対面
椎名と漫画を見せてもらうこととついでに今度亮介と三人で遊ぼうと約束した俺は用事があるといい、図書室を後にした。
用事というのはもちろん、亮介の妹を迎えに行くことだ。決して天野さんに会いに行くわけではない。
しかし、亮介の家に遊びに行った際に明莉ちゃんとは数度会ったことがあるとはいえ、ただの友達である俺なんかが他人の家族の娘の迎えに行っていいのだろうか。亮介は妹が俺のことを気に入っているからいいと言ってはいたが。
明莉ちゃんが通っている保育園は俺と亮介の通学路の途中にある。というか、俺と亮介は家がほぼ隣だし、俺もその保育園に通っていたので場所に迷うことはなかった。
保育園につき正門の前に立つ。
確かここで待っていれば保母さんが預けている子を連れてきてくれる仕組みだった。周りにもそれらしきお母さま方がたくさんいるし、間違っていないだろう。あとはその時に保母さんに説明をして明莉ちゃんを連れてきてもらえれば、
その時だった。お母さま方の輪の中に一際目立っている容姿に目が行く。
栗色の髪に色白で艶やかな細長い脚。上品そうに笑っている笑顔と着ている制服が何よりの証拠であった。
天野さんだ......本当にいるなんて。
そう思った時にはすでに遅かった。
俺に気が付き、駆け寄ってくる天野さん。俺はそれを死刑宣告を待つ死刑囚のように待っていることしかできなかった。
「優君、どうしたのこんなところで。あ! もしかして、優君にも弟か妹さんがいるの?」
いつものように人懐っこい笑顔で俺に話しかけてくる天野さん。だが、その笑顔は俺には霞がかかっているように見えた。
「い、いや友達の妹を迎えに......」
「そうなんだ。実は私にも妹がいてさ、こうやって毎日迎えに来ているんだよね」
やめろ。やめてくれ。もう俺にそんな笑顔を見せないでくれ。いっそ、この天野さんが偽物であってくれ。
そうだ。天野さんはテニス部に所属しているはず。こんなところで油を売っているわけは。
「あ、天野さんはテニス部のエースなんじゃ......?」
「ああ、こないだの大会の話? 私、中学までテニスをやっててね。そんで結構成績を残しちゃったわけだから、大会だけでもいいから出てくれないかって、勧誘されちゃってね」
そんな......
「今まで部活でいっぱいいっぱいだったから、高校ではのびのび過ごしたいなって思ってね。って、優君聞いてる? またボーっとしたような顔して。まったく、優君は」
あははと笑みを浮かべる天野さん。だけど、それ以上の笑みをほかの人にも見せていると考えると胸が熱く苦しくなってきた。
聞きたくない聞きたくない。興味も持ちたくないし、知りたくもない。それでも俺は恐る恐る口を開いてしまう。
「天智先輩とはいつから?」
すると、天野さんは恥ずかしそうに答える。
「一週間前から......遊園地でデートした時に告白されて......って! こんなこと話すの優君だけだからね!」
その言葉で真っ黒なコーヒーに真っ白なミルクを垂らしたように心が複雑になる。
「優君だけ」という特別感と新たに知る彼女の真実。俺の気持ちはどこへしまい、これから先この類の話が出た時、どんな対応をすればいいのだろうか。
「そうなんだ......よかったね」
俺はできる限りのめいいっぱいの笑顔を見せた。それが偽物の笑顔だったとしても。
「うん!」