深夜の密会
ディートハルトは連日夜になるとランプレヒトの元へと通い、文字と言葉を教わる毎日が続いた。
「ランプレヒト、こんどわたしのいえに、あそびにきてくだたい」
「あー、惜しい、来て下さい、だよ。でもお前覚えるの早いな。発音が出来ないだけで、意味は大体理解出来てるもんな」
ソファに向かい合って座り、二人でお茶を飲みながらの勉強会は忙しいランプレヒトの癒しの時間となっていた。嫁いだ姉の残して行った若い頃のドレスから、背中の開いたデザインの物を衣裳部屋から持ち出してディートハルトに着せてやり、満足げに眺めている。
「ちがう、ほんとうに、あそびにきてほしい。わたしのともだち、あわせたい」
「お前の友達って、物知り梟の事か? いや、会ってみたいとは言ったけどよ、あの山は人には登れないんだよ。あんな崖登れるわけないだろ」
ディートハルトは頬を膨らませて不満そうに呟いた。
『だっておじいが心配するんだもの。私があなたに入れ込み過ぎだって注意されちゃって、もう少し距離を置くように言われたのよ。どんな人か会ってみれば、心配無いってわかってくれると思ったのに……』
「あ? 何だって? 人の言葉で話せって言ってるだろ。それに何だよ、その顔は? さては何か俺に文句言ってたな?」
ランプレヒトが長い足を組み替えてカップに手を延ばしたその時、廊下から衛兵の声が聞こえた。
「何? 侵入者だと? どこで目撃されたんだ?」
「ランプレヒト様のバルコニーです。庭園内を見回りしていた時にちょうど窓から侵入するところを目撃しました」
「恐らく既にお休みだと思うが、見間違いではないのか?」
「いえ、小さな人影で、子供か女性の様にも見えましたが、窓が開いた時に灯りが着いたのでハッキリ見たんです。間違いなく誰かが居ました」
「……部屋は静かなようだが、万が一の事もあるしな。確認だけでもしておくか」
その声を聞いてディートハルトは急いで外に出ようとするが、窓から外を見ると数名の兵士が庭園からこちらを見ていた。慌てて壁の影に隠れて如何すべきかを考える。
『どうしよう、誰かに見られていたなんて気付かなかったわ』
こんな状態なのにランプレヒトは慌てた様子も無くお茶を飲んでいた。そしてゆっくり立ち上がるとディートハルトの腕を掴み、ベッドへ連れて行く。
「なに? どうするの? このなか、かくれる?」
「上だけ脱いで布団を被っていくれ、俺が上手く誤魔化すから、ベッドから出るなよ?」
ディートハルトは言われた通り、靴を脱いでベッドに乗り、ドレスの上のみを脱いで布団の中に隠れた。ランプレヒトは髪をぐしゃぐしゃにしてブラウスのボタンを全て外し、ズボンのボタンも上の二つを外して乱暴に靴を脱ぎ、気だるげにドアを開いた。
「何だ? 煩いな。何かあったのか?」
「あ! ランプレヒト様、侵入者があったとこの者が言うので室内を改めさせて頂きたく……」
ランプレヒトの様子から、不味い所に来てしまったと察した衛兵は室内を見て確信した。テーブルにはカップが二組置いてあり、ベッドでは布団を被って隠れている女性の黒髪がはみ出ていた。
衛兵はゴクリと唾を飲み込んで、それでも不法侵入した者を改めなければならない自分の立場を呪った。
「申し訳ありませんが、確認だけさせて頂きます。入室を許可して下さい」
「好きにしろ」
室内に衛兵を招きいれたランプレヒトはゆったりとベッドに近づき、腰を下ろす。衛兵の一人は窓が施錠されているか確認し、室内を見回した。椅子にはディートハルトの着て来た黒いドレスが掛けられている。
「あの……」
先ほどの侵入者を見たと報告に来た若い衛兵がおずおずとランプレヒトに声を掛ける。
「そこに誰かいらっしゃるのですか?」
聞かなくても分かりきった事を聞く若い衛兵に見せ付けるように、枕に肘をついて布団を捲り、ディートハルトの肩までを見せその肩にキスを落とす。若い衛兵は裸で眠る女性の姿を目撃し、顔を真っ赤にして回れ右した。
「あ! いえ、失礼しました!」
「申し訳無いのですがその女性はいつ屋敷に来られたのですか? 訪問客の予定は入っていませんでしたが」
ランプレヒトは不敵な笑いを見せ、衛兵達に答えた。
「こっそり恋人を屋敷に招き入れるのは、これが始めてじゃないぞ? 彼女は勇敢にも塀を乗り越えて俺に会いに来てくれるんだ。今回は見逃してくれないか? 彼女との時間が無くなってしまうから、そろそろ出て行って欲しいんだが」
若い衛兵は顔を赤くしたままドアの前で敬礼して出て行った。
「ランプレヒト様、この事は旦那様に報告させて頂きますよ。これは我々の落ち度です。女性の侵入に気付かないなど、あってはならない事ですので。今後はきちんと手順を踏んでその方を招待なさって下さい。では、失礼します」
パタンとドアが閉められてランプレヒトは鍵を掛ける。ベッドに行くと、ディートハルトはスヤスヤと寝息を立てて気持ち良さそうに眠っていた。先ほど布団を捲った時、悲鳴をあげるだろうと予想していたのに彼女は既に眠っていたのだ。予定では怯える彼女を宥めながらイチャつく所を衛兵達に見せ付けて、退室させようと思っていたのだが、この状況で眠れる彼女を見て思わず噴出しそうになっていた。
「ディー、起きろ。もう大丈夫だぞ。おい、本気で寝てしまったのか? 夜が空ける前にここを出ないと、帰れなくなるぞ。まぁ俺は構わないが、お前が困るだろ。起きろって」
ディートハルトは生まれて初めてスプリングの効いたベッドでフカフカの布団に包まれて、あまりの気持ち良さに深い眠りについてしまっていた。