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少年はひな鳥を拾う

 広い庭園の中の綺麗に整えられた庭木の上に、見たことも無い種類の猛禽類の雛が落ちていた。


「フリッツ、これは何と言う鳥だ? 鷹か鷲の雛のようだな。どこから落ちて来たのだろうか?」


 上を見ても、空しか見えない。そこにあるのは腰の高さに切り揃えられた低木だけだ。身形のいい少年は弱弱しく動くその鳥を両手で包む様に持って館に向った。


「危険です、直接触れてはいけません。気になるのでしたら、私がお部屋まで連れて行きますから、お貸しください」

「大丈夫だ。怪我をしているのかもしれないから、治療の道具を持ってきてくれないか。元気になるまで私が面倒を見たいのだ」


 ここはバルナバス王国の北方にある聖なる山に近い辺境の地。その山には翼を持つ聖獣が棲むと言われる。そのためか、鷹や鷲、梟など猛禽類が多く生息している。彼らは縄張り争いなどもせず、聖獣を守るように上手く共存していて、昼は鷹や鷲が空を飛び回り、夜は梟が山への侵入者に目を光らせていた。


 少年は部屋に着くなりメイドにタオルを用意させ、寝床を作ってやる。そっとその上に雛を乗せて、じっくり観察を始めた。どうやらどこかから落ちた衝撃で左の翼を傷めたらしい。骨が折れた様子は無いが、まだ短い翼は微かに羽ばたこうとしていて、左側の動きがおかしかった。


「フリッツ、獣医を呼べないか? この子はこのまま大きくなっても飛べないかもしれない。早めに治療してやれば助かる可能性もあるだろう、鳥に詳しい者はいないか?」

「森の番人ならば詳しいかもしれません。呼んで参ります」


 一時間ほどして森の番人と呼ばれている薄汚れた男がやって来た。男は少年の拾った雛を見て、驚いたように目を見開いた。そしてゴクリと唾を飲むと、恐る恐る雛に近寄り怪我の状態を見た。


「翼は何日か経てば自然に治りますだよ。それよりも衰弱が酷いですだ。何か食べさせてやらねーと、死んじまいやすよ。生きた虫か、生肉あたりを食わしとけば間違いねーです」

「そうか、フリッツ、彼に謝礼を渡してくれ。森の番人と呼ばれているそうだな、呼び出してすまなかった。この子を拾ったは良いが、育て方が分からなくて困っていたのだ」


 森の番人は弱った雛に何か恐ろしい物でも見るような視線を向けて少年に言った。


「育てるのは、止めた方がいいです。元気になったらすぐ山に返した方がいいですだよ。梟の巣の近くに置いておけば、鳥達が保護してくれますんで、そうして下せい」


 男はフリッツから謝礼金を貰い、森へ帰って行った。


「あ……何と言う鳥なのか聞くのを忘れてしまったな。とにかく、何かを食べさせてやらねばならない。生きた虫か生肉と言ったな。フリッツ、厨房から肉を貰ってきてくれ。あと生きた虫だ。誰かに頼んで集めてもらってくれないか。私は少し休む……」

「殿下! ご無理をなさったのですね、すぐに着替えてベッドにお入り下さい。ああ、お顔の色が悪くなってしまわれて……誰か、着替えの手伝いを! それに薬の用意もお願いします」


 慌しく少年の世話をする使用人が集まりだした。フリッツは主の言いつけ通り、使用人に鳥が食べそうな虫を生きたまま捕まえるよう指示し、メイドの一人に厨房へ行って生肉を一欠けら、小さく切って持ってくるよう指示を出した。主が目を覚ました時、すぐに雛の世話が始められるように万全の準備をした。


 夕方まで薬でグッスリ眠った少年は、ベッドから飛び起きて雛の様子を見た。自分が寝ている間にさらに弱っていたようだ。急いで虫をピンセットで摘んで雛の口元に持って行くが、プイッと横を向いて拒否されてしまう。次に生肉を口元に運ぶと、パクっと食べた。少年は次々肉を食べさせ、用意していた肉が無くなるまでそれは続いた。


「よし、頑張って良く食べたな。ひな鳥、お前が元気になったら、私の体も丈夫になれそうな気がする。だから早く元気になれよ」


 少年はそれから毎日甲斐甲斐しく世話を焼き、一ヶ月が過ぎた頃、雛は元気に鳴くようになった。餌は血の滴る上等な牛肉や絞めたての鶏肉を好んで食べ、それに合わせるように少年も肉を食べられるようになり、体はどんどん丈夫になっていった。


「お前もひな鳥なんて呼び方が似合わない位大きくなってしまったな。名前を付けようか。あの山の聖獣に因んでディータはどうだ? それとも私の名前と合わせてディートハルトか? どう思う、フリッツ?」

「それは……山に返さねばならなくなった時、別れが辛くなりますから、名前を付けるのは止したほうが良いのではありませんか? それにどうも普通の鷲とも違うようです、たったの一ヶ月でこんなに大きく育つものなのでしょうか? この大きさなら成鳥と言ってもいい筈なのに、まだ羽も生え揃っていませんし、白っぽい産毛から黒い羽に代わってきました。仮に白頭鷲だとして、この大きさは異常ですよ。そろそろ山に返すべきなのでは?」


 すっかり情が移ってしまった少年は、もうこの鳥を手放すつもりは無かった。羽が生えそろうまではと粘り、さらに2ヶ月が過ぎた頃、寝ている間にフリッツの手で山に返されてしまった。



 それから5年が経ち、少年は18歳の立派な青年へと成長していた。当時は勝手な事をしたフリッツに激怒したが、健康になった体で騎士への道を進むうち、鷲の雛の事など忘れてしまっていたのだった。

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