「敬称の理由」<エンドリア物語外伝61>
「ウィルくん、ウィルくん」
「……はい」
商店街の会合でうたた寝していたオレは、パン屋のソルファさんに起こされた。
「で、どうなの?」
「何がですか?」
「聞いていなかったの?」
「すみません、寝ていました」
一昨日、ムーが呼んだ召喚獣のせいだ。
失敗だったので3日間いるのはしかたない。だが、この召喚獣なぜかオレの背中に貼りついた。
体長1メートル。重さ約30キロ。
見た目は巨大アブラゼミ。
細い指がオレの肩や背の皮膚に食い込み、ずっしりとした重さが背中にのしかかってくる。
いまも背中にいるが、誰も何も言わない。
昨夜はうつ伏せで寝たが、重すぎてよく眠れなかった。
「シュデルがムーを呼ぶとき、なぜ『ムーさん』と呼ぶのかだよ」
靴屋のデメドさんが言った。
「ああ、それはですね…」
「待って!先にあたしの考えを聞いて。あたしはずっと思っていたの。もしかして、ムーが『ボクしゃんのことはムーさんと呼ぶしゅ!』て、命令したんじゃないかって」と、ソルファさん。
「いや、オレはムーが先に桃海亭に住んでいたから、シュデルが遠慮してつけていると思ったんだ」と肉屋のモールさん。
「オレはムーが超一流の天才魔術師だから、同じ魔術師として敬意を表してつけていると思っていた」と、デメドさん。
「この中に正解はあるかい?」と、商店会会長のワゴナーさん。
「ないです」
外れて、がっかりしている。
「答えは何かしら?」と、フローラル・ニダウの奥さんに聞かれた。
理由はいくつかある。
牢から救い出したことも含め、シュデルはムーの魔法に度々助けられている。シュデルが料理する桃海亭の食料の多くは、ムーの実家ペトリ家の野菜だったりする。などなど。
だが、決定的な理由は別にある。
「ムーの方が年上だからです」
会議室が静まりかえった。
出席者たちが、困惑したように互いに顔を見合わせている。
「いま、言ったことを、もう一度いってくれないか?」
ワゴナーさんに言われたので、オレは大声で言った。
「2人は同い年ですが、1ヶ月ほどムーの方が早く生まれました」
その後は、大騒ぎになった。
「嘘だよね」「冗談だろ」と何度も聞かれ、オレは「本当です」を繰り返した。
わずか1ヶ月なのだからタメ口でいいと思うのだが堅物シュデルは礼を失すると敬称をつける。
喧噪の中、会合はお開きになった。
ここ1年でシュデルは急激に背が伸びて、ムーよりかなり高くなった。ムーより年が上だと思われてもしかたないかもしれない。
不思議だったのは、誰も『ムーは何歳なのか』を聞いてこなかったことだ。
年の話がでたのは、大騒ぎの最中、ソルファさんが叫んだ言葉の中だけだった。
「ムーって10歳くらいじゃないの!!!」
ブッーー。
ハズレです。