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5・『無力な自分』






 どれくらい時間が経っただろうか。


 外は暗闇に染まりきり、月と星が夜空に輝きだしている。

 極度の緊張と疲れからかクレアが眠そうにしているのを起こしながら助けを待ち続けた。


 すると外から土を踏みしめる音が聞こえる。もしかして助けが来たのだろうか?


 期待しつつも警戒し、クレアにここへ残るように言って外へと出る。


 外は月明かりによりそれほど暗くはない。

 木の枝を握りしめながら音がする方を見つめていると暗闇からその音の正体が進み出てきた。


 それは人間ではなく一匹の《黒妖犬(ヘルハウンド)》……。


 希望が絶望へと変わった瞬間。

 私は木の枝を握り直すと、真っ赤な瞳でこちらを睨みつけてくるヘルハウンドと相対する。


 中身は二十三歳だとはいえ今は六歳のか弱い少女だ。

 そんな私が魔物に勝てるとは思えなかったが逃げることは出来そうにない。


 自分の身とクレアを護るために覚悟を決める。


 ――大丈夫。確かに私は幼い少女だけど私にはあの魔素を操る力がある。それをうまく使えば、もしかしたらヘルハウンドを倒せるかもしれない。



 先に動いたのはヘルハウンドだ。

 一直線に私へと向って走ってくる犬に、この前と同じように魔素の流れを視るとその流れに沿って枝を勢い良く振り下ろす。


「ガァッ」


 勢い良く放たれた《斬撃波(スラッシュウェーブ)》はヘルハウンドの顔に直撃し、呻き声を上げた。

 しかし頭から血が流れているが与えた傷は深くなく、ヘルハウンドはまたこちらに向って走りだし飛びついてくる。


「うわっ」


 迫り来る牙をなんとか体をひねり回避。

 ヘルハウンドは勢いのまま私を通り過ぎ、くるりと振り返るとまた私に飛びついてくるようだ。

 もう一度木の枝を振り、魔素の塊をぶつける。


「ギュルルッ」


 今度は背中に当たった。先程よりも近い距離から当てたからか傷が少しだけ大きい。

 背中から血を流したヘルハウンドが痛みに呻きながら私を睨みつける。

 動きの鈍くなったヘルハウンドにさらに攻撃を加えようと木の枝を振りかぶろとしたその時。


「ラクサちゃん! 後ろ!」


 クレアの声が聞こえてきてその声に従い後ろを向くと、そこには新たにもう一体のヘルハウンドが噛み付こうと大きな口を開けて目前まで迫っていた。


 この距離では避けきれない。そう思い、左腕を前に出す。


「ぐっ」


 左腕を噛まれ鋭い痛みと赤い血が流れた。


 痛さを必死に堪えながら右手に持っていた枝を回し、魔素の渦を作ると左腕に噛み付いているヘルハウンドにぶつける。


「ガウウウッ!」


 左腕に噛み付いていた為に回避することが出来ずに、魔素の渦の直撃を食らったヘルハウンドは腹を抉られ大量の血を流しながら噛み付いていた腕を放して離れていく。


「ガアア」


 噛み付いていたヘルハウンドが離れた瞬間、後ろから聞こえてきた犬の唸り声に振り返ると最初に襲ってきたヘルハウンドがこちらに向って突進してくる姿が見える。

 

 左腕の痛みを我慢しつつ避けようとするが一瞬遅かった。


「ぐはっ」


 直撃を食らうと子供の軽い体の為にそのまま数メートル吹っ飛ばされてしまった。

 そのまま地面を転げ落ちると、吹き飛ばされた痛みと左腕の痛みが私を襲う。

 噛み付かれた腕から大量の血と、そして魔力が体の中から流れ出てゆくのを感じる。

 体が重くなり立ち上がることが出来ず、うつ伏せのまま前を向いた。


 目の前にはヘルハウンドが二匹。


 どちらも傷を負っているが私やクレアを殺すには十分な力がまだ残っているようだ。

 私は何とかしようと体を動かそうとするが力が入らない。木の枝も先程吹き飛ばされた時に落としてしまった。


 ――私にもっと力があれば……。せめてもう少し魔素の扱いを使いこなせるようになっていたら、こんな事にはならなかったはずなのに……。


 私は自分の無力を思い知った。

 いつも平和な所に住んでいたために力なんて必要ないと思っていたのだ。

 だが、危険なんてその辺にたくさんあるではないか。

 私は痛みと悔しさと後悔で涙を流していた。


 ――私はここで死ぬの? この世界で生きると決めたのに、まだ六年しか生きていない。

 私は死にたくない、クレアだって死なせたくない!


 私に迫ってくるヘルハウンド達を睨みつけながら思う。


 ――誰か、助けて……。私達を助けて、助けてよ!


「父上……」


 思わず父上の名を呼ぶ。目前にはこちらに近づくヘルハウンド達。

 それを見て迫り来る死から逃れようと涙を流しながら目を閉じようとする。


 ――その時、風が頬を撫でた。


 閉じようとしていた目を開けると次の瞬間、シュッという音と共に疾風が走る。


 それと同時に私に一番近かったヘルハウンドがバラバラの肉片に変わりながら崩れ落ちた。

 また風が吹いた時には二匹目のヘルハウンドも同じような状態になる。


 何が起きたのが分からない。

 しかしヘルハウンドだった物の中心に、私の目の前に、誰かが居た。


 綺麗な黒い髪と夜の闇のような鋭い瞳を輝かせて、一振りの刀を手に月明かりに照らされたその人はどこか幻想的で幻なのではないかと思えるほどだ。


 その人は鋭かった瞳を優しい眼差しに変えて私に呼びかけた。


「ラクサ、大丈夫か?」

「……父上!」


 私のよく知った顔が、今一番会いたかった人物がそこに居た。

 父上は刀を鞘にしまい、私に近づくと体を支えて助け起こしてくれた。


「噛まれたか。すぐに治療魔法が使える魔術士の所に連れて行ってやるからな」


 父上は血だらけの私の腕を見て安心させるように言う。


「おおーい! ナツセさーん、子供は見つかったかー?」


 遠くから大人の声と複数人が近づいてくる足音が聞こえてきた。


「あ、パ、パパ! パパー!」


 クレアが近づいてくる集団の中に父親を見つけたのか、泣きながら大声を上げて急いでそちらの方へ向かっていく。


 ああ、助かったんだね……。


 だけど私はまだ気になることがあった。


「父上……ウィリアムとユリウスは?」


 森で逸れてしまった二人の事も気になったのだ。無事だといいが。


「安心しろ二人とも無事だ。彼らならお前たちよりも先に見つかった。

 一番先に見つかったのはユリウスで、彼は自力で森を出た後に俺たち大人にこの事を知らせてくれたんだ。ウィリアムはケガをしていたがお前ほどではない傷だったぞ」


 そっか……ユリウスが知らせれくれたんだね……。


 ウィリアムもケガをしたようだけど、私ほどではないということはきっと大丈夫なのだろう。


 私はすっかり安心して、父上に抱かれて移動している間に意識を失った。







 目が覚めるとそこは自分の家のベッドの上だった。


 窓から差し込む光りを見るに今はお昼ごろだろう。

 あれから意識を失って今まで寝ていたようだ。


 噛まれた左腕を見ると傷一つなく元通りだったが、少し痺れるような痛みが残っていた。

 きっと魔術士の治療魔法によって治してくれたんだろう。


 魔術士の腕によっては元通りに治すことはできても、しばらく痛みが残る場合があると本に書いてあったはずだ。


 だけど普通に動かすのには問題はない。

 私は治療魔法をかけてくれた魔術士さんに感謝をするのだった。


「ラクサ、目が覚めたか」


 そう言って父上が、寝室に入ってきた。

 手にはトレイを持ち温かいスープとパンが載っている。


「体は大丈夫か? 昼ご飯を持ってきたが食べられるか?」


 父上がトレイを目で示しながら言う。

 そういえば昨日の夕飯も食べ損なっていた事に思い当たる。なんか急にお腹が空いてきたような……。


「食べます!」


 私が元気よく返事をしてそれを聞いた父上が嬉しそうに、私にお昼ご飯を渡してくれた。

 温かいスープは色々な野菜が入っておりとても美味しい。

 パンも少し固いがこれが良い。スープに浸して食べればさらに美味しさが上がる。


「ごちそうさまでした!」


 私はすぐに完食をすると手を合わせて先ほどの言葉を言う。

 これも父上の故郷に伝わる習わしらしい。

 なんとなく父上の故郷は日本に近い風習を持つ所なんだろう。


 父上は食べ終わった私を優しく見ていたが真剣な顔に変えると鋭く言った。


「ラクサ、昨日はどれだけ心配したか分かっているか?」

「う、ごめんなさい……」


 それから父上に説教されてしまった。こうやって父上に怒られるのは久しぶりかも知れない。

 それだけ父上は私の事を心配してくれたのだろう。


 ひと通り説教を聞かされた後に玄関を叩く音が聞こえた。


「ナツセさん居ますか? ボールドウィンですが」

「ああ、今開けます」


 ボールドウィンは確かウィリアムの姓だったはずだ。ということは……。


 私がベッドから起き、寝室を出た所で玄関の扉が開かれるとそこには予想通りにウィリアムと彼の父親であるガッチリとした体とウィリアムと同じ茶色の髪を持った男性が並んで立っていた。


「この度は本当に本当にうちのバカ息子が迷惑をかけてしてしまい、そしてそれにナツセさんの娘さんを巻き込んでしまって申し訳有りませんでした!」


 ウィリアムの父親は勢い良く頭を下げて謝罪の言葉を言う。

 ウィリアムもどこか気まずそうにしていたがなんだか不満そうでもあった。


「ウィリアム! お前も謝るんだ!」


 頭を下げないウィリアムに父親は無理やり頭を掴んで下げさせようとしていた。


「うぐ、確かに俺が森に行ったのが原因だけどよ……森に行けと言ったのはチャールズだし、三人共勝手に付いてきたんだし……俺は」

「まだ言うか! このバカ息子が!」

「いでっ」


 ウィリアムの頭に置かれていた手が拳に変わりそれをウィリアムの頭に勢い良く落とした。


「すみません、こいつには後でキツく言っておきますから」


 そう言いながらまた謝るウィリアムの父親だった。


 すると頭を抑えていたウィリアムが突然大声を出してこんなことを言い出す。


「痛いんだよ! 大体親父がもっと俺に剣術を教えてくれてたらこんな事にはならなかったんだよ!」

「お前のような未熟者には一気に全て教えるわけがなかろうが!」

「親父が教えないから俺は未熟者なんだよ! 俺に力さえあればあんな犬なんて倒せてラクサだってケガをせずに済んだんだ!」


 力さえあれば……。私はウィリアムの言葉にあの時の事が甦る。


 もっと力があればあの犬だって楽に倒せたかもしれない。

 もしあのまま父上の助けが遅れていたら私達は死んでいたかもしれないのだ。


「だから俺は! 親父の弟子なんて辞めてラクサのお父さんの弟子になる!」


 ウィリアムはそんな事を大きな声で言った。


 え? 父上の弟子になる? ウィリアムが?


 私は驚いた顔でウィリアムを見る。

 そして父上たちも驚いたのだろう、声を発すること無く固まってウィリアムを見ていた。


「俺を助けてくれた時のラクサの父ちゃんはすげー強かった! 俺の親父よりも!

 さすがBランク冒険者だぜ! だから元Cランクの冒険者の親父に剣術を習うよりも、ラクサの父ちゃんに教えてもらったほうがいいと俺は思った! 


 だから俺を弟子にしてください! ラクサの父ちゃん……いや師匠!」


 ウィリアムは真っ直ぐで熱い目を父上に向けていたが……。


「こ……この、大馬鹿息子があああ!」

「いでえええ」


 先程よりも強い力でそれこそゴンッと重く痛い音を響かせながらウィリアムは父親に殴られたのだった。





 しばらくウィリアムとウィリアムの父親は激しい怒鳴り声と拳を振り回しながら、私達の家の玄関先で言い争いをしていたよ。

 とりあず落ち着いた所で父上が詳しい話は後日にしましょうということで彼らは帰っていった。


 まったくウィリアムはなんてことを言い出すのやら。

 でも、あれでもウィリアムなりの反省の仕方なのかもしれない。


 ウィリアムは今回の事を自分のせいであり、それは無力な自分がみんなを守れなかった事が原因だと思ったのだろう。

 私と同じく自分の無力を痛感していたからこそもっと強くなりたいと思い、父上に弟子入りをしたいと頼み込んできたと言うわけだ。


「父上はウィリアムを弟子に取るつもりですか?」


 私は気になり父上に聞いてみた。

 少しの間の後、父上は難しい顔をしながら答える。


「そう言われてもな……。俺は弟子なんて取ったこと無い、だが指導自体はちゃんと出来るだろうが……」


 父上はさらに難しそうな顔で悩む。

 どうやらウィリアムを弟子に取ることに関しては良さそうなのだが、なにやら悩んでいる様子だ。


「何かダメなところでもあるの?」

「ダメというわけじゃないんだが……。俺の剣術は刀の剣術だ。ウィリアムはきっとロングソードなどの両刃の剣術を教えられていたと思うんだ」


 なるほど、父上が悩んでいたのは剣術の違いのようだった。

 確かに片刃である刀と両刃である剣では扱い方が違い剣術にも違いが出てくる。


「それに俺が見たところウィリアムは刀ではなく剣のほうが向いている気がするんだ。だから俺に教わるより、あのままウィリアムの父親に教えてもらったほうが良いと思う」


 つまりウィリアムは父上に弟子入りするより、自分の父親の弟子のままのほうが強くなるってことなのか。


「とりあえず教えてみて、向いてなさそうなら本人に言えばいいんじゃない?」


 私が言えるのはこれくらいだった。剣術のことなんて何一つ知らないからね。


「ふむ……まぁ親が許可を出したらそうするか」


 そういって父上はとりあえずウィリアムの弟子入りを許可するようだった。


 ならば私も、と思い父上に向いて真剣な表情で言う。


「父上、私も父上の弟子にしてくれますか?」


 父上は驚いた顔をして私を見ていた。


 あの時、私は無力だと知った。

 他人を助けるどころか自分を護ることも出来ないほどに弱い自分が嫌になったのだ。

 せめて自分の身を守れるくらいには強くなりたいと思う。


「そうか……。俺もお前のために護身術ぐらいは教えようと思っていたから丁度いい」


 そういって父上は私の頭を優しく撫でてくれた。


「ありがとうございます! 父上!」


「ああ。だが最初は剣術ではなく魔法を教えようと思う」


「えっ? 魔法……ですか?」


 私はきょとんと父上を見る。

 この場合の魔法とはきっと魔術士達が使う自然魔法のことだろう。


 しかし父上は剣士であり、魔法も少し使えるとはいえ専門ではない。

 なのに最初に教えてくれるのは魔法だという。


「お前は女の子だ。剣などは振り回すのは難しいかもしれない。そこでまずは魔法を使えるようにさせようと思ってな。それに丁度いい教師がいるからな」



 そう言って笑っていた父上の笑顔の意味を知るのは五日後の事だった。









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