表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/71

4・『日常と非日常』





「だ~る~ま~さ~ん~が~転んだ!」


 あれから六歳になった私は夏の日差しが照りつける中、壁を見ながら先程の言葉を言う。


 言い終わり壁から素早く視線を後ろへと振り向くと、それと同時に広場に散らばっていたこの暑さにも負けていない、元気そうな子供達が一斉に動きを止める。


 ……ちっ! ウィリアムの奴め、この数秒間にこんなにも距離を詰めやがって!


 私のすぐ近くには居る茶色の短い髪と緑の瞳を持ち、ドヤ顔をしながら動きを止めている少年を睨みつける。


「うわっとと」

「はい! クレア動いたね!」


 その後ろで片足立ちをしていた女の子がバランスを崩した。


「むぅ~あとちょっと遅かったら片足立ちしなくても良かったのに~」


 そう言いながら私のそばに移動したのは、プラチナブロンドの髪をフワフワとさせ桃色の瞳を持った可愛らしい少女、クレアだ。


 私は今この街に住む子供達と遊んでいる。


 ちなみにだるまさんがころんだは私がルールを教えてあげた。

 これは異世界知識なんだけど父上にそれとなく聞いた所、なんとだるまさんや鬼ごっこなどの遊びはこの世界にもありました!


 正確には父上の故郷に伝わる遊びだけどね。

 指切りも父上の故郷に伝わるものだったよ。


 そういうこともあってこの遊びは教えても怪しまれないのだ。

 一回大人に聞かれたことがあったけど父上の故郷の遊びと言えば納得してくれたよ。


 そういう訳で私は教えても大丈夫そうな遊びを色々教えたし彼らの遊びも教えてもらった。

 今日はそのたくさんある遊びの中でだるまさんがころんだをしようということになったのだ。


 現在私が鬼で捕虜となる子供はさきほど動いたクレアを入れて四人。


 まだ捕虜になっていないのは一番近い場所にいるウィリアム。

 そして、その後ろにいる紺色の髪と金色の瞳を持つ年齢に似合わない大人びた雰囲気の少年、ユリウスの二人だ。


 二人は動く気配はない。

 しかしここで前を向けば確実にウィリアムに触れられるだろう。


 私は覚悟を決めると前を向く。


 こうなった場合はできるだけ早口でだるまさんがころんだと言う! それしかない!



「だるまさんがっ」



 たかが遊びされど遊び。勝負事である以上負けたくないのだ!


 だが私の努力虚しく……。



「よっしゃぁ! 触れたぜ!」


 ウィリアムに全力で近づかれ、触れられてしまった。

 わらわらと逃げていく子供達。私は止まれと声を掛けようとしたその時。


「おいおい君たち。誰の許可を得てここで遊んでいるのかな?」


 そう言って現れたのは私達より少し年上で厄介な奴だった。


 彼の名はチャールズ・バークレイ。

 この街に住む貴族でバークレイ子爵家の次男だ。


「ここで遊ぶのに許可が必要なんて聞いたことがないんですが?」


 私はうんざりした顔でチャールズを見て答える。


「僕がダメだと言っているんだ。すぐにここから立ち去りたまえ」


 はぁーまたこれだよ……。チャールズは貴族である自分は偉いと思っているのだ。

 だから貴族ではない私達を見下していつもこのような態度ばかりしている。


「お前の許可なんて知るかよ。俺達がどこで遊ぼうが自由だろ!」


 ウィリアムが大声でチャールズに言い返す。


「おい! チャールズ様に向ってお前とは失礼だぞ!」

「そうだぞ! 謝れ!」


 チャールズの後ろにいたいつもの取り巻き二人がウィリアムを睨みつけながら言う。


 うーん、このままだと面倒なことになりそうだな~。

 今にも殴りかかりそうなウィリアムを見ながら思う。


 そう思っているとチャールズが話し始めた。


「まぁまぁ君たち落ち着きたまえ。そうだな……どうしてもここが使いたいって言うならある事を成し遂げることができたら許可してやろう」

「ある事だと?」


 ウィリアムが今にも殴りそうなくらいに拳を握りしめてチャールズを睨みつけている。


「街外れにある森については君達も当然知っているだろう? そこに住んでいるゴブリンを倒しその証拠を取ってくることができたらこの広場を使わせてやってもいい」


 町外れにある森とは私の家の裏手にある森の事だ。

 私の家は街から離れており、丁度結界との境目でその境目に森の入口が広がっている。


 森にはゴブリンなどのランクの弱い魔物が居るが幾ら弱いと言われていても、まだ子供の私達が勝てる相手ではない。


 それを倒して来いなどとは死んでこいと言っているようなものだ。


「そ、そんなの無理よ! それに森には近づいちゃダメだって大人が言ってるじゃない!」


 クレアが怯えながら必死な声で言う。

 先程も言ったように子供である私達は魔物には勝てない。だから大人達から森には近づくなと言われている。


 私も、森に入って父上に怒られたなぁ……。

 少しだけ懐かしい記憶を思い出しているとチャールズの声が聞こえてくる。


「あーそういえばそんな決まりがあったね。でも僕はこの前その森に入ったんだけどゴブリンなんてたいしたやつじゃなかったよ?」

「チャールズさん、掟を破って森に入ったんですか?」


 チャールズが何でもない事のように森に入ったことを言い、それを険しい表情をしながらユリウスが言う。


 チャールズに魔物を倒す力があるだと?


 そんな力を彼が持っているとは思えずに私は疑問に思っていると彼が答えを教えてくれた。


「まぁね。でもさっきも言ったけどゴブリンなんて弱かった。僕の魔法で一殺だったよ、はは!」

「お前、魔法が使えるのか!?」

「初級魔法だけどね。でもこの歳で使えるのは凄いだろう? ま、天才の僕にかかれば魔法なんて無くてもゴブリンぐらい余裕だけどね」


 ウィリアムが先程よりも鋭い目つきでチャールズを睨んだ。


 まさかチャールズが魔法を使えるなんてと思ったが貴族であるから当然なのかもしれない。


 魔法は一般人はあまり使えない。それは魔法を習う機会があまりないのだ。

 魔法にはランクがあり初級・中級・上級・最上級・究極の五段階。


 その最低ランクの初級魔法でも一般人には使えない人が多い。

 学校へ入れば初級魔法を教えてくれるが、この世界には義務教育なんてないしお金が掛かるから学校へ行かない者が多いのも原因の一つだ。


 他に習う方法は魔法を扱えるものに教えてもらうか、魔術書を読んだりするか、もしくは自分で編み出してしまうかのどれかだろう。


 まぁその人が魔法を教えてくれるとも限らないし、魔術書は私の家にはあるけど普通の人には高価でとても買えないし、自分で編み出すなんてまず何らかの魔法を扱えなきゃ無理だろうし、そんな感じであまり一般人には魔法は使えない。


 そんなチャールズはまだ学校へ行ける歳では無いはずなのに、初級魔法が使えるということは魔法が使える父親に教えてもらったか、もしくは魔術書でも読んだのだろう。


 貴族の家なのだから魔術書の一冊くらいならありそうだし。


 ……そして、チャールズには属性があったんだね。


 またしても懐かしい記憶を思い出す。

 ちなみにあれからも魔法を練習しているが今だに魔法が使えたことはない。


 きっと魔力が足りないだけだ、そうに違いない!

 成長すれば魔力量が増えるらしいし、成長すれば使えるはずだ!


 ……属性なしじゃないよね?


 そんな事を思っているとまたしてもチャールズの声が聞こえてくる。


「それでどうするんだい? ゴブリンは倒しに行かないのか? まぁ君達みたいな魔法が使えない庶民には無理だろうからね」


 そう言いながらチャールズは何が可笑しいのか楽しそうに笑う。


「お前に出来て俺にできないわけが無いだろうが! ゴブリンぐらい一匹だろうが二匹だろうが倒してきてやる!」


 それを見ていたウィリアムは我慢の限界とでも言うように大きく足を踏み鳴らすと大声で宣言した。


「ほぉー。それじゃ楽しみに待っているよ。言っとくけどやっぱり辞めたなんて聞かないからな」

「うるせぇ! 今に見てろよ!」




 チャールズとウィリアムはお互いに睨み合い、その視線が重なり火花が散っているようだ。




 あー面倒なことになったな……。

 私はそんな二人を見ながら大きく溜め息をついた。










「それでウィリアム、本当に行くんですか?」


 ユリウスが冷めた目でウィリアムを見ていた。

 このユリウスという少年は大人びていて本当に子供なのかと、時々思うことがある。

 ……まぁ私も中身は子どもとは言えませんが。


 今私達は遊んでいた広場から離れ、ウィリアムの家の前にいる。

 私達の他に遊んでいた子達はそれぞれ家に帰り、今ここにいるのは私と、ウィリアム、ユリウス、クレアの四人だけだ。

 私は年が近いこの三人と仲が良いため、遊ぶときはいつも四人で集まっている事が多い。


「当たり前だろうが! 言っておくがお前たちは付いてこなくていいからな!」


 ウィリアムは家から持ってきた剣を腰に差して堂々とそんなことを言った。


「ダ、ダメよウィリアム! 一人で行くなんて危ないわ! それに森には近づいちゃダメだって!」


 クレアが必死にウィリアムを止める為に声を掛ける。


「あいつは!チャールズは森に行ったんだぞ! あいつは良くて俺はダメだっていうのかよ!」

「そ、そういうことじゃなくて!」


 クレアは泣きそうになりながらも必死でウィリアムを止めようとしていた。

 はぁ、と一つ私は溜め息をつくとウィリアムに質問する。


「ウィリアム、一つ聞きたい。森へ行く事はとりあえず置いておくとしてゴブリンを倒せる力なんてあるの? 初級魔法も覚えていないんだよね?」


 ウィリアムは私達の中で運動神経がよく力が強いとはいえまだ子供だ。

 だからゴブリンを倒す力なんて持っていないと思っていた。


「確かに俺は魔法の一つも使えねーよ。でも、最近親父に剣術を習い始めたんだ! それを使えば俺だってゴブリンを倒せるはずなんだよ!」


 ウィリアムは自信満々にそう答える。

 確かウィリアムの父親はこの街の警備兵でしかも隊長だ。


 元冒険者らしいし、それなりに強いのだろう。

 そんな人に剣術を習っているなら少しは剣を扱えるだろうが……。


「だからってまだ習い始めたばかりだよね? それに魔物と戦ったことがない子供のあなたが一人で行くなんて危険過ぎるよ」


 私はそう言ってウィリアムを止めようとするが。


「うるせぇ! もうチャールズにゴブリンを倒してくるって言っちまったんだよ! ここで引けるわけねーだろ!」


 そう言ってウィリアムは森がある方向へと走り去ってしまった。


「ウィリアム!? ああ~もうどうしよう! ラクサちゃん、ユリウス!」


 クレアが困り果てた顔で私達を見つめる。


「とりあえず追いかけましょう! このまま一人で森に入られるのは危険です!」


 私とクレアはユリウスの言葉に頷き、ウィリアムを追いかけた。






 町外れに広がる森は生い茂った木の葉によって光が遮られ、昼間だというのに薄暗かった。

 地面もどこかジメジメとしている。私達はそんな森の獣道を歩きながらウィリアムを探していた。


 目の前を歩くクレアは怖いのか震えながらも、キョロキョロと周りを見ながらウィリアムを探している。

 先頭を歩くユリウスは、地面を見つつ、ウィリアムが歩いて行った痕跡を辿っていた。


 私はそんな二人の後ろからついて行きウィリアムを探している。


「ウィリアム~どこ~?」


 大声でウィリアムを呼ぶ。しかし返事は帰ってこない。


「ねぇラクサちゃん、ラクサちゃんのお家はこの森の近くだったよね? なら森についても知っているんだよね? どこかウィリアムが行きそうな場所に心当たりはないの?」


 クレアが後ろを振り返りながらそう聞いてくる。

 そう言われても私はこの森の奥に入ったことは初めてだ。


 いつもは結界ギリギリの森の入り口あたりまでしか入っていない。

 それにこの森にはあまり良い思い出がないから、森には近づかなくなっていた。


「ごめん、私も森の事はよく知らないよ。父上なら知ってると思うけど……」


 父上はよくこの森を修行場として使っていた。

 だから父上なら森の隅々まで知っていそうだが、今日は街の警備兵の所に行っていてこの森には居ないし、私も森について父上から聞いたことはない。


「やっぱり僕達子供だけではウィリアムを見つける事はできませんね。今から戻ってこのことをラクサのお父さんや大人に伝えるのが良いのかもしれません」


 ユリウスがそう言った時、遠くから何か金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。


 私達は急いでその音が聞こえた方へと向かうと、少し開けた場所で剣を構えたウィリアムと錆びた剣を持つウィリアムと同じ位の大きさのゴブリンが向かい合っていた。


「ウィリアム!」


 クレアが大きな声でウィリアムを呼ぶと、彼が驚いた表情でこちらを振り向く。


「なっ! お前ら来なくていいって言っただろうが!」

「おい! ウィリアムよそ見をするな!」


 ユリウスが普段聞かない焦ったような口調でウィリアムに注意を促す。

 気がつけばゴブリンの剣がウィリアムに迫り、それをぎりぎりの所でウィリアムは剣によって防ぐことに成功した。


「くそっ」


 ウィリアムは防いだ後、後ろへ飛びゴブリンから距離を取り体制を立て直す。


 しかしゴブリンは滅茶苦茶に剣を振り回しながらウィリアムに突進してくる。

 ウィリアムはそれを防ぐのに精一杯のようで反撃する余裕は無いようだった。


「ちょっとこれやばいんじゃないの!?」


 クレアが悲鳴に近い声で言う。確かにこの状況はとても危険だ。

 いくらゴブリンがEランクの魔物だとはいえ、魔物であることに変わりはない。子供であるウィリアムより少し強い力を持っているようで確実にウィリアムを追い詰めていた。


 だけど、どうすれば……。私は一つ方法があることを思い出したが私が動くよりもユリウスが先に動いた。


「偉大なる自然、我、理を操らん、水よ、その姿を氷に変え、敵を凍らせよ! 《氷結(フリーズ)》!」


 ユリウスは早口に噛むこと無く魔法の詠唱を終わらせた瞬間、ゴブリンの足元から氷が出現し、ゴブリンの体を氷に覆い身動きを封じた。


「今だ!とどめを刺せウィリアム!」

「ああ、分かっている!」


 ユリウスの声を聞きウィリアムが剣を横になぎ払い、唯一氷に覆われていなかったゴブリンの首を斬る。 

 ゴブリンは地面に転がり落ちた首や切断面から血を流しながら、物言わぬ死体へと早変わりをしたのだった。


 私達はとりあえず危険は無くなった事に安堵の溜め息をつく。


「ウィリアム、ケガはありませんか?」


 ユリウスはいつもの口調に戻りウィリアムに話しかける。


「ああ、助かったぜユリウス! それにしてもお前、魔法が使えたんだな」


 ウィリアムは息が上がっていたがどこも傷を負っていないようだった。


 私はその姿を見て安心しながら、ウィリアムと同じくユリウスを見る。

 私も彼が魔法を使えたことは知らなかった。


「ええ、家の酒場に来ていた警備兵の魔術士が教えてくれたんです、別に頼んでもいなかったのに。まぁウィリアムを助ける為に役に立ったので聞いておいて良かったですよ」


 ユリウスの家は酒場を経営していた。

 時々彼が手伝いをしていることも知っている。多分その時にその魔術士に教えてもらったのだろう。


 ……なんで私は使えないんだろう? もしかしてあの本がデタラメだったとか?


「はぁ~もうこれでゴブリンは倒せたし、早く帰ろうよ!」


 クレアはゴブリンの死体を見ないようにしながら言う。

 いくら魔物とはいえ死体を見るのは辛いのだろう。私も極力視界には入れないようにしていた。


 クレアの言うとおり目的は達したのだ。あまりこの森に留まれば他にどんな危険に会うか分からない。


「え~後一体ぐらい……」


 そんなことをウィリアムが言った。

 先ほどの戦いもゴブリン一体であれほど苦戦していたというのに、そんなことを言う余裕があるなんて……。


「ウィリアム! あんな戦いをしておいてよく言えるね! ユリウスが助けてくれなかったら負けていたんだよ!」


 私はウィリアムを睨みつけながら言い聞かせるように言う。


「だ、だから! ユリウスと一緒にやればもう一体くらいゴブリンなんてちょろいもんで……」


「悪いけど僕はこれ以上君に力を貸すつもりはないよ。僕の魔力量じゃ初級魔法でも数回使っただけで尽きるからってのもあるけど。とにかくほら、さっさと帰るよ?」


「え~……。あーもう分かったよ! 帰るよ! 目的は達したしな!」


 ウィリアムは渋々と言った感じで帰ることに同意してくれた。


 やっと帰れると安堵したその時、ガサガサと周りの草が揺れる音。

 私は嫌な予感をさせながら草が揺れた音の方を見るとそこには五匹の犬がいた。


 普通の犬ではない。あれは魔物でEランクの黒妖犬(ヘルハウンド)だ。

 真っ黒い毛を持ち、血のような真っ赤な瞳を輝かせながらこちらを見ている犬達。


 明らかに私達を狙っている。


 数ではあちらのほうが上なのに加えて、まともに戦えるのはまだ未熟な子供のウィリアムとユリウスの二人だけだ。


「ひっ」


 クレアが悲鳴を上げながら震える。私も震えはしなかったがこの状況に冷汗が止まらない。

 しばらく四人と五匹は睨み合い動かなかったが、犬の一匹が吠えたかと思うとそれを合図にこちらへと迫ってきた。


「ふん! こんな犬なんて俺が全部倒して……」

「何言っているんだウィリアム! この状況で倒すなんて無理に決まってるだろ! ここは逃げるぞ!」


 ウィリアムに怒鳴りながら彼を引っ張り、走り出すユリウス。

 私も恐怖で動くことができなかったクレアの手を掴み、走る。






 私達は逃げた。


 後ろから聞こえてくる犬の吠える声に怯えながら一生懸命に走った。


 何処へ向かっているかも分からない。


 どんどん周りの木々は生い茂っていくから、森の深い場所へと向かっているのは分かるがそれには構っていられなかった。




 とにかくあの犬の魔物達から逃れたかったのだ。






 気がつけば犬の声は聞こえなくなっていた。

 どれくらい走ったのか分からないが撒いたようだ。





「もう大丈夫かな……」



 私はみんなに声を掛けようとして言葉を失う。


 今、私の目の前には手を握っていたクレアしかいない。

 ウィリアムとユリウスとは途中で逸れてしまったようだった。


 どうしよう?


 彼らの心配もそうだが自分たちの状況も極めて危険なものだった。


 なんせ女の子二人だけでどこが出口なのかもわからない、森の迷路の中に閉じ込められたのだ。

 しかもこの森には先程のゴブリンやヘルハウンドなどの魔物が潜んでいる。絶望的な状況だ。


「どうしよう! ラクサちゃん! 二人と逸れちゃったよ!」


 クレアは泣きながら私を見てくる。

 同い年とは言え私の精神年齢は十七歳、いや今の年齢を含めればすでに二十三歳だ。それに対して彼女はまだ六歳。


 ――ここは私がしっかりとしなくては……。


「大丈夫だよ! ほらもうすぐ夕方になるし、私達の事に気づいた大人たちが探しに来てくれると思うし……」


 空を見上げると生い茂った葉の隙間から夕焼けの光が差し込んできていた。

 正直言ってこの状況で暗くなるのは危険だが、私達ではどうすることもできない。

 大人が来てくれる事を祈るしか無いだろう。


 あたりを見渡すと丁度木の根元に隠れるのに良さそうな、根っこで出来た大きな穴を見つける。


「ほら、あそこに隠れて大人達が来てくれるまで待っていよ?」


 私はそう言うとコクリと頷いたクレアを連れてその木の根本に近づいていく。


 その途中で私は地面に転がっていた自分の身長程の木の枝を見つけ、念の為にそれを持って穴へと入っていった。


 木の根っこの穴の中は暗かったが居心地は悪くはなさそうだ。




 クレアは私の服を握りしめながら座り込み、私はクレアの頭を優しく撫でながら暗闇に染まりつつある外を眺めていた。












 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ