再起の兆し
天野さんに間接的に振られ、イメチェンした椎名に馬乗りにされ鬼寺先生に胸ぐらをつかまれるという珍事件が多発した次の日、俺は一人誰もいない教室にポツンと佇んでいた。
あれから天野さんとは特にまだ話をしていない。というか話すチャンスがあっても避けてしまう自分がいた。
理由はもちろん天野さんに彼氏ができたからだ。これ以上天野さんの口からその話を聞くことは拷問に等しいことであった。
それに天野さんにはたくさんの友達がいる。俺と話さなくなったって彼女の人生には何も影響はなく、何事もなかったかのようにこのクラスの時間は流れていくだろう。
クラスの話というと一つだけ変わったことがある。それは椎名の存在であった。
「おいっす! 優、昨日は大変だったな」
中学時代からの友達である。亮介が俺に肩を叩き挨拶をしてくる。
「ああ、おはよう」
「なんだよ。暗い顔しやがって。もしかして、まだ昨日の鬼寺の鬼の形相にビビってるのか? 早く忘れて元気になれよ」
俺の背中をたたき、ガハハハッと笑う亮介。
まったく、人の気持ちを考えないでアホみたいな面見せやがって。
「ちげーよ。そんなことじゃない」
「じゃあ、なんだ? もしかして天野さんに告白して振られでもしたのか?」
その言葉を聞いた途端、心臓が苦しくなり、全身から冷や汗が流れてくるのを感じた。
「......それもちげーよ。だいたいなんで俺が天野さんを?」
「だって、お前。天野さんのこと好きだったじゃん」
「それは......前はな。今は好きでも何でもない」
嘘でも何でもない。俺は告白もしてないし、もう天野さんのことは忘れるんだ。
「そうなのか」
「ああ、そうだ。若気の至りってやつだ」
「それはちょっとよくわかんねぇな」
「は? 課題みせてやんねぇぞ?」
俺が脅すと亮介は態度を一変して手を合わせてきた。
「嘘です! 嘘です! ちょーわかります!」
亮介はうちの学校の中で厳しいと有名なバレーボール部に所属し、さらにプラスで馬鹿だ。だから、課題が多い日は早めに学校に来て中学からの友達である俺がよく始業前に課題を見せてやっているのだ。
中学の時に一緒に部活をしていた仲だからな。高校でバレーを辞めてしまった俺でもこれくらいは助けてやれると思い、していることであった。
「じゃあ、早く座れ。青井様による特別講座を行ってやるから」
「ありがとうございます! 青井様!」
おいおい。プライドの欠片もないな。
それから二十分程経ちあと少しで終わるというところであった。集中が切れたのか亮介が思い出したかのように口を開ける。
「そういえば、優ってさ。椎名と仲良かったよね」
突然そんなことを聞く亮介。いったいどうしたっていうんだろうか。
「そうだけど。それがどうかしたのか?」
「いやぁさぁー椎名めっちゃ可愛くなったじゃん。だから、お近づきたいなと思いまして」
「おい、ちょっと待て。椎名だぞ? 正気か?」
こんなことを言うのは何だが、椎名は女の子としては少し......言ってしまえば、ださい見た目であった。だから、しゃべりやすいという部分もあったのだけれど。
その椎名とお近づきになりたいなんて......でも、今が可愛いならいいのか? ん? いいのだろうか?
「なあ、頼むよ。 手伝ってくれたら俺も優と天野さんのことを応援するからさ」
その言葉にまた俺は動揺してしまう。どうやら俺の気持ちは相当、本気だったらしい。名前を聞いただけでこんなになってしまうなんて。
「友達を紹介するほど椎名と仲良くねえよ。だいだい応援するって何ができるんだ」
「実はさ。俺んち、両親の仕事が遅くってさ。保育園に通っている妹のお迎えを俺がしてるんだ」
「そ、そうなのか」
初耳だ。
「それでさ。どうやら、その保育園に天野さんの妹も通っているみたいでお迎えをしているみたいんだ」
「それ本当なのか?」
「ああ! 見たんだよ! たまたま部活が休みの日、いつもより早く迎えに行ったらそこに天野さんの姿が! あんなきれいな見た目、見違えるわけないだろ!」
それを聞き、俺は悩み考える。その話が本当なら俺は毎日放課後に天野さんと校外で会うことができる......いやいや、俺はもう天野さんのことを忘れるんだ。今更淡い期待を抱いたって......
「頼むよー高校に入ってから部活が厳しくなったせいで帰りの時間が遅くなったもんで、うちの妹も寂しがっているし。なぁ、頼むよ。お願い!」
亮介は机に頭をつけ、合わせた手を目の前まで突きつけ、もう少しで鼻先に触れる寸前であった。
それ真剣に頼んでいる姿と少し違くね。まぁ、気持ちは伝わったが。
「いいだろう。その話は聞いてやる」
「本当か? ありがとうな! 優!」
別に送り迎えをするからって天野さんと話をするわけじゃないからな。亮介の妹がかわいそうだと思って受けただけであって別に......