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物知り梟

『もう! もう! ビックリした! 急に翼に触るだなんて、いやらしい男ね! 少年の頃はあんなに清らかだったのに』


 ディートハルトは棲みかである聖なる山に帰る途中、姿も性格も話し方までもすっかり様変わりしてしまった命の恩人の少年時代を思い出していた。

 本当は人の言葉でお礼を伝えたかった。しかし人の言葉は発音が難しく、全ては覚え切れなかったのだ。言葉が通じなくては気持ちも伝わらない。もどかしくて思わず自分の言葉で幕しててしまった事を後悔した。


『彼は私の事を忘れてしまったの? 何年も前の事だし、私も姿が変わってしまったから気付かなかったのかしら? でも名前を言っても覚えていないみたいだったわ。少年の頃の思い出なんて、そんな物なのかしら……やっと大人の体になれたから会いに行ったのに』


 山頂付近の洞窟が彼女の家だ。そこでとても原始的な生活を送っている。獣なので火は使わないし暗くても目は良く見える。寒い時は翼に包まれば平気だった。そして体を洗う時は川や湖に行く。鷹が見張りをしてくれて、人が近づけば知らせてくれるのだ。場合によっては追い払ってもくれて護衛のような役割を果たしている。食べる物にも不自由しない。野生のヤギがたくさん生息する岩山が近くにあり、そこが彼女の狩場となっているのだ。

 彼女は数ヶ月前にやっと人型になり、森の物知り梟から人の言葉を教わり始めたばかりだった。


『ただいま。もう、大失敗しちゃったわ。この姿で初めて人前に出たのは良いけど、やっぱり言葉が通じないと駄目ね。もっとちゃんと勉強するから、厳しく指導してくれない? 今度こそ感謝の気持ちを伝えるわ』

『そんなの分かっていた事じゃないか。だからワシが何度も言ったのに、焦って言葉を覚える前に会いに行ってしまうから悪い』


 恨めしそうに梟を見て、今日の出来事を全て話した。


『フォッフォッフォ、それはその青年も災難だったな。突然窓から知らない女が入って来ては、さぞ驚いた事だろう。しかもヤギを部屋に入れたとは、お前に人の暮らしについても教えなければならないな。人と関わらず、この山の中で生活するなら必要ないかと思ったが、お前は関わりを持ちたいのだろう? ならば、勉強は嫌いだなどと言っては居られんぞ』

『わかってる。今日から頑張って覚えるから教えて下さい。でもとりあえず、お礼の言葉だけ先に練習させてくれる?』


 とにかく早く今日の失敗を挽回したいディートハルトは梟に人型に変身してもらい、言葉を教えてもらった。この梟はいったいどれだけ長生きしているのか、自分でも分からないと言うほどの長寿で、ディートハルトの母の祖母が生まれるずっと前からこの山に住んでいる。聖獣の寿命を遥かに超えて生きているのだから、もう魔物と言っても過言ではない。彼の白から水色にグラデーションのかかった羽はとても美しいく、この森の主としての存在感は充分過ぎるものだった。


『ねぇ、おじいはその姿で山を下りているんでしょ? 本当は何歳なのか知らないけど、若すぎない? 見た感じ私と変わらないじゃない。本当は凄いおじいさんのくせに』


 数百年を生きる梟の人型は、羽と同じ色の髪に金色の目を持つ知的で神秘的な二十代前半の青年の姿だった。作り物のように整った顔は女性を引き付ける為の物で、お喋り好きな女性達は彼に気に入られようと何でも話してくれるのだ。物知り梟の情報源はその時代その時代の女性達から集めた物なので政治には疎いが、噂話や流行などには強い。


『じいさんの姿では若い女子と話しができないではないか。今を知りたければ若者と交流せねばならんのだ。おい、ずっと気になっていたが、お前は服も着ないで行ったのだな。ワシが町で手に入れた流行の服はどうした?』

『……あれは、翼が出せないもの。背中が開いたのじゃないと、着られないのよ。おじいの幻術と違って私には実体があるんだから、ちゃんと選んでくれなくちゃ意味がないわ』

『ふむ、とりあえず、翼の出る部分に切れ込みを入れて着なさい。そんな裸同然の格好では恩人の青年も目のやり場に困っただろう。お前はまだ人型に慣れていないのだから、気をつけなさい。人間に発情期は無いが、いつでも発情できる生き物のなのだ。お前達の種族は人が好む美しい容貌をしているのだと教えたな? それは子を儲けるために人の男達を引き寄せて、その中から優秀な種を貰うためだ。しかしお前はまだ子供だ、今子供が出来ても困るだろう』


 ぶんぶんと首を縦に振り、梟に貰った服を加工し始めた。ナイフやハサミなどは勿論ここには無い。鋭い爪で背中に二本切れ目を入れて、修道女の様にカッチリした詰襟の黒いドレスを着てみる。翼を出してみると問題無く動かす事も出来た。しかし慣れるまでは、体に纏わりつく布が煩わしくて仕方ないだろう。


『これが流行なの? もっとゆったりしたデザインが良かったな。何だか胸もキツイし、首も苦しいわ』

『お前が翼を全て収納できるようになったら一緒に買いに行こう、それまではそれで我慢だ。大体、今一番流行のデザインだぞ? 色は羽に合わせて黒を選んだが、肌を極力隠すのが淑女としての礼儀らしいからな。それで行くと、今日のお前は全然駄目だな』


 ディートハルトは涙目になりながら、自分がどれだけ恩人さんに無礼な姿を晒して来たのかと落ち込んだ。


『ディー、ドレスだけじゃなく、ブーツも履くんだぞ。裸足で出歩く淑女なんて存在しないからな。早く慣れるように普段から履いて生活しなさい。ワシの言う事をきちんと聞けば、恥をかく事も減るだろう。これからは人の言葉で話をするからな、ワシの真似から始めなさい』


 ディートハルトは、こうして本格的に人間の言葉や習慣を勉強し始めた。しかし聞き取る事は出来ても、どうしても発音が難しく、言葉の習得は困難を極めた。


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