善良な悪役令嬢と非常識な執事
「おーほっほっほ!跪きなさい、愚民ども!世界一美しくて、慈悲深くて、聡明で、ナイスバディで、綺麗で、才色兼備を絵に描いたようなエーベル・レイリア様のお通りよ!」
「本日も素晴らしい悪役令嬢ぶりでございます、お嬢様。しかし、語彙不足が残念ですね。聡明までは頑張りましたが、それ以後は似たようなことをつらつら言っているだけで、むしろ無能さを暴露されていますよ。みっともないのでおやめくださいませ」
馬車内で大声を張り上げる主人に、同席している執事は抑揚なく述べる。
「今日も手厳しいわね、セバスチャン。では、なんと言えば良いの?毎日この道は混雑しているから、こうでも言って避けてもらわないと歩行者に怪我をさせてしまうのよ」
「存じておりますが、お嬢様。断じてあなたの稚拙な言葉にいつも人々が突き動かされているわけではないのですよ」
「えっ!?」
レイリアはショックを受けたようで固まる。執事はため息をついた。
「で、では、どのように私たちは毎日この道を通っているというの!?現にたくさんの人の声が聞こえるわ」
「簡単なことではないですか、民衆は権力にひれ伏すのです」
「権力!?笑わせないで頂戴。我が家は貴族の末端の末端よ!少しお金持ちの一般市民並みの扱いしかされたことないわ!」
「そのように力強くおっしゃられるとむしろ清々しいですね…確かに、エーベル家の家紋を見せつけたところで誰一人動きはしませんが」
レイリアはうんうんと頷いてみせる。自分の考えが肯定されたからか少し嬉しそうなのが、なんとも残念である。
「とにかくご安心ください、本日も滞りなく学園へ参ります。お嬢様は何もせずにお待ちいただければよいのです」
執事とは長い付き合いのレイリアは、もう彼が何も話す気がないことを悟ると大人しく黙った。
しかし、諦めたわけではなかった。
後日、レイリアは仲のいいメイドに件の道を見張るよう頼んだのだった。
「おっ、おおおお嬢様!大変です!」
「ど、どうしたというの?」
「頼まれていた件ですが………」
「………なんですって!!?王家の家紋が描かれた布を馬車に張っていたですって!?」
あまりの衝撃にレイリアは倒れこむ。
「お、お嬢様、お気を確かに」
「…セバスチャン……流石ね…」
想像を超えた執事の行動に、レイリアは一周回って感嘆し、責める気も失せたのだった。