模擬戦
彼女に連れられ、移動を開始する。
歩いて十五分もすると学園の地下に競技場が広がっていた。
その競技場はかなりの大きさで、コロッセオのイメージに近いものを感じた。
「学園に地下があったのも驚きだかこれまた凄いものがあるもんだな」
俺は感心しながら競技場をキョロキョロと見ていた。
「ここは模擬戦や完全武装の訓練にも使われているの」
彼女、火野ひのエリスは、軽く競技場について説明してくれる。
大方の説明が終わりそして俺と火野は競技場の中に入っていく。
「…なあ」
彼女と俺は正面に向かい合う。
その距離約十メートル。
俺が火野に声をかける。
「なにかしら?」
火野は聞き返す。
「本当にやるのか?」
俺が再度聞く。
「ええ。意見を変えるつもりはないわ」
その瞳には迷いを感じられない。
競技場の上には観客席があり、心体テストを終えた生徒がこちらを見ている。
「そうか…」
俺はその言葉を聞き、説得は不可能と理解した。
「それじゃあ始めましょう、出来れば…怪我しないでね」
「ッ…!」
ゾワッと身の毛がよだつ。
全身の神経を研ぎ澄ます。
「ソウルコマンド、火華花」
それは全身武装フルアーマーの合図。
光の粒子が溢れ出す。
足下から赤い装甲が顔を出すし、装甲が全身を包む。
彼女の全身武装フルアーマーはとても美しく気高い品格を持ち合わしていた。
「………」
俺はその美しさに一瞬ドレスを纏ってると錯覚してしまった。
「おおおおっ」
「すげええぇぇ」
「かっこいいっ!」
観客席から絶賛の声が上がる。
「それじゃあ…本気で行くわよ」
その言葉がきっかけのように火野は俺に突っ込んでくる。
全身武装の足の装甲には、ブースターが付いており、体を浮かしたり、前に進むことが出来るのだ。
そのスピードは時速200㎞は出てるだろう。
彼女は握りこぶしで俺の腹を殴ろうとする。
「ふッ…!」
それを俺は全体重を乗せ、右に倒れるように避ける。
「へえ、よく生身で避けたわね」
彼女は感心したようにこちらを向く。
「そりゃどうも…!」
彼女との距離をとる。
マトモにやりやったらこちらが必ず負ける。
今は避けることしかできない。
そのあと何度かの攻撃をギリギリの範囲で避け続ける。
避け方は、とてもじゃないがかっこいいとは言えない不恰好なものだった。
「はあっ…はあっ…はあっ…」
俺は息を整えようと必死だ。
「…ふざけてるの?」
それを見た彼女の顔は嘲笑うでもなく怒りの表情をしていた。
「はあ?至って真面目にやってるんだが?」
「ッ…!」
その言葉がムカついたのか更に表情が険しくなる。
「ウェポンコマンド、燃月」
その言葉とともに、彼女の右手には綺麗な長刀が具現化した。
ウェポンコマンドとはその武装だけに存在する武器、つまり専用武器を呼び出すためのコマンドだ。
それぞれの武器の中に刀や、銃、盾など多種多様であるが、実は全員が全員使いこなせるわけではない。
多くの訓練や実戦を得て、専用武器の具現化が可能となるのだ。
勿論もちろん、『武隊』などの戦闘員は、全員
使いこなせるが、学生には専用武器を具現化させることが出来ずに、専用武器を模倣した刀や銃、盾などを使っている者が大勢いるのだ。
つまり彼女がどれだけ優秀なのかよく分かる。
「あまり私を嘗めないことね」
彼女の言葉には怒気どきが混ざっている。
「だから、そんなつもりは…!」
「はああああああ!」
彼女は俺の言葉を聞かずに声を出しながら突っ込んでくる。
「見境なしかよッ…!」
彼女は刀を右から左に斜めに物凄く早いスピードで切りつけようとする。
「あ…っぶねーなッ!」
俺は体をひねり紙一重でかわす。
切りつけられたら即死亡間違いなしだった。
流石にもう一度避けるのも限界だろうと思い、どうやって決着をつけようかと悩んでいると
「ふざけないで…」
彼女は呟くように声を出す。
「なんだ?」
俺が聞き返す。
「なんで全身武装を展開しないの…!」
クールそうな彼女の顔は怒りで顔が真っ赤になっていた。
そう、俺はこの模擬戦が始まってから一度も全身武装を装着してないのだ。
「それは…」
俺は本当の事を言いたくなかった。いずれバレるにしても、とても信じられる話ではないからだ。
「なにか理由でもあるのかしら?」
彼女か聞いてくる。
「…………」
仕方ないが、本当の事を話さないとこの模擬戦が終わらないと思い、覚悟を決める。
「俺は……全身武装が出来ないんだ」
俺の悲痛な声をあげて事実を話す。
「…何をいってるの?『心器』を宿した人間は『絶対』に全身武装は出来るのよ?
それこそどんなに弱くても。貴方ほどの強者が出来ないはずないわ」
『心器』を宿した人間は第二次成長が始まると同時に全身武装フルアーマーが可能となる。
出来ないなど、今まで一度も例がない。
「………」
俺は沈黙する。
「…そんな…。そんなことがあり得るの…?」
「…俺にも分からねえよ。
何度具現化しようとしても一向に出来る気配がしないんだ」
『心器』が自分のなかにあると分かってから何度も全身武装
フルアーマー
しようとしたが、一度も成功したことがないのだ。
「ちょっとまって。貴方、心器テストの成績はどうだったのよ?」
心器テストの成績は体力テストと同様にS、A、B、C、Dとつけられる。
心器テストは全身武装の能力を測るものだ。
全身武装が出来ない彼は一体どうなったのか彼女は聞いた。
「E……ERRORのEだ」
計測不能。
そんな成績は帝竜学園において初、いや世界初かもしれなかった。
「そんなことって…」
火野エリスは動揺を隠すことが出来ずにいた。
心器を持つのに全身武装の出来ないというアンバランスな人間を初めて出会ったのだ。
「Eって本当か?」
「そんなことありえるの?」
「俺に聞かれても分からねーよ」
ざわざわと話を聞いていた周りの観客にも波紋が広がっていく。
観客や火野はまだ半信半疑であった。
「貴様ら!何をやっている!」
騒ぎを聞きつけてきたのか、酒見先生は競技場に数人の人を連れて入ってくる。
見たところ同じように、この学園の先生のようだ。
「模擬戦をしていると聞いたが本当だったようだな。
火野、説明しろ」
「私は刀鞘とうだいくんの実力が知りたくて模擬戦をしてもらっていました」
「そういう事を言ってるんじゃない!
先生への申請無しでの模擬戦は禁止されているはずだ!
一年間通っていたら知っているだろう!」
(まじでか…)
俺は心の中で驚嘆する。
模擬戦は先生の許可がいることを今初めて知った。
「…すみません、どうしてもいち早く彼の力を試してみたくて」
「……まあよい。後でペナルティを課すからそのつもりでいろ。
刀鞘!貴様もだ!」
「俺もですか!?」
火の粉が飛んでくる。
「当たり前だ!挑まれたものも同じペナルティを課す、分かったな!」
「は、はい!」
「二人とも、もしまた同じようなことをすれば…分かっているな?」
俺と火野は黙って頷く。
(ちょ、超こええええ)
心の中で叫ぶ。
「あの、酒見先生。彼は心器テストでEを取ったことは本当ですか?
それに全身武装が出来ないというのは?」
彼女は酒見先生に俺の話が本当かどうか、尋ねる。
先生はこちらをチラッと見てきたので、俺は再度黙って頷く。
「ああ、本当だ。彼は全身武装が出来ない。ゆえにEだ」
「本当にそうだったんですね…」
彼女は納得したようだった。
「話は終わりだ!一度クラスに戻り学園生活についての重要事項を伝えるのですぐに戻れ!観客席にいる貴様らもだ!」
その言葉により蜘蛛の子を散らすように観客席から急いで飛び出す。
俺も火野も急いで競技場を出ようとする。
火野は既に全身武装を解除し終わっていた。
彼女は俺より先に前に進み入口付近で突然止まりだし、後ろを向いて俺に視線を送ってくる。
「もしかしたら貴方ならって期待したのに…」
エリスは誰にも聞こえない小声で呟く。
「残念だわ」
それだけ言うとすぐさま彼女は前を向き、小走りに外へ出る。
「………」
俺は…何も言い返すことが出来なかった。