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3・『新しい世界』





 さて、私はあれからというもの、特に何もなく平和に暮らしている。


 魔物は現れているみたいだけどこの街には結界が張ってあり魔物が入ってくることはない。

 もし万が一入ってきたとしてもこの街には警備兵がいるし、父上だって居るのだ。よほど強い魔物でなければ大丈夫なのである。


 ちなみに結界の範囲はあの森の入口付近まで。

 ゴブリンに襲われた所は結界の境目だったようだ。



 そんなある日、私は一つの発見をした。



 家の外で紅葉を楽しんでいた時だ。


 ……余談だけど紅葉を見ていると前世の妹を思い出す。妹の名前が紅葉(もみじ)だったからなんだけど。


 そんな事を思いながら、紅葉(こうよう)と流れる雲をじっと見つめていると視界がぼやけた。


「何、これ?」


 目が悪くなったわけじゃないようで、原因は不透明な霧みたいなものがその辺を漂っている事だった。


 私は試しに手を伸ばして触れてみるが感触はなく変化もない。

 手を振ってみたが先ほどと変わらずに【それ】はあたりに漂っている。


 ジーと睨みつけて【それ】を凝視すると、さらに【それ】が視えるようになりなんとなく流れみたいなものが視えてきた。


 私はその流れにそって手を振ってみた。少し【それ】が動いた気がする。

 私は腕を大きく振ってみたが先程より少し動いただけだった。



 うーん、もっと長いものでやるといいのかな?

 私は自分の短い腕を見ながらそう思う。


 家の近くには森があり少し森に入れば長い枝などが沢山落ちているはずだ。

 だけど、この前の事もあるので私はあまり奥には行かないように、ギリギリ結界内の家が見える範囲で長い木の枝を探す事にする。


 目的の枝はすぐに見つかった。


 自分の身長ほどの長い枝を、先程と同じように空中を漂っている【それ】の流れに合わせて振る。


 すると、自分の腕の時よりも大きく動かすことに成功した。


 やった! 触れても動かすことができなかった物を動かすことができたのだ、嬉しいに決まっている。


 それから何度も枝を振り回し、【それ】を動かしてみた。


 大きく振ってみるとなんとなく枝についてくる感じがする。


 ぐるぐる回してみると渦を巻く。

 そして地面で巻いてみるとなんと土を削って小さな穴ができた。


 色々試した結果、ある程度【それ】が集まると実体化しているようだ。


 試しに弱めにぐるぐる巻いた【それ】の渦に触れてみると何かが手を擦った。


 今度は強めに巻いて慎重に触れてみる。

 触れると手に痛みが走り、すぐに手を引っ込める。


 人差し指に切り傷ができていた。


 あのまま手を渦の中に入れていれば、切り傷では済まなかったかもしれない。


 強めに巻いたために渦はまだ巻いたままだ。このままだと危ないよね……。


 どうにかしないと、と思いながら視ていると一筋の弱い流れを渦の中に見つける。

 試しに枝でその弱い流れに沿って振ってみると、渦は一瞬の内に飛散し消えた。


 なんとなくあれが渦の弱点的なものだったのだろう。


 さて、色々試したけど【それ】がなんなのか未だに分からない。

 そう思いながら切り傷のできた手を視てみると、何かが流れているのを視ることができた。


 えっ? なにこれ?


 私は【それ】を視た時と同じように、意識しながら体を流れる物を視る。

 それはまるで血液のように体を巡っていて、切り傷のところには傷を治すために集中しているようだ。


 もしかしてこれって魔力かな?


 この世界の生物には体に魔力が流れていて、生命維持に使われる魔力は傷を治すのにも使われる。

 そのためこの世界の生物は傷の治りが早い。


 となると……この空気中を漂っている【それ】は魔素かな?


 この世界には魔力の元となる魔素が空気中の至るところに漂っているらしい。


 ……あれ? 確か魔素は普通は見ることができないって言われてなかったかな?


 家にある魔素に関係した本ではそう書いてあった気がする。

 魔力も感じることはできるそうだが視認することはできなかったような……。


 そう思いながら空気中を漂う【魔素】と、自分の切り傷を治している【魔力】を交互に視つつ考える。


 まぁいいや、もしかしたらあの本に書いてあることが正しいとは限らないし。今度、父上に聞いてみよう。


 切り傷の痛みが引いてきた所で私はとある思いつきを試す。


 木の枝を剣に見立てて構える。


 思い出すのは大好きだったあのゲームの主人公が使っていた技。

 私はその動きを再現しつつ、枝を魔素の流れに沿って思っきり振り下ろす。



「《斬撃波(スラッシュウェーブ)》! なんちゃって……、え?」



 冗談のつもりで放った技は、枝にまとわり付いていた魔素が枝を振った形で飛んでいくと目の前の木を抉る。


 ――まるでそれはゲームの中で見た技そのものだ。


 私はしばし呆然とそれを眺めていた。

 木を抉った深さはそれほどでもないが、もう少し力を込めて魔素を放てば木を斬れそうである。


「まじで……?」


 もしこれを人に放てばどうなるのだろうか? そこまで考えると急に怖くなった。


 ――この前のゴブリンの死体がフラッシュバックする。


 まるで包丁や銃を手に持ち、人や生き物を殺せる力を得たようなそんな感じだ。

 この世界の人ならもしかしたら、これを受けても大丈夫なのかもしれないが……。


 それでも、私にはそんな力には少し抵抗があり、いくら憧れのゲームの技を再現出来たとはいえ喜ぶ気は起きなかった。



 枝を放り出して家に向かって走りだす。

 私はこれ以上魔素を扱うことはしたくなかった。


 そして、このことは誰にも言わずに秘密にしておくと決めたのだった。













 森での一件の後、私はあまり外に出なくなった。


 というのも家にある本ばかり読んでいたからだ。


 この世界で生きると決めたのなら、少しはこの世界について知っておかないといけない!


 と思ったので、私はこの世界に関する知識を得るために、家にあった本棚にある本を全部読んでみた事が原因だった。


 そうそう、どうやら転移してこちらにやってくる異世界人がいるらしい。

 まぁ、異世界人は魔力を持つことが出来ない人が多いから、魔法とか使えないらしいよ。


 それにどうも、この世界では魔力を持たない者に対しての扱いが厳しいようだ。

 生命維持に必要な魔力がないと生きていけない人が多いのが原因っぽいね。


 だからなのか、《魔力なし》や異世界人に対しては優しくない世界のようだ。


 まぁそんなことより、私が知りたかった情報が家の本には書いていなかった。


 だから、父上に直接聞きに行くことにした。


「ちちうえー」

「どうしたラクサ?」

「ちちうえ、わたしのなまえってどういう意味?」


 そう、私の名前について知りたかったのだ。


 私の名前は反対から言うと『サクラ』となる。

 サクラとは前世で言うと桜の木のことだ。


 そこで、もしかしたらこの世界にも同じ桜の木、もしくはラクサの木なるものが存在しているのではないかとずっと疑問に思っていた。


「名前の意味か?」


 尋ねられた父上はいつものクールな雰囲気で首を傾げながら言う。


 そうです、父上! さぁ答えてください!


 私はコクコクと何回も首を縦に振って答えを待った。


「……俺の故郷には『ラクサ』って呼ばれる春になるとピンク色の美しい花を咲かせる木があるんだ。お前の名前はその木が由来だ」


「ラクサの木……」


 やっぱり! この世界にもあったんだね、桜の木が! ちょっと嬉しいかも!

 喜ぶ私を見ながら父上は話を続ける。


「ああ、それにルシアが、お前の母さんがその木のことがすごく大好きだったんだ。

 俺の故郷に来た時に、初めて見てその時に気に入ったんだったな」


 父上は窓際に置いてある母上の写真を見ながら、懐かしそうに話してくれた。


 父上は母上のことをあまり話してくれない。

 まだ父上には母上を失った悲しみが残っているようだった。

 きっと父上にはそれだけ大切な存在だったのだろう。


 母上について知っていることは、父上と同じBランク冒険者だったこと。魔術士であったこと。

 父上と母上とルーファスさんの三人でパーティを組んでいたこと。これくらいである。



「……ちちうえ。あのね、わたしその木、見てみたいです」


 自分と同じ名前の物があるなら見てみたい。それに母上が好きだったその木を見てみたい。

 前世で見て知ってるけど、もしかしたらこの世界では違うのかもしれないし……。


「そう言われてもな、あの木は俺の故郷にしかない。

 それに俺の故郷はここから遠いんだ。まだお前も小さいから連れて行けないな」


 そんな……、せっかく父上の故郷も見れると思ったのに……。


 しょんぼりする私を見て父上は優しく話しかけた。


「そう落ち込むな。お前が大きくなったら連れて行ってやる。

 母さんにも……、お前のお祖母ちゃんにも会わせてやりたいしな」


 お祖母ちゃん? 父上のお母様だって?

 ちょっとどんな人か気になるから会ってみたいなぁ。


 あ、でもまだ行けないんだよね……。でも、私が大きくなったら連れて行ってくれるんだよね?


「わかった! わたし、はやく大きくなる! そしたらつれていってね! やくそくだよ!」


 そう言って思わず指切りげんまんをしようと指を出してしまった。



 あ、この世界には指切りげんまんなんて存在しないよね? やってしまった!?



 父上だって驚いた顔しちゃってるよ! 私のバカ!


 そう思ってすぐに手を引こうとしたけど、その前に父上は私の小指を自分の小指で握った。


 ――まさか。


「「指切りげんまん、嘘ついたら……」」


 どうやらこの世界にも指きりげんまんがあるみたいだった。

 この世界にもあるなんて……、ちょっと驚いたよ。





「おかしいな、教えたつもりはなかったんだが……」


 終わった後にそんなことを父上が呟いていたけど、前世の記憶です、なんて答えられない。


 私はすぐに父上の前から離れたのだった。









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