肖像権は大切に
珍しく最初から短篇向きのネタが出来たので^^;
酒本裕一は不幸である。
保有する現金は4兆円を超え、更には国内外にも動産、不動産合わせて十兆円を超える資産を持ち、これに更に年単位で数十億円に達する収入がある彼が「俺って不幸」と口にしても誰も本気にしないだろう。
名前の響きがが某有名アーティストと似通っているため「さかもとゆういちです」と言っても「サカモトリュウイチ?」と聞き返されるのは彼の不幸の中でもごくささやかな部類だ。
彼はかつて派遣社員だった。
新しい職場に派遣されるたび、「ここで一所懸命頑張って、なんとか正社員への足がかりに」と常に要求を超えるレベルの働き振りをみせていたが、それでも派遣社員のままだった。
「酒本さんは評判いいんで、すぐに次の派遣も決まりますよ!」そう誉められても空しいものは空しい。
色んなものに使いまわされる電池、その内空になって捨てられる。
そんなイメージを自分の人生に対して抱いてしまうほどだ。
そんな彼に転機が訪れたのは三年前。
派遣先に合わせて転居はしたものの、結局派遣が切られてしまってもそのまま住んでいた彼のアパート。
派遣されている間は派遣先の職場への義理もありしていなかった職安通いから帰った彼の部屋の前に一人の男が立っていた。
後になってみると今でも顔を思い出せないその男を、部屋にあげてしまったのは何故なんだろうと不思議に感じるが、「お話を聞いていただきたいのですが?」という男を「自分は仏教ですから……、宗教の勧誘はお断りします」とも「現状、無職なんで何も買う気ないんですが?」とも言わず家に入れてしまったのだ。
「自分はこういう者です」と差し出された名刺にはなんと書いてあるか分からなかったが、何が書いてあるかは理解出来た。
見たことの無い文字、日本語にもその他それまでの人生で目にした外国のどの文字にも似ていない文字。
「くぁwせdrftgyふじこlp世界一級菅理神kwsk」という事が書いてあるのが、読めないのに分かってしまったのだ。
「はあ、神様ですか……ってことは俺は死んだんですか?」
「いえいえ、今回はそういったお話ではありません。貴方にとってお得なお話を持ってきたのです」
「神と名乗る悪魔ですか? 契約は結びませんよ?」
「契約の話ではありますが、魂云々とか死後にとかはありません」
そうして男が語り始めたのは「神の世界も世知辛いなぁ」と思わず彼が同情してしまう話だった。
神には区分と等級があり、区分は創造神、菅理神、権能神、等級は一から十までで数字が小さいほど位が高いのだそうだ。
創造神は世界を作り、菅理神はそれを管理し、権能神はその世界での様々な役割を果たす。
力の強さの差や能力の差はあっても、基本的にそれは「偉さ」には繋がらないとされ、基本的に合議制で全体としての方針や行動は決まっているのだが、余りに長い時間を過ごす神に取って、決まった時間、一定の場所に集まるということはまず無く前例と声の大きさに「なんとなく」で従って進んでおり、実務面での調整は「慣れている」菅理神に回ってくることが多いのだと言う。
今回はそうした創造神の中でも長老格の自称「至高神」が「やっぱ著作権とか肖像権とかきちんとしないとダメだろ!」と言い出したのがきっかけなのだとか(ちなみに至高神の息子は「究極神」と名乗ってしょっちゅう衝突しているらしい)。
「この世界を作ったのは誰だぁ!」とか厨房に怒鳴り込んでいるのだろうか?
新しく世界を作る創造神が人間の創作物などをそのまま利用して世界を作成していることが多く、またそれを利用した「遊び」で世界そのものが崩壊する事件が相次ぎ、問題視されていたことがその背景にはあるのだそうだ。
ああ、二次創作で良くあるヤツね。
そう思う程度にはネット巡回はしていた彼であったが、次いで男の口から出た言葉に驚かされた。
「そういう訳で、貴方の外見、他の世界で使用する許可をいただけませんか?」
一つの世界での一回の使用に付き一万円。
詐欺だとしても、こっちの腹は全く痛まない話だ。
契約書類を隅から隅まで読み(親切なことに小さく書いた文字や別記の特例など無く、間違いやすい所は色を変えた文字で、しかも太書きしてあった)サインをする。
すっかり忘れた頃、必要な生活費を引き出しに銀行に行った彼はその残高に驚愕した。
一億三千二百万五千八百九十二円。
「な・・・んだと?」思わずネタに走ってしまい、複数回残高を確認したが結果は同じ。
それでも小心な彼は必要な額だけ引き下ろした。
そして一週間後、また家賃、電気代、水道料の振込みで引き下ろしに来た彼は残高に再度驚愕する。
十二億八千四百七十二万六千六百三十四円。
一般庶民の普通口座に入っていていい金額ではない。
それでもやはり必要な金額だけ下ろした。
アパートに帰った彼は郵便受けにチラシ以外のものが入っているのに気付いた。
「全世界著作・肖像権協会」
開けてみる。
明細だった。
使用世界 十二菅理世界。
使用回数 十五万六千九百二十一回。
主な使用目的・・・モンスターの汎用デザイン、どこの国や町に行っても同じ顔の店員用など。
「なんだ、これ?」
問い合わせ先が記載されていたので、電話をしてみた。
あの時の男の声が聞こえた。
「いやあ、酒本さんですか。評判いいですよ、貴方の外見。使用価格がリーズナブルなこともあって、有名漫画家デザインよりも人気が高いです!」
「あの、どんな使い方されてるのか見てみたいんですが?」
「すぐにというのは難しいですが、費用も発生しますし」
「費用と言うとどれくらい?」
「そうですね、最低三億円ですか、そちらのお金だと。まあ、今の酒本さんなら一週間もかからずに稼げる額ですね」
「そうそう、なんか凄い大金が銀行に!」
「ご希望があれば、海外の口座や、動産、不動産での支払いも可能ですよ。後は別の世界から物を買ったりも出来ます」
「はあ、あれ、俺の金なんですか?」
「肖像権の使用料ですね。貴方に正当な権利があるお金ですので、この世界の管理神の方とも話がついてますので、税金その他金銭上のトラブルは一切発生しませんよ?」
電話を切って、じわじわと実感が湧き、数年ぶりに大声ではしゃいだ。
壁をドン! と「うるせえ!」とばかりに叩かれて冷静になった。
平凡(というかそれ以下かも)な外見で両親を恨んだ(まではいかないが「なんとかならなかったのか」とは思った)こともあるが、この外見が金になった!
今までは自分のことで精一杯だったけど、両親にも何かお返しが出来る。
「金銭ではトラブル起きないって言ってたよな。じゃあマンションでも買うか? で引越しは業者任せで・・・大半は廃棄でいいか、引越し先に合わせて家具とかは買えばいいし。生活環境整うまではホテル住まいとかでもいいかもな? いや、そもそもがマンション買う必要あるか? ホテル住まいの方がいいんじゃないか? 掃除とか面倒だし。荷物置き用に交通の便だけ考えたワンルームとか買うなら有りか?」
泡銭は身につかないとは言うが、金銭トラブルが発生しないという以上、使い切るのも難しい金額を無くしてしまうことは考えられない。
女遊びは派遣先で何回か連れて行ってもらったが性に合わない。
賭け事はゲーム中のミニゲームがせいぜい。
何をさておいても欲しい物は無い。
おいしいものが食べられて、好きな本が読めて、やりたいゲームがやれて、ネットに接続出来れば十分。
浮かれていたのは一年目まで。
今思うと、何故あんなことをしたのだろうと思う。
ちょっとした好奇心だったのだ。
ただ、それだけ。
ただそれだけで、お金の入ってくる現在の情況が楽しいものでは無くなった。
色々とオプションを付けて十七億円になった使用例見学異世界ツアー。
そこで彼が目にしたものは……。
全裸でぬぼーっと焦点の合わない目で立ち尽くす自分と同じ外見。
まだまだ子どもっぽい冒険者に初期装備でフルボッコにされる自分と同じ外見。
レベルの高そうな魔術師に大きな炎で焼き払われ、ドロップにも見向きもされない自分と同じ外見。
「ぼくは悪い酒本じゃないよ」とプルプル震える自分と同じ外見。
なにもかもが空しくなった。
他の世界の見学予定もキャンセルし、日本に帰った。
嫌気が差して潰れそうな会社の株式や、誰も買わない様な廃墟じみた不動産などを支払いに当てて貰った。
更に資産が増えた。
潰れそうな会社はM&Aのターゲットとなって資産価値が百倍になった。
廃墟じみた不動産は大規模な開発予定地に組み込まれ、三十倍の価格で売却された。
外国にも同じ様な目的で投資したが、それら全て、逆に資産を増やす結果となった。
「黄金律かよ・・・」資産価値が減ることもトラブルに含まれているのか、何をやっても減らない。
寄附もした。
適当に、胡散臭いところまで行ったが、社会的に高い評価を受けてしまった。
「世界の酒本」今では全世界的にサカモトと言えば彼のことである。
町を歩くのもままならない。
仕方なく引き篭もれば「ミステリアス」だと言われる。
そして今日も独り言を呟く。
「不幸だ……」と。
着想の流れ→ドラ○エのスライムとかパクられ過ぎだろ、外見→その辺菅理厳しくなったらどうなる→一般人の外見に差し替えとか?→スライム扱いの自分とか凄く嫌だなぁ