ストーカー(仮)の迷走
そりゃあ下心が全く無かったと言えば嘘になる。
あわよくば私生活を覗き見てみたいなんて下世話な好奇心が全ての発端ではあるし、数十分おきに呟きメインなSNSにアクセスをして投稿を確認して、動向を探っている今の現状を客観的に見れば、ストーカーと呼ばれても仕方ない事をしているという自覚はある。
けれど俺だって何も、好きでこんな事をやってる訳じゃない。いや誰かに強制されてはいないから、好きでやってるってのはある意味正しいんだけど、心の底から楽しんでやってる訳ではない。
それもこれも、全ては。
『@xxxxx うわあほんとですか!うれしい!今度ぜひ遊んでください!』
(ああああああ、また簡単に引っかかりやがって! 明らかに怪しいだろうがそいつ! あほか! あほ委員長!)
あまりにも警戒心が薄く無防備すぎるあほな委員長が悪い。
同じクラスの委員長は、大人しくって真面目な女の子。席替えで隣になるまでは、これくらいの薄いイメージしか持ってなかった。
席が隣になってからもその印象が大きく変わった訳ではないけれど、新たに知った事はいくつかある。
しっかりして見えるけれど、頼まれれば断れないおひとよしであること。誰とでも当たり障り無くしゃべるけれど、取り立てて仲の良い相手はいないこと。休み時間は本を読んでいたり、次の時間の授業の予習をしている事が多いこと。まさしく委員長のイメージに相応しい真面目な、言い方を変えれば真面目すぎでちょっぴり面白みに欠ける人物であること。だけどいつもにこにこ笑っていて、優しい女の子であること。
宿題を忘れることなんてしょっちゅうで、たまに遅刻もしてよく先生には怒られて、休み時間には馬鹿話ばっかりしてる俺とは全く正反対の存在で、ろくに話すことも無かったけれど、そんな真面目な委員長の事をけして嫌いではなかった。真剣なまなざしで机を見つめる横顔が、ちょっといいな、なんても思ってた。
そんな委員長がある日、休み時間に珍しく、本も教科書も開かず、俯いて膝の上を見つめているのを見かけた俺は、さらりと好奇心を刺激され、こっそりとばれないようにその手元を横目で覗き込んだ。
そこにあったのは真新しいスマホと、表示されたSNSの画面。なにやら熱心に打ち込んでいる委員長の姿が珍しくって、一体何を書き込んでるんだろうと興味をそそられた俺は、さりげなさを装って委員長の後ろを通り過ぎ、そこに表示されているものをチェックする。さすがに何を打ち込んでるかまでは見えなかったけれど、アイコンにしている猫の写真と、ちえり、というユーザー名は確認できた
ちえり、というのは確か、委員長の本名だ。そんな名前でやってんならリアル用のアカウントだろうと見当をつけて俺は、少しわくわくしながら検索をかけた。それとなく偶然を装って繋がれたら、親しくなれるかもなんて下心を抱きつつ。
ところが、だ。
委員長らしきアカウントはすぐに発見出来た。出来たんだけど、どうも様子がおかしい。
フォロー数もフォロワー数も一桁代で、まだまだ呟いた回数も少ない。始めたばっかりならそれは別に不自然ではない、のだが。おかしいのは、そのフォロー相手だった。
同じ高校生らしき相手ではない。明らかに男、それもいかにもヤる事しか頭になさそうな、怪しい相手と、フォロワー数目的っぽいやつばかり。同じ高校生らしいやつや、委員長のリア友っぽい相手はさっぱり見つからない。
まさか委員長って裏で遊んでんのか、と多少のショックを受けつつ発言を遡った俺は、更なる衝撃を受けた。というか青褪めた。
だって委員長ってば、遊んでるどころか、何も分かってないっぽい。
何も分かってないままSNSを初めて、目ざとく見つけて寄ってきた下心しかない男を何も疑うことなくほいほいと繋がって、ちょっと褒められたら舞い上がってはしゃいで、唆されるままに自撮りの写真をアップして。
(ってこれは駄目だろおおおおおおお! あほか! あほなのか委員長!)
さすがに顔写真はアップしてなかったけれど、鎖骨と制服の襟が写ったそれは結構際どい上に襟の形である程度高校が絞り込めてしまうシロモノだ。
いやそれだけならいい。けしてよくはないけれど、まだいい。問題は、だ。
(位置情報載せるとか危なすぎんだろあほかああああああああああ!)
もしかしてんなことないだろうな、と思いつつ念のためにと確認したら、写真にばっちりと付属していた、位置情報。自宅ではないけれど、住所からしておそらく、高校近くの駅近辺。あんまりに駄々漏れな個人情報に、俺は慌てて委員長への接触を開始した。
本当ならここで、委員長に直接声をかけるべきだったんだと思う。
委員長のアカウントを知った方法は褒められたものではないし、軽蔑されても仕方ないものだったけれど、それでも直接話しかければもっと簡単に、事は済んだ筈だ。
やり方がいやらしいと嫌われてしまったかもしれないけれど、もしかしたらそれがきっかけで話す機会だって増えたかもしれない。
だけど残念なことに、その時の俺にはいろいろと考える余裕が無かった。一刻も早く写真を削除させなきゃいけない使命感にかられ、ついでに委員長がぽそりと零していた『学校では友達がいない』だとか『学校がつまんない』だとか『休み時間が苦痛』だなんて、きっと知り合いには見られたくないだろう呟きも目にしてしまっていたせいで、なるべく自分が隣の席のクラスメートだなんて気づかれる事無く委員長に接触しなければという妙な気遣いも働いて、結果。
『ぁのさぁ、、、それマヂゃばくなぃ?????』
なあんて。
普段はどちらかといえば嫌ってる小文字を駆使して、善意の女子高生を装って、新たに取得したアカウントで委員長に接触を図るなんて方法を選ぶことになってしまった。
作ったばかりのアカウントからのいきなりの接触なんて怪しさ満点なのに、委員長はここでもあほだった。特に疑った様子も無く俺の扮する女子高生の忠告を素直に聞き入れ、アップした写真を全て削除して怪しげなフォロワーしかいなかったアカウントを捨て、新しいものを作り直した。
さすがにそれで放り出すのも心配だったので、新しいアカウントを改めてフォローして小文字使いの女子高生として相手をすれば、すごい勢いで懐くわ懐くわ。
ネットで女子高生なんて男でも自称できるのに、っていうか実際その中身は俺なのに、完全に同じ女子高生だと信じた委員長は、色んな事を話してくる。その中身もたまにひやひやするものが多かったので、俺は話を盛り上げつつも委員長にSNSの危険性と安全な使い方を教えていった。途中からは委員長が俺の小文字乱発な発言を真似するようになったので、飽きたと言って普通の打ち方に戻す。俺だってちゃんと使えてないのに、それを真似たぎこちない委員長の小文字発言は微妙すぎたから。
委員長が友達という存在に飢えているのはすぐに分かった。ひどく寂しがりやなくせに見栄っ張りの委員長は、脳天気なおひとよしではなく誰にでもいい顔をしてしまって人の頼みを断れないだけの、とても気の小さな女の子だった。そうしてほいほいと人の頼みを引き受けるうち、いつの間にか出来上がってしまった委員長像に今度は縛られるようになり、そこからはみださないように必死でイメージを保っていたら、友達の作り方がさっぱり分からなくなったという。
委員長らしい振る舞いは分かるけれど、友達になるにはどうやって声をかければいいか、なんて俺にしてみればフツーに話しかければいいじゃん、な事でいつまでもうじうじと悩んでいる委員長は、多少SNSの使い方に慣れたところでいつまでも危なっかしいままだった。
本当はある程度経って、委員長にもネット上で話せる相手が増えたら自然にフェードアウトしようと思っていた。何もかも偽ってる俺がいつまでも相手をしてるより、いろんな相手と交流が持てた方が委員長のためにもいいだろうと思ったから。そうしていつか、ネットだけではなく現実の誰かとも友達になれたらその時はもうニセモノの俺は必要ないと思ったから。
なのにそういう訳にいかなかったのは、なかなか委員長がフォローしなくっても大丈夫だって思えるほど進歩してくれないせいだ。
たとえ虚勢だとしても学校での委員長はしっかりしているのに、何か滲み出るものでもあるのか、SNSでの委員長は変な相手をひょいひょいと引っ掛けてくる。破棄させたアカウントでフォローしてたような、下心剥き出しの男や妙な思想をガンガン押し付けてくるやつ、分かりやすいネカマに出会い厨。
そういうもんだと理解して相手になるならまだいいけど、委員長は何も分からず話し相手が増えたと舞い上がって、一生懸命付き合ってしまう。
普通なら鍵をかけて非公開にさせるとこだけど、委員長にはそれは悪手でしかなかった。
ただでさえ紙より薄い委員長の警戒心が、鍵をかける事によってゼロ以下になってしまう。鍵をつけてるから中は絶対的に安全だと思い込んでしまって、繋がってたった三日しか経ってない自称女子大生の会いたい要請に簡単に頷きかける。
(あほか! 絶対ネカマだろそいつ! っつーか女だとしても絶対裏があるに決まってるし! 地雷臭しかしねえわ!)
そんな率直な感想を柔らかな言葉でくるんで委員長を説得し、どうにか会うのは止めさせることが出来るけど、こんなことがしょっちゅう起きるもんだから俺一人じゃ手が回りきらない。
オープンにしてれば吹けば飛ぶような軽さだとしたって一応委員長も警戒心を持つし、評判の悪い相手ならそいつを目の敵にしてる第三者が事前に忠告してくれることだってある。委員長は誰の言葉も真面目に受け取るので、不特定多数の言葉が届く状態の方がまだマシなのだ。
一度痛い目にあえばいいんだとは思う。そしたら委員長だって、さすがにもう少し慎重になるだろう。
実際、怪しそうな相手と距離を詰めてゆく委員長のフォローに回らず、ギリギリまで手を出さずに見守ってたこともある。んだけども、やっぱり気になって念のためにと相手の素行を探ってみたら、別のアカウントで女を食いまくったと自慢してたりだとか、一見マトモそうに見えてもそいつが過去にオフで会った相手がその時以来ログインしてなかったりだとか、痛い目で済まなさそうなやつしかいないから、結局は慌ててぶち壊しに入ってしまう。
なんで委員長のことばっかり、こんなに気にかかるんだろう。
ふと思ったのは、委員長の三度目のオフ会計画を阻止した時。
確かに委員長は危なっかしくて、ちょっと目を離した隙に懲りずに怪しい相手を引っ掛けてくる警戒心の足りない間抜けだ。
だけどそんなやつ、SNSには引くくらい多く存在する。数えるのが馬鹿馬鹿しくなるくらいに。
同じ学校のやつにだっている。委員長ほどしょっちゅう変なやつを引き寄せはしないけれど、いつか自爆して炎上しそうなやつが何人か。
でも俺はそいつらに対して、委員長に対するような心配を向けたりしない。
そりゃあ仲いいやつだったら、何度か忠告はするだろうけど、それでも変わらなかったら放っておく。それどころか自分まで巻き込まれるのを恐れて、さりげなく距離を置くかもしれない。俺はそこまでお人よしでもないし、善人でもない。
委員長の事が好きだからか、と言えばそれもちょっと違う気がした。
確かにいいなと思いはしたけど、もしも付き合うとなると委員長は絶対にめんどくさい。悪いやつじゃないし、可愛いけど、付き合いたくはないタイプだ。
だけど、そうだ。委員長は、あほだけど、悪いやつじゃないのだ。
それもすごく、信じられないくらいに。
学校がつまらないと呟きはしても、そこにいるやつらが悪いのだと愚痴りはしない。自分の不甲斐なさを嘆いて、明日こそはと決意する。
頼みごとを断れなくって、いつの間にか出来上がった委員長像に苦しんでるくせして、頼まれごとを押し付けられる事自体は嫌ではなく、頼られてる気がして嬉しいだなんて言う。気の効いた対応が出来なくって会話が続かなかったことを後悔はしても、委員や係の仕事を丸投げしてきた相手を批難することはない。
そもそも委員長像に縛られるようになったのも、みんなに委員長っぽいと褒められたからだなんて、馬鹿馬鹿しい理由で。
俺には委員長を利用するための都合のいい言葉にしか聞こえないけど、少なくとも委員長にとっては褒め言葉だったみたいで、そのイメージを壊してみんなをがっかりさせないように、なんて理由で頑張ってしまったせい。
委員長は能天気なおひとよしではない。
驚くほどに自己評価が低い、馬鹿みたいに底抜けのおひとよしだ。
根っからの善人だから、相対する人間が悪いやつだなんて発想がそもそも沸いてこない。
更には委員長が必死に完璧な委員長であったせいで、このみんなイイヒト思考が悪化した、と俺は見ている。
真面目な優等生かつ何でも引き受けてくれる便利な存在な委員長に対して、基本的にはみんな当たり障りなく愛想よく接してるし、友達と呼べるほど親しい相手がいないせいで、愚痴の類をそこまで耳にすることも無い。ついでに委員長すぎるせいで、教師に似た扱いをされる事の多い委員長の前では、あからさまな悪口大会が開かれることも少ない。
結果、基準となるものがほぼ家族と自分しか存在しない委員長は、その基準に照らし合わせて考えるから、顔も見えない相手をいいやつだなんて信じ込んでしまう。
ぶっちゃけた話、委員長のそういう所に、腹が立つしうんざりもする。
あんまりにも盲目的に誰も彼もをいいやつだって信じすぎてて、頭にくる。
いい加減学習しろよって、きつい言葉で詰ってやりたくなる。
どんだけお花畑思考なんだよって、委員長が想像もしないような汚い言葉で罵ってやりたくなる。
痛い目にあってボロボロになって泣く姿を、せせら笑ってやりたくもなる。
だけど俺は、なぜだか委員長を放り出すことが出来ない。
オフ会する予定の相手がろくなやつじゃないって分かっても、それみたことかと嗤う代わりに、運が悪かっただけだよ次は大丈夫、なんて心にもない慰めを言ってしまう。
そして。
俺が全然いいやつじゃないって、SNSで女のフリして委員長のこと騙してるって、すごくいやなやつだって。
バレるてしまうのが怖くって、学校ではちっとも委員長に話しかけることが出来ない。
俺が心の中まで全部知ることが出来るのなんて俺自身しかいないから、誰だってみんな心の中じゃろくなこと考えてないんだろうなんて思ってるし、いいやつっぽいやつはみんな嘘つきで内心ではこっそり舌を出してるように見える。人間なんてそんなもんだって、心の底から思い込んでいる。
でも、委員長を見てるとたまに、思ってしまうのだ。
根っからのいいやつって、いるのかもしれないって。
世の中みんな、いやなやつばかりじゃないかもしれないって、信じてしまいそうになるのだ。
そんな委員長のいいやつっぷりに吐き気がして、腹が立って仕方ないのは本当だ。
だけど。
心の底からいいやつって、いるのかもしれないって思うと。
なんだか少しだけ、救われた気持ちになってしまうのも、悔しいけれど、本当のことだ。
だから俺はどれだけ腹が立っても、馬鹿だと見下しても、思わず放り投げたくなっても、委員長を見捨てる事が出来ないし、明け透けに現実を突きつける変わりに遠まわしな言葉で、委員長がなるべく傷つかないように怪しげな予定を潰してゆく。
学習する前に危ないものを根こそぎ遠ざけさせて、いっそ過保護なほどに守りに入ってしまう。
あほか馬鹿かと心の中で罵りながらも、委員長がどこまでもいいやつであることに安心して、どこの馬の骨とも分からない誰かにそれが傷つけられるのを極端に恐れている。
委員長なんて、好きじゃない。
ただ、ただ。
あんまりにも俺と違って、いいやつだから。
いいやつっているのかもって、信じさせてくれるから。
ちょっとだけ、大事にしたいだけだ。
(あーもう、あほだ……)
相変わらず委員長は、変わらない。
多少自衛は覚えたけれど、歯がゆくなるくらいおひとよしのまんまで、いいやつで、今日も家に帰ってSNSをチェックしてみれば、なんちゃってメンヘラの話に一生懸命付き合っている。
ざっと会話の流れを確認して、めんどくさそうな話ではあるけれどそこまで害はなさそうだと判断して、ため息をつきつつ着替えに入る。
(ほんとあほだ、委員長も、俺も)
委員長はあほだ。
けれど俺だって、大概だって自覚はある。
部屋の鍵をかけた事を確認して、袖を通したのは寝巻き代わりの中学の時のジャージではなく、淡いピンクのもこもこの、ハイネックのルームウェア。ちなみに女物だ。
引き出しの奥から取り出して机の上に並べたのは、百均で買い揃えたメイク道具一式。
はあ、ともう一度ため息をついてから、剃刀で丁寧に産毛を剃って、ぺたぺたと顔に化粧を塗りたくってゆく。
だって委員長が、俺と話したいって言うから。初めて出来た友達の、顔を見てみたいって言うから。
出会い厨のネカマがオフ会阻止した俺のこと恨んで、こいつこそネカマだって言いふらしてんのを委員長が必死に庇ったりなんかするから。
そうだよネカマだよばーか、って心の中で呟いてるくせに、必死でメイクの勉強して、百均でメイク道具買い揃えて、なんとかカメラ越しなら女に見えるまでに仕上げちゃって。
あー、あー、と裏声で発声練習をしてから、ビデオチャットを立ち上げる。
最初はかなり苦労したけれど、今じゃ裏声で喋るのにもすっかり慣れてしまった。
ちらり、と鏡で自分の格好を確認すると、げんなりしてしまうけれど、正直、体型さえ隠せば多少ごつい女で通るくらいには仕上がっている。
(あほなのは俺じゃね……)
ビデオチャットにインすればすぐに、委員長からのチャットが飛んできた。
今から時間大丈夫? なんてそっちは大丈夫なのかよ、とSNSを確認すれば、なんちゃってメンヘラに用事が入ったと断りを入れている。
(あーもうほんと、どうしようもねえわ)
優先されて嬉しいなんて思ってる自分の頭の沸き具合にうんざりしながら、気合を入れて裏声で挨拶なんかしちゃって。
「ちぇりこんー」
『えへへ、きいちゃん、こんばんはっ!』
うきうきと弾む委員長の声に、実はネカマでしたなんて今更野太い声で白状出来る筈もなく。
そしてあほな俺は今日も、ますますどつぼにハマってゆくのだ。