51・『たとえ嫌われても』
目の前に佇むアイザックさんを睨みつけながら、私は手に持った長い棒を握る。
そんな私に向かってアイザックさんが動く。同じく長い棒を持ったアイザックさんはそれを私に向けて振る。横薙ぎにされた攻撃をしゃがんで避けた。
しゃがみ込んだまま、棒で足払いをかける。しかし、かわされた。ならばと、地面に密着する棒を手元に引き戻し、そのまま立ち上がると共に棒を突くように前に出す。
しかし相手の棒に払うように受け止められる。だが、その受け止められた反動を利用しつつ、棒の水平に持ち回す形で反対側の棒の端を相手にぶつける。
そのまま相手の動きを見つつ、受け止められても利用できる動きは利用しながら動く。
――その心は流れる水の如く、流れを利用せし、だっけ?
目の前のアイザックさんに教わった流利水心流の極意を思い出しつつ、また弾かれた勢いや相手の攻撃を利用して攻撃に転じる。
流利水心流――この流派は敵の力を利用する事に長ける流派だ。アイザックさんが言っていた、私にピッタリの流派だろうと。
確かに私は常に空気に流れる魔素の力を利用している。自分の力ではなく、他の力を利用するその流儀は私にピッタリだ。
それにしても振り回すと予想よりもいつもより魔素の流れが大きく流れる。これも刀と違って長い棒だからだろう。長ければ長いほど、それだけ魔素を大きく操れるが大雑把なことしか出来ず、細かな流れを作るのは難しい。逆に短剣などの短いものだと細かな流れを作るのに良いが大きな流れは生み出せない。
――と、考えている暇などないな。
縦に振られる相手の攻撃を棒を水平に持って受け止めるが、受け止められたというのにアイザックさんの笑みは絶えない。
すると、弾かれた反動を利用して縦に回転させる形で反対側の端が下から迫る。顔を狙われたがなんとか首をそらし、避けたもののそのまま相手の棒は上に行く。水平に持っていた私の棒がそれによって下から突き払われ、手から滑り落とし真上に跳ね上げられる。
宙を舞う長棒に構う暇など無い。すぐさま次の攻撃がくる。
手元に一旦引き戻されて、また突き出される相手の武器。対して私は今は武器を持っていない。
だけど……。
――たとえ、どんな激流だろと、緩やかなる流れあり。それを見つけ出し乗りこなすべし。
繰り出される棒をギリギリで避けて、突き出された相手の長棒を両手で持つ。魔力操作で腕力を底上げしつつ、それを相手側に一気に押し出す。
「グッ!?」
棒に腹を突かれ、アイザックさんの呻き声が聞こえてくる。それと同時にアイザックさんの棒を持つ力が緩まる。
それを見逃す事なく、自分の方に長棒を引き寄せて棒を奪う。そのままアイザックさんに向けて棒を振るが避けられる。
次の攻撃も、先ほど宙を舞った私の棒が落ちてきてそれを取られてしまいその棒によって受け流された。
そして、お互いに後ろに飛ぶようにして離れた所でアイザックさんが口を開く。
「今日はこのぐらいにしようじゃないか、ラクサ嬢」
そう言ってアイザックさんは構えを解いた。周りを見ればすでに日が落ち暗くなっている。
「それもそうですね」
私とアイザックさんはお互いに一礼し、この模擬戦を終わらせた。
終わったことで肩の力を抜いて一息つく。周りにはこの模擬戦を見学していた生徒たちがゾロゾロと移動していく姿が視界の端に映る。
「ラクサ嬢」
「……なんでしょうか?」
後片付けをしている途中でアイザックさんが話しかけてきた。
「……言うか言わないか、迷っておったのだがな。最近の君の行動、少し改めたほうがよいのでは?」
アイザックさんの鋭い黄金の瞳がこちらを睨みつける。弱いものならばその視線だけで、竦み上がってしまうほどだろう。だけど、その瞳に負けることなくその瞳を見ながら私は淡々と答える。
「一体、何のことでしょうか?」
感情を悟られぬように無表情を顔に貼り付けてその鋭い視線を受ける。
「……あくまで白を切るつもりか。……後で後悔しても遅いぞ、ラクサ嬢?」
「よく分かりません」
「……君がそんな性格だとは思わなかったよ」
アイザックさんは残念そうに言い、片付けを終わらせて離れていく。
――ごめんなさい。アイザックさん。
去っていく背を見ながら、その言葉を心の中で呟く。
訓練場に一人残された私に一人の少女が近づいてくる。
「ラクサちゃん、お疲れ様」
そう言って労いの言葉をかけるのは、プラチナブロンドの髪の毛と桃色の瞳を持ち純白のシスター服を着ている少女、クレアだった。聖女と呼ばれるだけあってこちらに微笑みかけるその笑みはまるで優しい陽の光のようだ。
――その純粋無垢な笑みに少し罪悪感を持ちつつも、いつもの様に振る舞う。
「……別にこれくらい、いつもやっている」
素っ気なく、ただ一言だけ言うと私は彼女を無視するように訓練場から去ろうとする。
「ま、待ってよ、ラクサちゃん!」
私の言葉に臆することなく、立ち去ろうとする私の腕を取って引き止めた。
「ねぇ、最近皆でご飯を食べてないよね? これから一緒に食べに行かない?」
彼女はあくまで私に笑いかけながら、そう言ってくれる。何度拒絶しても、彼女は変わらず私に笑いかけてくる。その事に心が痛むが、その痛みを無視するように冷たく言う。
「今日は疲れているんだ。早く自分の部屋に戻って休みたい。だから、行けない」
「そ、そっか……。それじゃまた明日に……」
「……明日も無理だから」
そう言って私は彼女の手を払って早足で歩く。
「ま、待って! ラクサちゃん!」
彼女の悲しそうな声で、止まりかける足を必死に動かし私は彼女の前から立ち去った。
――ごめんね、クレア。
いつの間にか走りながら、そう思う。
だけど、その謝罪の言葉はけして口から出ることはない。
月も代わり、今は三つ目の冬の月だ。冬の月と言ってもここは気候的に暖かく、冬は終わっていると言っていいだろう。
そんな王都の街を歩けば、どこもかしこも慌ただしそうに人が忙しなく動いている。皆きっと《聖竜祭》の準備で忙しいのだろう。
《聖竜祭》とは年末である三つ目の冬の月に行われる行事だ。
年末年始、年を跨いで一週間ほど行われる。大晦日と正月を祝う祭りのようなものだ。
そして今年は四年に一回の《竜の年》という一年が最も長い聖なる年でもある。そのためか、例年よりも派手に祝うだろう。
――前回の《竜の年》は、ちょうど父上が『あの依頼』を受けていていなかったんだよね……。
父上は今ぐらいの時期に依頼に出ていき、そして帰って来たのは一つ目の春の月、私の誕生日の前日、翌月の月末に近かった。ルーファスさんの話では、父上は《聖竜祭》が始まる前に死んだらしい。
そう言えば、あの依頼を出したギルドについて調べてみたがとうの昔に無くなっていた。いくらドラゴンの事に関して伏せた所で、『あの依頼』で出た被害者が多い。結局、その甚大な被害を出した責任でギルドは取り潰しになったそうだ。
ちなみに『あの依頼』の生存者も捜してみたのだが、その殆どは王都や王国を出ていて行方が分からなくなっていたり、中には自殺した人までいたため捜し出すのは無理そうだった。
誰か一人くらいは王都に残っていそうだがあの依頼に参加した事自体も隠しているだろうし、この王都にいたとしても見つけるのは困難だろう。
結局、私が知っている『あの依頼』の生存者はルーファスさんだけだ。
その彼に当時のことを聞いても教えてくれないだろうし、あの日語ったこと以外に知っていることはなさそうだった。
今日も街にある食堂で夕御飯を食べる。最近は一人でこうやって外食する事が多い。以前なら、クレア達と一緒に食べていたが、あまり彼らと親しくするのはよくないと思い誘われても断るようになっていた。それはもちろん、彼らの為を思っての行動だ。別に彼らが嫌いなったわけではない。
――だけど、そう上手くいかないようだ。
「……やっと見つけました」
テーブルに座り、料理が出てくるのを持っている私に話しかける声が聞こえてくる。声をかけてきた人物を少し睨みつけながら、彼の名前を呟く。
「……ユリウス」
「まったく、どこが疲れているんですか? こんな遠い食堂まで来れるなんて元気そうではありませんか」
そう言いながら、ユリウスは向かいの席に座る。こちらを見る彼の表情は怒っているようで呆れているようなそんな複雑な表情だった。周りを見てもクレア達はいない。どうやら彼一人だけできたようだ。
ユリウスは店員を呼びつけて自分の分を頼む。注文が終わり店員が離れて行った後、向かいに座る彼に尋ねる。
「……どうして、ここが分かった」
「最近、貴方がここを利用しているという噂を聞きつけましてね。昨日は外れましたが、今日は当たったので良かったですよ」
……今日はここを利用するべきじゃなかったな。日替わりで行く食堂は変えている。だから今日彼に出会ったのは運が無かったのだろう。
「ずっと聞きたかったんですよ。――どうして、僕達を避けているんですか?」
周りの喧騒にかき乱されることなく、彼のはっきりとした声が私の耳に聞こえてくる。
「避けてなんかいない。教師の仕事が忙しいだけで、君達と会っていないだけじゃないか」
「……ならなぜ、ここに居る? クレアから誘わていただろ? 今日は寮に戻るんじゃなかったのか?」
低い声でこちらに問いかけるユリウスは怒っているのだろう。
彼は怒ったり感情が高まった時は今のように口調が荒くなる。
怒る彼に向かって私は態度を崩さないようにしながら冷たく話す。
「……気が変わっただけだよ」
「それじゃあ、こんな遠い所まで夕飯を食べに来る必要は? 食べるだけなら学園の食堂でもいいだろ?」
「どうして学園の食堂を使わなきゃならない? どこで食べようが私の勝手でしょう?」
どこまで行っても彼との会話は平行線にしかならない。ユリウスとの間に流れる空気が重くなった所で、頼んでいた料理が運ばれてきた。
仕方なく、私とユリウスは会話をやめて目の前の料理を食べる。食事中はもちろん無言であった。
「待てよ、ラクサ!」
さっさと食べ終わり会計を済ませて外に出た私に、声がかかる。
振り返れば、走ってきたのか息を切らして私を睨みつけるユリウスの姿があった。
「クレアといい、君も諦めが悪いね。ウィリアムみたいに素直に私を嫌ってくれない」
「ウィリアムのように単純じゃないんだ。言っておくけどウィリアムだって本心では君を嫌っていないはずだよ」
……そんなの、言われなくても知っているさ。
「……嫌ってくれないと言う事は、僕達に嫌われて欲しいのか?」
怒っているような悲しそうな声で彼は問いかける。こちらを見つめるその瞳は真実を求めるように私を見ていた。
その瞳から逃れるように目を閉じ、気を落ち着かせてからその言葉を吐き出す。
「……そうだよ。私は君達が嫌いになったからね。だからもう、話しかけないで」
静かに目を開けて、ありもしない憎しみを投げるように彼を睨みつける。
「貴方は演じるのは得意だ。だが、完璧すぎるからこそ分かる。――それは作り物の演技であり、今の言葉も嘘だ」
彼は呆れたようにそう呟く。どうやらユリウスは今の言葉は嘘だと見抜いたらしい。
気持ちを落ち着かせるように彼はため息をついてから話し出す。
「なぜ、貴方が僕達を避けるのか分からない。教えてもくれないんでしょう?
――ならば、調べます。貴方がなぜ、僕達を避けるのかを。
それが明らかになるまで僕は貴方の望み通り、貴方を嫌いになりましょう」
こちらを睨みつけながらそう宣言する彼の瞳は、それを成し遂げんとするかのように強く輝いて見える。
「……勝手にすればいい」
ユリウスに向かって私はそう一言、冷たく吐き捨てるように言い、背を向けて立ち去る。
「止めないのですね。では、勝手にさせて頂きます」
そんなユリウスの声が、後ろから聞こえてきた。
――真実を知ったら、彼はどう思うだろうか?
私は竜に復讐する。
つまり、神を殺すようなものだ。
復讐した後のことはどうなってもいい。死んだっていい。
でも、周りの人間はどうなる? 罪人と親しくしていた人達はどうなるんだ?
この前、調べて知った。魔女と呼ばれた母上の親しかった者達がどうなったのかを……。
私は大切だった人達の仇を取るために、ドラゴンを殺さなければならない。
だけど、その仇討ちに周りの大切な人達を巻き込むわけにはいかない。
――なら、突き放してしまえばいい。昔の彼女の様に。たとえ嫌われても、これが彼らを守る為になるならば……。
「……ねぇ、ユリウス。君は私がドラゴンを殺したいと知ったら、私の事を本当に嫌いになるかな?」
星が煌く空の元、魔法の外灯に照らされた道を一人歩きながら、問えない問を口にする。




