6・『不公平な世界』
五日後、それが私の修行開始の日だった。
そういえば五日の間に騒動の切っ掛けを作ったチャールズが父親に連れられて謝りに来ていた。
まぁ本人はまったく反省していないようだったけどね。
さて、今私の家の前には私と父上、親から許可を貰い父上の弟子になったウィリアムと、ついでに弟子になることになったユリウスとクレアがいる。
二人もどうやらあの一件以来、少しは力を付けたいと思ったのか親に許可を貰い参加することになった。
そして私達の見つめる先には赤い髪を風に揺らしているルーファスさんが立っていた。
どうやら父上の言っていた教師とはルーファスさんの事らしい。
教えてもらうなら魔法に詳しい魔術士の人に教えてもらうのが一番だ。
しかもルーファスさんはBランクの魔術士なのだから適任だ。
「なぁナツセ。これ本当に教師代入るんだよな?」
「ああ、もちろんだ」
父上の言葉を聞いたルーファスさんは見るからにやる気を漲らせると、大きな声で話し始める。
「よしゃ! んじゃ、さっさとやって終わろうか!」
ルーファスさん、現金な人ですね……。
そんなことを思いながらも私はワクワクしてルーファスさんの言葉を聞いている。
あの憧れの魔法をついに教えてもらうことができるんだよ! 嬉しいに決まっている!
……まぁ前に自分で魔法を詠唱してダメだったけど、あれはきっと本に書いてあったのが間違っていたんだ。本物の魔術士であるルーファスさんに教わればきっと使えるはずだ!
あと魔素を使った時にちょっと得体のしれない力を持つ事に怖かった事があったけど、今は自分の身を護るための力が欲しいし、こういう力って使い方を間違えなければ便利なことでもあるからね。
「えーとまずは魔法を教える前にみんなの魔力の属性を見極めないと、教えれるものも教えれないからパパっと属性確認やろうか」
その言葉を聞いて私は少し固まる。
……もし私が魔法を使えない理由が【属性なし】だったら?
属性とは魔力に宿る自然の力だ。
この世界には火、水、風、土、光、闇の六属性がある。
そしてこの世界のあらゆる魔法には何らかの属性があり、自分の持つ魔力と同じ属性の魔法を扱えるのだ。
持っている魔力の属性が火属性なら火の魔法を、水属性なら水の魔法を、それぞれ使うことができる。
自分の持っている属性以外の属性魔法は使うことができない。
故に【属性なし】の人は魔法が使えない。
そういえば、この前ユリウスは氷の魔法を使っていた。
それを考えると彼の魔力には少なくとも水属性が宿っているのだろう。
「さてまずは誰から調べる?」
そういうとルーファスさんは金色に輝く綺麗なひし形の宝石を取り出した。
確かあれは魔法石と呼ばれる石だったはずだ。
透明な魔石と呼ばれる石に魔法を封じ込めて作られる魔法石は、魔力を込めるとその封じ込められた魔法を使うことができる。
封じ込められた魔法の属性により色が変わり、その石に魔力を込めれば自分の持っていない属性の魔法でも使う事ができる魔法の石だ。
ルーファスさんの持つ魔法石は、金色だから光属性の魔法が込められているのだろう。
ちなみに魔法石はそこそこの値段があるらしく、庶民にはあまり手を出しづらい物である。
ルーファスさんが魔法石に魔力を込めると、魔法石は光輝きそれと同時に地面に魔法陣が現れた。
「この上に人が乗ると魔法陣が光るんだ。そして光った時の色でその人の属性が分かる」
多分あれが属性確認の魔法陣なのだろう。
確か、火属性なら赤色、水属性なら青色、風属性なら緑、土属性なら橙色、光属性なら金色、闇属性なら紫色に光るはずだ。
「試しに俺が入ってみるぜ」
そういうとルーファスさんは魔法陣の中に進んでいく。
中心について数秒後、魔法陣は光輝き無色だった色を赤色に変え、次に緑色に変え、そして最後に橙色へと変化した後に消えていった。
「まぁ、こんな風に色が変わって属性を教えてくれるよ。属性が複数の場合、順番によって一番得意な属性が分かるぜ。
俺の場合、一番得意なのは最初に出てきた色が赤色だったから火属性、二番目に緑だから風属性、最後に橙色で土属性とそんな感じだ」
ルーファスさんはそう説明してくれた。
……というかルーファスさん三属性持ちだったの!?
私はその事実に驚かされた。
ルーファスさんの持つ魔力の属性は火、風、土の三属性だった。三属性持ちは珍しいと本に書いてあった気がする。
私と同じようにルーファスさんが三属性持ちということに驚いたのか、ウィリアムたちも驚いていた。
「そんな驚かなくていいと思うけどな~。この世の中には結構、三属性持ちが居ると思うんだけど……」
そういう風に何でもない事のようにルーファスさんは言った。
「さてと、そんなことよりまずは誰から魔法陣に入るんだ? あまり時間かけてると魔法陣が消えちゃうんだけど」
その言葉にはっと我に帰った私達だった。
「じゃあ俺が一番乗りな!」
そう言ってウィリアムは戸惑うこと無く魔法陣の中へと入っていく。
先程と同じように中心について数秒後、魔法陣が光輝き、色を映した。
無色だった光が橙色に色が移り変わり、その後は橙色のまま変わることはなく、やがて光は消えていく。
「ふむ、ウィリアムくんは土属性が一つ宿っている魔力みたいだな」
「えー……。俺もルーファス兄ちゃんみたいに三属性が良かったなぁ」
そう言い項垂れるウィリアム。
ちなみにウィリアムとルーファスさんは気が合うようでウィリアムは親しみを込めてルーファスさんの事を兄ちゃんと呼んでいた。
「さて次は誰が行く?」
残った私達にルーファスさんが言う。
「それじゃ僕が入ります。正直に言うともう自分の属性は分かっているんですけど、正確な確認はしたことがなかったので」
そう言ってユリウスが魔法陣の方へと歩いて行く。
彼は水属性持ちだということは分かっていた。
他に何か属性を持っているのだろうか?
魔法陣が輝き現れた色は一番目に青色、二番目に緑だった。
「水と風の属性持ちか、なるほどね」
「やはり二属性でしたか」
ルーファスは興味深そうに、ユリウスは冷静に結果を見ていた。
さてユリウスの番が終わり残りは私とクレアになった。
「ラクサちゃん、私が先に魔法陣に入ってもいいかな?」
クレアが私に確認取ってくる。
正直、もし属性がなかったらと思うと入りづらい。できれば最後がいいなって思っていた。
「いいよ、クレアは何の属性持ちか楽しみだね」
私の答えを聞いて嬉しそうにしながら魔法陣へ向かうクレア。
間もなく魔法陣が光りだして色を変えていった。
映し出された色は最初に金色、次に赤色の二色。
「おー光属性と『火』属性持ちか! 光属性は闇属性と同じく珍しい属性だぞ。それを持つなんて羨ましいね」
そんなふうに言っていたルーファスさんだが、どう見ても光属性ではなく火属性のほうに反応していて嬉しそうだったんですが……。
「やった! 私、二属性持ちだったよ!」
クレアは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねながら喜んでいる。
「おめでとう、クレア!」
「おめでとうございます、クレア」
私とユリウスはクレアにお祝いを言ったが何も言わないのが一人。
「なんで俺だけ……一属性」
そう言ってさらに項垂れるウィリアムだった。
「それじゃ、最後はラクサちゃんだね」
「はい」
とうとう私の番が来た。
不安と緊張で震える手を胸に抑えながら、恐る恐る魔法陣に踏み出した。
そうして魔法陣の真ん中まで来ると魔法陣が光りだした。
――そしてそのまま光は色を変えることなく消えていった。
「……」
どうして、光が消えた? なぜ、色を変えなかった?
ウィリアムとクレアは分からないのか首を傾げ、ユリウスはなんとも言えない顔をしていた。
私はこうなった原因を知っている。可能性は一つだけある。
でも、それは絶対認めなくなかった。
「あちゃーこれは……」
「まさか、嘘だろ……」
ルーファスさんと父上の声が聞こえる。
彼らも答えが分かったのだろう。
そして彼らは私が今、絶対に聞きたくない言葉を同時に言った。
「ラクサには適正する属性が一つも無いようだな」
「ラクサちゃんには適正する属性が一つもないようだね」
う……う……
「うそだあああああああああああああああああああああああ」
私は突き付けられた現実に絶叫した。
この世界のすべての魔法には属性がある。
その属性と同じ属性を持っていなければ魔法は使うことができない。
つまり属性がない魔力【属性なし】は対応する属性が一切無いため、魔法を扱うことができない。
剣と魔法のファンタジーの世界に転生して六年。
前世からの憧れていた魔法がある世界。
しかし私には魔法を使う適正はなかったのだった……。
「いいか、火の魔法と言うのはだな……」
ルーファスさんが生き生きとした表情で魔法について語っている声が聞こえる。
彼の目の前にはウィリアム、ユリウス、クレアが地面に座っていて大人しくルーファスさんの授業を聞いていた。
そして、私はそれを体操座りをして死んだ魚のような目で遠くから眺めていた……。
属性なしである私はルーファスさんの授業を受けても意味がない。
そう、私は属性なしだった。属性がなければ魔法は使えないのだ。
「なんで……私だけ……」
せめてウィリアムみたいに一属性だけでもいいから欲しかったよ……。
そんなふうに落ち込んでいる私の近くに、父上が座り頭を撫でてくれた。
「そう落ち込むなラクサ。俺だって初級魔法でも使えばすぐに無くなる魔力量で……」
「でも父上は風属性を持っているじゃないですか! それに風属性の剣術の魔法ならバンバン使えるじゃないですかあああ!」
私は父上のフォローになっていないフォローに返しながら喚く。
「うあああん! 私は知っていますよ、父上!
数ある魔法の中で比較的消費魔力が多いのは自然魔法であり、一番少ない消費魔力は剣術などの体術魔法だって知っているんだからあああ!
たとえ、自然魔法の初級魔法を一つ扱うだけで魔力が底を尽きる量でも、体術魔法は己の体を鍛えて武器とし、その極限に鍛えた体から放たれる技の補助的に魔力を消費するだけであるため、消費魔力が少なくて沢山使えるということを!
そして、そんな体術魔法にもやはり属性があり、【属性なし】の私には使えないということを! うわああああああ!」
そんな風に魔法が使えなくて喚いている私だった。
ここは剣と魔法の世界だ。
しかし魔法がなくても剣だけでやっていけるかと思えば剣にも魔法が使われている世界だった。
そんな世界で属性が無いために、どんな魔法であろうとも使えないのはなんだか悔しい。
「そうだな……。だがこればかりは生まれ付きだ。諦めるしかないぞ、ラクサ」
父上が困った顔で、それでも残酷に告げた。
「うぐ……」
私を見つつ父上がさらにボソリと呟いた。
「しかし、なんでルシアに似なかったんだ……」
先程、ルーファスさんが言っていたが、私の母上はなんとルーファスさんと同じ三属性だったたという。
なのに、その娘であるはずの私は一属性どころか【属性なし】だった。
私は父上からの慰めとトドメを貰いこの日は修行する気は起きなかった……。
次の日、まだ気分は落ち込んでいたが剣術を父上から教えてもらう事となった。
もちろん他の三人と一緒に受ける。ちなみにルーファスさんは近くで私達を見守っていた。
「さてと……まずは俺の扱う剣術についての説明か」
父上は腰に差した刀を抜きつつ説明を始める。
「俺の扱う剣術は刀と風を使う《風絶流》と呼ばれるものだ」
風で絶ち斬る……そんな感じの流派なのだろうか?
何度か名前を聞いたことがあるが父上の剣技についてはよく知らなかった。
「風ということは、風属性を持っていないと《風絶流》を習ったとしても真の力を引き出せないということですか?」
ユリウスが質問をする。
確かにいくら剣技を習った所でこの流派はあくまで刀と風を使った流派だ。
風属性がなければ使いこなせないのかもしれない。
「まぁな、この中で《風絶流》を正しく継承できそうなのは風属性を持つユリウスだけだろう」
「そっそんな~……」
そんな風に残念そうな声を上げたのはウィリアムだった。
そういえばウィリアムは親と喧嘩しながらも説得して父上に弟子入りしたんだったね。
そんな努力虚しく、せっかく弟子になれたと思えば属性の関係上、継承できないと知って落ち込んでいる。
「そう落ち込むな、ウィリアムくん。
確かに《風絶流》の真の力を引き出すのには、風属性の魔力が必要だ。
だけど普通の剣術部分なら属性なしで誰でも扱うことができる。それだけでも十分通用するぜ。
剣技の奥義目当てじゃなくて、剣術目当てで流派に入門するような剣士だっているしな」
そう言ってフォローを出したのはルーファスさんだ。
「まぁそういうことだ。というわけでこれからお前たちに教える剣術は《風絶流》の剣術だが風属性の魔力を必要としない基本的な部分だ。
《風絶流》は基本スタイルとしては風のように素早い動きで敵を翻弄し油断したところを斬る、そんな感じの流派だ。まぁとにかくやってみない事には分からないだろうから、早速教えるとしよう」
こうして父上の声とと共とともに私達の修行は始まったのだった。
――が、しかし一ヶ月後には父上の弟子は一人を残してやめてしまった。
ウィリアムは元々自分の父親の所で剣術を習っていたため、そちらの剣術のほうが向いていると気付くと、父上の予想通り自分の父親の所で学ぶと言った。
まぁたまに手合わせと剣術に関係ないような技術部分などを、教えてもらいに来ると約束はしていたけどね。
ちなみに魔術士としての才能はないようで、ルーファスさんからは土属性の初級魔法を習っただけだった。
ユリウスは『僕はどちらかと言えば魔術士よりなので』と言い、基本的な剣術のみを習った後はルーファスさんに風魔法を、警備兵の魔術士の所で水魔法をそれぞれ学びに行っていた。
クレアはと言うと……十日で辞めてしまった。
彼女もまた魔術士よりのようで女の子ということもあり修行にはついていけない体力だった。
今はルーファスさんの所で火魔法を、竜神教の教会にいる神父さんの所で光魔法を学んでいた。
ちなみにこの神父さんは私の腕を治してくれた人だった。もちろんお礼をしに行きましたとも。
さて最後に残った父上の弟子、それが私でした。
私に属性なんて無い、だから属性がなくても扱える技術と言うのは限られてくる。
その点、剣術や体術というのは体術魔法である奥義などと呼ばれる技術以外のところで魔力を使うことは少なく私のような属性なしでも扱える。
それに最初は自分の護身術の為に習い始めた剣術だったが辛い修行を耐えて何かを成し遂げる度に父上が褒めてくれた。
私はそれが嬉しくて嬉しくていつの間にか父上に褒められる為に剣術を習い、いつしか剣を振るのが楽しくなっていた。
――まるで前世で部長に褒められて、演技が好きになった時みたいだ。
多分、私は褒められるとそれだけ努力し伸びるタイプなのかもしれない。
まぁそんな感じで私達はバラバラになりながらも日々成長を続けていた。
そして、私は剣術以外についても学びだした。