59・『空を制する者』
「本当に……白い」
鏡に映った自分の瞳を見て、思わず驚く。自分の瞳は母上譲りの青い瞳なのだが、今の瞳は少しだけいつもと違っていた。
その瞳は、瞳孔の部分が黒から白になっており、さらに瞳孔を囲うように白い同心の円が浮かび上がっている。虹彩の部分は青と白が混じったような色をしており、どこか鼓動するように動いている。
こうなった原因はどうやら魔力操作で脳に魔力を送り、感覚を研ぎ澄まさせた影響のようだ。
なんだろう、魔眼みたいだね。いや心眼といったほうがいいのか……。
魔素や魔力を視る際にはけして視力を必要としない。感覚で感じ取っているようなものなので、目を瞑っていても関係ない。心眼のように心の目で視ているようなものだ。
多分、脳に魔力を送っている影響が現れているのだろう。そう検討付けて、なんとなくこの現象というか魔力操作を使って感覚を研ぎ澄まさせて魔素など視ることを《魔心眼》と呼ぶことにする。
中二病だな……。いや、もうこの世界でそんな事言っても意味ないか。まぁ分かりやすいからこれでいいや。
そんな感じに雑に自分の能力に関して名づけてみた所で、頭痛がしてきたので魔力を送るのを止めた。すると瞳はいつもどおりの青い瞳に戻る。
それを確かめてから、私は支度を終えて自分の部屋を出ていった。
《聖竜祭》二日目の今日は、総魔武闘大会の一般の部が開催されている。
そんな私は参加者として現在、昨日は観客として上から見ていた闘技場の白い石畳の上にいた。
予選はすでに終了している。だけど私は学園の教師だからか、予選は無かった。
そんな本戦一戦目、私の目の前には冒険者らしき男の姿。使う獲物は剣だ。雰囲気からしてCランク冒険者といった感じか。この王都に居るということは、この国民なのだろう。
「おいおい、なんで子供が一般に参加してんだよ。坊主、子供の部なら昨日にとっくに終わったぞ?」
「そうですね。しかし一つ訂正しますと昨日のは学生の部ですよ? 子供専用の大会というわけではありません」
確かに、昨日の学生の部は子供の部と言えよう。だが、この王国の魔法学校の交流の一環として行われているので学生ではない子供は基本的には参加できない。逆を言えば学生ならば、大人でも参加できる。
では、学生ではない子供が大会に参加したい場合はどうするかと言えば、一般の部にでなければならない。むしろそれが当たり前だ。昔は学生の部など存在もしなかったらしいし。
多分この男は私が学生だと勘違いしているのかもしれない。教師用のローブは生徒用に似ているからね。
「ふん、まぁいいさ。子供相手だから楽勝だぜ」
そう言い切った冒険者の声と共に、審判の開始の合図が響く。
……予選を楽々通過してきたのだろうな。余裕そうな男を見ながらそう思う。子供の私よりCランクの彼がここにいるのが不思議である。
さて、そんな男が先に動くがなんと透明になって消えてしまった。
なるほど、姿を消してからの奇襲攻撃かな? それで勝ち上がったのだろう。男が勝ち上がってきた理由が分かった。
だけど、全部を隠せないようだ。
姿は消えている。だけど、私には男がどこにいるか分かってしまう。魔素の流れの乱れから、男の持つ魔力の反応から、男の位置が手に取るように分かった。
左から攻撃が来る。それを難なく防ぐ。男の焦りのような声が聞こえてきた。すぐに男は離れ、再度今度は後ろから攻撃。頭を狙われたのでしゃがむように回避する。
「……なんでっ!?」
そんな男の驚く声が聞こえきた。声を出したらそれこそ位置がバレますよ?
「私には視えていますよ!」
そう言って後ろに飛ぶようにして離れようとする男に迫り、叩き切る。胸を縦に斬られた男は賭けられていた防御魔法があっけなく崩れ去った。
今回のルールも決闘と同じく防御魔法を壊せば勝ちである。耐久値を削りきれば勝ちなのだ。
しかし……私の攻撃は耐久値など無視するように防御魔法を消した。それは事前に《魔心眼》を使って男に掛けられた防御魔法の弱点を見ていたからだ。《魔心眼》は一瞬使うだけなら頭痛に悩まされることもない。
「嘘だろ……」
尻もちを付いた男が驚いた表情をしながらこちらを見ていた。確かに一瞬で防御魔法が消え去ったのだから驚くのも無理は無い。しかしそういうことは予選の時点で多々あったはずだ。その殆どは防御魔法を一瞬で壊すような強い攻撃なので、私のように弱点を付いて魔法を消し去るようなやり方ではないが。
「この勝負、ラクサ・ギナの勝利!」
審判の声が響き、私の一回戦の戦いは終わりを告げた。
「ラクサちゃーん! すごいね! 見えない相手なのにすぐ勝っちゃうなんて!」
試合が終わった私に話しかけてきたのはクレアだ。その後ろにはいつものようにウィリアムとユリウスがいる。
「わしも見ておったぞ。魔法を壊すでなく、消し去るなんてようやるわい」
そして何故か校長までもいた。どうやら《属性なし》がどんな戦いをするのか気になって観戦をしに来たそうだ。
「でもよぉ……次の対戦相手って」
ウィリアムがそう呟いた所でこちらに近づいてくる人がいた。
「ラクサ嬢、君ならば勝ち抜くと思っておったぞ」
そう言って現れたのはアイザックさんだ。彼は校長に一礼をした後に私に話しかけてくる。
「次の対戦が実に楽しみである。……あの時の続きをしようじゃないか」
アイザックさんが実に楽しそうに笑うが、こちらを見るその猛禽のような瞳は鋭い視線だ。
そう、次の対戦相手はこの人。《笑う鷹》と呼ばれし実力者だった。
観客の歓声を聞きながら、私は歩く。その向こう側からは、アイザックさんが歩いてくる。
二人が審判の元に付いた。いよいよ私の第二回戦が始まる。
「……さて、あれからどれだけ強くなったか楽しみである」
そう言って笑うアイザックさんに向かって私も笑いかける。
「ええ。私も、貴方がどれくらい強いのか気になっていましたから楽しみです」
彼はAランク級の実力を持っている元王国騎士団長だ。そんな彼に勝ったルーファスさんは去年の優勝者だという。
彼の実力からルーファスさんがどれくらい強いのか分かるだろうし、それに……。
アイザックさんに勝たなければ、私はルーファスさんにも勝てないという事になる。
最初に立ちふさがる壁に、少しだけ怖気つく。
その心を鎮めるように、いつもの様に頭を切り替える。
――勝てないなど、考えている暇などない。勝たなければ、ならないんだ。
一つ息を吐いて、閉じていた目を開ける。こちらを睨みつける黄金の瞳を、私も睨み返した。
「それではこれより、第二回戦、アイザック・ホーキンス対ラクサ・ギナの試合を始める!」
審判の開始の合図が聞こえてきた。
しばらく流れる静かな睨み合い。そして、突如としてその時は訪れた。
動いたのはほぼ同時。真っ向からアイザックさんの剣が迫る。それ屈んで避けて、居合い斬りをするが、逆手に持ち変えた大剣が縦に私の剣を防ぐ。
私の刀を左に弾くようにするとアイザックさんは回し蹴りを放つ。放たれた蹴りを魔素の流れに乗って上に飛んで逃げる。そのまま上に上昇して急降下からの攻撃を仕掛けようとした所で、アイザックさんが飛んだ。
下から急上昇をするようにこちらに向かってくる彼の突き出された剣を空中で受け止める。
「空を飛んだが運の尽き。私の領域へようこそ、ラクサ嬢」
「……どういう意味ですか?」
私の問に答えず、アイザックさんは笑うのみ。
アイザックさんが刀を弾き、剣を横薙ぎにする。それを受け止めるが、空中ゆえ踏ん張ることなどできず、その勢いのまま横に吹き飛ばされる。
「――っ!?」
その吹き飛ばれた先に……アイザックさんの姿。いつの間にと驚く暇もなく、彼の大剣が振られる。なんとか体を捻って受け止めようとするが、結局背中に一撃を貰う。そのまま更に今度は反対方向へと吹き飛ばされた。
またしても先回りをしたアイザックさんがその先に居る。このままだとまた吹き飛ばされて、防御魔法の耐久値が削られるだろう。
私は動く。この吹き飛ばさた勢いをしつつ魔素の流れを加える。速くなった私の動きを見て、アイザックさんが空中だというのに横へと避けた。
そのまま私は観客席を守るように張られた防御結界の壁の方まで行き着く。なんとか壁にはぶつからなかった。壁に張り付く形になった私に向かって、アイザックさん剣を突き出しながら突進をしてくる。
それを壁を足がかりに上に飛んでやり過ごす。後ろから結界にぶつかった音が聞こえてくる。
飛ぶ私を追うようにアイザックさんも結界の壁を足場にこちらに飛んできた。そんな彼に向けて《斬撃波》を放つが、それを横へかわされる。
ならばとかわした方向にさらに《斬撃波》を放つが、空中で足場があるかのように宙を踏み込んで彼は飛んで《斬撃波》を避けてみせた。
そのままこちらに向かってくるアイザックさんの攻撃を魔素の流れで避けるが、避けられたアイザックさんはまたしても宙の壁を踏んでこちらに飛んでくる。風を操り壁のような物を宙に創りだし、それを足場にしているようだ。
――宙を素早く舞うその様はまさに鷹。空を制する騎士がそこにいた。
彼の動きが早いもので、受け流したりしてはいるが空中ゆえ動きが取りづらい。徐々にだが確実に私の防御魔法の耐久値が減っていく。
「どうした、ラクサ嬢? 君の実力はこれほどではないだろう?」
アイザックさんが笑顔を携えながらそんな事を言う。
やはり一筋縄でいかない。この後の事を考えるとあまり魔力を使いたくなかったが、このままではここで負けてしまう。全力でやらなければ、この人には勝てない。
次の攻撃を打合せた所で、私は《魔心眼》を使うことに決めた。
魔力を活性化させると、徐々に周囲の魔素をいつもよりも身近に感じ取れるようになっていく。
そのまま、打ち合わせた剣を弾き、魔力操作によって速さも威力の上げた攻撃を打ち込む。
「ぐっ」
弾き飛ばされたアイザックさんを追うように宙を飛ぶ。彼はまたしても足場を使って逃げるように上に飛んだ。私も彼を追うように、彼のように魔素で足場を作り、それを踏みしめて空を飛ぶ。
彼よりも早く高く跳ぶと、彼を撃ち落とすように刀を振るう。アイザックさんの肩に当たり、彼に掛かった防御魔法が削れた。
そのまま真っ逆さまに落ちていくかと思われたが、彼は途中で立て直し、地面には落ちなかった。別に地面に落ちても負けではないのだが、こうも空中戦を繰り広げていると地面に落ちたら負けという感覚に陥る。彼もそう思っているようだ。
「ほぉ……私の真似かね、ラクサ嬢?」
先程自分の技を真似され、一撃を貰ったというのに彼は嬉しそうにそう言った。
「だが、物真似が上手いのは君だけではないぞ?」
そう言ったアイザックさんがこちらに向かって飛んでくる。彼の持つ剣に魔力が宿るのが視えた。嫌な気配を覚えつつその剣を受け流し、できた隙を突こうとするが――。
「何っ!?」
先程、アイザックさんの剣が通った道筋を通るように氷の刃が作り出された。
それはまるで――《幻影の刃》のようだ。
冷たい冷気を放つその氷の刃に斬られた私に向かって、さらにアイザックさんの攻撃が迫る。繰り出される剣、そしてその後にはやはりその軌道を通るかのように氷の刃が出来ていく。私の《幻影の刃》のように追従するのではなく、剣が通った道に氷の刃が出来ていく仕組みのようだ。現にできた後の氷は地面に落ちていく。
アイザックさんの剣を避け、その後に出来た氷の刃もかわし、その氷を足がかりにして飛ぶようにして次の攻撃を避ける。しかし、横薙ぎに振られた剣は先程私が足がかりにした氷の刃を引き裂き、その破片をこちらに撒き散らした。
細かな氷の礫はそのどれもがナイフのような鋭さを持っている。それを刀と魔素の風で撃ち落とす。そんな私に向かって近づくアイザックさんの重い一撃を受け止める。受け止めたものの、その大剣には冷気が宿っており、その冷気によって刀とそして私の腕が凍りつく。
すぐに剣を打ち返し、氷を割るようにアイザックさんの胴体へと刀を打ち付ける。大剣によって阻まれたがなんとか凍りついた氷はその衝撃で剥がれ落ちた。衝撃に逆らうこと無く右へ移動するアイザックさんに向けてその剥がれ落ちた氷を利用する形で魔素の突風を吹かせる。
だがアイザックさんが剣を回し氷の盾を出現させて、その攻撃を防いだ。その氷の盾をこちらに蹴り飛ばしてくる。氷の盾は魔法で創られている。だからその中を流れる魔力から弱点を割り出し、そこを突くように斬った。
呆気無く崩れ去った氷の盾。その向こうからアイザックさんの剣が来る。それを避けるが、顔を狙うように拳が迫る。右頬を殴られ、その勢いのまま吹き飛ばされた。
くるくると回るようにして吹き飛ばされたが、なんとか魔素を操り、体制を立て直す。
――その最中に異常なほどの魔力の流れ感じとる。
上を向けば大剣に氷を纏わせて、更に大きくさせた剣を携えたアイザックさんが太陽を背にいる。
「さぁこれを受けきれるかな、ラクサ嬢?」
実に楽しそうに笑いながら、こちらに向かって急降下を開始する。さながら獲物目掛けて地面に急降下する鷹のようだ。
そんな私は獲物であろう。
――だけど、簡単に仕留められると思わないください。
刀に魔素を纏わせる。彼の様に大きな剣となるように魔素を刃を纏わせた。
「魔法を使ったのが運の尽き、ですよ!」
迫る氷の大剣を、斬る。《魔心眼》によってすでに大剣の弱点は把握していた。
弱点を突かれた氷の大剣は散るように崩れていく。
氷が落ちる中それを避けつつ、急降下の勢いを利用するように彼をすれ違いざまに斬る。
斬られたことによって破壊された防御魔法とともに、彼は落ちていく。
落下していく彼は、最後まで笑顔であった。
「そこまで!! この勝負、ラクサ・ギナの勝利!」
彼が地面に落とされた瞬間に、試合の終わりを告げる声が響いた。
「クックックッ……アーハッハッハッ!」
地面に降り立った私にアイザックさんの高笑いが聞こえてくる。今だ地面に転がったまま、彼は起き上がらずに笑い声を出していた。
「まさか……この私が小娘に撃ち落されようとは」
しばらく笑い終わった後にそう言って彼は起き上がる。
「見事であったラクサ嬢。君との戦闘は実に楽しかった」
アイザックさんはこちらに握手を求めるように手を差し出した。私もそれに応えて、差し出された彼の手を握る。
「私も、なかなか楽しめました。まさか私の技を真似されるとは思いませんでしたよ」
「はは。そうかそうか。……しかしまだまだ君は本当の力を出していないようだったね」
そう言ってこちらを握る手に力を込める。まるで全力を出していなかったことに対して怒っているかのようだった。
「全力でしたよ? 今出せる範囲まででしたけど。私の全力は魔素に左右されますので」
魔素があればあるだけ私は強くなると言っていいだろう。だが魔素がなければ、実力の半分も出せないほどに弱体化する。
「……そうであったな」
私の答えに納得したのか、アイザックさんは力を込めていた手を緩めて離してくれた。
「できればそんな君と戦ってみたかったが、まぁ今回はこれで良しとしよう」
そう言ってアイザックさんは実に嬉しそうに笑った。そして今度は神妙な顔つきでこう言った。
「それに、君が最近取っていたあの行動も、何か理由があるのだと剣を通じて知ることができたからな」
「えっ? な、なんで……」
「剣打ち合えばそこから気持ちが伝わるものだ。君はわざとあの行動をしておったのだろう? なぜそのような事をしたのか分からんが、君が悪い者ではないと分かっただけ良かった」
そう言ってこちらに微笑むアイザックさん。
だけど、そんな説明をされても私には理解が出来ず、ただただ不思議に笑うアイザックさんを見返すしか無かった。




