**・『とある父親の思い』
ふと、物音がして目が覚めた。だが、体は動かさずに寝ているふりをする。
物音を立てた人物は静かに出ていこうとするが、その気配は隠しきれていない。
……まだまだだな。もう少し鍛え直す必要がありそうだ。
完全に無音となり、その人物は外へと出たのが分かる。
最近は夜中に起きてはどこかへ行っている様子だ。
日中の稽古中によく眠そうな顔をしているから、そうだろうと思っていた。
夜中に出歩く事が続くようであればこの前の事もある、危ない事をしているのなら止めなければならないだろう。
――これ以上、俺に心配をかけないで欲しいものだ。
「……まったく、俺も随分あいつに情が湧いたものだな」
自分の今思ったことに呆れながら、俺は起き上がる。
隣を見れば、あいつが使っているベッドがあるが、そこにはもちろん誰もいない。
そこに先程まで眠っていたのは俺の娘……のはずだ。
いつの頃からか、俺は自分の娘にとある疑いを持ち始めていた。
最初に異変に気付いたのは三歳の時。あの時はあいつの行動に気が動転していて気付かなかったが、後から思い出す度に不自然な点がいくつもあった。
生まれた時からあいつは知能が良く、それは《竜に祝福されし子》だと思い、喜んだものだ。
だけど、それは間違っていた。
――三歳のあの時から、俺の娘はおかしくなった。
知能が良い。それだけなら《竜に祝福されし子》だろう。
だが、知らない事まで、知りようがない事まで、知っているのはなぜだ?
あいつは俺に質問をした。それは全て俺の故郷にまつわる物ばかりだ。遠回しに聞かれたが俺には分かる。だけど、俺はそれを一切教えてはいないし、ここでそれを知っている者なんて居ない。
――なのに、あいつは知っていた。知りようがない知識を持っていたのだ。
《竜に祝福されし子》は知能はあっても知識は持たない。
普通ならそれに気づかない。
気付いたとしても、皆は《竜に祝福されし子》だと思い込んで気にもしないだろう。
だけど、俺は知っていた。もう一つの可能性。知能も知識も併せ持つ、子供の正体を――。
東の地を旅している時に話は聞いていたし、実際にそうだと言う者にも会ったこともある。
だが、まさか……。
「自分の子供が、《転生者》とはな……」
誰もいない部屋に、俺の呟きが響く。
ベッドに座り込み、今は居ない目の前のベッドの主に向かって問いかける。
「お前は誰だ? ラクサか? ルシアか? ――それとも別の誰かか?」
俺の娘の中にいる、お前は一体、誰だ。
本当にラクサなのか? ……ラクサなら、なぜ知ってもいない事を知っている?
ルシアが死ぬ寸前に娘に移ったのか? ……いや、それはあり得ない。あいつはルシアではない。
ラクサを奪って乗り移った別の誰かか?
――もしそうなら、お前が娘を奪ったのなら、許さない。
――俺の愛しい家族を奪ったのなら、俺はお前を許さない。今すぐに殺してやろう。
だが、今だに俺はあいつを殺せないでいる。
それは、あいつがこれを望んでいた訳ではないからだ。
あの時、あいつは言っていた。死にたいと、死んであの場所に帰りたいと――。
あの言葉は嘘かもしれない。だが俺には、それは嘘ではないように思える。
……なぁルシア。お前ならどうしただろうか? お前のことだ、きっとあいつの事を受けていれていたのかもしれないな……。
「こんなに悩むのなら、さっさと殺してしまえば良かった……」
後悔するように俺は呟く。
だが、今ではもう、あいつを殺せないかもしれない。
少なからず、あいつに情が湧いてしまった今では……。
――娘を奪った奴かも知れないのに、それでも俺は、あいつを嫌いになれないでいる。
「……なぁ、本当に、お前は一体何者なんだ」
直接聞こうとは思わない。答えによっては俺はあいつを殺すからだろう。
――それは、できればしたくない。中身がどうあれ俺達の娘なのだから。ルシアが命をかけて産み落とした子供なのだから。
遠くから大きな音が響いてくる。音の大きさからして家の近くの森あたりだろう。
この音の原因は……ラクサだろう。
「さてと……。そろそろ灸をすえてやるか」
近くに置いてある刀を手に俺は立ち上がる。
――お前が何者であろうと、今は見逃してやろう。
だが、もしも、娘を奪ったのならば許さない。
そして、次に死にたいなんて言ってみろ。
――俺が殺してやるから、覚悟しておくがいい。
ラクサが生きているのはルシアの願いであり、――俺の願いだ。
死にたいとほざくのであれば、お前は俺の『娘』ではない。
この世界で生きたくないと言うのであれば、その願いを叶えてやる。
だが、生きるつもりがあるのなら、俺はお前を『娘』と呼んでやる。
俺がお前の正体に気づく、その時まで。
――その時がいつ来るのかは分からない。もしかしたらその時は一生来ないかもしれない……。
……まぁいいさ。いつか来るかもしれないその時まで、俺はこの歪な親子を演じてやろう。