36・『王国』
「ほら坊主、見えてきたぞ」
馬車を操るおじさんの声に呼ばれて前を向く。今馬車が歩いている道の先には白い城壁に囲まれた街が遠くに見える。
その街の上空に浮かぶ島のようなものがいくつも浮かんでいるのが見えた。
「あれがアークライト王国の王都だ」
今回の護衛対象である商人のおじさんが嬉しそうに言う。王都にもうすぐ到着すると分かったから嬉しいのだろう。
予定では数日くらい早く着くはずだったのだからそう思うのも仕方ない。
「いや~、一時はどうなることかと思ったぜ。グラシードの街は崩壊しているわ、国境検問所はその影響で混雑しているし規制で入国に三日待たされるとか……」
ため息を混じりに疲れたようにおじさんは言った。
「そうですね。これもドラゴンのせいで……あ、いえなんでもありません」
うっかりドラゴンに対しての愚痴を呟いてしまったがおじさんは咎めること無く、むしろ愉快そうに笑う。
「ははっ坊主は正直者だな。まぁ、俺もそう思うよ。ドラゴンが来なけりゃこんなに疲れる旅にならなかったからなぁ」
「……おじさんは竜を信じないのですか?」
「いやいや、おじさんは竜を信じているぞ。創世竜様しか信じていないってだけだけどな。海の向こうの教えに従う者さ。だがまぁ、こっちでもあっちでもこの教えに従うのは珍しいけどな」
その後小声で、このことは誰にも言わないようにしてくれとおじさんは言った。どうやら、このおじさんはパオロさんと同じ考えを持った人らしい。
「まぁ、そんな訳でおじさんは何も言わないが王都ではさっきみたいな発言はするんじゃないぞ。この王国は他と比べるとあのエルフの国に次いで竜神教の影響が強い場所だ。王都の警備だって竜神教のお抱えの騎士団である竜騎士団の兵士達がしているくらいだしな」
「……そうなんですか。ご忠告ありがとうございます」
おじさんとそんな会話をしていると徐々に王都が近くなってくる。王都に近づく度に道を歩く人が増え、前から近づく馬車に乗る人達にあいさつを交わしながらすれ違う。
そして、ついに王都の入り口に設けられた検問所へと到着した。国境でも一度審査を受けたがどうやら王都に入るためにも、もう一度しなければならないようだ。王都に入ろうと審査待ちの馬車の行列に私達を乗せた馬車が並ぶ。少しずつ動いていく列を眺めながら待っているとおじさんが話しかけてくる。
「坊主、ギルドカードは無くしてないよな?」
「ええ。おじさんこそ大丈夫ですか?」
「俺は商人だぜ。物を売る俺が物を無くすなんて事は……あれ? ここに入れといたはずなのに……」
そう言って慌ただしくズボンのポケットを漁るおじさんを尻目に、近くにあった袋を探りそこから彼が探している物を取り出す。
「はい、おじさんのギルドカード。昨日寄った街で落とすといけないからってこの袋に入れていましたよね?」
「俺のギルドカード! いやーすまんすまん、酔っぱらっていてあの時の記憶が曖昧だったぜ」
頭を掻きながらおじさんは私からギルドカードを受け取った。そんな事をしている間にも列は進んでいき、そしてついに私達の番になる。
「ようこそ王都へ。身分を証明するものはありますか?」
「ギルドカードでいいですよね?」
「ええ、もちろんです」
私とおじさんは話しかけてきた審査官の男の人にカードを手渡す。
ちらりと横を見れば先ほどの頼りないおじさんという雰囲気から一転、愛想の良い笑顔をしたしっかり者の雰囲気を纏わすおじさんだった。
ここに来る途中で彼が貴族相手に商売をしている姿を見たが、今のように胡散臭さなんてない爽やかな笑顔で商品を売り込んでいた事を思い出す。……さすがBランク商人といった所かな?
「Bランク冒険者のラクサ・ギナさんですね?」
「はい、そうです」
考え事をしていたらその男の人に名前を呼ばれたので返事を返す。……ちなみにあの時売り込んでいた商品は買われていたよ。
「お二方共身分に問題はありません。持ち込まれる商品に関しても特に問題はありませんね」
事務的に淡々と言い終わると、今度はにっこりと笑った審査官の男。
「改めまして、ようこそ王都へ」
そんな審査官の人の声を聞きながら、私達を乗せた馬車は門を通った。
そして、門を抜けた先に待っていたのは……。
「……なんだこれ」
ヨーロッパ風の建物が建ち並ぶ綺麗な街……まではいい。
その街の上空を見上げると、王都の外から見えていた浮遊する島が沢山見える。その島にも建物が建っているのがここから見え、さらには湖らしきものまでも見える。
その湖から流れる川が島の端で滝に変わっていた。ちなみに水は高度が高いのか、それとも魔法的な何かでなのか分からないが途中で水蒸気になっており、下に落ちてくることはない。
街の中央の方には一段と大きな浮遊する島があり、その上には城のようなものが建っている。浮遊城と言った所か。
この浮遊島は王都に入る前から見えていたから驚くことは少ない。
だけど、浮遊しているのは島だけではなかった。
人が……飛んでいたのだ。何人もの何十人もの人が王都の空を飛び交っていたのだ。
正確には箒に乗って飛んでいたり、魔法のじゅうたんのようなものに乗って飛んでいる人が多く、生身で飛んでいる者は少ない。他には羽のついた馬……ペガサスに引かれて飛ぶ貴族の馬車や、グリフォンを乗りこなす兵士達。
「坊主、お前はここに来るのは初めてか?」
飛び交う人達を見るために上を見上げたままだった私に声をかけるおじさん。
「ええ。正直、こんなにも凄いところだとは思いませんでした」
なんだか、別のファンタジー世界に飛ばされた気分だ。
この世界は魔法のあるファンタジーの世界なのだが、魔法との縁が少なかったからかそう思ってしまった。
「だろうな。俺もここに来た時はそりゃびっくりしたもんだ。さすが魔術の国と呼ばれる国だと思ったさ」
このアークライト王国はこの世界の中で一番魔法技術が発達した国らしく、この国民の殆どは魔術士と呼んでいいほどの魔力と魔法が使えるのだそうだ。
この国がここまで魔法技術が高いのはこの王都にある王立総合魔法学園の存在も影響しているだろう。東の方を見れば、学園らしき建物が建つ浮遊島が見える。
そちらを見ながらおじさんの声に耳を傾ける。
「でもな、ここよりもっと凄いのは迷宮都市だぜ。あそこは今や異世界人の街だからな。機会があったら行くといい」
「異世界人の街ですか……機会があったらぜひ行ってみたいですね」
迷宮都市の噂はいくつも聞いたことがある。あそこに行けば何でも手に入るだとか、飯が旨いだとか、冒険者の街もしくは異世界人の街だとか。
後ろを見ればおじさんの商品が詰め込まれている。
おじさんは定期的に迷宮都市に行き商品を仕入れてこの王国の貴族相手に売りさばいているらしく、中身は全て迷宮に流れ着いた異世界からの漂着物ばかりだ。
その殆どは地球産らしき物が多く、衣服をはじめ化粧品やちょっとした小物いれなどなど日用品や雑貨が多い。
「この商品って売れるんですか?」
気になったのでおじさんに聞いてみた。
「売れる売れる。お貴族様が買ってくれるから高値でな。特に化粧品やアクセサリーなんかは貴族の奥方様に人気だぜ。今はライバルが少ないからってのもあるけどな」
「へぇ~。……でもなんで少ないんですか? 儲かるなら他の商人が黙ってないのでは?」
そう聞くとおじさんは困ったように頭をボリボリ掻きながら答える。
「そうなんだが、異世界の品だから手を出しづらいのさ。その品をちゃんと理解できてないと説明も出来ないから売り込めんだろ? 異世界の品を一つ一つ理解するのに骨が折れるのさ。
それにたまにだけど竜神教から異端とされる物もあるし。この前マッチとか言ったかな? 魔法も使わずに簡単に火が付けられる物があったんだが、あれは竜神教からダメ出しされちまってよ。お陰でこっちは異端者扱いで牢に入れられたんだぜ。まぁ、一週間で出してくれたから良かったけどよ」
おじさんは苦笑いしながら話してくれた。竜神教は魔力無きものを嫌う。それは人であっても物であっても同じこと。マスケット銃が普及しないのもマッチが普及しないのもそうした理由があるからだろう。
「それなのによく買い手がいますね」
いくら竜神教から異端とされないものでもこれは異世界の物だ。これを買う人はいるのだろうか?
「そこはほら、この時代の物じゃないっていえば大抵は大魔導時代の物だと誤解してくるからな」
その言葉を聞いて私は呆れたようにため息をつきながら言う。
「……それって詐欺じゃないですか?」
「いやいや、嘘は言ってねーぜ? この時代の物じゃないだろ? なんたって異世界の物だからな! あ、俺の手口真似するなよ?」
「真似しませんよ。私は商人じゃありませんから」
そんな会話をしつつ、王都の空を飛ぶ人達を眺めながらゆっくりと馬車は進んでいく。
「護衛ありがとさん!」
目的地であったギルドに着き、おじさんからお礼の言葉とともに報酬金が手渡される。護衛中は魔物に襲われた事が一回あっただけで比較的平和な旅だった。
だから手渡された報酬金の額と労働が釣り合ってないように思える。だけど最初からこの条件だったし、それにおじさんは何かと抜けている所があったからそれの世話代として納得する事にした。
「いえ、こちらこそ楽しい旅ができましたから」
お金を受け取りながら私もお礼を言う。わりと愉快なおじさんだったため彼との旅は楽しかった。……まぁ何かヘマをする度に私がフォローに回らなければならなかったのだが。
「そうかそうか。いやー坊主に最初会った時はちと大丈夫かと不安だったんだが良かったぜ」
確かに、いくらBランクだからといって子供の私が護衛をするのは誰だって不安になるだろう。
「子供だからって舐めないでください」
そう言うとおじさんはなぜか慌てたように言う。
「いやいや、子供だから不安になっていた訳じゃねーよ。俺と会った時の坊主はなんというか……暗い顔で落ち込んでいる感じでさ、精神的に大丈夫かと心配していたんだ」
「えっ……」
出来る限りそんな雰囲気を出さないように気をつけていたのだが、どうやらダメだったらしい。
「……すみません。心配をお掛けしました」
「謝るんじゃねーよ。……俺は何も聞かねーが、あの時よりは少しは元気になったようで良かったよ」
そう言って嬉しそうに笑うおじさんだった。
もしかして……、今まで私に楽しい会話をしてくれたのは私を思っての事だったかな?
「……おじさん、ありがとうございました」
「な、なんだよいきなり! 礼なんてしても何もやらんぞ?」
そう言って頭を掻きながら目を逸らすおじさんだった。
「……まぁとにかく。王都に着いたから護衛の任務は終わりだな」
「はい、そうですね」
「坊主はこれからどうするんだ?」
そう聞かれて私は少し考える。今の時間は夕方に少し近い時間だろう。……今から行けばちょうど終わる頃か。
「行く所があるのでそちらに向かおうかと思います」
「そうか。俺はしばらくこの王都で商売していると思うから何処かであったらよろしくな」
「ええ。では、また何処かで」
ギルドの入り口で私はおじさんに手を振りながら離れていく。
「もし、俺の商品を高値で買ってくれそうな人がいたらぜひ教えろよ!」
「ええ、居たら教えますよ!」
後ろから聞こえてきた声に、そんな返事をしながら目指す場所に向かった。




