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手紙

 コンコン、コンコン

 何度もドアをノックする音でランプレヒトは目を覚ました。昨夜は遅くまで眠れずに、やっと寝たと思ったらいつもより早い時間に従者が起こしに来てしまった。まだ眠いが外はすっかり明るくなっていた。


「ランプレヒト様、起きて下さい。お願いします、ドアを開けて下さいませんか」

「……クルト、俺は今日休みのはずだが……何か用か?」

「承知しています。お休みの所申し訳無いのですが急ぎお伝えしなくてはならない事が御座います。廊下で話す事では無いので、鍵を開けて下さい」


 ランプレヒトは眠い目を擦って渋々ベッドから抜け出した。ドアの鍵を開けると従者が素早くドアを開け部屋に入って来た。ランプレヒトの姿を見て目を瞬く。


「ランプレヒト様、昨夜は着替えもせずにお休みになられたのですか? 着替える途中で寝てしまうほどお疲れだったのですね。そんな時に、すみません」

「それは良いから、急ぎの用とは何だ?」


 ランプレヒトは昨夜あの格好のままディートハルトの隣で寝てしまっていた。何度起こしてもグッスリ寝ていて起きる様子も無いので、諦めて布団に入りディートハルトに背を向けて寝たのだが、彼女が暖を求めてくっついて来るので、背中を意識し過ぎて眠れない夜を過ごしたのだった。


「はい、以前王都のベルンハルト様宛に手紙をお出しになりましたよね? その返事が今朝早く来まして……」

「そうか、見せてみろ」

「いえ、手紙ではなく、早馬で従者が到着したのです。彼が言うには、昨夜お隣のリューゲンストックに到着し、今朝早くこのディーデシュタットに向けて出発なさったと……」

「は? 誰が?」

「あの……ベルンハルト殿下です。あの手紙を読んで直ぐに城を飛び出して来たようでして、昨夜も直接こちらに向おうとするのを、一緒に来た者達で必死に止めて、なんとかお隣の領との境にある宿に留まらせたらしいです。まずは殿下の訪問をこちら側に知らせなくてはと、従者が夜も空け切らぬ時間に先触れをしにやって来ました。おそらく、殿下はあと二、三時間で到着なさると思われます。旦那様はお迎えする準備を整えておいでです。ランプレヒト様も早く準備を済ませましょう。着替えを用意しますので、シャワーを済ませて来て下さい」


 従者にバスルームへ押し込まれ、何か大事な事を忘れているのではと考えを巡らす。


「あ! ヤバっ」


 バスルームを飛び出し、ベッドを見る。すると従者がベッドを軽く整えていた。そこにはディートハルトの姿は無く、彼女が居た形跡も残っていないようだった。着替えたドレスは持ち帰ったのか、昨夜掛けてあった椅子には何も無く、彼女が文字の練習をした紙すら無くなっていた。


「どうされました? 時間が無いので急いで下さい」

「ああ、そうだな」


 ランプレヒトは頭から冷たい水を浴びて眠気を払った。


「マジでベルンハルトがここに来るのか? 俺より忙しい奴が仕事を放り出してまで来るなんて、いったい何を考えているんだ? 王都から馬を飛ばして来たとしても、五日は掛かる距離だぞ? そんなにディーに会いたかったって言うのかよ」


 ランプレヒトは気休めのつもりでディートハルトに手紙を書かせたのだ。忙しいベルンハルト王子に個人的な手紙を書いたところで、返事どころか読んでももらえないと思っていた。ディートハルトにもそう説明して、返事は期待するなと言ってある。それがまさか本人が飛んで来るなんて考えもしなかった。

 ディートハルトの書いた手紙の内容は知らない。自分からは彼女に聞いた話と、昔助けたお礼にとヤギを4頭贈られた事を書いて同封したが、あえてベルンハルトの気を引きそうな彼女の容貌などについては触れなかった。

 朝食の席ではランプレヒトの父でありこの領地の主であるダークマイアー辺境伯が突然の王子の訪問に困惑していた。五年前に体の弱かった彼を一年ほど預かったとは言え、健康になって王都に戻ってからは一度もここへ来た事が無い。それが、聞けば息子の出した手紙を読んで飛んできたと言うのだから、その理由を是非聞かなくてはならない。


「ランプレヒト、お前、殿下に手紙を出したそうだが、何を書いた? 旅の準備もせず飛び出して来るなど、普通では考えられない。余程の事を書いたのだろう? 学生時代お前の恋人だった公爵令嬢の事か? 殿下との婚約が内定して別れさせる事になってしまったが、それはお互い納得して別れたのだろう?」


 父親の見当違いの憶測に笑いそうになるが、当時は確かにそれで傷ついたのだ。付き合っていた相手に王族から結婚を申し込まれたと嬉しそうに報告をされ、納得するも何もなく、ただ振られたと言うだけの話だ。しかもその相手は自分の従兄弟で、何かにつけて顔を合わす機会があるのが酷く苦痛だった。それで王都を離れて家に帰って来たのだ。

 しかしそんな事もディートハルトに出会ってからはすっかり忘れていた。


「そんなつまらない事、とっくに忘れてたよ。父さんは知ってるか分からないけど、あいつがここで療養してた時に、ひな鳥を庭で保護したんだ。衰弱して死に掛けたところを助けて山に返したらしい」

「ああ、知ってる。世話をするうちに殿下の体が丈夫になったと聞いたが、それが?」

「先月、庭に子ヤギが侵入したと騒ぎがあったのを覚えてるか?」


 手紙の内容を聞きたいのに、良く分からない話を続ける息子に当惑する。今は世間話をしている場合ではないのだ。


「あの子ヤギを運んで来たのは、その時のひな鳥だったんだ。成長して、大人になった姿で当時のお礼をしに来た。俺の部屋で世話されてた事を覚えていて、あいつに会いにきたんだ。直接御礼が言いたいって言うから、文字と言葉を教えて手紙を書かせた」

「ちょっと待て、言っている意味がわからない。鳥だろ? 百歩譲ってお礼に何か持って来たのは、まぁ、あるかもしれない。だが、言葉を話すのは無理だろ。足でペンを持って文字を書いたとでもいうのか?」


 もうこうなってしまっては、彼女の事を内緒にしておく事も出来ないだろうと諦めて、溜息を吐き、告白する。


「そのひな鳥の正体は聖獣ディーデなんだよ。とても美しい女の子で、背中に黒い翼が生えてる。護衛兵から昨夜の事はもう聞いただろうけど、俺の部屋に居たのはその聖獣だ」

「な……お前が部屋に女を連れ込んでいると聞いた時は、失恋から立ち直ってくれたのだと思って大目に見ようと思っていたが、お前まさか聖獣様と不埒な事をしているのか? 滅多に姿を現さない幻の聖獣だぞ。なんて罰当たりな……」


 卒倒しそうな父親に、慌てて弁解する。どうやら昨夜の事を、割とこと細かく報告されているらしい。


「それ違うから。不法侵入を目撃したって騒ぐから、俺が隠れて恋人を屋敷に入れた事にしたんだよ。全部演技だって。聖獣が部屋にいるだなんて、どう説明したら良かったんだよ?」

「しかし、裸でベッドに居たと聞いたが?」

「いや、実際は肩を出しただけで、隠れたところはちゃんと着てた。あいつの名誉の為にも、そこは誤解しないで欲しい」


 実際裸ではなく、皮の胸当ては着ていたのだから嘘ではない。


「あいつとは、聖獣様の事を言っているのか? そんなに親しく付き合っているのなら、私に報告すべきだったな。そうしたら馬鹿正直に手紙を送るだなんて事はさせなかったものを。お前はこの地から聖獣様が居なくなっても良いと思っているのか? 殿下はあのひな鳥をいたく気に入っていた。フリッツが山に返してしまった後は暫く荒れて大変だったんだ。また見付かったと分かれば、連れて帰ると言い出しかねないぞ」

「それは……そんな事させるかよ。あいつだって、山を離れられないと思うし、大丈夫だろ」


 ディートハルトは命の恩人に会いたがり、ベルンハルトもひな鳥に執着していた。この両者を合わせる事は極力避けたいとランプレヒトは強く思った。

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