63・『小さな仲間達』
「こうして見ると本当にルシアそっくりですね」
こちらを見るラザラスの表情は無表情だがその目線は鋭く冷たい。
あの後、捕まった私は場所を移して今は何処かの部屋に椅子に縛り付けられた形でいる。縄を魔力操作で無理やりにでも解こうにも魔法が掛かっているのかその縄は上手く解けない。
「魔女の娘よ、一体何を調べていましたか?」
冷たい声で聞いてくるその質問には私は答えず、口を閉ざす。
「答えませんか。まぁ、良いでしょう。無理やり聞き出すまでですよ」
まさかユリウスと同じく薬でも飲ませるつもりか? そんなもの私には効かないが……。
そう思う私に彼は近づいてくると自分の手を私の頭に乗せた。
「――うッ!?」
手から伝わるように彼の魔法が流れてくる。いきなり流れてきた他人の魔力に混乱しその魔力に抵抗できなかった。
ボーとする冴えない頭にクラクラと吐き気がするほどに目が回る。
そんな私に彼が問いかけた。
「貴方は何をあそこで調べていたんですか?」
「……過去の竜騎士団の行動記録です」
ラザラスの問に私は素直に答えてしまう。抗えない何かの力によって。
「なぜ、そんな事を調べていましたか?」
「……彼らはワイバーンが居た所に姿を現していたからです」
「なぜ、ワイバーン様が関わっているですか?」
その質問に私は必死に抗おうと、開きそうになる口を抑えこむ。
「答えなさい、ラクサ」
だけど、更に私に掛けられた魔法を強められそれに抗うことが出来ず口を開いてしまう。
「……ワイバーン……は……私の……仇だから……です」
私の意志に反して紡がれる途切れ途切れの言葉。
それを聞いたラザラスは今まで見たこともない程に冷たい視線を私に浴びせる。
「なるほど……確か貴方はあの《疾風》の子供でもありましたね。親の仇ですか。しかしだからといって竜神様を傷つけようとするとは……なんと罪深き事でしょう」
そう言ってラザラスは頭に置いていた手を下に滑らせていき、私の首を掴む。
「そんな心を持つ貴方は今ここで殺してしまうのが良いでしょう……」
徐々に込められる力。締め付けられて段々と苦しくなる。
だけど、それも突如として力が抜けられ、苦しさから開放された。足りなくなった酸素を咳き込むようにして空気を吸う私に上から無慈悲な声が降ってくる。
「……ですが、魔素を操るその神の如き能力は惜しいですね」
そういうと私の髪を引っ張るようにして上を向けさせた。こちらを見るその目は何かを見出したかのように期待の目でこちらを見ている。
「……その心を改心させて竜に尽くすようにすれば問題はありませんよね?」
そう言った瞬間にまたしても頭を支配するように魔力が込められる。
入り込んでくる魔力は薄ら寒い程に嫌気がした。まるで私の心を覆い尽くして閉ざし、壊して、支配するかのように侵入してくる。
――竜に復讐をするのは止めておこう。
自分のような声が頭に響き渡る。
――このままでは母上との約束は守れない。だけど、竜を崇めば約束を守れるじゃないか。そして竜のために尽くすという目的も出来る。私はきっと幸せになれるはず。今までと変わらぬ平穏が暮らせる。
頭に反響するのは自分の声? いいや違う。甘美なほどに甘い誘惑を誘う悪魔の声だ。
――黙れよ。そんな幸せは求めていない。
私が守らなければいけないのは母上との約束と――そして父上の仇と皆の仇だ!
必死に抗い、私の魔力を全力で動かす。入り込んでくる物を押し出し跳ね除けるように。
「なっ!?」
驚いた表情をしたラザラスが私から飛び退くように後ろに下がった。そして驚愕の表情をしながら私の頭を掴んでいた手を擦る。
「貴方を改心させるのは難しそうですね」
「……何が改心だ。洗脳の間違いだろ」
荒れる息をしながらもそう言い放ち、悔しそうに顔を歪める彼を睨みつけた。
「いいえ、けして洗脳ではありません。竜神様の素晴らしさに気づかせるだけですから」
そう言って彼はこちらを見下しながら言う。
「しかし……今の私では貴方を改心させるのは無理そうですね。あの御方に魔力の半分を分け与えている今では」
あの御方? 魔力を半分? 一体どういう事だ?
疑問に思う私を睨みつけつつ、彼は冷酷に笑う。
「ですから……貴方を導くのは今夜の儀式が終わってからにしましょう」
その時を楽しみにするかのように彼は微笑する。その笑みは背筋が凍るほどに美しい。
「儀式……?」
私の思わず呟いた言葉にラザラスは実に微笑みながら言う。
「ふふ……特別に教えて差し上げましょう。
――本日の末日。新たな年になるその時に。我らが母、創世竜様は再び我らの目の前に姿を現すことでしょう! 《竜の年》である最後の日に相応しい事でしょう?」
そう言って彼はこちらに笑いかけた。
誰も居なくなった部屋に取り残された私は一人、考えを巡らせる。
ラザラスは一体何をしようとしているんだ?
彼の口ぶりからして創世竜の復活を目論んでいるようだが、神話に登場する居るかも分からない存在を復活させようとしているのか?
もしそうだとして、その復活の為に何をする?
何かを復活させるのに必要なのは生贄とか他人の命なんてのがあるだろう。もしくは魔力か? 創世竜の復活を目論んでいるならそれこそ何十、何百という途方も無い人の犠牲が必要そうだ。
禁忌の術である死者蘇生も百人は必要とか書いてあったかな……。学園の図書館の奥に入れられていた本にそんな事が書いてあった気がする。
しかし、そんな大量の人を生贄にするとしてどうやるんだ? もし王都の全員を生贄にするとしてもこの広い王都を囲える程の魔方陣でも無い限り……。
あ、待てよ! あるじゃないか王都を囲うほどの魔方陣が! 《魔法伝達システム》を利用すればできるかもしれない。《転移魔方陣》もあれを利用しているからもしかしたら不可能ではないだろう。
もしそんな大量虐殺を企てているのであれば、その儀式とやらは止めなければならないだろう。
だが……縛られて身動きが取れない今ではそれを止める為の行動も取れない。
私が居るこの部屋には結界でも張ってあるのかそれに邪魔されて外の情報が分からず、ラザラスが今何処にいるかすら掴めないでいた。
窓から差し込む光からすでに夕方であるのは窺い知れている。このままでは手遅れになるんじゃないのか?
その時、カチャリという音が部屋に響いた。
目の前の扉からその音が聞こえ、まるで鍵が開いた時に聞こえる音。
――誰だ? ラザラスか?
不安に思いながら前を凝視する。
そしてドアノブが回され、開くその扉から姿を現したのは……。
「……ラクサちゃんッ!」
最初はゆっくりと開いた扉だったが、その声と共に勢い良く開け放たれる。扉から飛び出すようにして私に駆け寄ってきたのはクレアだった。
その後ろからは複雑そうな顔をしたウィリアム。少し怒っているようなユリウス。そしてヘンリーとチャールズの姿まであった。
「クレア……?」
少しぼーとする頭で彼女の名を言うとクレアは心配そうにこちらを見ながら言う。
「なにこれ、精神魔法掛かっているの!? ちょっと待って今すぐに解いて」
「待ってください、それよりもこの縄を解いてあげましょうよ」
私を治療しようと動くクレアであったがその前にユリウスに止められた。ユリウスの魔法によって私を縛っていた縄は解かれ、そしてクレアによって私に掛けられていた魔法が消える。
どんどん靄が晴れたようにスッキリしていく頭を抱えているとウィリアムが呟く。
「……なぁ、本当にこんな事していいのかよ」
「だってラクサちゃんが心配だったんだもん。様子を見に来てみればこんな縛られた状態なんていくらラザラス様がしたとはいえ、見てられないし放っておけないよ!」
ウィリアムの言葉に、クレアがそう言うと彼は押し黙る。
どうやら私がこの部屋に連れられていく姿を偶然にもクレアが目撃したようだ。ラザラスに頼んでも会わせてくれなかったから、ウィリアムとユリウスに相談して強行突破の作戦に出たらしい。
「僕たちもラクサさんが心配で付いて来たのですが……まさかこんな事になるとは」
そう言いながらヘンリーが表で警備をしていた兵士を部屋に引きずり込んでいた。よく見ればその兵士たちは気絶しているようだ。……本当に強行突破したんだね。
「全くですね! なんでこんな事に巻き込まれなければならないんでしょう! これも兵士を昏倒させたユリウスのせいではありませんか!」
チャールズは怒った口調でそう言いながらも、もう一人の兵士を部屋に引きずり込んで扉を閉めていた。
「それで、どう言い訳しますか?」
チャールズの不機嫌そうな声にクレアが言う。
「言い訳? ラクサちゃんにこんな事をする奴に何を言い訳しろと? 罰を受けるのはラザラス様の方よ!」
「しかしですねクレア。彼の評判はなかなか崩せる物ではありませんよ。それに無理やり資料室に侵入した事もありますし……」
ユリウスがそう言ってこちらを睨みつける。……そう言えば話を聞きに行くだけだと約束してたね。ごめんよ、事情があったんだ。
「……いや、こんな話し合いに付き合っている暇なんてなかった!」
私はまだクラクラする頭を抑えつつも立ち上がる。近くに置かれた自分の荷物を手に取ると扉へと向かう。
「……どこへ行くつもりだ?」
だけど、ウィリアムが立ちふさがった。
「逃げるつもりなのか?」
「違う。私はしなければならない事があるんだ。退いてくれウィリアム」
「嫌だね! お前のことなんか信用ならないんだよ!」
そう言って彼はこちらを睨む。いくらクレアの手前とはいえ、彼にも譲れないものがあるのだろう。
「そこを退いてくれウィリアム、人の命が……何万という人の命がかかっているかもしれないんだ!」
その言葉にウィリアムが目を見張り、そして鋭い声が飛んでくる。
「……それはどういうことですか? 教えてくださいラクサ」
その声はもちろんユリウスだ。真剣な表情をしたユリウスがこちらを見ている。
「……悪いけど、言えない」
ただでさえ彼らを巻き込みかけているんだ。これ以上彼らを巻き込む訳にはいかない。
「ウィリアム! 絶対にラクサを通すな!」
ユリウスの怒涛が響く中、私は外に出ようと走りだす。立ちふさがるウィリアム。伸ばされた手を逆に私が掴むとそのまま手前に引き寄せるようにして足を引っ掛けて横に転ばす。
地面に転がって呻くウィリアムを無視して私は扉に向かう。
「助けてくれた事には感謝するよ。それじゃあね」
彼らに背を向けてドアノブを回し、扉を開けると出ていこうとするのだが……。
「――人に相談しろと言ったのは貴方ではありませんでしたか?」
そんな声が聞こえてきて、動きが止まる。
「この僕にそう教えておいて、自分は相談しないのはなんだが理不尽ですよ」
その言葉を言ったのはチャールズだ。私は彼を睨みつけながら答える。
「……別に君達に相談しなければならないほど困ってはいないんだ」
「ほぉ? 縛られていたくせによく言いますね」
彼はこちらに近づきながら言う。
「……本当に僕らの手を借りなくともできるんですね? そうですよね、貴方ならできるでしょうね」
そんな彼の態度に思わずため息が出てしまう。それは先程扉を開けた時に感じ取った周囲の状況から、彼の言っている通りに自分だけではなんとも出来ない状況であったからだ。
静かに扉を閉じて再度部屋を見渡す。そこには五人の子供達がいる。
――こんな子供達を巻き込みたくはなかったんだけどな。
「本当……状況は最悪だ」
外の現状とそして私の仲間たちを見て、思わず呟くのであった。
彼らにしてもらう事を二つだけ頼んだ。
一つはこの部屋から私が抜けだしたことを悟られないようにすること。それを誤魔化す役としてヘンリーとチャールズが兵士の格好をして部屋の前に立って誤魔化す事にした。チャールズは良いとしてヘンリーは身長が低くて兵士になれるか心配だったがそれは魔法でなんとかすると言っていたからきっと大丈夫だろう。
残りの三人。クレア、ウィリアム、ユリウスの幼馴染み組は《魔法伝達システム》の中継基地に向かって貰っている。どうやらそこに竜神教らしき信者がいるようでそれを止めてもらう為に彼らに出向いてもらった。私の予想が正しければ、中継基地にいるのは魔方陣を安定させる係だろう。もっと沢山中継基地はあるのだが人数が足らないので仕方ない。まぁ、大掛かりな仕掛けの分、一人でも欠けたら少しは影響が出るだろうと思っておく。
……まぁ、体良く人払いはできたかな? 彼らの仕事も重要ではあるものの、やはりあまり巻き込みたくないと思っていた。
さて、そんな私は何処へ行くかと言うともちろんあいつの所だ。
何処へ行ったのか最初は見付けられなかった。だって王都の何処にも彼の反応がなかったからだ。
だけど、クレアの証言の元私はとある場所に向かっていた。
そこは大聖堂の地下。地下に続く階段を下る度に冷えていく空気とそして強まる結界。
何かから隠すように張られた結界に包まれた地下空間。
その結界を叩き壊すようにしては私はその地下にできた聖堂へと足を踏み入れた。




