お礼にヤギを届けます
「これはどうした事だ? このヤギはどこからやって来たというのだ、高い塀を飛び越えたのか?」
庭園に突如、子ヤギが現れるという珍事が起きたのは雪解けの進んだ春の朝の事だった。いつ侵入したのか誰もわからず困惑していた。屋敷の周りは高い塀で囲まれていて、動物が侵入できるはずもなく、門には門番が常駐しているので子ヤギの侵入を見逃すとは思えない。そんな事が週に一度、三週に渡って起きていた。
そして四週目を迎えた夜、青年の寝室の窓を叩く何者かが現れた。その気配に気付き、青年はベッドから起き上がり、剣を手に不届き者の侵入に備えた。
コツン、コツン
レースのカーテンが掛けられた窓からは月明かりが差し込み、大きな鳥のようなシルエットを床に映し出していた。
メェェェェェェ
「はぁ? ヤギの声が聞こえたぞ? まさか、バルコニーにヤギがいるのか?」
無用心にも窓の鍵は掛けられておらず、キィっと小さな音をたてて窓は開いた。青年は剣を構える。
メェェェェェ、メェェェェ
部屋に入って来たのは子ヤギだった。絶対にありえない事だ。二階のバルコニーに子ヤギが自力で登って来られるわけがない。これを二階まで運んで来た者が居るのは間違いない。大きな鳥は子ヤギ程度なら運べると聞いた事がある。しかし先ほど見た大きな鳥の影はもう無くなっていた。
青年がヤギに気を取られていると、ふと窓の外から人の気配がした。
「誰か居るのか? 姿を現せ!」
ゆっくりと部屋に侵入して来たのは、黒髪に金色の目をした美しい少女だった。その身には動物の皮で作った小さな胸当てと腰巻しか着けておらず、目の遣り場に困る。
「お前、どうやってここに来た? ヤギを何度もうちの敷地に置いて行ったのは、お前か?」
「ヤギ、タベル、オイシイ、%&$#*? %$*Q$ST! A&#R*?」
「待て待て待て、途中から何言ってるのかわかんねーよ」
メェェェェェ
「ヤギうるせーな、外に出してくれないか? 言葉、わかるか?」
少女は首を傾げ、それでも彼の表情と目線から察して子ヤギを窓からバルコニーへ出した。
「ヤギ、タベル、ナイ? オレイ、キタ。ディートハルト、オレイ、スル」
「ディートハルト? お前、ディートハルトって名前なのか? どう見ても女の子だろうが、何でディートリンデじゃなくディートハルトなんだよ」
少女は首を傾げるだけで質問に答えない。
「違うのか?御礼って言ったよな。ディートハルトって奴に御礼しに来たのか?」
少女は自分を指差して、自分がディートハルトであると示した。そして青年を指差す。
「ディートハルト、オレイ、ヤギ、オイシイ……D&#V*K+B#、J*W&%Q!」
「分かった分かった、わかんねーけど、途中から何言ってるのかわかんねーんだって。お前どこから来たんだよ? この子ヤギ抱えて柱をよじ登って来たのか? しかもそんな格好で。ちょっと目のやり場に困るんだよ。これでも羽織ってろ」
青年は自分のガウンを少女に投げて渡し、ジェスチャーで着方を教えたが、何故か背中部分を前にして袖に腕を通してしまった。
「ハァ、近づくけど、変な事しようとしてる訳じゃ無いからな。叫んだりするなよ」
青年はディートハルトに近づき、一度ガウンを脱がせて背中から着せようとしたところで、動きを止めた。
「はぁ? 翼が生えてる? 小さいけど、これ本物か?」
恐る恐る手を伸ばし、撫でるように羽に触れてみる。
「ひゃんっ、G%#V*&W! B*K%$$DC#A!」
ディートハルトは真っ赤になって青年から離れた。どうやら怒っているようだ。
「な、何だよ、ちょっと羽に触れただけだぞ。変な声出すなよ、そんなに敏感だなんて知らなかったんだ!」
「G%#V*&W! B*K%$$JD&、J%W#」
何かを言い残し、ディートハルトは窓から飛び出してバルコニーの手摺に飛び乗りそのまま飛んだ。
最初に見た大きな鳥の影が彼女の物であると分かるのに時間は掛からなかった。その体の何倍もある大きな翼を瞬時に広げてバッサバッサと羽ばたいて、あっという間に山に向って飛んで行ってしまった。
コンコン
「ランプレヒト様、起きていらっしゃいますか? 今、話し声が聞こえた様ですが、何か異常がありましたか?」
青年はドアの鍵を開け護衛兵を部屋に通すと、バルコニーにいる子ヤギを示した。
「ヤギだ。空からヤギが飛んできたんだ。すまないが、外に出してくれ」