9話 さらなる危機
「ヴォン!?」
俺が放った光は、ヴォルフェヌスを貫くことができた。だが、狙いがそれて前足に当たってしまった。更に、ヴォルフェヌスは警戒したのか、後退して結果として距離を取られた形となった。
「くっ……」
「すみません、ランガジーノ様」
「嫌、仕方ない。だが、先程よりも拘束がきつくなってしまったようだ」
確かに、先程よりも体が硬くなった感じがする。警戒されてしまったのか。
「……どうしましょう」
ヴォルフェヌスは再び俺たちに近づいてくる。心なしか、俺たちがまた隙をついて攻撃してくるのでは、と慎重になっているように見える。
「この鞘には初級の魔法を使える術式が込められている。だが、一度使うとしばらく使えなくなるんだ。あくまで緊急時の防護用のものだからね」
だから、さっき火の玉が出てきたのか。でもこれで不意打ちはできなくなったということか。
「グルルル……」
ヴォルフェヌスは涎を垂らしている。ま、まさか、俺たちを食べるつもりなのか!?
「こうなったら、せめて僕から襲われるように注意を引きつけよう。その隙に、君はアナちゃんを連れて逃げるんだ」
「えっ、でもランガジーノ様は」
「これも騎士の役目、民を守る為だよ」
そんな、おれなんかのために。
いよいよ、ヴォルフェヌスはひとっ飛びにとびかかれる距離まで近づいた。
「万事休すか……!」
そして----
コツン。
ヴォルフェヌスの頭に、石が当たった。その奥では、なんとアナが立ち上がって違う石を握っていた!
「なっ、アナ!」
アナは、遠目に見ても足が震えているのがわかるくらい怖がっている。だがそれでも、俺たちを助けるために石を投げたということか……!
ヴォルフェヌスは後ろを向き、石を握るアナに気づくと、そちらへと駆けて行った。マズイ!
「しまった!」
ランガジーノ様が、その整った顔を歪め焦りをにじませる。とすぐに目にも留まらぬ速さでアナとヴォルフェヌスの方へ駆け出して行った。
なに? 確かに、身体の拘束が溶けている。思わぬ乱入者に、ヴォルフェヌスも焦ったのだろうか?
そして数秒も経たぬうちにランガジーノ様がアナの目の前に立つ。だがその一瞬のち、ヴォルフェヌスがランガジーノ様に襲いかかった!
ランガジーノ様は剣でヴォルフェヌスの鋭い牙を受ける。だが瘴気に当てられて力が上がっているヴォルフェヌスは、 ランガジーノ様を押し込めていく。
「こうしちゃいられない!」
俺は再び左手の人差し指に集中する。そして、ヴォルフェヌスの尻に向かって光を放った。
----ジュッ!
「やったか!」
今度は狙い外れず、ヴォルフェヌスの身体を後ろから貫いた。光は尻の方から首の後ろを通り、斜め上に少し抜けてそのまま消滅した。
そしてヴォルフェヌスは唸った後、ドサリとその場に倒れこんだ。と同じく、押される力がなくなったランガジーノ様真後ろに尻餅をつく。
「よし!」
それを見た俺は、アナ達のもとへ走る。
★
「アナ!」
クロンの声がする。未だにふらふらする身体を何とか抑え、私は声のした方を見る。すると、クロンがこちらに走ってきているのが見えた。
「クロンくん! よくやった!」
私の目の前に立つ騎士様、ランガジーノ様(昨日私の家に泊まった時に聞いた)が返事をする。
「ランガジーノ様、大丈夫ですか?」
「ああ、何とかね」
そうだ、私は気がつくと、この草原に倒れていた。そしてこの狼に襲われている二人を見て、近づいて咄嗟に石を投げたんだ。フラフラして走るのも大変だったけど、何とか狼の気をそらすことができた。
でも、狼は当然のように私の方に向かって来てしまった。それを見たランガジーノ様が、すごい速さでこっちに近づいて来て、その牙で私に噛みつこうとして来た狼の前に立ち、剣を抜いて抑え込んでくれたのだ。
でも、狼の力が強いのか、ランガジーノ様はどんどんと後ろに下がってきて。そこにクロンのあの光が届いて、狼を一発で撃ち殺したのだ。
「クロン」
私は三年前、あの時からの私の王子様、クロンに近づく。と、よろけてしまった私はクロンに抱きついてしまった。
クロンがピクリと跳ねるのがわかる。でも体が怠かった私は、抱きついたままお礼を言った。
「クロン……あ、ありが……と……ぐすっ」
と同時に、急に怖くなってきた私は、クランの暖かい体に触れられた安心感もあってか、涙が止まらなくなった。
「ちょ、アナ!?」
クロンが私の体を押して離そうとするが、私は抱きついた両腕に力を込めた。クロンの体がまた跳ねた。
「ははは、ここは感動するところ、なのかな?」
ランガジーノ様が何か言っているが、空気読んでほしい……
「いや、そんな……アナ、もう大丈夫だからな」
そう言ってクロンが私の頭を優しく撫でてくれた。ああ、今度は嬉しくて更に泣きそうだ。
「そうだな。一時はどうなることかと思ったが、クロンくんのおかげもあって----ぐわーっ!?」
ランガジーノ様が一人で喋っていると、突然叫びだした。クランは私の体をサッと離して横を向く。私も名残惜しかったが、何が起こったのかと思って一緒に見た。
すると、ランガジーノ様の鎧を鋭い爪で切り裂く狼の姿が目に入った!
「なにっ!?」
「えっ」
なんで!? クロンのあの光で、確かに倒れたはずじゃ……
ランガジーノ様は草原に倒れ伏した。
「い、いやーっ!?」
私は無意識に叫んでしまった。そして狼と目が合う。クロンは突然の出来ごとに動けていなく、私は近づいてくる狼から遠ざかろうとするが、躓いてこけてしまった。足元が暖かい何かで濡れる感触がするが、気にする余裕もなく地面をお尻で擦りながら後ずさる。
「アナっ!」
クロンが私の前に立ちはだかろうと動きだした。だが狼もそれと同時に飛び掛かり……
「グルァッ!」
「しまっ……!」
私の目の前で、再び鮮血が飛び散った