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サンマ漁船と金髪ツインテール

作者: 村崎羯諦

 私、サンマ漁船。千葉にある銚子本丸水産って会社でOLをやってます。会社のみんなからはサッちゃんって呼ばれてて、チャームポイントは自慢の金髪ツインテールかな。お仕事は基本会社の経理とかの事務関係。就職したときは海に出てガンガンお魚を取りたいって思ってたけど、裏方の事務のお仕事もやってみると案外自分に合ってて楽しいの。仕事はたいへんだし、まだまだ新人でミスも多いけど、会社のみんなは優しいし、毎日充実した生活を送ってるよ。


「おはよう、さっちゃん。今日もツインテールがバッチリ決まってるわね!」


 突然船尾を叩かれて振り返ると、そこには私の上司である、イワシ漁船先輩が立っていた。先輩は私の憧れの先輩。美人で、優しいし、お仕事もすごいできるし、それにすごくおしゃれなの。ボディは最近流行りの軽量アルミニウムだし、どんなに忙しい時も塗装はばっちり決まってる。昔は営業課ですごく優秀な成績を収めていたらしいけど、産休をきっかけに今の課に配属されたんだって。旦那さんもイケメンでお子さんもすごく可愛いの。一度、お子さんが沖合で元気に走ってる動画を見せてくれたんだけど、もう目元の部分とか、先輩にそっくりなんだ。


「ありがとうございます、先輩! イワシ漁船先輩に褒めていただけると……私、もっともっと頑張っちゃいます!」

「あらあら。じゃあ、今よりももっともっとお仕事を振っちゃおっかな?」

「はぇぇぇぇえ!!?」

「冗談よ、冗談。あ、でも、今手が空いてるなら営業課に行ってきて、カツオ漁船係長から申請書類を受け取りに行ってきてくれない?」


 もちろんですよ、と私が応えると、先輩がやさしくほほえむ。先輩と別れて、私は早速別のフロアにある営業課に向かった。部屋の扉を開け、中に入る。私はカツオ漁船係長の席に向かいながら、きょろきょろとあたりを見渡し、カツオ漁船係長とは別の漁船をそれとなく探す。すると、そばを通りかかった私の同期、イカ漁船のイッちゃんに声をかけられた。


「さっちゃん、おはよう。お目当てのマグロ漁船先輩は海に出ちゃってるよー」

「ちょっと! イッちゃん声が大きすぎだって!!」


 イッちゃんはごめんごめんと謝りながら、そのまま自席へと帰っていく。私はマグロ漁船先輩がいないことにがっかりしながら、言伝通りカツオ漁船係長からお使いを頼まれた書類を受け取る。それから事務課に戻り、イチカ先輩に書類を手渡す。


「ありがと、サッちゃん。そういえばマグロ漁船くんはいた?」

「それが、海に出ちゃってたんですよ」

「あらあら。やっぱり、将来を期待されているエリートは忙しいのね」


 マグロ漁船先輩は私の三つ上の先輩で、将来を嘱望されている、最高に仕事のできる漁船。今までの一人あたりの月別売上の新記録を更新し、社長を含む重役からも一目置かれている存在。海に出ればいつだって大漁。最新の魚群探知機にも精通しているし、海上で出会った外国漁船とも流暢にコミュニケーションがとれる国際派。気骨もあって、情熱もあって、容姿端麗。女性漁船だけではなく、男性漁船からの人気も強い。うまく言葉にできないくらいに超絶完璧な漁船なのだ。


「ぼさっとしてると、他の子に取られちゃうわよ」

「わかってるんですけど……なかなか接点ができなくて……」

「私もね、うちの旦那の二番目にかっこいい漁船だと思うわ。部下を道具として扱わないあの蟹工船リーダーにも臆せず物言いできていたのなんて彼くらいだもの」


 私達の代にまで言い継がれているマグロ漁船の武勇伝に、私はうんうんと頷く。でも、そういう伝説を聞くたびに、自分には遠い存在のように思えてしまうのも事実だった。私は右のツインテールをくるくると指でいじる。そんな私の心境を察してくれたのか、イワシ漁船先輩は私の船首をデコピンする。


「サッちゃんがマグロ漁船を想う気持ちは他の子と同じように単なるあこがれだけじゃないんでしょ?」

「……はい」


 先輩の言う通り、私は単なる憧れから好きになったわけではない。研修期間中、OJTのトレーナとして教育の一部を担当してくれたのが、まさにマグロ漁船先輩だった。彼の仕事に対する態度を知り、趣味が同じ音楽ライブであることを知り、そして、さりげない気遣いができることを知り、気がつけば仕事の先輩である以上の感情を私は抱いていた。


「サッちゃん。私の今の旦那もね。大学時代に私からアプローチをかけてゲットしたの。その頃には私よりももっと女の子らしい漁船がたくさんいたし、彼自身すごくモテモテだったけど、結局私の情熱が勝ったの。だからね、サッちゃん。お仕事も恋愛も、自分なんかって思ったらそれでおしまいよ。転んでも、恥をかいても、欲しいものは自分から取りに行かなくちゃ!」

「先輩……! わかりました……私、がんばります!」


 イワシ漁船先輩がおちゃめにウィンクをする。それからちょっとこっちに来てと手招きし、私の耳元でそっと呟く。


「営業課にいる私の同期に聞いたんだけどね。今日はマグロ漁船くん、18時頃に会社に戻ってきて、そのまま帰宅する予定らしいわ」


 先輩の目配せに、その言葉の裏の意味を悟る。私は小さく船首を縦に振る。決意が固まった今だからこそ、この勢いに乗ってやるしかない。色々言い訳を付けて、結局やらずに終わってしまうのだけは嫌だから。


 私はいつもどおりの仕事に戻る。正直、時間が気になって仕方がなかったが、それでも不思議といつも以上に仕事に熱が入った。恋愛だけじゃない、仕事だって私は全力で打ち込むんだ。私は仕事に没頭した。そして、仕事が一段落して、ふと会社の時計を見たとき、運命の時間が近づいていることに気がつく。


「先輩、お先に失礼します!」


 帰り支度を手早く済ませる。イワシ漁船先輩が微笑みながら私に手をふる。頑張ってね。聞こえはしなかったが、先輩の口がそのように動いた気がした。ビルの一階に先回りする。私は受付にあるソファに腰掛け、熱を帯びたエンジンを落ち着かせる。怖くないと言ったら嘘になる。けれど、それ以上に自分の気持を押さえつけて、自分らしくなくなってしまうのが許せない。大丈夫。私は自分にそう言い聞かせる。自慢の金髪ツインテールを手で触りながら、深呼吸をする。エレベーターが一階に降り立つ音がした。私は顔を上げる。エレベーターの扉が開き、中からマグロ漁船先輩だけが一隻で現れた。


「マグロ漁船先輩!」


 ソファから立ち上がり、先輩の名前を叫んだ。マグロ漁船先輩が私に気が付き、いつものような素敵な笑顔を浮かべる。私はその笑顔に少しだけ気後れしながらも、もう引き返すという選択肢はないと自分を鼓舞する。そして、マグロ漁船先輩のもとに駆け寄り、自分の気持をぶちまけた。


「先輩。ずっと前から、先輩のことが好きでした。私と付き合ってください!」


 マグロ漁船先輩の表情が驚きの表情に変わる。からかってるわけじゃないです。今この場で先輩の答えを聞かせてください。私はじっとマグロ漁船先輩の目を見て伝える。そして、マグロ漁船先輩は困惑げな表情を浮かべながら、ごめんねとだけつぶやいた。


 もちろんそれは想定していた答えだった。それでも、ここで諦められるほど、私の気持ちはやわものじゃない。私のどこが駄目なんですか、と問いただす。マグロ漁船先輩は君はとても可愛らしいし、性格もいい女性漁船だと思うよと答える。でもさ、と続けて何かを言おうとして、マグロ漁船先輩が口ごもる。でも、ってなんですか? 私がすかさず尋ねる。マグロ漁船先輩は少しだけ申し訳無さそうに、そして、私から目をそらしながら、こう言った。


「好みとかそういうの以前にさ、この歳で金髪ツインテールにしている女性はちょっと……無理かな」

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