5話 勧誘
「秘められた力ね……本当にそんなものがあるのか?」
俺は左手に刻まれた紋様を見ながら呟いた。
鏃《V字》を三つ、それぞれ上から下、左下から右上、右下から左上へと突き合わせたような紋様だ。
この紋様が現れてから、俺はあの”技”を使えるようになった。三年前のあの時、女の子が村を襲った荒くれ者たちに殺されそうになった時からだ。
あれ以来、村は襲われることはなく、今日まで過ごしてきた。風の噂では、他の村も襲われたらしく、街にいる領主様が騎士様たちに見回りを指示したかららしい。よって俺もこの能力を人に向かって使うことはなかった。せいぜい野兎や野鳥、いらなくなった物を燃やす程度だ。
目の前には、俺が助けた当の女の子、アナが椅子に座っている。
それまで殆ど交流がなかった俺たちだが、今では月に二、三度は会う関係になっていた。村では子供達のほとんどが畑や細かい仕事で働いているため、村長様の家で囲われて暮らしているアナは同年代と交流する機会がなかった。
そして偶々森に花を取りに出ていたアナは、荒くれ者と遭遇。その場面へ、野鳥を狩に来ていた俺が出くわし、危機一髪だったところでこの能力に目覚め、なんとか撃退した。それ以来、アナにはやたらと懐かれているのだ。
そのアナは未だに俯いたままだ。胸を触られたことがそんなに嫌だったのか……? 先程から話しかけているが、返事をしない。
「……ねえ」
するとアナは唐突に顔を上げ、今にもまた泣きだしそうな顔で話しかけて来た。目元が腫れている。アナの顔は結構白いため、赤みがかったその目元はよく目立つ。
「な、なんだ?」
「クロン、村から出て行かないよね? ね?」
アナは、先程まで静かだったのが嘘であるかのように机に勢い良く身を乗り出して、そう問うてきた。
「え?」
「お父さんとあの騎士様の話を聞いて、クロンが出て行ったらと思うと……なんか、とても暗い気持ちになっちゃって……」
そ、そうだったのか。俺はてっきり。
「嫌、お前の胸を揉んだのを引きずっているのかなと……」
「え? あ、いや、あのね、あれは突然だったからびっくりして……こめんね、クロン」
そういうと、アナは俺の頬を片手で優しく触ってきた。
うっ、こいつ、こんなに可愛かったっけ? 歳をとったからって、急に変わるはずはないと思うのだが。それとも、今まで気づかなかっただけか? 女の子としてというより、友達としての意識が強かったからか?
「そ、そうなのか」
「うん」
そしてアナはもう片方の手も俺の頬に添えた。そのまま顔を近づけてくる。
「あ、アナ?」
「クロン……あのね、今年こそ言おうと思ってたんだ。私、あの時からクロンのことが……」
アナの目が心なしかトロンとしているような気がする。それに、なんだかいい匂いがするぞ!? あれれ〜、おっかしいなぁ!!
……ゴクリ。
----バタン!
「「クロン!」」
「……え?」
「あっ」
★
「村長、クロンくんはこの世界の救世主になれるかも知れないのです! もう時間はありません。あなたも、ご存知のはずです!」
「いや、そうですが……ですがクロンは我が村の大事な働き手。先日も大量の野兎を取ってきてくれたのです。今いなくなられると、私だけではない。村のみんなが困ります」
「村と世界、どちらが大切なのですか!?」
「失礼ながら……村です、ランガジーノ殿下」
「なにっ!?」
「私は、村長です。この村を守り抜く責任があるのです。私の父、前村長も、貧しいこの村をなんとか守ろうと、畑を耕し、効率的な狩を模索していました。その思いを、ここで終わらせてはならない。世界が滅びようと、最期の時までこの村の責任者としてい続ける。それが私の使命なのです」
「村長……そうだな、すまない。不躾な質問だった」
「いえ、そんな、めっそうもない……」
「……予言では、あと30年で世界が滅びるのです。今からクロンくん達を育て上げたとしても、20年と少しの時間です。こうしている間にも、どんどんと時が過ぎてゆくばかり……」
「むう……」
「隣国もここぞとばかりに軍を増強しています。世界が滅びる前に、我が神皇国が滅ぼされてしまうかも知れないのです! クロンくんのことはこの三年間、じっくりと観察してきました。他の候補者とは違う、明らかに強大な力を秘めていることは既に調べがついています。是非、クロンくんを皇都へ……!」
「しかし、何度も申し上げています通りに……」
「わかりました」
「はい?」
「支援しましょう。クロンくんがこの村を離れて、皇都へ行く決断をしてくれた際には、金貨一千万枚分の保障をしましょう。現金でも、食料でも」
「なっ……!? 一千万枚……いったい我が村の収入何年分に……」
「金で釣るようで悪いですが、ですがどうしても決断していただきたいのです。我々皇族も国の為、民の為には出し惜しみはしません、村長!」
「くっ……そ、その話、承りましょう」