って凄いおいしいことだよな。年上の女性と毎日電話してゲームができるなんて。
そう思うと少し緊張してきた。
『それで慣れたと思ったら担任の先生に告白しろ』
「なんでですか!」
『どうせ他に女友達もいないんだろ? だったら担任に告白して困らせなさい』
「それ振られる前提じゃないですか! それに俺にだって女友達くらい一人や二人くらいいますよ!」
少し盛った。椎名だけだった。
『ほぉーいるのかー』
いかにも信じていなさそうな反応して。
「いますよ。しかも、その子イメチェンしてめちゃくちゃ可愛くなったんですからね」
『な、ん、だ、と。じゃ、じゃあ、その子と勝負しようじゃないか!』
「勝負ってなんですか!」
『その子と担任の先生、好きになった方に告白をするんだ!』
「なんで担任の先生なんですか! それにそれ、担任の先生に勝ち目あります?」
『な、なんだとぉ! 担任の先生は神なんだからなぁ! 負けないからなぁ!』
上ずった声で興奮して......本当にこの人も先生なのかな......
「わかりましたよ。別にそれでいいですけど、具体的にどうするんですか?」
『明日!』
「明日?」
急に大声出して......どうしたんだ、この人は......
『明日は祝日で学校休みだろ?』
「そうですけど」
『デート行くぞ、デート』
「は!?」
『〇〇駅に十一時な』
「ちょ、ちょっと! 〇〇駅ですか? って、なんで俺が東京に住んでること知っているんですか!?」
『そ、それは、大体の人間は東京に住んでるだろ。そういうことだ。じゃ、おやすみ!』
言い終わると同時にプッと電話が切られる。何だったんだ、いったい......嵐のように......
「まだ夕方だし......」
結局、その後夜にもう一度電話して一緒にゲームをした。